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兄さんは私の嫁  作者: 揚羽常時
吸血鬼のお姉様
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わたくしが噂の転校生


「と……いうわけで、今日からクラスメイトになる有栖川姫子さんだ。何分急な編入だ。よろしくしてやってくれ」


「「「「「イエース!」」」」」

「「「「「はいな!」」」」」

「「「「「春が来たー!」」」」」


 クラスメイトの熱気たるや筆舌に尽くしがたい。アリスは俺を嫁にしている。綾花は人避けの呪いで存在感希薄。其処に現われた第三の美少女。茶髪蒼眼で、イタリア系の美少女。乳房の大きさはアリスに匹敵し、熟れた体を薄手の制服では隠し切れていない。当然男子生徒には福音だ。学内アイドルになるだろうことは察するにも容易すぎる。そして……姫子がソレをぶち壊すであろうことも。


「では有栖川さんの席は……」


 すでに工藤さんが鬼籍に入った。補充として編入生が内のクラスになるのは必然だろう。無論、姫子も校長に暗示は掛けたろうが。


「そちらの男子生徒?」

「え? はい……?」


 姫子はアリスの隣の席に座る男子生徒に声を掛けた。アリスの隣は俺と男子生徒だ。俺は教卓前。アリスはその隣。さらにその隣の生徒に、である。


「席を替わってくれませんこと? お願いです」

「か、構いませんけど……」


 そんな様子で姫子はアリスの隣を確保した。


「コレで一緒ですねお姉様」

「歳を考えてください」

「乙女に年齢はありませんよ」

「乙女……ね……」


 アリスの嘆息も今更。朝も食事代わりに吸血されたのだ。たしかにアリスは吸血鬼になっていなかった。吸血鬼にも分類が在り、姫子の血族は吸血で繁殖はしないらしい。その点を鑑みて、アリスは自動防御から姫子の吸血を除外したのだろう。それが正しいことなのかは分からないが、そもそも正義を語れる身分でも無いので、俺としては普通に受け止めるだけだ。ま、なんにせよ俺の口を出す状況じゃ無いってことも大ではあっても。


 朝のホームルームが終わると愛すべきクラスメイトが突貫した。俺は寝たふり。アリスは困惑。姫子はニコニコ。


「有栖川さん何処から来たの?」

「SNSのIDを交換しない?」

「うちらのグループ入らない?」

「生まれる前から好きでした!」


 そんな御様子で。アリスも一度通った道だ。愛妹の場合は入学式で伝説を作ったので、もうちょっと穏便だったが。代わりに俺に重責が偏ったモノの、そこを恨む兄ではない。だいたい分かっていたような事象だしな。


「お気持ちは嬉しいですけど、あまり仲良くする気はございません」


 穏やかに。やんわりと。姫子は否定した。


「わたくしはアリスお姉様と共に居られればソレで幸せですので」

「「「「「アリス……お姉様……」」」」」


 唖然とするクラスメイト。まー。そーなるよねー。


「お兄様もおりますし」


「「「「「お兄様?」」」」」


 ヒョイと姫子は俺を指差す。チラリと見て、嘆息。


 ――またアイツか。


 そんな溶鉱炉のマグマにも似たルサンチマンが熱を持つ。いや別に俺のせいじゃないんだが……反論するだけ無駄か。寝たふり。


 そんな感じで姫子の編入デビューは盛大に空回りした。別に何がどうのでもないため、俺は良いんだが、学内に震撼した有栖川姫子の編入は伝説と呼ばれるようになった。一応俺はアリスの嫁なんだが……。


    *


「えと……お疲れ様です……」


 毎度毎度の毎度の事。綾花が同情しながらそう述べた。石焼き麻婆豆腐。ソレは良いんだが、アリスと姫子が俺と一緒に昼食をとっているのが周りには不満らしい。ミシィ、メシィと割り箸が握力で折られている。もちろん気にする俺でも無い。


「お兄様は心臓ですね」

「お前に言われると説得力があるな」


 姫子の感想を一蹴する。


「結局姫子はアリスからしか血を吸わないのか?」

「恋する人から血を吸うのが吸血鬼なので」


 そんなもんかね?


「お姉様を愛して止まないのはお兄様も知っているはずでしょう?」

「ま、アレだけ熱烈に語れればな」


 そんな姫子は昼食を取らず、緑茶を飲んでいた。血を吸わないことには食事を取っても意味は無いらしい。人体構造的に言えば胃も腸もあるんだから、食事で賄えるはずなんだが……そこに何かしらのルールが強制されているのか。すこし疑問にも思う。


「SNSはどうするんだ?」

「無視ですね。お姉様と親しく出来れば他に要りません故」


 それもそれでどうだかな。俺は人に言えないが。


「あの……有栖川さん」


 名も知らぬ男子生徒が姫子に声を掛けた。


「何か?」

「これ。ID。仲良くしない?」

「謹んでごめんなさい」


 コイツも結構言うよなぁ。


「観柱に興味が?」

「無いとは言えませんね」


 この場合どっちの観柱だ。兄と妹が居るが。


「そんな奴!」

「――もし?」


 蒼眼が煌めいた。すると激発しようとした男子生徒の目が虚ろになる。


「貴方は優しい人なれば、これ以上場をかき回すことを良しとしない。そうですよね?」

「良しとしない」


 おい。もしかして暗示の魔眼を使っているのか?


「私やお姉様に興味を持たない」

「持たない」

「では失礼をば」

「失礼」


 フラフラと男子生徒は去って行った。


「こんなところで暗示を使うのは良いのか?」

「えと……衆人環視には分かりませんし」


 その間隙に鬼の潜む……か。


「そうなるともしかして鬼って普遍的か?」

「あくまで神鳴市の霊地あっての事ですけど」

「あー。にゃるほど」


 そう言えばそんな設定だった。内も外も鬼だらけ。俺とアリスも過去に絡まれたことはある。その意味で納得できないはずもない。


「ところで姫子のボインは大丈夫なのか?」

「肩は凝りますよ?」


 吸血鬼ならその辺何とかしてそうだが、そこではなく。水泳の授業でのスクール水着についてだ。アリスと同程度におっぱいお化けなら普通に適応しないと思うんだが?


「その辺はお姉様にも言われまして、水着を用意しました!」

「うーん。俺は何処に向かっているんだろう?」


 その思念だけが、どこかクラゲのように浮いていた。


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