メモリー1 スキル無し発覚
僕の初めての記憶は、苦しさと喜びの交じりあったような、痛みを我慢しながらも泣き顔でこちらをのぞき込んでくる女の顔だった。
僕は一目見た瞬間、ああ、この人が僕の母親なんだと確信した。次に目に入ったのは母の隣で心配そうに、何をしていいのか分からずオロオロしているだけの男、父親の顔である。
そう、もうお分かりだと思うが僕は生まれてから今年で七歳になるが、その間に起きた出来事を窓の外に見える太陽が何度沈んだかまで事細かにすべて記憶しているのだ。
まあ、いわゆる完全記憶能力といったところだ。この能力によって僕は七年間たくさんの人からもてはやされて生活してきた。
まあ、当然といえば当然だろう。一度教わった子は絶対に忘れないし、剣術も学術も大人顔負けの実力なのだ。おまけに僕の住む町はそんなに大きなものではない。
そんな町では噂なんてものは一瞬で町全体に広まってしまうのである。
みんなが僕のことを褒め、神童なんて言われて将来を大いに期待されているのだ。
そんな人生を送ってきた僕はまあ、天狗になっていた。僕は偉大な人物となり、歴史に名を刻むのだと根拠のない自信に満ち溢れていた。
そして、今日は僕の伝説的な人生の一歩目となる記念すべき日だ。
「レイド、いよいよ今日だな!」
ウキウキといった言葉が一番似合うであろう様子で、今までの人生で最も聞いたことのある言葉である俺の名前を呼ぶのは父である。
「そうだね、今から楽しみだよ」
僕は内心ではとてもそわそわしながらも、落ち着いてる風に返事をする。
「相変わらず我が息子はクールだねぇ」
父が茶化すようにそう言う。
「あらあらあなた、レイドちゃんは一見クールぶってるけど内心ではとてもワクワクしてるのよ。それこそ楽しみすぎて昨日の夜は寝られなかったくらいにはね」
「おお、そうなのかレイド?」
うふふと笑顔で僕のことをちゃん付けで呼びながら会話に参加してきたのは僕の母である。母はおっとりとした性格で天然なように見せかけて、とても勘のいい人間である。
―――どうして母さんは僕が昨日眠れなかったことを知ってるんだよ。
「いや、べ、別に熟睡だったけどね?」
「その割にはレイドちゃんったら目の下にクマが出来てるわよ?」
「なっ……!」
自分の目の下を指でさしながら話す母。その指摘に反論できず黙ってしまう僕。
「うふふ、ちなみにクマは嘘よ。でもその反応を見る感じ寝れなかったのは本当みたいね」
「……」
どれだけ、神童ともてはやされていてもどうやら母には勝てないらしい。
「ははは、母さんに一杯食わされたなレイド。まあ、【お告げ】の前の日なんだし眠れないのもしょうがないさ」
そう、なぜ今日が記念すべき日なのかというと今日が【お告げ】の日だからである。【お告げ】の日とは七歳になった時に誰もが行う儀式で、簡単に言えば自分の才能を教えてもらうためのものである。
この世界の人間はみんなスキルを持って生まれてくる。例えばスキル<炎生成>を持って生まれてきた人間は炎を生成する事が出来るし、スキル<剣術>を持っている人は剣の扱いが自然と分かるようになるといった具合だ。
そのスキルが何なのかを教えてもらえるのが【お告げ】の日になる。
スキルは後天的に獲得できることもあるが、それらはすべて生まれ持ったスキルの派生でしかない。なので生まれ持ったスキルの数や能力によってこの世界ではその人間の価値が決まるといっても過言ではないのである。
「そうよぉ、私たちだって【お告げ】の日はそれはそれは興奮したものよ。父さんなんかほんとに目の下にクマを作ってたわよ」
「ちょっと、母さん!恥ずかしいからやめてくれよ。まあ、そういうことだレイドよ。ちなみに母さんはその頃から可愛くてなぁ、天使のような七歳児だったよ」
「やだ、あなたったら~」
【お告げ】の話を口実に目の前でイチャイチャしはじめる二人。ちなみに二人は幼馴染で小さい頃からの付き合いらしい。
この手の惚気話は俺が0歳の頃から幾度となく聞かされていてる、ちなみに今ので4315回目の惚気である。
「っと、そろそろ時間じゃないかレイド?」
イチャイチャするのを中断して僕の方を向く父。時間を見ると昼を少し過ぎたくらいになっている。
「そうだね、じゃあ行ってくるよ、伝説を作りにね!」
僕は自信満々でそう言って、笑顔で見送ってくれる二人に手を振って出かける。
【お告げ】の儀式を行う場所は教会である。教会に行くと、そこそこの人だかりができていた。
一体何事かと見ていると、その一団が僕に気づいてみんなこちらを見てくる。
「お、来たぞ!トッドさんとレイさんちの子供だ」
「あれがそうか!」
「レイドー、期待してるぞ!」
トッドとレイというのは俺の父さんと母さんの名前だ。つまりこういうことである、あの集団は僕の【お告げ】を見るために集まった集団だということだ。中には見知った顔もある。
それだけ僕という存在が期待されているということである。
「任してよ!僕が有名になってこの町を英雄の生まれた町にしてあげるよ!」
僕は自信満々にそう言いながらみんなに向けて手を振る。
みんなは喜んでこちらに手を振り返したり、はしゃいだりしている。
それを見ながら、僕は教会に入っていく。教会に入るといかにもザ・神父という顔の人が声をかけてくる。
「君がレイド=アグニスだね?私はこの教会を任せられている神父のクリスというものだ、よろしく」
やはり神父だったようだ。
「はい、レイド=アグニスです!今日はよろしくお願いします」
「うん、君の噂はよく聞いているよ。何をやっても大人顔負けの能力を発揮しているってね。さぞたくさんのスキルを持っているのだろう、<鑑定>するのが楽しみだよ」
「はは、そうですね」
クリスさんがニッコリとしながらいう。<鑑定>というのはスキルのことで神父になる人はみんなこのスキルを所持している。これによってどんなスキルを持っているのか知ることができるのである。
クリスさんは僕がいろんなこが出来るのはスキルのおかげだと考えているようだ。
―――まあ、僕が大人顔負けにいろいろできるのは完全記憶能力のおかげなんだけどね
しかし、このことは誰にいっても信じてくれないのでもう僕は諦めている。
「よし、じゃあ始めようか」
「はい!」
そういって、クリスさんが僕の頭の上に手をかざす。
すると、淡い光がクリスさんの手のひらから現れる。
―――ここからだ、ここから僕の伝説が始まるんだ!
そう考えながら、胸を躍らせて鑑定が終わるのを僕は待つ。
「……鑑定は終わったよ」
クリスさんが苦々しい顔でそういう。
僕はその顔に疑問を感じながらも、好奇心を優先させ鑑定の結果を聞く。
「それで、僕のスキルは何だったんですか!何個のスキルがありましたか?」
興奮しながら僕は質問する。
「レイド=アグニス、君のスキルは……0だ」
「え……ど、どいうことですか」
クリスさんが何を言ったのか僕は理解できず聞き返す。
「君は何のスキルも持っていないスキル無しだ」
しっかりと聞き取れるように再度、告げられる
そう、僕は前代未聞のスキル無しだった。