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第37話 空遊魚

 地上に影が落ちていた。昼間なのに夜のような暗闇に包まれる。

 空を見上げると、優雅に泳ぎ回る巨大な魚が雲の間を潜り抜けた。


 三十五階層のフロアボス。上層の守護者だ。

 転移ゲートから現れた僕たちを中心に円を描いている。

 ゲートを餌場として利用しているんだ。周囲に稚魚の群れも連なる。


「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」


 瞳を赤く染めて咆哮した。高密度の水泡を吹き出していく。

 十を超えるヒレを動かし地上を目掛けて高速で突っ込んできた。


「天を泳ぐ巨大空遊魚フォルネウスです。記録上最後に討伐されたのは五十年前、以降は数多の骸の山を築いてきた【星渡りの塔】最強の守護者と謳われる存在です!」


「大きいわね……しかも空を泳いでいる。トロンの出番かしら?」


「……おいしそう」


 足を止めず走りながらフォルネウスの体当たりを避ける。

 森の一部が消し飛んだ。巻き込まれた魔物が宙を舞っている。


「ばん、ばばん」


 トロンは立ち止まり雷光弾を左右の指から放つ。

 フォルネウスに届く前に稚魚の群れに飲み込まれる。


「キュイイイイイイイイ」


 反撃の水流竜巻(メイルシュトローム)が降り注ぐ。そこに稚魚の群れも紛れ込んだ。

 水圧と鋭利な歯であらゆるものを傷付けていく。避けられる規模の威力じゃない。


「やらせないわよ!」


 殿のアイギスが魔法障壁を展開し竜巻の軌道を捻じ曲げる。

 障壁を抜けてきた無数の稚魚を帯電した四肢で叩き落していく。


「うっ、ヌメヌメしてる……あまり触りたくないですけど、ご主人様の為なら我慢しますぅ」


 取りこぼした稚魚をコクエンが炎牙で切り裂いた。


「ばん、ばん」


 その間もトロンが本体へ向けて雷光弾を放ち続ける。

 

「キュウウウウウウウウウウ」


 フォルネウスの動きが変わった。全身に水泡を纏いだす。

 赤瞳がとある一点を見つめている。トロンだ。

 敵もこちらの主軸狙いに切り替えたんだ。


「地面が揺れている……? トロちゃん危険です! そこから逃げてください!!」


 アイギスの魔法障壁内の大地にヒビが入った。

 ドーム状に張り巡らされる結界は地中には無力だ。


「危ないっトロン!」


「……ますた」


 僕はトロンを抱きしめて転がる。水泡が地中から吹き出た。

 更にそこを中継地として、小規模の水流竜巻(メイルシュトローム)が複数に枝分かれして伸びた。


「くっ、障壁の隙間を突くだなんて小賢しいわね!!」


 アイギスは僕たちを守ろうとするけど、それこそが相手の狙い。

 ここで障壁を解けば、本体からの苛烈な攻撃を防ぐ手段がなくなる。


「アイギス、僕たちの事はいいから! その場を維持し続けて!」


「それだとロロアとトロンが!」


「大丈夫、トロンは僕が守るから、みんなはフォルネウスに集中して!」

 

「ご主人様!!」


 僕はトロンを背中に乗せて障壁から抜け出す。

 相手の狙いがわかった。だったらそれを利用すれば。

 僕たちが奴を引き付ければ、アイギスたちが自由に動ける。

 

「んなっロロアさん正気ですか!? 障壁を出れば上空から狙い撃ちですよ!」


「このまま防戦一方では押し込まれるだけだよ! 敵の攻撃力はアイギスを部分的に超えている。だったら攻撃を分散させて、隙を作るしかないんだ!」


「ますた、はやい」


「あるじさまなら大丈夫です!」


「エルエルまで抱えて……ロロアさんの足が如何に優れていようと体力勝負では勝ち目がないですよ!」


「それまでに決めてくれると僕は信じているから!」

 

 全力疾走でフォルネウスの前を走り続ける。

 背中のトロンが雷光弾を連射。まさに移動砲台だ。

 

 エルの水龍の魔力水がある限り弾数の心配はないけど。

 フォルネウスを守る稚魚の群れが厄介だ。あれさえ取り除ければ。


「あるじさま、水がいっぱい来ます!」


 誘導する水流竜巻(メイルシュトローム)が四方から迫ってくる。

 どの竜巻にも牙を持つ稚魚が大量だ。一撃受ければ即死。


「よっと!」


 まずは二本を急旋回して避ける。木々に当たって爆発する。

 その風圧に背中を押されながら追加で三本を通り過ぎた。


「ロロアさん、地中からも来ます!」


「……遅いよ!」


 地面が割れて四本の水流竜巻(メイルシュトローム)が吹き上げる。

 だけどその前には僕は走り抜けて後方に置き去りにした。


「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


 上手く当たらず苛立ちを隠せないフォルネウスが回転する。

 残りの水流竜巻(メイルシュトローム)を全身に纏い、巨大質量で押し潰そうとする。


「ロロアさん、あの速度では間に合いません!」


「エル、トロンに全力の魔力を!」


「はい!」


「……わかった」


 僕の短い指示に疑問もなく従って、エルが魔力を引き渡す。

 トロンの指先に無数の魔法陣が、狙いはなにもない前方の地平。


「なるほど……反動を利用して加速ですか――――正気ですか!?」


「押し潰されるよりマシだよ! 今だ、トロン!」


「ばーん」


 フォルネウスのお腹が直前まで迫る瞬間、膨大な力が掛かった。

 トロンの射出した全力雷光弾の勢いを受けて僕たちは宙を跳んでいた。


「キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」


 遅れて巨大空遊魚が地面に落ちる。衝撃波で爆発が引き起こされる。

 

「目が、目が回ります~!」


「ライブラさん堪えて!」


「エルが受け止めます!」


 着地の衝撃を不死身のエルが両足で全部引き受けてくれた。

 振動で視界が回る。けどチャンスだ。相手は地上に残っている。


「ねらいうつ」


 トロンがフォルネウスに狙いを定め、もう一度魔力を蓄える。

 反撃を恐れてか、稚魚の群れを操り前方に魚群盾を構築していた。


「このままでは、また防がれてしまいますよ!」


「平気だよ。僕たちには心強い仲間がいるんだから」


 それは仲間を盾として消費する空遊魚とは違う。

 自分の意志で動いて、誰かの為に死力を尽くせる者。


「――コクエン、自分の役目はわかっているわよね!?」


「私めの役目は、ご主人様の懐刀として障害を排除する事です!!」

 

 上空に一つの影が浮かんでいた。風を受けて黒髪を靡かせている。

 アイギスのシールドバッシュを発射台としてコクエンが飛んだんだ。

 

 大きく弧を描いでフォルネウスの尾びれから頭上まで差し掛かる。


「邪魔な盾はすべて焼き尽くします。闇の劫火に呑まれろ! 黒炎陣」


 トロンの前方に展開された魚群盾に炎の柱が伸びた。


「これでおしまいです!」


 追撃の刃が一直線に刻まれる。炎に闇が混ざり盾が灰となる。

 コクエンはそのまま素早く退避した。トロンの全身に魔力が漲る。


「今だよトロン!」


「とどめ……ばーん」


 無気力な声と共に無尽蔵の魔力光がフロアボスの巨体を呑み込む。

 盾を失ったフォルネウスはその肉体を崩していき、最後には魔石を残す。


 【星渡りの塔】最強の魔導生物は、五十年ぶりの敗北を味わったのだった。

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