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兄さんは私の嫁  作者: 揚羽常時
吸血鬼のお姉様
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けれども日常は変わらず


「くあ」


 欠伸をして起き上がる。


「兄さん。お昼にしましょう」

「だな。綾花?」

「はい……大丈夫です……」


 こっちは目立っていない。魔術の利便性。


「失血死……の遺体は身元確認できたのか?」

「一応は……。あまり進展もないので……言いませんけど……」


 たしかに死体の身内の情報を聞かされてもな。


「では姫子でないなら誰が?」


 キョトンとアリス。姫子の可能性を微塵も信じていない。その信頼を素直に向ければリリアンな関係になれるだろうに。いや一男子としてどう思うかは、実のところ回答の目処が立っていないも。結局アリスが可愛いんだからしょうがない。


「で、綾花は石焼き麻婆豆腐」

「ソウルフードです……」


 それもなんだかな。スマホを弄りながら食事。マナー違反だが、警察対応と言われればツッコめる雰囲気でもなかった。


「吸血鬼……というより血を奪う鬼がもう一体……」


 アリスは懸念と言うにはサクサクな感じで思考を進めていた。


「兄さんは昨日の夜はどうでしたので?」

「アイスを買って食った」


「呪詛の露払いの件です」

「どうと言われてもな。いつも通り通り魔に出会って、協会が介入して、敵を逃がして団欒……でファイナルアンサー」


「リエルが動いてるんですか?」

「霊地らしいしな。珍しくはないんじゃないか? 俺たちが知ったのは今春でも」


 ライバル会社と価格競争をするのは、どこの産業も同じらしい。石焼き麻婆豆腐。


「通り魔は……どういった感じで……?」

「仮面ローブ」

「かめんろおぶ……?」


 クネリ、と首を傾げる綾花。アリスも似た雰囲気。


「真っ白な仮面で顔を隠して、体つきをローブで隠していた。ナイフやら拳銃やらを携帯していたな」

「ソイツが犯人……」


「だったらまた厄介事が引っ付いてきたわけで」

「撃退したんですよね?」

「リエルがな」


 こっちは普通人だ。魔法業界でパワーゲームが存在するなら完全に管轄外。カツカレーをアグリ。


「人間を撲殺するわけにもいかないし、逃げられたわけだが……事件と関連するかはまた別問題だろうな」

「進展なしと……」


「捕まえて拷問した方が良かったか?」

「出来るんですか……?」


 幾らでも。まず以て治癒の聖術を持っているのだ。苦痛を与えて治癒すれば際限無しに酷いことが出来る。趣味では無いにしても。


「そこは人道を……優先しましょう……」


 よかった。どうやら死袴にも良心はあるらしい。あるいは綾花にか。


「夜の警戒は……必須ですね……。しばらく学校は……諦めましょうか……」

「警察に頼るんじゃないのか……」

「情報については……ですね……。単純に……直接的な犯人接触は……釣りが有効ですので……」


 例えば昨夜の俺のように、か。


「心配も面倒だが、勝算はあるのか?」

「大凡の……」


「じゃ俺とアリスも付き合うか」

「ヨハネとアリスが……?」


「釣りなら人数が多い方がヒットも高いんじゃないか?」

「兄さんが願うならその通りに」


 アリスのコールドフィールドは、綾花のフィーバーフィールド以上に破滅的だ。


「いいので……?」

「問題なかろ。アリスの心象は知らんが、俺の方は早く平和が欲しい」


「ですか……ヨハネ……」

「兄さんを日常に帰すためなら私も骨折りは厭いませんよ?」


「アリスまで……」

「じゃ、そんな感じで」




    *




「そうなると問題は」


 茶を飲みながら俺は述べた。


「協会のヒステリーの向かう先だな」

「死袴では……?」


 何時もの如く何時もの様に。魔術研究会で茶を飲んでいる俺たちだった。鬼は夜に活発になる。その意味で昼の永い夏は鬼にも息苦しいだろう。


 プレッシャー的にはこっちの方が気圧されているも。いや、俺自身や知己は良いんだが、関係ない他者にまでは責任を負えないわけで。別に死なれて流す涙もないが、鬼は外とも言いまして。茶を飲みながら鬼退治に右往左往。あくまで言葉の範囲で。


「協会と足並み揃えるのも手じゃないか」


 帰り際に俺は述べた。


「あっちにとって……こっちは異教のともがら……ですからね……。日本だから……まだ穏当なだけで……欧州なら串刺し刑の魔女裁判です……」

「業の深い渡世だな」


 しばらく下校に道を歩いていると、


 ――――――――ゾクリ。


 最近頻発している悪寒にも慣れるというもの。それにしても高校入学からこの頻度は異常だ。もしかして中学までは検閲が働いていたのか?


 鬼には出会ったが、ここまで頻出はしていない。


 どこで選択肢を間違えた?


「死袴ァ!」


 燗と点る情熱の瞳。赤と青の視線が交差する。マジックアイテムのカソック。鉄砲百合。何より鋼の意思。あらゆる意味で地獄の顕現だった。


「リエル……」

「有栖川姫子を引き渡せ!」


「姫子が犯人と……?」

「他に居るか?」


 ミスディレクションか。


 ――なにか根拠在っての行動だろうな?


 さすがにその程度の良心は期待してもバチは当たるまいよ。そう思っていると、


「――――――――」


 チャキッと短機関銃が向けられた。結界は既に張られている。衆人環視はない。つまり鉄砲百合も遠慮なく使える。だがソレはこちらも同じ。銃が火を噴いた。瞬く間に穿たれ……能わざりし。


 ワンセルリザレクション。


 コールドフィールド。


 フィーバーフィールド。


 三人が三人ともに絶対防御を持っていた。たしかに拳銃では都合が悪いよな。


「吸血鬼を隠匿するか!」

「犯人が別の……可能性は……?」


「有栖川姫子を殺して、なお事件が進むならその通りだろうよ!」

「大丈夫かお前?」


 聞く耳持たずにも色々あるが、リエルのソレは重症だ。


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