第0話 転生
始めましての方は初めまして、イノシン酸と申します。それ以外の方もありがとうございます。
新連載を開始しました。
今作は7日間の毎日投稿の後、土日投稿へと移行します。
縛られるものが何も無い人などいないこの世界。僕も例に漏れず、今日も嫌味な上司とやる気の無い部下に挟まれて心労を貯めながら、ブラック企業の中間管理職として奮闘した。
翌日の業務のためにもと、すでになくなった終電にがっくりと肩を落としながらも雨が降る中で家への帰り道をとぼとぼと歩いていた。
「はぁ。今帰ればどうにか2時間は寝れるかな。」
どう考えても正常な判断ができるような状態ではなくても、明日の仕事はやってくる。
そもそもが、僕にはこの職業は合ってないと思うんだ。前の部署は得意なことをすることができたことからして、いくら労働環境が劣悪で拘束時間が長いと言えども、終電には間に合っていたし、それなりの睡眠時間の確保はできていた。
それが突然辞令が出たかと思えば、畑違いの部署へと異動だ。しかも心労で倒れたと噂されている課長職とは驚きすぎて目ん玉飛び出るかと思ったね。
意を決して出勤して見れば、自分の部下であるはずの若者には仕事を押し付けられ、それを注意したら翌日以降ぱったりと現れることはなくなった。
それを上司に報告したら、なぜか悪いのは僕だとされて、意味の分からない追加の仕事が出現した。
入社してから13年、35歳まで何とか頑張ってきたけど、正直言えば精神的に限界だった。ただ、それでも、僕の体はまだまだ力が出るんだ。鍛えてもいないのに筋肉ばかりが付く元気満々なこの体が恨めしいよ。
学生時代や前の部署では部下には“ゴリ松”や“ゴリ松さん”なんて呼ばれていたが、ゴリラに似ているからってそんなストレートにあだ名にされると文句を言う気も失せるよなぁ
まあ、そのおかげで好きなバナナをよく貰えたのは役得だったかな。
とにかく、僕こと、ゴリ松はもう疲れてしまったのだよ。
***
どうにもならないことを考えながらも深夜の帰り道を歩いていると、その道に普段は無い通行車が現れた。音からしてトラックのようだが、ずいぶんスピードが出ているのが見て取れる。
僕がボーっとトラックを見ていると、信号が気になって、少しばかり目を離した隙に、そのトラックの前へとふらりと何かが飛びだした。
僕が慌てて確認すると、それは間違いなく人間で、しかも子供だ。
こんな時間にこんな場所で雨の中、なぜ子供が、と驚いたが、それより先に傘を放り投げて体が動きだしていた。こんな時ばかりは元気が有り余るこの体がありがたいよ。
全力全開でトラックと子供の前へと躍り出ると、すかさず子供をキャッチしてトラックの影響がないガードレールを超えてさらに奥の応援の茂みへと放り投げる。これなら子供でも大きな怪我はしないだろう。
「よかった...」
ホッと息を吐いたのもつかの間。集中の切れた僕の耳に雨の音とトラックのクラクションの音が聞こえてきた。
パッパーと高い音が響くが、少々、思考が停止しすぎていたようだった僕は、全く体が動かない。どうやら自分の死の間際というのはこんな風にスロー再生の様にいろいろなことを見渡せるものなのだと意味もなく考える。
ああ、クラクションを鳴らすくらいであれば、ブレーキを踏むとか、ハンドルを切るとかすればいいのに。ここは人通りも車通りもない場所なのだから。
そんな思いは運転手に通じるわけも無く、トラックは僕をそのまま跳ね飛ばした。
バゴンと大きな音が自分の耳にも入ってくるが、不思議な気分だな。僕が吹っ飛んでいるのが見えるこの状態が幽体離脱とでも言うのだろうか。
ふむ、体の感覚が無くなってきたよ。
トラックに跳ねられて人生の幕引きとは呆気ないものだが、願わくば次は誰にも脅かされずにのんびりと暮らしたい。
――――その願い聞き受けた。助けられた礼はしよう――――
消えゆく中で聞こえたその声が誰の声なのか僕には分からなかった。
ただ、安らぐものであったのは最後に良い思いができたなぁ。
そうだ、あの子供は無事にいられたかな。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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