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兄さんは私の嫁  作者: 揚羽常時
意図と糸
59/105

土蜘蛛の後に


「兄さん!」


 ルンと声を掛けるアリス。俺はその抱擁を受け止めていた。胸板にムニュッと幸せが押し付けられる。


「で、今日の昼飯は?」


 今日は日曜日。昼食は死袴屋敷で……であった。


「鮎の塩焼きと味噌田楽です」


 相も変わらず渋いな。死袴屋敷のチョイスは。さすがに自然と生きる事を肯定しているだけはある。この辺はアリスですら追いつかない文明だろう。


「土蜘蛛は退治したんですよね?」


 まぁな。とはいえ一時的ではあろう。血桜が封印されている土地。霊地と言ったか。ここでなら第二、第三の土蜘蛛が現われてもおかしくはない。


「むにゃ。えへへぇ」


 俺の鎖骨にスリスリと頬を寄せるアリス。ちょっと萌え。


「で、平和が戻ってきたと」

「呪詛の方はどうだ?」

「幸せいっぱいで気になりません」


 ふむ。


「……………………」


 背中からソナーを投げて心臓を察する。ちょっと呪詛が溜まっていたので取り除いた。極めて微量だが、用心を布くにやり過ぎはない。


「午後からはデートしましょうね!」

「お前がソレでいいんならいいんだが」


 嘆息。


「で、味噌田楽は?」

「こちらです」


 と案内された。すでに昼食は始まっている。火がパチパチと鳴いており、コンニャクやつくねや蟹などが焼かれている。蟹は川で捕ってきたらしい。寄生虫は大丈夫なんだろうな……とは思ったも、その辺は梵我誤差らしい。梵我誤差を俺がよく知らないのだが。とりあえず火が綾花の魔術であることだけは察した。


「おはようございます……ヨハネ……」


 休日故、昼間まで寝ていた俺に、綾花が頭を下げる。


「どうも。情緒のある風景だな」

「にゃはは……」


 ポリポリと綾花が頬を掻く。味噌の香りが食欲を促進する。


「はい。兄さん。あーん」


 田楽を差し出すアリス。


「あーん、む」


 サワガニを食べる。寄生虫の心配が要らないなら普通に食用だ。死袴屋敷の川で採れるらしい。ソレもどうよ? そんなこんなで食事を終えると、今度は衣服の問題になる。アリスとデートだ。夏も近いし軽装を俺は選んだ。


「えへへ。兄さんとデート」

「綾花と古洞さんは置いてきて良かったのかね?」

「無粋です」

「お前の意見はそんなところだろうな」


 別段今更矯正しようとも思わない物だ。アリスが俺を好きすぎる様に……俺もアリスを好きすぎる。


「で、結局甘くなるんだろうな」


 そこまで考えてしまう。


「何がですか?」

「なんでもにゃ。それで? 何か買いたい物でも?」

「兄さんと歩けるだけで至福です!」

「それはまた質素な感性で」


 お手軽な乙女も居たことだ。


「兄さんは私に着て欲しい服なんか在りますか? ボンテージとか」


 そこで提出する服の種類がアリスの限界を指し示している。


「犬耳カチューシャで全裸とか?」

「リードは握らんぞ?」

「えー……」


 正にコッチの台詞だ。なんでそんなに残念そうよ?


「兄さんのメス奴隷になら幾らでもなれます由」

「他の男子に言えるなら大した物だ」

「そんな大した存在でもあり申さず」

「だからって俺を挑発して楽しいか?」

「兄さんになら」


 勘案すべきはそこだろうな。妥協と詭弁の二重。重ね合わせる論弁は、とかくアリスには不都合だ。分かってやってる俺が何様だって話でも有れども。


「とにかく今は春を謳歌しましょう」

「もう五月も終わりだがな」

「この場合は青春です!」


 知っている。とはいえソレで片付けられるのもなんだかな。


「土蜘蛛は退治したのでしょう?」

「それは肯定だ」

「なら鬼はすぐにはやってきませんよ」

「だったらいいんだが」


 呪詛を取り除いてはいるので、俺も楽観論には賛成在りしも。


「兄さんは興奮する下着とかありますか?」

「色々とあるぞ」


 アリスの裸体に纏われるなら、基本的に選り好みをしない。


「えへへ……それは照れますね……」


 うん……まぁ……お前ならそう云うよな。事に今に始まった事でも無いので、スルーはさせて貰う物の。


「で、要件は下着を選べと?」

「はい!」

「却下」

「何でです~……」


 そんな未練たらたらにならなくとも。コッチが悪い気がする。乙女の尊重権の不条理は、在る意味で魔法以上に魔法だ。


「兄さん的にエロい下着はどれですか?」


 とラグジュアリーショップでのこと。


「そもそもアリスの裸体がエロいからな」

「それは……恐悦です」


 いやまぁ、健全に育っている証ではあるんだが。


「最近また胸が増量中でして」


 またかよ。


「どうにかならんのか?」

「え~と……揉むと小さくなるらしいですよ?」

「大きくなるとは聞いたことがあるが……」

「昨今ではなんだかそんな論調も」

「で?」

「揉みしだいてください」


 そう云うよな。いや、だいたい悟れはするんだが。アリスの残念さ加減は把握しているつもりだ。そこに条例が適しないのは、あくまで俺の自重の結果。普通に考えれば、まず校則違反と条例違反と法令違反のオンパレード。世の中って住みにくいな。


「兄さんは苦労性です。普通に避妊すれば何の問題も無いでしょうに」

「お前の中ではそうだろうな」


 世の中はなべて相対的で。スピード違反も取り締まりは過剰であれば、だ。


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