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兄さんは私の嫁  作者: 揚羽常時
意図と糸
51/105

昼間は鬼も出ない


「……………………」


 スカーッと寝ていると、鐘が鳴った。授業は終わり、昼休み。


「大丈夫ですか? 兄さん……」

「寝不足なだけだ。心配はいらない」

「いえ、そこは疑ってないんですけど」


 それもどうだかな。要するに俺にとって授業の意義を問われている様な気もする。たしかに冗長ではあっても。


「それでは」


 とアリスは俺の腕に抱きつく。


「「「「「――――――――ッ!」」」」」


 感じる殺気。刺さる視線。いやもう風物詩だな。アリスの人気と俺への嫉妬は。


 そんなわけで学食。俺はささみカツ定食。アリスは焼き鯖定食だった。


 綾花は居ない。登校もしていなかった。アレはアレでしがらみが在るのだろう。気にする俺でもないとしても。


「で、結局土蜘蛛は?」

「逃がした」


 逃げられた……が正確か。


「兄さんを囮に使って?」

「別に引き算は必要ないだろ」


 俺とて死ぬ案件には関わりたくもない。そうでないから綾花の良い様に使われているのだ。死ぬことに悲観的になれない……は俺のカルマかも知れないな。


 焼き鯖を解しながらアリスが言う。


「あえて兄さんを送り出しましたのに」

「悪かったって。とはいえ万事全て良しなら世界はもうちょっと平和だ」

「そうですけど」


 ハムリと焼き鯖を喰らうアリス。不満げな表情だ。


「ま、反省点を踏まえて次に活かすべきだな」

「その反省点を把握していますか?」

「俺が傍に居ることだろ」

「……………………」


 そうなるよな。


 要するに「俺が居ないと鬼は絡まないが、俺が居ると空間系の魔術が使えない」というジレンマに陥っているわけだ。無論、死ぬ俺ではないも、アリスにとっては「兄さんが攻撃された」だけの事実でも普通に看過能わず。


「兄さんは人が良すぎます」

「そうかね?」


 あまり自覚も無い。殊更に綾花に思うところも無いわけだが。


「そこですよね」


 アリスは嘆いた。普通にショックな俺。


「じゃあどうすればいいんだ?」

「私を抱きしめて『心配いらない』と囁くとか?」

「他の奴にして貰え」


 他に言い様もない。そこまでサービスするつもりもなかった。


「結局」


 とは愛妹。


「今も土蜘蛛は活動しているんですよね?」

「そう相成るな」


 ささみカツをアグリ。


「大丈夫なんですか?」

「土蜘蛛次第だろうよ」


 畏れ入る必要も無い。ただ鬼は夜に活動する。その点を鑑みれば、昼間に白昼堂々人を襲うことは有り得ないだろうが。魔法関連も此処に加わる。


「おかげで兄さんが寝不足なんですけど」

「そこは何だかな」


 味噌汁を飲んだ。うん。アリスが作った方がウン倍美味い。


「クラスメイトが土蜘蛛にやられたってことは……」

「秘匿すべきだろうな」


 検閲は働くだろう。


「兄さんでも?」

「この際の人の勘案は関係あるまいよ」


 別に俺だって魔法の何たるかを知っているわけでもないのだ。


「丑三つ時」

「鬼の出る時間だな」


 不吉を表わす数字。


「で、アリスとしては不安なわけだ。呪詛を取り払おうか?」

「此処でですか?」

「さすがにそこまで勇者じゃない」

「私は良いんですけど……」


 アリスの不満はこの際スルーするとして。


「胸元に手を突っ込むんだ。此処では無理だろ」

「脱いで良いんですよ?」

「そのまま生徒指導室に突貫しろ」

「停学になります」


 知ってる。元々その気が無いのも。ていうか普通に校則違反。


「綾花は何をしているんでしょう?」

「さぁてなぁ」


 ささみカツをアグリ。衣がシャクッと音を立てた。


「何かしら土蜘蛛を追っているんだろうよ」


 そこは違えない。


「兄さんを囮にせず?」

「俺が有効範囲に入るには時間が足りない」


 結界の中に入る技術も持っていないしな。


「むぅ」

「何か?」

「兄さん無しに土蜘蛛を殲滅できればいいのですけど……」

「そこはまぁ……理想論だな」


 茶を飲む。嘆息。アリスの懸念も分からないではない。けれど確かにソレは俺を想っての言葉だ。それを勘違いする俺ではない。


「ありがとな」


 ニコッと笑ってやる。アリスは純情に赤面した。俺の笑顔と相対すると、アリスは照れる傾向にある。その辺を踏まえての笑顔だった。そうでなくともアリスは俺……ヨハネの生きる甲斐になっているのだ。感謝の言葉は尽きない。


「兄さんが無事ならソレでいいんですけど」

「すくなくとも今回に関しては、猶予が有り過ぎる」

「兄さんは不死身ですものね」

「そう相成るな」


 否定も出来ず。俺は頷いた。事実その通りであったから。


「さてそうなると……」


 御飯をかき込む。


「綾花は何と闘っているんだろうな」


 其処に行き着くわけで。


「土蜘蛛じゃないんですか?」

「いや、もっと高所から見た一般論。要するに、死袴の家が何を以て神鳴市の平和と秩序を保っているかの話でな」

「ええと……なんでしょう?」


 ま、俺とて昼に鬼が出ないことは承知している。それ故に綾花の行動が分からなかった。


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