第41話 理の破壊者
「お前は……お前らはなんなんだ! くそっくそっ! すべてが台無しだ!!」
賊の男が叫んでいる。十数人の仲間は倒れていた。
彼らはきっと上層で行方不明になっていたパーティだ。
これほどの規模の集団が魔塔内で動いていれば悪目立ちする。
個々に別れ、負傷者のフリをして油断した多くの人間を襲ってきたんだ。
「カナン、貴方たちの目論見は潰えました。大人しく投降しなさい!」
「黙れ、お前たちは被食者なんだ。俺たち捕食者様に逆らうんじゃねぇ!!」
カナンは一人取り残されてもまだ諦めていないのか。
懐から道具を取り出していた。液体が入った注射器だ。
「コイツは……治験も済んでいない試作薬だが。もう遅い。お前ら全員皆殺しにしてやる!!」
針を力一杯に首筋に突き刺して、カナンは倒れた。
直後に異変が起こる。カナンの――男の肉体が膨張した。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「な、なにが起こって……!」
「嫌な感じがする。あれはただの脅しじゃない」
「あるじさま!」
「ロロア、一旦引くわよ! コクエンはお姫様を連れて逃げなさい!」
「あひっ!」
「急がないと吸い込まれますです!」
地響きが生じて砂塵が吹き荒れる。流砂が発生していた。
カナンを中心に渦が巻き、倒れた賊たちが吸い込まれていく。
「ガガググアアガアアアアアアアアア」
「奴は……人間を吸収しているというのですか……!?」
怪物だった。スキルだけじゃない。人間そのものを喰らっている。
これが――【理の破壊者】が目的としている、器の解放なんだろうか。
だとすれば狂っている。誰がこんなものを望むというのか。
「ロロアさん、一体これはどういう騒ぎですか!」
「ますた、おそい」
僕たちの帰りが遅いのを心配してくれたのか。
ライブラさんとトロンも駆け付けてきてくれた。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアア」
怪物と化したカナンが砂渦から這い上がってくる。
背中にもう二つの腕を生やして、裂けた口元からは牙が。
全身を覆う異常な魔力のオーラが。魔物を引き寄せている。
「シャルルルルルルル」
そこに四十五階層のフロアボスが現れた。
砂漠を疾走する炎の蜥蜴。サラマンダーだ。
「シネエエエエエエエエエエエエエ」
四本の腕から刃が飛び出し、サラマンダーを串刺しにする。
息絶えた蜥蜴を喰らい。尻尾を生やし更に凶悪な姿へと変貌。
「フロアボスを一撃で倒した……。人間だけじゃなく魔物のスキルすら奪えるんだ」
「圧倒的ダアアア、コレガ器ノ限界ヲ超エタ神ニ等シイ力アアアアア」
カナンは正気と狂気の狭間で叫んでいた。
既に人間の限界量を超えるスキルを習得している。
「全テオ喰ラウ、俺ハ世界ヲ神ヲ破壊スルノダアアアアアア」
これからも奴はすべての人間を喰らい力を得ていく。
際限なく成長していき、いずれ神をも喰らうつもりだ。
「愚かな。理を破壊すると嘯き、未だ神にすら囚われている。人を超えた先にある願望がただの破壊ですか。見るに堪えない醜い生物ですね」
ライブラさんが冷めた視線でカナンを見つめていた。
確かに【理の破壊者】と名乗りながら、あまりに矮小な考え方だ。
「みんな、コイツはここで滅ぼすよ。生かして魔塔から出す訳にはいかない」
「あるじさま、エルもやります!」
「わかりやすく倒し甲斐のある小悪党が出てきたわね。心置きなく殴れるわ」
「……うちほうだい」
「あひっ、ご主人様の御心のままに!」
強敵を相手でも僕たちは変わらずに。倒すべき敵を見据えていた。
「私も王女の剣として、創造主様をお助けしますです! レイリア!」
「はい、私も協力いたします。――これまでずっと嫌悪していた力ですが。大切な友人のお役にたてるのであれば。生まれた価値があったのだと、心からそう思えます」
僕たちの肉体に暖かい加護が宿った。レイリアさんの【王女の激励】だ。
「レイリアさん、ありがとう。とても心強いよ!」
「……ロロア様。私の事は、どうかレイリアと呼んでくださいませんか?」
一世一代の勇気を振り絞った様子で――レイリアが僕の腕を掴んだ。
「僕の事もロロアと呼んでいいからね?」
お互いに微笑み合って、それから前を向く。
「アハハハハハ、人ヲ超越シタ俺ヲ倒スダ? 現実ヲ知ラナイ餓鬼ドモガ、オ前タチノ可能性ハココデ潰エル。ソノ唯一無二ノ才能ヲ俺ガ利用シテヤル!!」
怪物となったカナンが四本の腕を振るい迫ってくる。
僕たちの可能性を奪おうと。その邪悪な口元を歪めて。
「ばーん」
最初にトロンが動いた。指から放たれた雷光弾が砂面で爆発。
砂を巻き上げてカナンの視界を塞ぐ。奴の目は人間の頃と変わらない。
「ム駄無ダムダアアアアアアアアアアア!」
「危ないトロン!」
「ますた」
反撃の不可視の刃が来る、僕はトロンを押し倒して回避する。
「無駄かどうかの判断を下すのが早いです。上ばかり見上げて、足元がお留守ですよ?」
コクエンが砂面を滑り、カナンの両足を斬り付ける。
消えない闇の炎を付与。更に地面から炎柱が突き上がる。
「ウガアアアアアアアアアアアアアア」
肉体を焦がしながら、カナンが豪腕を振るう。
相手の膝を踏んで宙を舞い、コクエンは寸前で回避。
「懐刀として、ご主人様の敵は排除します。お覚悟を」
フードを深く被り暗殺者の風貌で、肉体を踏み越える。
軽やかな身のこなしで何度も斬り付けていく。血飛沫が舞い散る。
「雑魚ノ一匹ガ図ニ乗ルナアアアアアアアア!」
「あら、お前の相手は一人じゃないわよ?」
振り回された刃の腕に、帯電した腕が接触する。
アイギスはそのまま拳を掴み、動きを封じ込めた。
「よいしょっ」
アイギスの肩を経由して、エルがカナンの頭に取り付き両目を塞ぐ。
カナンは抵抗するも不死身の器には通用しない。暴れて魔法を発動させる。
「わぁ、暴れないでください!」
「離レロ、コノ餓鬼風情ガ!! 神ヲ超エシ存在二逆ラウカアアアアアア!」
「目が見えていないんじゃ集中できないわよね? 詠唱がおざなりよ!」
至近距離で魔法障壁が発動して、魔法も即座に無力化していく。
「流石はアイギスの盾さんです。私も――これまでの倍返しです!」
時間を稼いでいる間に、ストブリが動き出す。
風刃を飛ばしてカナンの伸びきった腕を一本叩き落した。
すぐに再生が始まるも、回復力以上のダメージを与え続けている。
「図体ばかり大きいだけで、動きが単調で鈍いです。私めの敵ではありませんっ」
「ばーんばーん」
「再生の隙は与えないですです!」
コクエンが刻み、トロンが貫き、ストブリが切り裂く。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「最初の威勢はどこへ行ったのかしら。雑魚が一匹、吠えているようにしか見えないわよ!」
「えいっえいっ、目つぶしです!」
破れかぶれの反撃はアイギスが防ぎ、エルが動きを封じ続ける。
「アガグアアアアアアア! ガキガアアアアアアアアアア!」
「わあっ!?」
ついにエルを引き剝がし、地面に投げ捨てたカナンだったが。
「いくわよ、宝剣ストームブリンガー! 国宝級の実力を見せつけなさい!」
「はい!」
既にアイギスが次の動きに移っている。両腕を前に組む。
シールドバッシュで飛び乗ったストブリを上空へと浮かせる。
飛翔よりも更に高速に。高高度から必殺の準備を整える。
「馬鹿メ、撃チ落トシテヤルウウウウウウウウウ!」
「邪魔はさせませんっ、クリエイト!!」
レイリアが樹杖を操り砂漠に大木を生み出してく。
カナンの両脇を塞いで。エルに代わって動きを封じ込める。
「コノ程度ノ拘束ガアアアアアアアアアア!」
「うごくな、ばんばん」
「だから、足元注意ですって」
拘束を破ろうとするカナンの両腕を雷光弾が押し退ける。
足元を炎牙が。炎と雷の衝撃が敵の肉体の表面を崩す。
「うああああああああああああああああああ!!」
生命力を吸い上げたストブリが、小さな身体を回転させる。
闇と風を集約した黒嵐。【王女の激励】で威力が倍増している。
高高度から流星の如く降り注いだ右足が、
動きが止まったカナンの胸部に深く突き刺さる。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
カナンとストブリは十数メートルの距離を駆け抜けた。
怪物の肉体に穴を穿ち、生を腐敗させる闇が全身を蝕んでいく。
「ア、アア……ア、マダ、オエハ、カミヲコエ……」
「まだ死んでいないだなんて、しぶとい怪物ね!!」
腕の刃が伸びて、数十の衝撃波と魔法が上空に。
アイギスが受け止めるも、幾つかがすり抜けていた。
「シネエエエエエ、レイリアアアアアアアアアアア」
それらすべてはたった一人、レイリアを狙ったものだ。
奴は標的としていた王女を道連れにする事だけを考えている。
思考すら怪物に成り果てた。もはや人間であった名残を失っている。
「そんなでたらめな攻撃なんて、一つも当たらないよ!」
僕はレイリアを抱えてカナンの最期の抵抗を無駄にする。
激励のおかげで身体が軽い。五感も鋭くなって軌道がよく見える。
「レイリア、人間が苦手なのに身体に触れてごめんね? もう少しの辛抱だよ」
「いえ、ロロア様――ロロアなら……私は、平気です」
レイリアが僕の胸元の服をぎゅっと握り締めた。
衝撃で吹き荒れる砂粒すらも全部避け切って、立ち止まる。
僕たちの中央には哀れな人間だったものが。天を見上げて痙攣していた。
「ア……アアア……オデハ……マダ、シナナイ……」
「これで、とどめ」
エルから魔力を補充したトロンが、指の先に連なった魔法陣を召喚する。
「その首頂戴します……いらないけど」
コクエンが両腕から炎牙を発現させて。
「さよならです!」
闇刃をストブリが放った。
三方向からの三属性が重なり合い、眩い属性爆発を引き起こした。
カナンの肉体が崩壊していく。そして、砂漠の風に攫われて消えた。
――あとに残ったのは、戦いのあとの静けさだけ。
「これが、人の限界を超えた男の末路」
「遺体も残らず、生きた痕跡も失い。虚しいものですね……」
神に逆らった罰を受けるかのように。魔塔に巣くっていた【理の破壊者】は全滅した。




