第1話 はぐれた荷物持ち
「おら、さっさと歩けよ荷物持ちのロロア。モタモタしてると魔物の餌にしてやっからな」
「痛いっ。急ぎますからお尻を蹴らないでください、腫れて座れなくなります!」
身長の半分はある重い荷物ごと、背中を蹴られ僕は倒れそうになる。
両手を振って必死に踏ん張り、姿勢を取り戻すと。後ろで大人三人が笑っていた。
「荷物持ちに休憩なんて必要ないだろ。ただずっと後ろで見ているだけだもんな?」
そう語るのはパーティリーダーであるクルトンさんだ。
剣術スキルの使い手でDランク冒険者。ちなみにDランクは中堅。
下からG~Sまで存在する評価の値で、対する僕は最低ランクのGだった。
「報酬が欲しけりゃ俺たちを満足させる働きを見せてみろよ。荷物を担ぐだけなら馬にだってできるぜ」
シーザーさんが僕の顎を掴んで弄ぶ。
視界がグルグル動いて気分が悪い。肌に赤い跡が残りそう。
「次の休憩では暇を潰せる冗談話を期待してる。笑えなければ、今日は飯抜きだからね?」
ロースさんはまた僕が空腹で苦しむ姿を見たいらしい。
それが彼女にとって一番面白く愉快なのだとか。恐ろしい性癖だ。
(……はぁ。パーティ選びを間違えちゃった。って……この後悔も何度目だっけ)
太ももを叩き、気合を入れて背筋を伸ばす。
ここで溜め息を付いても、状況が悪くなるだけで。
僕は僕のやるべき任務をこなす。荷物運びも立派な仕事なんだ。
僕たちは今、多元異世界を歩いている。ここは【星渡りの塔】と呼ばれ。
古の時代に七賢人が異世界からの脅威たち、大厄災を封じ込めた七魔塔の一つ。
各階層が異世界と繋がっていて、地上世界とは環境や生態系が大きく異なる。
――脅威とは即ち魔物だ。
かつて地上を跋扈していた敵対生物。現在は塔の内部でのみ存在が確認される。
冒険者はそれらの生態系を調べ、塔を踏破し英雄たちの残した遺物を集める職業だ。
いつの日か再び訪れるであろう大厄災に対抗する術を身に付け、技術を磨き上げる為に。
「……はぁ。本当に身に付いているんだろうか。魔塔に入って二ヶ月ちょっと、身体は痩せてく一方だよ」
三人から餌として与えられたパン屑を眺めながら、僕は結局溜め息を付く。
休憩時間に芸を求められ考え抜いた結果、クルトンさんの物真似をしたところ。
本人の怒りを買って昼食がコレになってしまった。お腹が何度も抗議の音を鳴らしてる。
「まともな食事は二日に一回。餓死しない程度で抑える辺り慣れてるよ、あの人たち……」
ここまでずっと僕は酷い嫌がらせを受け続けていた。
魔塔探索は極度の緊張から、ストレスが溜まる仕事だから。
その鬱憤を僕で晴らしているんだ。僕が反撃できない弱い子供と理解して。
こんな性格の人たちだと初めから知っていたら、パーティ参加を断っていた。
優しい素振りで人を騙して、抜け出せない奥地に入ってから本性を現したんだ。
もう絶対に、地上へ戻ったらこの人たちと縁を切る。
悪事をすべてギルドに報告する。それまでは我慢だ……我慢。
「――ちっ、奇襲だ。アサシンゴブリンの奴らが奥に潜んでやがった! 戦闘準備ッ!」
斥候に出ていたシーザーさんの叫び声が、休憩中だった僕たちの耳に届いてくる。
「よいしょっと、安全な場所は……あっちかな?」
戦いに巻き込まれないよう移動しよう。それが僕の役目。背中の荷物が最優先だ。
「おい嘘吐きロロアっ! どこに逃げるつもりだこの臆病者め!!」
クルトンさんが僕を荷物ごと引っ張ってくる。苦しい、首が締まる。
荷物を守ろうとしただけなんだけど。仕事して怒られるって理不尽だよ。
「シーザー、お前はいちいち騒ぎ過ぎなんだよ。奇襲といっても一方向からだろ。ゴブリン程度、落ち着いて対処しろよ。ロース、あのうるさい馬鹿に手を貸してやれ!」
「わかったわ」
クルトンさんに命じられロースさんが援護に向かっていく。
残されたのは僕とクルトンさんの二人。あっ……嫌な予感が。
「バラバラに行動したらダメだ! これが奴らの狙いなんですよ!」
「あぁ? 素人のガキが黙ってろよ。それとも俺たちを嵌めるつもりか?」
「違います。アサシンゴブリンは狩猟上手なんです。ただ前方からの奇襲で終わるはずがありません。必ず後詰めが控えている……例えば、戦力を半分割いた僕らの後ろとか……!」
『グギャアアアアアアアアアア!』
噂をすれば、後方から数十体のゴブリンたち。
「ほら言った通り。後ろに大量に潜んでましたよ?」
相手の狙いは初めからこちらの分断だったんだ。
アサシンゴブリンお得意の二段構え。うん、教本通りだ。
「お前っ、それがわかっていたならさっさと言えよ愚図が!!]
「伝えたじゃないですか。聞き入れてくれなかったのはクルトンさんですよね?」
そもそも冒険者が、魔塔に巣くう魔物の習性を知らないのもおかしな話だけど。
いちいち面倒だから覚えていないのか、これまで他人任せだったのか。どっちもかな?
「偉そうに口答えするなこの糞ガキ! 俺より偉くなったつもりか!?」
「いたいいたいいたいいたい、いたいです!」
耳を強く引っ張られる。あまりの痛さに涙が零れる。
って、泣いてる場合じゃない。死の危険が迫っているんだ。
紅瞳のアサシンゴブリンたちが弓や槍を担いで取り囲んでくる。
毒が塗られているのか、先端が紫に変色していて刺激臭を漂わせている。
「くそっ、せめて最期に俺の役に立て、二人が戻るまでお前が囮になるんだ!」
「えっ……? 嫌ですよ。あの数相手だと、僕じゃ一分しか持ちません!」
仕事柄、逃げ足と反射神経には自信があるけど。戦うのは苦手だ。
「一分でも見栄を張り過ぎだろ!? 大人しく俺の盾になれや!」
クルトンさんが強引に僕を前線へと押し遣ろうとする。
当然、僕は必死に抵抗する。荷物が重石となって地面を削る。
カチャリ
赤く腫れた耳に嫌な音が届いた。何かが……作動する音だ。
魔塔内部には罠が仕掛けられている。発動するまで効果は不明。
「これは……転移罠?」
幸運にも即死系の罠じゃなかった。
目の前の光景がグネグネと歪んでいく。
「お前だけ逃げるつもりか! 卑怯者め!!」
「踏ませたのはクルトンさんですからね!?」
◇
「どうしよう。パーティとはぐれちゃった」
見晴らしの良い丘の上に立ち、夕暮れを浴びながら僕は途方に暮れる。
天に浮かぶ疑似太陽が蜃気楼のように霧散して反転、夜空に星々が花開く。
繰り返し見てきた馴染みの光景だけれども、
こうしてじっくりと変貌を眺めるのは初めてだった。
魔物が蔓延るこの残酷な異世界で、たった一人で夜を迎えてしまった。
『役立たずは死に際になっても役立たずなんだな。無能め』
『せめて盾になるくらいはできただろうに、無駄死にしやがって』
『ばーかばーか。笑える』
そんなあるはずもない彼らの罵倒が、脳裏にまで届いてきた。
荷物持ちとして酷使され、辛い思いをして、こんな結末なんて。
僕個人で魔塔に挑んだ際は二階が限界で、すぐ逃げ帰ってきた。
ちなみに現在の階層はなんと二十五階。自己最高記録の十二倍だ。
生還できたらきっと褒めてもらえるはず。そう、生きて帰れさえすれば。
「荷物持ち一人で、どうやって生きて帰るの……?」
【星渡りの塔】を攻略するにあたって、適性能力を持つ冒険者は荷物持ちだとしても貴重になる。
寧ろ、荷物持ちこそ不足しがちなのだ。
我の強い冒険者が自分を殺し裏方に専念するのは難しい。
ある程度経験値のある裏方なんてどこも欲していて、常に上位パーティ間では奪い合いが起きている。
となると当然ながら。上位に含まれないパーティには、優秀な裏方はほぼ回ってこない。
つまるところ大半のパーティは僕のような、新人荷物持ちを危険地帯へと連れ回している。
生還率は……なんと脅威の40%。
冒険者たちを統括するギルドでも当然、何度も問題提議がなされているが。
騒ぐだけ騒いで終わり。今のところ具体的な対策は取られていない。
単純に志願者があとを絶たないから。これに関しては仕方ないと思う。
普段日の目を浴びない底辺冒険者にとって、成功を掴むチャンスなのだから。
高額報酬と人脈を得られるとなれば、多少のリスクを負う価値はあると。
しかも荷物を背負って裏方に専念するだけ。
前線で命を張るよりは楽な仕事じゃないのか?
――いや、初心者を連れ回すパーティに良識を求めたらダメだよね!
そんな当然の理が遅れて頭を支配する。今となっては後悔ばかり。
僕は今回の探索で嫌というほど実感した。生還率40%は紛れもなく事実だと。
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