8話 新しいヒロインを生き埋めにしたときの賠償金額を答えなさい
振り向くと、勇者に紹介された女盾士ライラがいた。
傷一つない銀白の鎧。縁は赤色がポイントとなって塗装してある。
腰には細長い中型の剣を携えて、抜こうとしている。
肌をさすほどの殺気だ。
なぜ、俺に殺気立ってるかというと、パーティーの女魔法使いを力の限り叩いて、地面に生き埋めにしてしまったからだ。
「どうしてウチの魔法使いが、その……地中に埋まってるのか……説明してもらえますか?」
俺がうろたえていると、魔法使いが地面からはい上がってきた。
よかった……。生きていてくれて。
「ライラ、良いのです……いーんだよ! わた……大魔法使いのあっしが、こいつの力を試していたのです……ってよ」
俺が叩いた瞬間に、マエの肩の部分に光のようなものが具現化した。こいつが大魔法使いといったのは伊達ではないのだろう。俺の攻撃(愛の肩たたき)の威力を瞬時に魔法で相殺したのだと思う。そうだよな?
「いやとんでもない力でござい……だなー。本当に人間なのでしょう……なの? 巨人族とか?」
キャラが崩壊して誰がしゃべっているかわかんないと思うけど、いまお話されているのは魔法使いのマエさんです。
「くっっっ! 駆逐してやるーーーーー」
俺はお約束のリアクションをした。
巨人が人間を食う時の顔をまねた。
マエと俺は身長が40センチぐらいは違うので、
まさにちょっとした巨人に見えるのだろう。
「ひぃぃぃぃぃ……。おやめになってくださいまし」
マエが杖を振りまわし、さりげなく俺に攻撃していた。
――全然、痛くないんだけどね。
非力な魔法使いの腕力では、むっちん筋肉のわたくしには傷ひとつ、おわすことはできませんことよ。
ふは、ふははははははは。
「無視しないでいただけますか。マエ、大丈夫なのですか。
トラブルでなかったら私は勇者のもとに行くけど?」
ライラの問いに魔法使いは首をふった。とんがりハットに付着した土がポロポロと足元にこぼれ落ちる。
「平気です……からなー。全然大丈夫! この道案内さんと仲良くしてたところだから、勇者のところ行ってきてくだ……。ゴーイングマイウェイ! ウェイ!」
へらへらとライラを見送ったあと、急に重い口調でマエは問うた。
「なんなんですか、そのバカ力は。レベルは? 年はいくつ? どこ住み? 住所教えて? 伝書鷹やってる? 兄弟は? 彼女は……いますか?」
有無を言わさない頑なさで質問された。最後だけなんか照れてたけど。
頭をかいた。
レベルというゲーム的概念は共通事項なのか。元の世界ではまずないけどな。
LV99なのは言わないほうが良いのかもしれない。
強さを誇示すると、最終兵器人間として全面戦争の交渉材料に使われたあげく、パージ(戦略的ポイ捨て)されるのがオチだろうよ。
とはいえ、こんな少女にあえて嘘をつくまでもないか、と瞬時に頭を回転させた。
「LV99。19歳。アルゼン山脈の洞窟。伝書鷹やってないけど、ニックかわいいからやりたい。兄弟いない。彼女はいない(年齢)」
「はっ? レベル99!!!!!!!!!!!! 高っっっ!! そんなヒム人いるの? 」
マエは考え込んだ。なにかをぶつぶつと呟いている。
「マジュール人やマジュール王に、なにか心当たりは?」
マエは質問しながら、顔を近づけてきた。その瞳はハットに隠れ、見ることはできない。
「魔法に特化した種族ってことぐらいしか知らないな」
マエはさらに顔を近づけてきた。もしかして、ハット部分に穴が開いていて、そこから見えるのかとすき間を探したが、見つからなかった。
「嘘は、いっていないようですね。して、ティンカさん」
マエは帽子を被りなおし、首をふった。よほど聞きたいことだったのか、キャラ崩壊もお構いなしやん。
ティンカはマエの目の前まで飛び、よろしくと言った。
「あなたは精霊使いなの?」
「 ティンカは精霊になるのか? イマジナリーフレンドだとばかり」
「イマジ……? フレンドってなんなのでしょうか?」
「うーんと。想像上の友達? ぼっちで友人がいない俺のいつもそばにいてくれて。他の人からは見えない。そして、大人になると、消えてしまう」
自分でいっていて、泣きそうになってきた。ティンカもマエも泣きそうになっている。なぜだろう。この3人は孤独を共有しているのかもしれない。もしくは立派な厨二病をこじらせておいでなのですな。
男達の嬌声が聞こえてきた。
小さな酒場のテラス席で、二人の男が談笑している。
男の酒樽が揺れて、もう一人の筋肉隆々の強面男の顔に派手にかかった。
床にぼたぼたと葡萄酒の紫色が血だまりみたいにたまっていく……。強面男の顔も紫色に変色していた。
辺りは静まりかえった。ぴりぴり、と背筋に怖気がはしる。
――あかん。乱闘の予感や。
距離はかなりあったが、巻き込まれたらたまったもんじゃない。ふたりを連れて酒場のある広場から離れようとした。
しかし、男たちはガッハハハッと笑って、腕を組んで踊り出した。村のみんなも一緒になってワルツを踊る。
広場からは村のちいさな市場も見える。そこでは、年がいって見える男が、いつも果物を万引きしていた。店主はそれを見ていながら、なにも言わなかった。
考え方によってはある種の優しさみたいなものだと思う。
しかし、なにも感じていないようなのっぺりとした表情、何事もなかったかのような立ち振る舞い、リアクションにいたるまで、異質だった。
マエやライラには、村人に感じる違和感が感じられないのだ。
俺が変だと思ったことをマエに聞いて見た。
「えっ?」
マエの声のトーンが上がった。
ニックがそれにあわせ、鳴いた。
「まさか……知らねーのか?」
怪しむ気配を察した俺は、とっさにごまかした。
「うん。実はずっと山の奥で育って、この世界のこと全然知らないんだ」
嘘はついていないな。さすがに他の世界から転移してきたなんてことはこの子には言えない。頭がおかしいと思われるだろう。
「そう……ずっと山の奥で……苦労したんだなぁ。だから、そんなに筋肉がむっちりしてんだなー」
マエは改めて、俺の体をジロジロと見つめた。あっっ。視線がくすぐったいよぉっ。もおうぅぅっ。これ以上見たって、筋肉は増えないんだからねっっ。
「ユーキ……。巨人に育てられたんだ……」
「巨人いうなー。くくくくっっっ駆逐駆逐、くちくー」
マエと追いかけっこする。この子とはうまくやれそうだなぁ。
村長と勇者とライラが宿屋から歩いてきた。
「勇者様が呼んでおる。酒場に来てくださらんか?」
小さな酒場へと歩いていく。
これから、アルゼン山脈登頂ルートの選定を行う。
さきほど酒を被った男が、紫に変色した顔で踊り狂うのが、妙に気になってしまった。