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兄さんは私の嫁  作者: 揚羽常時
意図と糸
52/105

夕方に客が


 放課後。


「ふ……」


 綾花は緑茶を飲んで吐息をついた。場所は魔術研究会の部室。なんでも政治的にやり取りせねばならない案件があったらしく、昼間の授業には出ていなかった。そのなんやかやが何に起因するのかは知らないとしても。それでも「御苦労様」程度は言っても良いのだろう。それだけの案件に綾花が関わっているのだろうから。


 白い髪を梳いて、赤い瞳を外に向ける。アルビノの綾花らしい。


「それで土蜘蛛は何処に?」

「昼間は……現われないでしょう……」


 アリスの問いに、綾花は否定を返した。


「役立たず」

「ええ……。然りです……」


 口撃もあまり役には立たないらしい。綾花は平然と批難を受け止めていた。


 そこで、


「失礼!」


 第三者が声を掛けた。


「……………………」

「……………………」

「……………………」


 俺とアリスと綾花の沈黙を以て。


 女子生徒だった。少なくとも見た目は。ここで男の娘に論ずるべき可能性もないだろうから普通に女子で良いのだろう。


「ここは魔術研究会で合ってる?」

「ええ……。合っていますよ……。何か御用で……?」


 綾花が怖ず怖ずと問いただす。結界の張ってある部室だ。奇門遁甲の陣と言ったか。それを破って現われたお客様。であれば並みではないだろう。普通に……普通の話題を出してくるとはとても思えない。いや、いいんだが。


「死者って生き返る!?」


 いきなりな質問だった。聞くに古洞という苗字らしい。死者に付き纏われている。そう彼女は言った。


「生き返りますよ」


 答えたのはアリス。実際に死んで生き返った事例だ。


「それが幽霊として襲うことも!?」

「さてそこまでは」


 茶を飲みながらアリスは困惑した。


「何か……あったので……?」


 部長の綾花が話を繋げる。こ~ゆ~ところは部長らしい。


「工藤さんが化けて出たんです!」


 切迫した様に古洞さんが発言した。


「くどう……?」


 誰だソレは? が俺たちの総意だ。普通に誰も憶えていなかった。


「一年生の工藤さんです! 葬式やったでしょ!」

「あー……」


 そこで綾花が覚る。俺とアリスも後追いで。そういえば葬式の肝が工藤さん……なんて名前だったっけか。至極どうでもいいも。


「で……、その工藤さんが……?」

「化けて出ました!」


 それはさっき聞いたが、まぁ確かに繰り言する程度にはハチャメチャだな。


「本当に……? 幻覚ではなく……?」

「襲われました!」


 古洞さんは、傷の付いた皮膚を見せる。切り傷が見えた。


「それについては……医師の相談をしても……?」

「しましたけど……っ」


 曰く言い難い。そんな文字を顔に書いておりまして。


「で……なんと……?」

「自傷癖を他者のせいにしていると……」


 まぁそうなるよな。気持ちは分かる。ついでに心情も。医者だって「鬼に襲われた」は問診票には書けないだろう。普通に考えて、古洞さんの意識暴走で決着は付くはず。


「で、その工藤さんが化けて出たと?」

「です!」


 古洞さんは頷いた。そこに躊躇いはなかった。本当にそう思っているらしい。


「死んだはずですよね……?」


 綾花が問う。葬式もあった。警察も遺体そのものは遺族に引き渡した。バラバラだったらしいけども。その上で工藤さんが化けて出た。ならば鬼か?


「鬼でしょうか?」


 アリスが俺に視線を振る。


「此処では何とも」


 俺はハンズアップ。降参の意思表示だ。


「では魔術研究会の……出番ですね……」


 熱の籠もった声で綾花が言う。


「いいの?」

「いいんですか?」


 いみじくも首を傾げる観柱みはしら兄妹。


「此処にやってきたと言うことは……それだけで意味があります由……」


 結界……か。


「それだけで関わるのか? 土蜘蛛は?」

「そちらも……対処しますよ……」


 ならいいんだがな。二兎追う者は一兎も得ずの心境。


「それで工藤さんの鬼についてですけど。どうやって切り傷を?」

「糸を使っていました! 射出する様に!」

「あー……」


 綾花の疑問も分かる。要する土蜘蛛と一緒だ。


「工藤さんは蜘蛛のお化けに……」

「うん。襲われた」


 確信を以て古洞さんは頷く。それだけで覚るには容易い。


「つまり、その蜘蛛に殺された工藤さんが、同じ糸使いとして古洞さんを襲っていると言うわけでしょうか。状況を鑑みれば」

「マジでソレ!」


 あながち間違ってもないらしい。それならそれで話は早いんだが。それにしても死者が鬼としてね。たしかには本来『死者』を指す言葉ではあれども。それにしたって古洞さんを襲う意味で、鬼としての那辺を問う形にはなる。


「それで此処に来たと?」


 アリスが尋ねる。


「他に関係しそうな案件知らないし」


 憮然とする古洞さん。確かにその気持ちは分かる。魔法なんてものに関わって、困惑せざる方がどうかしている。その意味で古洞さんは正しかった。


「では……その通りに……」

「出来るの!?」

「一応そのつもりで……研究会を立ち上げたわけですし……」


 それは俺も初耳。


「えと……では……しばし一緒に行動しましょう……」

「魔術研究会と?」

「正確には……拙とですね……」


 普通に綾花なら解決能うだろう。そうでもなければ誰が解決するんだって話で。だからこそ、綾花には自負が乗る。その赤眼の瞳は炎を点す。一般的に言って、それはルビーだった。紅玉の瞳。血の色は、黄昏を想起させて、朱に染める。


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