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理不尽

作者: 黒澤心

 

     1/4


 福岡県行橋市から自家用車で高速道路に乗り、山陽本線を通って、瀬戸内海に面した山口県小野田市に到着するまでの所要時間は、小休憩を含めて一時間半だった。

 たかだか約九十キロメートルの移動を長旅と言うと大袈裟かもしれないが、長谷川大輔にとっては長旅に違いなかった。なんせ新卒で就職した商社の博多支店を出発地点として、四年で北九州へ転勤、そこから二年で行橋と県内をぶんぶん振り回され、今年はついに九州から出ろと命令されたのだった。人事部の連中は社員をスゴロクの駒だとでも思っているらしい。

 博多はよかった。買い物や遊び場に困ることもなかったし、県南部の故郷にふらりと帰ることもできたから。北九州も悪くなかった。行橋までいくと不満も借家の近所にコーヒー豆を自家焙煎している店舗があったので、大学生時分からドリップにこだわっていた大輔は随分と救われていた。

 かつて住んでいた街の風景が、スライドショーのように脳裏をかすめて消えていった。二年間という短いスパンで新天地へ投げ出されるのは苦痛でしかない。ほどよく住み慣れた頃に転居を強いられ、さらには故郷から遠ざかる。いつまでか分からないが、その繰り返しが延々と続くのだろう。

 高速道路の小野田ICを降りると、左右後背は山だか林だか判然としない樹々が生い茂り、前方の開けた景色に存在しているのは、ほとんどが一軒家と田んぼだ。二月末の寒空の下では、田んぼと言えども剥き出しの土壌が広がるばかりで物寂しい。いくらか車を走らせれば生活に困らない程度に商業施設は揃っているが、博多と比べるば不便と言わざるを得ない。

 そろそろ引越し業者がコーポに到着している頃だろう。早いところ荷物を運び込んで、美味いコーヒーを淹れよう。

 有帆川に掛かる橋を渡って、住宅街を右へ左へ曲がりくねった。先々週に内見で訪れたときの記憶がまだ新しく、カーナビの音声と脳内の映像記録が次々に照合されていくような感覚だった。

 ほどなくして引越し業者のトラックが目に入った。大輔は二階建てコーポの駐車場にマツダのセダンを停め、作業着姿の若い男に声をかけた。

「こんにちは、長谷川です」

「あっ、こんにちは。お部屋のほうは二階でしたよね?」

「そうです。あそこの階段を上がって、一番奥の部屋です」

 互いに「よろしくお願いします」と交わし、搬入が始まった。業者は三人で、全員が大輔と同年代か、年下に見えた。

 さすがに作業が速い。製造管理でデスクワーク中心の大輔と比べると、体力や筋力の差は歴然だ。荷物が少なかったとはいえ、搬入に三十分とかからなかっただろう。

 礼を言って、業者は去っていった。大輔はセダンから手荷物を降ろし、二度の往復で全てをワンルームの自室まで運び込んだ。

 スマホを確認すると、時刻は正午を回ったところだった。なにはともあれ、まずはコーヒーのドリップセットを用意する。

 部屋前の通路に面したキッチンに、磨ガラス窓から陰った日射が差し込んでいた。大輔はドリップポットに水を入れ、IHに置いてスイッチを入れた。

 ルーティン化された動作には、一切の迷いが無い。ドリッパーと紙フィルターを用意し、次に手回しコーヒーミルで豆を粉砕する。シティローストの固い豆がベキベキと音を立て、やや粗めの粉末となって粉受けに落ちる。挽き終わる頃にちょうど湯が沸くので、粉末をフィルターに流し込み、湯を注ぐわけだが、蒸らしの時間は三十秒しっかりとって、あとは焦らず、円を描きながら静かに注ぐ。

 大輔は香り立つブルーマウンテンをすすった。

 美味い。全身の筋肉が弛緩するような安らぎが全身に満ちる。

 ほのかな余韻を残し、さらりとした苦味と酸味が、すとんと胃に落ちていった。

 一服が終わったら昼飯でも食いに行こう。今日は土曜日だから、荷物の整理は明日の昼頃にでも起き出して、適当にやればいい。そしていよいよ月曜から次年度に入り、新たな勤務地での仕事が始まるのだ。


     2/4


 大輔の務める企業は二月が決算で、三月から次年度となる。転勤の辞令が二月頭に言い渡されるので、転居先は一ヶ月以内に、それも休日や仕事の合間に探し出し、引越しまで済ませてしまわなくてはならない。つまるところ悠長に物件を吟味している余裕などなく、コーポの住人のことなどまったく知らぬままに越してきたのだった。

 契約は済んでしまったし、いまさらとやかく言ってもしかたないことなのだが、どうにも気色悪いコーポだ。

 契約の際に一度だけ会話した、他所に住んでいる木船という大家の男は、大輔よりふた回りは年上に見えたが、目の下に疲労が滲みだしたような濃い隈を作っていて、あるいは実年齢以上に老けているのかもしれなかった。彼から得られた情報といえば、上下階の各三部屋ずつが、大輔が入った部屋以外は全て埋まっているということくらいだった。


 先日、日曜日の昼過ぎに手早く荷物を整理し、住人に簡単な挨拶へ伺った。隣室から順番にと思ったのだが、上階の二部屋は呼び鈴に無反応で、そもそも人間の気配すら感じなかった。やむなく階段を降り、一階の各部屋を回ったのだが、住人は出てきたものの、誰も彼も反応がおかしかった。

 最初の部屋から出てきたのは、目つきの鋭い中年のおばさんだった。ドアチェーンをガコンと鳴らし、隙間から覗き見て「なんですか?」と言う彼女に、「上の階に越してきた者です」と伝えた途端、バタンと戸を閉められてしまった。次の部屋では、二十代と思わしきそこそこの美女が出てきたので、爽やかな笑顔で挨拶をしてみたのだが、上の階に入ったと伝えるやいなや血相を変えて、おばさんの時と同じく即座に閉められてしまった。最後の部屋では、メガネを掛けたぼさぼさ頭の貧相な青年が出てきたので、相手が男ならと思い身構えて挨拶をした。案の定と言うべきか、戸を閉められそうになったので、ドアに爪先を挟んで無理やり話を聞き出した。

「あのっ、ちょっと待って!」

「なんですか、やめてください!」

「話を……。少しだけなんで、教えて欲しいことがあるんです!」

「はぁ。なんですか?」

「上の階に住んでいる方のことなんですが」

 大輔が言うと、青年は心底嫌がっている様子だった。それだけでなく、どこか怯えが揺蕩っているようにも見えた。

「挨拶に伺ったんですけど、どっちの部屋も留守のようでしたので」

「だからなんですか? 俺には関係ないですよ」

 殴りつけてやろうかとも思ったが、この歳にもなってそんな事はできない。先の住人たちも同じく、何か口に出すことを憚られるような事情でもあるのだろうか。

「どういった方が住んでらっしゃるんですか? 夜勤の方とかだったら昼間に挨拶は迷惑でしょうし、差し支えなければ、教えていただきたいんですけど」

「……真ん中は大家の叔母が住んでます。階段側は佐伯っておじさんが住んでましたけど、しばらく留守みたいですよ。ほら、車が置きっぱになってるでしょ」

 青年が指差す方へ振り返ると、たしかに砂埃にまみれた黒い軽自動車が停まっていた。内見の時から同じようにして停まっていたことを思い出した。

 大輔が気を逸らした瞬間に、青年はバタンと戸を閉めてしまった。

 おそらく彼らと話す機会は、もう訪れないだろう。

 部屋に戻った大輔の気は塞いでいた。別に仲良くしたかったわけでもないのだが、ああも拒絶されると胸にくるものがある。特に若い女から避けられたことがショックだった。

 それにしても、やはりおかしいのではないか。いくら他人に興味がないとか、関わりたくないと考えていたとしても、愛想笑いの一つくらい見せてくれてもよかったはずだ。彼らとて、住人同士で関係が悪化することなど望んでいないだろうに。


 釈然としないまま日曜が終わり、初出勤の日となった。始業時間は八時半だが、慣れるまでは早めに出勤しようと思い、職場まで十五分の道のりではあるが、七時半に部屋を出た。

 廊下を階段へ向かって歩いていると、何か妙な音が聞こえる。大輔は立ち止まった。誰かがぶつぶつ、独り言を言っているらしい。

 足音を立てないよう、そっと近づくと、階段に座り込み、首をにゅっと前方へ突き出すような猫背が見えてきた。

 薄桃色のパジャマを着た老婆だった。前方にじっと顔を向けたまま、何事か延々と呟いている。ひどく痩せ細っているようだ。水気の無い灰色の縮れ毛が肩口で四散し、よく見るとフケも散っていた。

 勘弁してくれ。

 声を掛けるか迷ったが、おそらく無駄だ。何より関わりたくなかった。

 一階の住人が変だった理由がそれとなく分かった気がした。この老婆、大家の叔母がおかしな人物で、関わるとろくなことがないのだ。佐伯という男も、揉め事を起こして出て行ったのではなかろうか。上階に越してきた人間はことごとく老婆とトラブルになるので、我関せずを決め込んでいる、といったところだろう。

 狭い階段に座り込まれては邪魔でしかたないが、幸い端に寄っているので、なんとか脇を通ることができそうだ。

 大輔は何事もないようにして、静かに脇をすり抜けた。こういう人物は刺激するのが最も危険なのだ。

 大輔が小学生だった頃、近所にヒサヒロと呼ばれる渾名か本名か知れない五十代の男が、ぼろぼろの一軒家に一人で住んでいた。無職らしき彼は、夏場になると白のタンクトップにベージュの短パンという虫取り少年のような出で立ちで、家の周りの雑草を必死に刈り取っていた。そんな彼を団地に住んでいた悪ガキどもと一緒になってはやし立てると、ヒサヒロは呂律の回らない怒声を上げ、草刈鎌を振り回しながら追いかけてきた。

 今になって考えると、道徳を踏み外していたこととか、一歩間違えれば殺されていたかもしれないことなど、あまりの愚かしさに反省が絶えない。

 一階の住人に倣って、自分も関わらないようにしよう。そう決めようとした大輔だったが、ふと聞こえてきた老婆の独り言が、頭の片隅に染みとなって残った。

「――もう、病院には戻りたくありません。カヨちゃんが、探しに来るんです」


     3/4

 

 小野田市に根を下ろして、早くもひと月が経とうとしていた。相変わらず老婆は階段に座り込み、おそらく毎朝、寒空の下、薄着なのに寒さなど意に介さぬ様子で何事か呟き続けていた。

 観察していて分かったことがある。老婆は朝の七時頃に部屋から出てきて階段に座り込み、十時前には部屋に引っ込んで息を潜めているらしい。もっとも、綿密な調査をしたわけでもないので単なる予想にすぎないのだが、平日でも休日でも行動パターンは同じのようで、大輔が外出と帰宅を繰り返すうちに導き出した答えだった。

 ただし、何を呟いているのか、内容に関しては謎のままだった。断片的にしか聞いていないが、どうやら自問自答の類ではなさそうで、過去に誰かと行った質疑応答や説明をリピートしているようだった。

 土曜日の正午、大輔は静かに自室の戸を開けた。

 廊下には誰もいない。まさしく閑静と言うにふさわしいコーポ付近では、時おり往来する車両のアスファルトを蹴る音が、遠く過ぎていくだけだ。

 忍ぶように佐伯宅のドア横まで歩き、屋外給湯器の上に隠しておいたボイスレコーダーを回収して、そそくさと自室に引き返した。

 前傾した老婆の背丈では、給湯器の上まで視線は届かない。昨日の社内会議でメモ変わりにボイスレコーダーを使っていたら、出来心が起きてしまったのだ。

 大輔はドリップポットをIHにかけた。抽出の準備を整えて数分後、湯が沸いたことを確認してIHのスイッチを切ると、その指先のままボイスレコーダーの再生ボタンを押した。


 ミナミ小学校、三年生、木船スズコ、九歳です。

 カヨコさんとは、友達でしたけど、私やハルエさんは、カヨコさんが真似っ子ばかりするので、あまり、好きではありませんでした。

 十八日に、ハルエさんが、かくれんぼをしようと言い出して、学校が終わってすぐに、私と、ハルエさんと、ミヨさんと、カヨコさんで、サタケバルブ工場に行きました。裏手の窓が割れているのを知っていたので、そこから入りました。

 じゃんけんで、カヨコさんが鬼になったんですが、みんなでパーを出すって、学校で決めていたので、予定通りでした。ハルエさんが、全員見つけるまで絶対に帰っちゃダメ、と言って、カヨコさんを置いていきました。みんなもそれについて行って、もういいよ、とカヨコさんに声をかけてから、窓からこっそり帰りました。

 夜になって、お母さんから、カヨコさんが家に帰ってないと聞いて、怖くなって、知らないと言いました。ハルエさんやミヨさんが、本当のことを言ってたらと思うと、怖くて眠れませんでした。次の日になって、みんなで内緒ねって、約束したけど、先生から、カヨコさんが死んだって聞いて、ちょっとずつ、ミヨさんが、おかしくなって。

 毎日、ミヨさん学校で、カヨコさんが探しに来る、って言うんです。夜になると、カヨコさんが来るって、言うんです。そんなの、信じてなかったけど、ミヨさんも、死んじゃった。ハルエさんも、死んじゃった。みんな、死んじゃった。

 私だけ、まだ生きてます。なんででしょうか。もう、嫌です。早く、連れて行ってください。

 夜になると、カヨちゃんが、探しに来るんです。もう、見つかってるんです。枕元で、くすくす笑ってるんです。

 腕も、足も、縛らないでください。もう暴れませんから、外してください。耳を、塞がないと、カヨちゃん、耳元で、笑うから。

 もう、病院には戻りたくありません。カヨちゃんが、探しに来るんです。


 大輔はボイスレコーダーを叩き切った。

 馬鹿なことをした。関わるべきではないと分かっていたのに、藪蛇もいいところではないか。

 長々と老婆の妄言が垂れ流されただけだったが、妙なリアリティを孕んだ内容には戦慄を禁じ得なかった。粟立った肌が戻らない。

 コーヒーは未だ半分も抽出されていないが、湯に浸っていなければならないはずの粉末は完全に空気に晒されていた。我に返った時には手が止まっていた。

 最悪だ、失敗した。飲むまでもなく不味い。

 捨てるのはもったいないので、しかたなく続けて湯を注いでみたが、出来上がったコーヒーは嫌な渋さが浮き出してしまい、ミルクを混ぜなければ飲めたものではなかった。


     4/4


 大輔はひどく後悔していた。あの独り言を聞いてから、とにかく寝つきが悪い。

 ――夜になると、カヨちゃんが、探しに来るんです。

 老婆の言葉が不意にフラッシュバックし、おどろおどろしい妄想ばかりが膨らみ続けている。恐怖の元凶が、今この時も隣室に巣喰って息を潜めているのだ。

 気にしないように努め、ようやく微睡み始めたころに、暗闇から迫り来る顔の無い少女の悪夢を見て、心臓が激しく拍動すると同時に目が覚める。こんなことを毎日のように繰り返していては、いつ気がおかしくならないとも知れん。

 この時候、夜間の外気は未だ肌に刺さるほど低く、動植物も暖気を待って深い眠りについている夜長には、まさしく静寂が降り立ち、常なら布団にくるまって心地よく眠れるはずが、むしろ大輔の五感と想像力を過敏にしてやまなかった。

 今は何時頃だろうか。床に着いたのは0時前だったが、もう一時か、二時くらいにはなっているだろうか。

 何度も寝返りをうった。そしてふと、隣室から届く、壁越しのくぐもった音に気付き、大輔は凍り付いた。

 にじり寄る蜘蛛のような緩慢さで、静寂の帳が、ゆっくりと開いた。

「あぁあああああ――ぁああああああ――――」

 音階を低くした時報のサイレンにも似た響きだが、違う。重々しく空気を震わすそれは、紛れもなく、しわがれた老婆の呻き声だった。

 大輔が音の正体に思い至るまで十秒ほどを要した。老婆の呻きはひと息が異様に長く、ぼそぼそ呟いている姿しか見ていなかった大輔は、その病的に痩せ細った肉体のどこから延々と呼気が吐き出されているのか理解できず、不気味でならなかった。

 しばらくして、ベキベキ、バリバリ、と何かが折れ砕けるような生々しい怪音が混ざり始めた。コーヒー豆が砕けるよりも、鈍く湿り気を帯びた音。それが何の音なのか、大輔は判断しかねたが、頭に浮かんだイメージは、プレス機で挽き潰される骨付き肉だった。

「あぁあああああああああああ――――」

 呻きが大きくなり、怪音までもが増幅される。次第に耳元で鳴っているような錯覚に囚われ、大輔は小刻みに震える手のひらで耳を覆った。

 どれくらい、そうしていたか分からない。緊張が続き、体力が限界に達した大輔は、恐る恐る周囲に耳をすませた。

 無音だった。何事もなかったかのような静寂。

 部屋に自分以外の誰かがいる、などということもなかった。

 馬鹿馬鹿しい、当たり前だ。なにを怯えているんだ。どうせ、いかれた老婆が夢遊病的に部屋で暴れただけだ。

「クソッ、ふざけんな」

 あえて声に出し、拳を握り締めたが、いちど湧き出した怖気は、取って付けた怒りなどでは容易に拭い去れない。悪態を吐きながらも、目と耳は警戒を緩めず鋭敏に機能し続けていた。

 こんな状況でなければ聞き逃していただろう。外で小さくカチャリと鳴ったのは、隣室のドアが開閉した音だ。

 気配が廊下を伝ってくる。布団から半身を起こした大輔は、キッチン上の磨ガラス窓を食い入るように凝視した。

 薄暗い蛍光灯に照らされて、人影がぬるりと現れた。背の曲がった薄桃色のシルエットは、まさしく老婆に違いなかった。

 いや、おかしい。なぜ上半身が見えているのか。老婆の背丈であれば、見えたとして肩あたりまでのはずだが。

 老婆は動きまでもが奇怪だった。歩いているのなら、少なからず胴体は上下左右にぶれるはずなのに、あたかも浮遊しているかのごとく横方向にだけスライドしているのだ。

 音もなく、老婆は大輔が見据える正面まで移動し、そこで動きを止めた。

 その先は行き止まりだ。さっさと踵を返して部屋に戻ってくれ。

 もはや怒りでは誤魔化すこともできず、大輔は祈るしかなかった。

 老婆がくるりと向きを変える。大輔が部屋の中から見ていることを知っているかのように半回転すると、磨ガラス越しにでも顔の造形が分かるくらい近づいて、言った。

「ねえ、いるんでしょ?」

 大輔は釘で刺されたかのように動けなくなった。

「ねえ、いるんでしょ? ねえ。ねえ。ダイスケくん」

 叫び出す寸前だった。逃れられない理不尽で思考が崩壊し、疑問と謝罪が煩雑な渦となって脳を支配した。

「イヒヒッ。イヒヒヒッ。もう、いいかい?」

 老婆は笑った。

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[良い点] 好奇心は猫をも殺す、というボイスレコーダーが新鮮でした [一言] 大分に行橋があるような平行世界に何時の間にか「転勤」していあのでしょうか。なら怪異が出てもおかしく無いですが、マジの設定な…
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