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第4話 擬人化の真価

 背後から迫りくる複数の気配。僕たちは森の中を駆け回る。

 魔物避けのお香もなくなり、あとは実力で生き残らないといけない。

 魔塔に生息する魔物は利口で好戦的。逃げれば逃げるほど数を増していく。


「エル、横から来るよ! 避けてっ!」


 飛んで来る矢を木を盾にして避けつつ、後方のエルへと叫ぶ。

 戦えない僕は、敵の攻撃を避ける事に関してだけは自信があった。


 いつだって荷物持ち(サポーター)は一番目立つし、最初に狙われる。

 魔物の特性、戦闘能力を覚えてないと。役目を果たせない。


「エルなら大丈夫です!」


「ウギィッ!」


 真横からアサシンゴブリンがナイフで斬り付けてくる。

 エルはその小さな身体を盾にして、凶器を受け止めていた。

 肉を切り裂くはずの刃が零れている。破片を飛ばして光を散らす。


「エルはこの程度では傷付かない、頑丈ですから!」


 【情報板(ライブラボード)】には確かに不死身の器と書かれてあったけど。

 文字通り不死身だったんだ。それも掠り傷すら負ってない。 


「それでも、女の子が斬られる姿を見るのは心臓に悪い……」


「あるじさまを守る為なら何のその~!」


 エルはジャンプして、相手の顎を目掛けて頭突きを返す。

 鈍い音が続き、アサシンゴブリンが歯を失いひっくり返る。


 アサシンゴブリンは二十五階に生息する一番ポピュラーな魔物。

 つまりそれだけ繁殖している――――厄介な相手という証拠なのだ。


 今度は前方から弓を持った部隊が、一斉に構えている。

 嫌な気配を感じる、僕の無駄に冴えた危機回避の勘が働く。

 

「あれは毒矢だ……! エル、今度は掠っただけでも危ないよ!」


 刃を通さない肉体でも、流石に毒は効いてしまうんじゃないか。

 荷物には解毒剤も入っているけど、追われている最中には使えない。


「そちらの対策も万全です、エルは元神話級ですから!」


 エルが指を動かすと、矢の先端の液体が吸い込まれていく。

 そのまま矢はエルの身体に当たると、跳ね返って地面に落ちた。


「お返しです、ふぅー!」


 エルが人差し指を口元に近付け、緩く息を吹きかける。

 紫霧が発生して、アサシンゴブリンたちが苦しみもがきだす。


「武器に塗られた毒を吸収、濃縮したものを吹き返しました。エルは空瓶ですから、それが液体であれば器の中に一種類だけ蓄えられます。選り好みはありますけど……汚い液体は嫌ですけど」


「なるほど、エルの二つ目のスキルだね。神話級は芸達者だね!」


「はい、元ですけど!」


 終始頼りになるエルに、僕は拍手する勢いで賞賛する。

 

 エルはえへへと、頬をかいて照れていた。

 

 【擬人化】には潜在能力を引き出す力があると書いてあったけど。

 スキルの特性を見る限りでは、元のアイテムの性質に依存するんだ。


 そういえば、発現していないスキルが四つもあったけど。

 解放条件とかあるんだろうか。まだ【擬人化】は底が見えない。


「あるじさまには、指一つ触れさせません!」


 エルが蓄えた毒を使い、魔物が追えないよう壁を創り出す。


 アサシンゴブリンのすべての攻撃を無効化する彼女の活躍もあって。

 僕たちは何とか、第一波を乗り越える事ができた。相手も諦めたみたい。


「ふぅ……ちょっと休憩」


 またいつ襲撃が訪れてもいいように、こまめに体力を回復しないと。

 瓶は手元からなくなったから、あとで水の補給もしたい。やる事が多い。


「お疲れでしたら、お肩をお揉みします?」


「そこまではいいよ。エルも休まないと、一番頑張ったんだから。あ、これ食べる?」


 荷物から干しパンを取り出して見せる。欠片じゃなく一個丸ごと。

 【擬人化】で人と同じ体質になったんだ。動けばお腹は空いてしまうはず。


「で、でも、エルはあるじさまにもっともっと喜んで欲しいです!」


 僕の役に立つのが至高の喜びと言いたげな表情。

 やっぱり見た目は人間でも、価値観が違うみたいだ。

 元がアイテムだから、持ち主に使われたい欲求があるんだ。


「だったら、座ってお話ししようよ。今はそういう気分なんだ」


 エルの献身は、僕の方でコントロールするべきかな。

 隣の地面をポンポンと叩くと、エルは遠慮がちに座った。


「ご飯はね、誰かと一緒に食べると美味しいんだ。簡素な干しパンでもご馳走になるよ」


 クルトンさんたちと探索していた時は、二日に一回は食事抜きだったし。

 裏で落ちていたゴミを食べていた事もあった。あぁ、涙が出るほど美味しい。


「あるじさま……はい、おいしいですね」


 エルは僕の真似をしてちょっとずつ口につける。

 それからお互い無言のまま、軽い食事を続けていた。

 

 僕たちは長い付き合いだから。何かを語らなくても気まずくはならない。

 天涯孤独でずっと一人で生きてきたから。一人の時間も嫌いじゃないけど。


 心を通わせた誰かとの時間は――格別だった。


「お腹は膨れた?」


「はい。エルは元気いっぱいです!」


「それは良かった。元気なうちに次の安全な場所を探しに出かけよう。まだ先は長いからね」

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