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兄さんは私の嫁  作者: 揚羽常時
意図と糸
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鬱憤


「本当にお出かけになるんですか?」


 アリスは心配そうだ。

 今は夜中。五月も下旬な今日この頃。夏を匂わせる大気の雰囲気よ。


「俺の不死身性は知ってるだろ?」

「そうですけど……」


 ――だから万事良しだ、とは行かない。


 言外にアリスはそう言っていた。気持ちは分かる。別段絶対に必要なわけじゃない。呪詛そのものは無かったことにしている。問題は因果関係には無い。いつも通りに警戒するだけだ。呪詛の微量発散による一種の逆転現象。何故か俺の治癒能力は、アリスの中に溜まった呪詛は解呪できても、零から発生する呪詛そのものの湧く源泉は排除できない。それが那辺にあるのかは…………この際論じないとしても、一定数以上に呪詛を溜めないと、アリスは俺に解呪を求めない。結果、微量な呪いが空間に焼き付きを起こす。


「人を呪わば穴二つ掘れ」


 と言うように、呪詛は本人に立ち返る。その意味で、


「観柱アリスを不幸にするにはどうすればいいのか?」


 というテーゼが発生する。答えは簡単だ。


「俺……つまり観柱ヨハネが不幸になればいい」


 全く以て合理的。アリスが俺に負い目を持つのも頷ける。


「じゃ施錠して待ってろ。外に出るなよ」

「兄さん……」

「大丈夫だ。今までもそうだったろう?」

「ですけど……」

「じゃあな」


 会話を断絶した。アリスの気遣いは普通に嬉しいにしても、論じるべきはそこではない。無論のこと、無闇に突出しているわけでもないしな。


「まずは週刊少年跳躍でも読むか」


 コンビニに寄ってアイスを買って帰る。それだけのことが大冒険。


「――――――――」


 ヒュッと体感温度が下がった。まぁ予定通り。鬼の結界だ。神鳴市は死袴綾花曰く「霊地」とのことなので鬼が出やすいのだろう。その分地価が安いのだろうか? 少しそんなことも考えたりして。別段、愛郷心はないも、血桜様の意志がある土地というなら面白くはある。


「――――――――」

「問題は……」


 頭を掻く。妹の金髪と違って、俺は黒髪だ。


「俺を襲ってくるところだよな」


 不穏な声の咆吼を見れば、蜘蛛が居た。昆虫……は正確でないな。節足動物としての蜘蛛だ。不可解な点は二つ。一つは大きさ。全長で二メートルを超えるだろう。大蜘蛛……という表現もあるが、さすがにここまでの大きさは自然界に存在しない。鬼……神秘に常識を求める方が間違ってるとも言えるな。もう一つは本体。女性だった。女の身体と顔が在ったのだ。正確には女性の裸体から蜘蛛特有の八本の足が生え出ていると評してもいい。無論女性体は上半身だけで、下半身以降は蜘蛛のソレとなっている。


「ボインがあるのが悩ましいな」


 俺のツッコミにもキレがない。殊更に漫才師を目指しているわけでもないので……ソレは良いんだが。


「――――――――」


 不吉な咆吼。その意味が何を為すのかは分からないとしても、平和と談笑を目的とはしていないだろう。その程度は分かる。


「しかし蜘蛛な。鬼としては初めて見る類だが……」


 丑の角に寅の腰蓑。俺を襲う鬼は大まかにそんなイメージ。もちろん多種多様にいるのは知っていたが、それにしてもと申す様子。


「――――――――」


 蜘蛛は跳んだ。跳躍。ハエトリグモの能力も持ち合わせているのか。中々のジャンプ力。女性の悲鳴染みた声を上げながら、糸を吹き出す。それらは空間的に線を奔らせ、異界を構築した。


「うわお」


 俺は驚いてみせる。四方八方に糸が有るのだ。しかも粘着性の。蜘蛛が鬼とするならば、捕まったが最後、食まれるだろう。


「うーん。デンジャー」


 そんなことを言っている場合ではないと分かってはいるんだが……。


「――――――――」


 蜘蛛は吠えて、俺へと襲いかかる。


「疾!」


 その頭部に、俺は踵落としを見舞った。ちなみに膂力全開で。


 地面に叩きつけられて悲鳴を上げる。女体の上半身がなければ、もうちょっと勘案もせずに済んだのかもしれないが。さらに跳躍。蜘蛛は空間的に座標を彩り、糸をこっちに向けて放つ。


 キュイッと音がした。


「斬撃……ッ!」


 気付くのは遅かった。もっとも意味は無いのだが。


「――――――――?」


 糸の摩擦。そによる斬撃。本来なら俺の肩に巻き付いた糸は、付け根から腕を奪っていただろう。相手が俺じゃなければな。


 ――ワンセルリザレクション。


 俺の能力だ。たとえ糸による斬撃だろうと、この身を傷つけることは不可能だ。


「まだやるか?」

「――――――――」


 何を思ったか。何を言ったか。何を為したか。その全てが分からなかった。ただ、相手方……蜘蛛がこちらを脅威に思ったのは確からしい。人外の跳躍で去って行く。結界が薄れ、四方八方に撒き散らされた糸が消えていく。俺の肩の付け根に巻かれた糸もその範疇であるようだ。


「糸による斬撃な」


 中々難儀な鬼が出たモノだ。


「ヨハネ……っ!」


 気付くと結界外。今度は別の女子の声が聞こえた。俺も知っている声だ。


「綾花か」


 死袴綾花しばかまあやか。この霊地の名代。


「一足遅かったな」


 あるいは綾花の存在を知って鬼が逃げ出したのか。どちらが先かは不毛だろう。


「大丈夫……なんですか……?」

「この際、問題は無いな」


 ワンセルリザレクションについては話してある。


「此度の鬼は……厄介ですね……」

「あーっと。警察発表された遺体って……」

「えと……土蜘蛛の眷属による……斬撃です……」

「土蜘蛛……」

「知りませんか……?」

「いや。怪談としては知ってるが。土蜘蛛……アレがね」


 元は朝廷に従わなかった豪族を指す。これが悪と認識され、怪談に語り継がれたのが土蜘蛛だ。要するに古代の鬼。古代の神秘。


「糸の斬撃で……バラバラにしてしまうらしいですよ……? 良く無事でしたね……」

「頑丈ですので」

「有効ですね」


 何が?


「鬼がヨハネを狙うなら……こっちの監視も予知に頼らなくても……」


 つまり俺を釣り餌にしようと? アリスに殺され能うぞ? 冗談抜きに。


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