19話 人生でいちばん長い夜
白竜はそのぐりぐりした紫色の眼で俺を睥睨した。
白竜の眼が濡れているように見える。雨に濡れているだけだろうか。
白竜は何度か、うなずいたように見えた。
口をおおきく開けた。白い4本の尖った牙が闇の中でするどく光る。
周りが暖かいなぁ、と思っていると、みんなが俺のからだに隠れていた。
俺が隠れたいよー!!!!!!! 勇気ステータス1をなめんなよー。
食べないで!
おいしくないよ。
筋肉の味するよ!
たぶん、固いよ。プリプリしているよ。あっ! なんかおいしそう! だめじゃん。
プロテインみたいな味もするかも!
間違えた! 最近のプロテインはおいしい。
ティンカが、俺、ワキガだってさ。
死ぬぜ。
だから、食べないで。
ごめん。やっぱ、俺のワキガ説、最後だし否定してもいい?
まさか、最後が、竜食い殺されエンドの異世界転移ってどう? 需要ある?
屈んでいたマエが急に立ち上がって、竜に向かって首を振った。
いったい何やっている!竜に狙われる! とっさに頭をつかんで地面にスライディング。
ぶぶっひ、と声が漏れる。
白竜が高速で首を伸ばしてくる。
へ……ヘディング?
死を覚悟し、みんなを抱きしめ、目を閉じた。
大地が揺れ、からだが宙に浮いた。
まだ、意識は、ある。
そっと、目を開ける。
砂埃がすごい。手もからだも残っている。
ティンカもいる。よかった。
いま、白竜はなにをした?
左側を向く。
白竜の瞳が、わずか15センチ。ポッキーゲームの開始位置にあった。
「どわわわわわわーーーーーーーー!!!!!」
白竜は何事もなかったかのように首をゆっくりと元にもどす。
その間、俺を見つめ続けた。食べようと吟味してる? あっかーん。いちばん大きな獲物やもんね。
もうだめだ。思考が働かない。エセ関西弁になってきた。
白竜が首を突っ込んだところをのぞく。
砂埃がすごいし、強雨で見づらいが。
洞窟ができあがっていた。
さっきまで岩肌だったところに穴、あいてまーす。
すっごーい。竜ドリルだねー。すっごーい。
恐怖展開に追いつけず、語彙が残念なことになってきましたよ。
穴には、ゴブリンが3体死滅していた。
白竜はなぜか誇らしげに胸を張った? 大胸筋を動かしただけ?
あっけにとられている俺たちを尻目に、白竜は鳴いた。
低く、高音もカバーし、エコーも利いた、不思議な魅力の声音だった。
白竜は、ハンターウルフやゴブリンを爪や翼でなぎ倒していった。そのたびに大地が揺れ、爆発が起きた。
はやい話が、地獄絵図。
仲間割れ? そもそも仲間じゃなかった?
チャンスだ!
勇者を見ると、うなずいた。
よし、作戦再開!!!!!!!!!!!
俺はぬけた腰を無理矢理、はめた。ふんふん,って叩いて、立たせた。
全員を積み込み完了! 忘れ物なーし。みんなを連れて、出発しんこー。
白竜が攻撃したことで、一目散に敵も逃げ出した。
ゴブリン達はこっちには攻撃してくる。前世で俺、こいつらの先祖、殺しまくったのかな。
一気に白竜の真横を突っ切る。
攻撃されたら一発、アウトだ。
白竜の目を見ながら、駆け抜ける。
白竜はまっすぐに、俺を見つめてくる。
なんなのだ。こいつは。
白竜から距離をとりつつ、ゴブリン達のいない場所へと進む。
弓兵が俺たちに弓を構えている。
「ライラ、弓が来る!!!!!!」
「任せて」
ライラが盾を構える。肩をせり出したまま、弓兵に向かって突進していく――。
と――。
背中が、すげー熱いんすけど。
なになに。えっ?
振り返ると、なんですかー。
ひーーーー。
火の玉、飛んできてるんですけどー。
白竜のドラゴンブレスであった。
まじかよー。俺たちにも攻撃してくるのか。終わったぜ。
とっさにスライディングし、水しぶき!!!!!! 全員屈ませた。
熱が近づき、大量の汗がふきだしてくる。
まさかさ、思わないよね。ローストビーフとか、豚の丸焼き見てさ。自分がそうなるってさ!!!!!!
おや……。
おやおや。
衝撃がやってこないと思ったら、火の玉は上空にふわっと上がって、落ちてー。目の前の弓兵を焼き払った。
サッカー選手のヒールシュートみたいだった。
ゴブリンの断末魔はガラスをひっかくような音で、そうとう苦しかったんだろう。
逃げるゴブリン達を白竜は掃討した。
背中越しにそれを見ていた。
その後、一切後ろを振り返らず、走り続けた。
おそらくこのあたりは忘れずの森の近くだろう。
振り返るもだれも追ってきていない。逃げ切ったはず。
白竜はなぜか追ってこなかった。
俺たちを助けたのだろうか?
結局敵か味方かわからなかったけど。
いつの間にか雨が上がった。全員が立てなくなるぐらいの疲労と恐怖を植え付けられた。
「よくやってくれた。君のおかげでみんなが助かった。ありがとう」
おお。はじめて勇者から礼をいわれた気がする。悪くないものだな。
それよりも、いまは休みたい。
急いで火をおこす。
ずぶ濡れのからだ。みんなで裸になって毛布にくるまって暖をとった。
いつもだったら、いやほぃー。ライラの裸―、マエの裸―、ティンカ……は条例違反と色気0のゴアテックスー、とむふふーな展開になるが、いまは疲れ、恐怖により、無理です。すんません。
【――おつかれさま~! よくぞ生き残ったね! 偉いぞ! 経験値ががっぽがっぽ、ぼっぼっぼ~。
ちゃららーん。レベルアップ~。
ライラ レベル2→レベル4に。
勇者 レベル3→レベル5になりました~。
お手すきの時にステータス確認してみてね~。
じゃね~おやすみ~。いい夜を。ミッドナイト・ティンカチャンネルがお送りしました~】
久しぶりの天の声を聞きながら、
泥のように寝た――。
唐突に、なんの前触れもなく、白竜が降りたってきて、俺たちの寝込みを襲う。
白竜の紫の瞳が獲物を狙う。
マエが風魔法を放つも、ドラゴンブレスによって丸焼きにされる。
「マエ!!!!!!!!!!」
マエは消し炭になり、骨しか残らなかった。
ライラが盾を構えるも、白竜の爪で盾ごとからだが真っ二つになる。
「ライラ!!!!!!!!!」
俺は叫び続けるだけ。怖くて、からだが動かない。
急いで、マエとライラだったものをかき集める。
逃げなくては。逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては。
俺の周囲がすべて真っ黒になる。
後ろに、白竜が立っていた。
「ユーキ!!!!!!!!!!」
ティンカが俺をかばってからだがバラバラになる。
「ティンカ!!!!!!!!!!!!!!!」
「なんで、こんな役立たずの俺を残していっちゃうんだよ」
「勇者、勇者……助けてください」
俺が泣き叫び、勇者にすがつくと――。
勇者の首が、なかった。
「ああ、あああああ」
「大丈夫だ。勇者は死んでも、勇気は消えない。勇者は君だ」
首のない、勇者がしゃべった……。
「ああ。そうだった。オレが勇者、だった。そうだったな」
俺は、ひとりごとを言った。その瞬間、不思議と恐怖が霧散した。
勇者の剣をとって、白竜と対峙した。
「――勇者!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うるせーーーーーーーーーーーーーーーー」
ぺちん!
静かな闇に俺の悲鳴は響き渡った。
隣で寝ていたティンカがうるさいと言って、すごい力でぶった! 親にもぶたれた……以下略。
ほっぺを押さえた。ティンカは起きてはいない。反射的に反応して、叩いたみたいだ。
手には毛布。汗だくのからだが気持ち悪い。
何日も水浴びをしていない。
今は何時ぐらいだろう。まだ夜明けには数時間ありそうだ。
まだかすかに火が残っている。
みんな、寝ていた。
白竜もいない。
――よかった。夢、か。
いや、勇者が、いない。
風を切る音が近くからした。
音を立てないように、茂みの奥をのぞく。
勇者は裸になって、剣を振るっていた。
暗くてよく見えないが、汗か、涙か、頬が濡れている。
勇者は弱い。
それを受け入れてもいる。
でも、けっして強くなるのを諦めてはいない。
そうじゃなかったら、多くの敵や白竜に襲われた絶望と疲労しかないこんな夜に、稽古はしない。
勇者はなにひとつ、あきらめてはいないのだ。
俺は声をかけず、静かに寝た。
心からの声援を胸に。
人生でいちばん長い夜が明けた。
雨も止み、晴天だ。
あと1時間もせず、忘れずの森の入り口へと到着できる。
「いくぞ」
勇者の声を合図に俺たちは歩き出した。




