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第110話 模倣する者

「どうやらただの人間ではなさそうだ。一方的な狩りになるかと思ったが、今回は長く楽しめそうだな」


 ニヤリと笑みを浮かべた偽コクエンが一歩後ろに下がる。

 最初にエルに化けて毒を利用した辺り、知能はかなり高い。


 それに加えて能力の模倣、慎重さも兼ね備えている。

 【深淵化】の影響だろうか。ただならぬ気配を纏っていた。


「本物のエルをどこに連れ去ったんだ!」


「あのガキなら肉食魚が住まう毒沼に沈めてやった。今頃骨になっているだろう。お前たちも一人ずつ後を追わせてやる」


 エルが不死身だと知らない模倣する者(ドッペルゲンガー)は闇の炎を生み出す。

 僕はアイギスの神盾で防ぎ止める。炎を目暗ましに姿を消していた。


「ご主人様……うぐっ」


 額に脂汗を滲ませて倒れそうになるコクエンを支える。


「逃げられたね。奴は狩りだと言っていた。この遊びをすぐに終わらせるつもりはないんだ」


 一旦は、奴の遊び心に救われたとも言える。

 僕一人で負傷したみんなを守りながら戦うのは厳しい。


「なるほど……常に誰かを模倣し続ける魔物であれば、私様を誤魔化す事も可能でしょう……いたたた」


 お腹を押さえながら、ライブラさんは納得した様子だった。


「能力の模倣は厄介だよ。殆ど誤差なく真似できるみたいだし。ティアマトさんが不在で逆に助かった」


 模倣する者(ドッペルゲンガー)がコクエンと互角に接近戦をやりあっていた状況を思い出す。

 不調のこちらと差がなかったのは、まだ完全に力が馴染んでいなかったからだ。


 時間を与えてしまえば、本物と同じ実力を容赦なく振るってくるはず。

 模倣の弱点は、あくまで真似であり本物を超える力を発揮できないところだ。

 それを理解しているからこそ、最初に毒という搦手を使いこちらを弱体化させた。

 

 二十五階層は奴の支配するフィールドだ。長期戦は免れない。

 そして長期戦になれば、毒を克服しない限り力関係は逆転してしまう。


「――ご主人様! 遠方から何かが来ます! 鋭い魔力の塊が!!」


 コクエンが叫んだ方向から光の奔流が。

 ぶわっと毛が逆立ち命の危険に足が動く。


「トロちゃんの、雷光砲撃!? まとめて吹き飛ばすつもりですか!!」


「みんな伏せて!!」


 アイギスの神盾で光線を真っ向から受け止める。

 耳元で稲妻が炸裂する音が。いつもは心強い砲撃が。

 敵に回すとこれほど恐ろしいものとは。冷や汗が止まらない。


 僕たちの前方に、禿げ上がった大地が真っ直ぐに伸びていた。

 これでもまだ全力とは程遠いはず。僕は痺れた両腕を庇う。

 何発も受けられる攻撃じゃない。僕の身体が持たない。

 

「ますた……いたい、いたい、おなかつらい」


「頑張って。僕が必ず何とかするから!」


 苦しそうにもがくトロンのお腹を擦る。汗が止まらない。

 毒が死に繋がる事はないけど。苦しみが続く。拷問に近い。

 

 手持ちの薬は人間用のものであり、擬人化の子には効果がなさそうだ。

 

「エルエルの助けが必要ですね……毒を直接、抜き取ってもらわなければ」


「そのエルがどこかの毒沼に沈んでいるんだよね……一人では抜け出せないのかも」


 探しに向かうにはみんなを置いていく必要がある。

 その間に奴に襲われたらと考えると、下手にこの場を動けない。


 再度、砲撃が飛んでくるまでに何分の猶予があるのか。


「ティアマトとユグちゃんを頼る他ありませんね……きっと今の砲撃に気付いたはずですから」 


「しかし、教官が模倣されてしまえば最悪の結果に……!」


「神話級を簡単に真似できるとは思えませんが……【深淵化】の影響が未知数なので、不可能と断言できる状況ではありません。仮に模倣された場合に備えてもう一人、アイちゃんの力は必要不可欠です」


「アイギスを僕が連れていくとなると、残されたみんなはどうやって守れば……?」


「手段ならあります。回数は限定的ですが……!」


 そう言ってライブラさんは、転がっているミミックを指差した。


「ちょうど都合よく、この子のご飯の時間なのです」


「そうか。砲撃を食べてもらうんだね。それなら遠距離攻撃での盾は必要なくなる」


 魔力の塊で出来た光線なんだから、真っ先に狙って食べてくれるはずだ。


「仮に私めの姿で接近してきた場合、私めが何とか受け止めてみせます。元は自分の力なのですから……自分に負けるなんて情けない真似はできません!」


 毒を抱えて、更に闘志を燃やしたコクエンが鋭い牙を見せる。

 ティアマトさんの試練では常に自分を追い込む事をしてきたんだ。

 追い込まれれば追い込まれるほど強くなる。そんな力強さが瞳に宿る。

 

「わかった。僕はエルを探しながら、ティアマトさんとユグとの合流を目指すよ」


「はい。ここは私めが絶対死守します。ご主人様は憂いなく進んでください」


「なんて心強い部下でしょう。いたたた」


「すぐに戻るからね。無事で」


「ご主人様もどうか……」


 僕は最後にコクエンの熱い頬に触れて。激励して走り出す。

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