昼間は鬼も出ない
「……………………」
スカーッと寝ていると、鐘が鳴った。授業は終わり、昼休み。
「大丈夫ですか? 兄さん……」
「寝不足なだけだ。心配はいらない」
「いえ、そこは疑ってないんですけど」
それもどうだかな。要するに俺にとって授業の意義を問われている様な気もする。たしかに冗長ではあっても。
「それでは」
とアリスは俺の腕に抱きつく。
「「「「「――――――――ッ!」」」」」
感じる殺気。刺さる視線。いやもう風物詩だな。アリスの人気と俺への嫉妬は。
そんなわけで学食。俺はささみカツ定食。アリスは焼き鯖定食だった。
綾花は居ない。登校もしていなかった。アレはアレでしがらみが在るのだろう。気にする俺でもないとしても。
「で、結局土蜘蛛は?」
「逃がした」
逃げられた……が正確か。
「兄さんを囮に使って?」
「別に引き算は必要ないだろ」
俺とて死ぬ案件には関わりたくもない。そうでないから綾花の良い様に使われているのだ。死ぬことに悲観的になれない……は俺のカルマかも知れないな。
焼き鯖を解しながらアリスが言う。
「あえて兄さんを送り出しましたのに」
「悪かったって。とはいえ万事全て良しなら世界はもうちょっと平和だ」
「そうですけど」
ハムリと焼き鯖を喰らうアリス。不満げな表情だ。
「ま、反省点を踏まえて次に活かすべきだな」
「その反省点を把握していますか?」
「俺が傍に居ることだろ」
「……………………」
そうなるよな。
要するに「俺が居ないと鬼は絡まないが、俺が居ると空間系の魔術が使えない」というジレンマに陥っているわけだ。無論、死ぬ俺ではないも、アリスにとっては「兄さんが攻撃された」だけの事実でも普通に看過能わず。
「兄さんは人が良すぎます」
「そうかね?」
あまり自覚も無い。殊更に綾花に思うところも無いわけだが。
「そこですよね」
アリスは嘆いた。普通にショックな俺。
「じゃあどうすればいいんだ?」
「私を抱きしめて『心配いらない』と囁くとか?」
「他の奴にして貰え」
他に言い様もない。そこまでサービスするつもりもなかった。
「結局」
とは愛妹。
「今も土蜘蛛は活動しているんですよね?」
「そう相成るな」
ささみカツをアグリ。
「大丈夫なんですか?」
「土蜘蛛次第だろうよ」
畏れ入る必要も無い。ただ鬼は夜に活動する。その点を鑑みれば、昼間に白昼堂々人を襲うことは有り得ないだろうが。魔法関連も此処に加わる。
「おかげで兄さんが寝不足なんですけど」
「そこは何だかな」
味噌汁を飲んだ。うん。アリスが作った方がウン倍美味い。
「クラスメイトが土蜘蛛にやられたってことは……」
「秘匿すべきだろうな」
検閲は働くだろう。
「兄さんでも?」
「この際の人の勘案は関係あるまいよ」
別に俺だって魔法の何たるかを知っているわけでもないのだ。
「丑三つ時」
「鬼の出る時間だな」
不吉を表わす数字。
「で、アリスとしては不安なわけだ。呪詛を取り払おうか?」
「此処でですか?」
「さすがにそこまで勇者じゃない」
「私は良いんですけど……」
アリスの不満はこの際スルーするとして。
「胸元に手を突っ込むんだ。此処では無理だろ」
「脱いで良いんですよ?」
「そのまま生徒指導室に突貫しろ」
「停学になります」
知ってる。元々その気が無いのも。ていうか普通に校則違反。
「綾花は何をしているんでしょう?」
「さぁてなぁ」
ささみカツをアグリ。衣がシャクッと音を立てた。
「何かしら土蜘蛛を追っているんだろうよ」
そこは違えない。
「兄さんを囮にせず?」
「俺が有効範囲に入るには時間が足りない」
結界の中に入る技術も持っていないしな。
「むぅ」
「何か?」
「兄さん無しに土蜘蛛を殲滅できればいいのですけど……」
「そこはまぁ……理想論だな」
茶を飲む。嘆息。アリスの懸念も分からないではない。けれど確かにソレは俺を想っての言葉だ。それを勘違いする俺ではない。
「ありがとな」
ニコッと笑ってやる。アリスは純情に赤面した。俺の笑顔と相対すると、アリスは照れる傾向にある。その辺を踏まえての笑顔だった。そうでなくともアリスは俺……ヨハネの生きる甲斐になっているのだ。感謝の言葉は尽きない。
「兄さんが無事ならソレでいいんですけど」
「すくなくとも今回に関しては、猶予が有り過ぎる」
「兄さんは不死身ですものね」
「そう相成るな」
否定も出来ず。俺は頷いた。事実その通りであったから。
「さてそうなると……」
御飯をかき込む。
「綾花は何と闘っているんだろうな」
其処に行き着くわけで。
「土蜘蛛じゃないんですか?」
「いや、もっと高所から見た一般論。要するに、死袴の家が何を以て神鳴市の平和と秩序を保っているかの話でな」
「ええと……なんでしょう?」
ま、俺とて昼に鬼が出ないことは承知している。それ故に綾花の行動が分からなかった。




