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兄さんは私の嫁  作者: 揚羽常時
意図と糸
53/105

糸鬼


「ソレでは今日はオムライスでも」


 アリスはスーパーで玉子を選んでいた。


「本当に?」


 古洞さんは困惑中。確かに希かもしれない。アリスの屈託の無い笑顔は。僕にしか見せない類の表情だ。


「古洞さんは苦手な物やアレルギーはありますか? トマトとか玉子とか」

「無いですけど。多分」

「ではオムライスで」


 ブルーハーツの『すてごま』を歌いながら、アリスはヒョイヒョイと材料を買っていく。


「ヨハネくん」


 古洞さんがこっちに視線をやった。どこか不安げだ。


「アリスさんはともあれ、死袴さんとも同棲してるの?」

「むしろ食客も身分ですなぁ」


 基本的に何も貢献していないので、食い扶持が増えただけだ。綾花にとっては。期間限定とは言え、古洞さんも似た様な物。


「ま、金持ちの懐は探るためにあるからな」

「本気で友情瓦解に向かってるね」


 はっはっは。笑えない。


「えと……オムライスは……楽しみです……」


 綾花の方はアリスと食事についてのいろはを話していた。式神に作らせていたところを、今はアリスがキッチンに立っている。というか占拠された。「兄さんの料理は自分が作らないと気が済まない」とのことで。まぁ毎度の暴走は慣れているので、驚くにも値しない。そもそもテセウスの船的に、俺の材料は大凡アリスで作られる。そしてアリスもソレを歓迎している節があった。スーパーでの買い物が終わって外に出ると、夏風が吹いた。五月も終盤な今日この頃。梅雨までまだ時間はあれど、刻々と風に湿り気が乗る。


「結界……ですか……」


 静寂が場を支配していた。結びの国。三つの異世界の内の一つだ。


「さてそうなると」


 鬼が出るわけだけども……。既に居た。女子の姿をした鬼だ。死に装束を纏った女子。肌は病的に白く、腕も脚も不健康のレベルではないくらいにやせ細っている。良く立っていられるな……は俺の思うところ。殆ど骨と皮だ。本来、眼球のあるところには虚ろな闇が深淵を張り巡らせており、底が見えない。そして有毒廃液を垂れ流す水道管の様に、血液がダラダラとこぼれ落ちていた。血涙……という奴だろうか。それにしてもホラーだ。


「工藤さん……っ」


 古洞さんが絶句した。名を呼んだ後でな。


「死ね……死ね……死ね……」


 まるでお経の様に、ブツブツと死を呟く鬼。もとい工藤さん。鬼で良いか。ヒュンと風鳴りが起きた。


「――ウォータージェット――」


 一瞬でアリスが魔術を放つ。糸が切られた。


「糸?」


 土蜘蛛と同じだ。


「えと……眷属に……落ちましたか……」


 土蜘蛛と同じ特性を持つ鬼になったことが偶然か否か。とりあえずは鬼の標的は古洞さんであるらしい。骨と皮だけの指が何かを探る様に空を切る。その度に、指の先から生まれる糸があらゆる包囲と斬撃を生みだした。


「――我ここに願い奉る――」


 入力。


「――迦楼羅焔――」


 灼熱が糸を灼いて、食らいつく。クイと糸が引かれた。その糸の延長線上に鬼が跳躍する。また張り巡らされた糸を蹴って、空間的にこちらを襲う。


「アリス」

「はいな。兄さん?」

「古洞さんを連れて逃げて。こっちは任せてもらう」

「理由を聞いても?」

「一つは古洞さんの身の安全。此処に居ても足手纏い」

「御納得」

「もう一つは糸の斬撃。折角買った食材が台無しになるのは忍びない」

「それもそうですね」

「――火鬼――」


 綾花がさらに魔術を行使した。火焔を纏った鬼。丑の角と寅の腰巻き。あらゆる糸の斬撃を燃やし尽くし、鬼……工藤さんを襲う。問題は火鬼より機動力のある鬼の能力だ。空中に糸を張り巡らせ、空間的に跳躍する鬼を火鬼は追いかけられない。ただ糸の結界そのものは火鬼の暴れ方で、幾らか消耗もしていた。


「――火尖槍――」


 また火焔が迸る。火焔の一現。綾花のパワーイメージだ。それは瞬く間に糸を灼き散らした。それでもまだ捉えられないのは、有り体に言って凄みを感じる。燃やされる端から糸の結界を再構築し、足場にして跳ぶ。ついで糸の斬撃でこちらを切り滅ぼさんとする心意気は、情熱の熱量だけで言えば大した物だった。


「糸が……ここまで厄介だとは……」

「中々決め手に欠けるな」


 俺は飄々と言った。俺にも斬撃の糸は襲いかかってきているが、基本的に無理ゲーだ。あらゆる害的干渉を、俺は単位時間で修復できる。


「とすると、やはり古洞さんを人身御供にせなば収まらないか?」

「えと……退治に無念を晴らすなら……ですね……」


 鬼の払い方も色々というわけだ。


「土蜘蛛に襲われて、助けられなかった少女の憎悪か。中々に感慨深いな」

「褒めるところですか?」


 似た様な話はどこにでもあって。例えばアリスとかな。


「さて」


 ブチッと絡んできた糸をちぎり取る。さすがにリミッターは解除している。糸を蹴って、間合いを詰める。ドンと音がする。


「――――――――」


 鬼の鳩尾に拳を埋め込んだ。そのまま吹っ飛ばす。冗談の様に飛んだ鬼は、糸の結界によって受け止められ、態勢を整える。更に突っ込む俺。手刀が鬼に突き刺さる瞬間、無数の糸が俺の腕を絡め取った。質より数で勝負らしい。そのままクイと引かれて宙を飛ぶ。俺の全身ごと。さらに絡みつく糸。重力よりも強く引きつけ、そのまま地面に叩き伏せられる。うーむ。無念。


「大丈夫ですか……?」

「まぁ俺はな」


 ここにアリスと古洞さんが居なくて良かった。普通に足手纏いな二人だ。


「死ね……死ね……死ね……」


 血涙を流す無明の闇が、こっちを見た気がした。ボタボタと落ちる血痕は、アスファルトを朱に染める。


「普通にホラーだよな」

「否定は……しません……」


 さらに呪文を唱えて灼火を生みだす綾花。俺との連携はまだ様になっていないが、どちらもがどちらもを気にする必要は無い。その一点で理解し合っていた。


「……………………」


 さっきまで死ね死ね言っていた鬼が止まった。綾花の灼熱が襲うも、無数の糸を折り重ねて防ぐ。火焔が花の様に散った後、そこには誰も居なかった。


「えと……逃げられた……」

「どうせ狙いは古洞さんだろうしな。俺らと争っても益は無い」

「本当に……そうでしょうか……?」

「何か懸念があるのか?」


 コクリと首を傾げてしまう。ある種の呪いではあろう。その意味でアイツは同様だ。


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