第93話 嫉妬の炎
「霧が濃くなってきました……。みなさん足元には気を付けてください」
「前が見えないです……真っ暗です」
「お互いに手を繋ぎましょうね~」
「では私様はコクエンちゃんのフードの中にでも」
「ひゃあっ! くすぐったいです、参謀!」
渓谷の崖道を進む一行はちょうど中央の高さに到達していた。
夜霧に包まれて前が殆ど見えない。炎を道標として残していく。
すると途中で獣の叫び声が反響し、彼女らの脇を通り抜けていった。
「魔物の鳴き声です。谷底に近付いてきた証拠ですね。エルエル、荷物の中身は無事でしょうか?」
「はい! 重さは変わってないです!」
まだ鞄の中身は盗まれていない。あとをつける生物の気配もない。
「ふむ、まだ先に進む必要がありそうですね。どこかで休息を取りましょう。長期戦も覚悟です」
コクエンたちは崖の空洞を見つけるとそこで天幕を張る。
ユグによってすぐさま仮拠点が構築された。焚き火を起こす。
「ふにゃむにゃ」
「あらあら。エル様はお疲れのようです。寝顔が可愛らしいですね~」
ユグの膝の上でエルが丸くなっていた。
胸に荷物を抱いて。夢の中でも役目を果たしている。
「私様たちの中で一番の最年少ですからね。あくまで精神面での話ですが」
「参謀、エルさんは元神話級の方なのですよね。えっと、普段の様相からは想像し辛いのですが」
神話級に到達したアイギス。【七神宝】のティアマトとライブラ。
彼女らと比較すると。不死身という能力は唯一無二であるのだが。
あくまで不死身なのは本人だけであって。
それだけで神話級とするには物足りなさがあった。
この先、成長していく過程でどれだけ強くなっていくのか。
教官の期待を受けたコクエンは、ライバルとして気になるのだ。
「……エルエルの本来の能力はまさに神話級に相応しいものですよ。この私様に匹敵する――いえ、場合によっては凌駕するやもしれません」
「あの本気を出した参謀すらも……? 信じられません……!」
常に自信に満ち溢れているライブラですら唸らせるほどの力。
それが目の前の小さな身体に眠っている。コクエンはエルを見つめる。
その表情はどこか悔しそうで、紅の瞳に炎が見え隠れしていた。
「コクエンちゃん、もしかしてエルエルに嫉妬ですか?」
「えっ、そんな。私めは……!」
否定しようとして、コクエンは言葉を詰まらせてしまう。
ある種、図星だったのだろう。ライブラとユグは顔を見合わせる。
「エル様は、ロロア様の一番の寵愛を受けていらっしゃいますから。気持ちはわかりますよ~」
ロロアも人間である以上。全員平等とはいかない。
そこにはやはり序列が出てくる。一番の席は一つだけ。
「……私めも、ご主人様の懐刀としてすべてを捧げる覚悟があります。その……まだ未熟ですが。この想いは、エルさんにだって負けていません。……アイギスさんにだって、負けたくありません……!」
強くなるたびに、ご主人様の一番になりたいという気持ちが溢れるのだ。
それは【擬人化】したからこそ生まれた感情で、抑えきれない欲望だった。
「あらあら。ティアマト様の鑑識眼は確かなようですね~」
「コクエンちゃん。その感情は大切に育てていきましょう。いずれアイちゃんのように飛躍する原動力となります。嫉妬。良いではないですか。仲良しなだけでは停滞します。競い合う事も重要です」
「……はい。少し、夜風を浴びてきます」
コクエンはそのまま座り込むと外の景色を眺めていた。
親しい誰かが飛躍すれば、置いていかれた者が焦り出す。
それは決して悪い事ではない。負の感情だって捉え方次第だ。
「よい流れができていますね~みなさまの成長がわたくし楽しみです」
ユグはニコニコと笑顔を浮かべてエルの頭を撫でている。
「ユグちゃんはどうなのですか? コクエンちゃんのように上を目指したりはしないのです?」
「わたくしは後方から応援するのが性に合っていますので~」
「欲がないのですね」
「そういう役割も、組織には必要かと」
「ふむ。確かに。既に子を見守る母親としての風格がありますよ」
「あらあら。ではわたくしの旦那様は、ロロア様でしょうか?」
「――深く掘り下げると荒れそうなので、この話題はなかった事にしましょう」
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