第3話「森林」
出発して2日目。初日の夜は道中の街で宿を取り、騎士の話では今日の日没までには王都に到着する予定という話だ。
「レストさん。もうすぐ森に入って、そこを抜けたらすぐ王都ですよ」
レストの向かいに座っている騎士が外の様子を見ながら言った。
レストも外を見ると、前方に森が見える。いや、前方には森しか見えず、光もほとんど遮られてしまっていて中の様子も分からない。
「あれ? 街道から逸れてませんか?」
馬車が走っている道が、整備された道では無くなっていることに気付き、レストは尋ねた。
外の様子を見ていた騎士はレストへと視線を移し、頷く。
「はい。この森を迂回すると、それだけで日が暮れてしまいますので、森を進んだ方が近道になるんですよ。王都にも近い森なので、剣士見習いなどの実技にも使われていて、危険はないので大丈夫ですよ」
言いながら微笑み、
「まぁ、そうは言っても小さな獣などが襲ってくることもあるので、油断禁物ですよ」
そう言いながら、彼の隣に立てかけている剣を軽く叩く。
「レスト君も、念のためお父さんから渡された短剣を準備していてくださいね」
騎士に言われ、レストはカバンの中から短剣を取り出し、膝の上に置いた。
その重みに、短剣とはいえ実際の剣を手にしているのだ、と考えると緊張する。
意識を短剣から逸らそうと、レストが再び窓の外を見ると、すでに森の中に入ったらしく、周囲は昼間にも関わらず暗くなっていた。
馬車が森を走っている様子を、遠く木の上から注視している人影があった。
その身体には漆黒の外套を纏っており、深く被ったフードの下にある顔は一切見えない。
「んー、さすがにこの距離じゃ中に乗ってる人までは見えないかぁ…」
小さく呟くと、視線を馬車の進行方向へと移す。
視線の先には木々が切り倒され、開けた空間があった。
恐らく、あの場所で休憩し森を抜けるのだろう、と考える。
焚火の跡など、何度もその場所を使っていた形跡があるのだから間違いない。
「――でも、今日はちょっとまずいんじゃないかなぁ」
再び小さく言葉を漏らし、森を見まわす。
普通であれば、鳥や小動物などの姿があるはずの森だが、鳴き声も聞こえないほどの静寂が辺りを包んでいる。
いつも静かな森だが、今日はあまりにも静かすぎるのだ。
まるで、動物たちがおびえ、息を潜め隠れているような――
「――っ!」
思考していると、突然悲鳴が聞こえた。
反射的に声の方を見ると、馬車は既に休憩場所に着いており、2人の騎士が剣を構えて1人の男を守るように立っている。
その周りを取り囲むように1体の獣がいる。
否、
「あれは……魔獣?」
狼のような姿だが、その大きさは対峙している騎士ほどあり、全身を黒いもやを纏っている。
援護に行くべきか、と悩んでいると状況が動いた。
魔獣が咆哮し、騎士へと飛び掛かる。
騎士は身を翻し、剣を振った。
だが、その刃は魔獣を切らず、甲高い金属音を上げて弾かれる。
反動で態勢が崩れてしまった騎士に対し、魔獣は爪を振るった。
「――っ!」
装備していた鎧ごと、紙のように簡単に切り裂かれ血が宙を舞い、騎士は倒れ動かなくなった。
「――姿を見せたくなかったけど、それどころじゃない、かぁ」
このままでは全滅だと悟り、木から飛び降りた。着地と同時、曲げた足で地面を蹴り、一直線に駆ける。
いや、跳んだと表現した方が正しいほどの高速で、木々の隙間を縫うように駆けていた。
あと少しで辿り着く、と腰に付けている短剣に手を伸ばすのとほぼ同時、もう一人の騎士も剣を折られ、血を流して倒れた。
せめて、と――
せめて『彼』だけは、とさらに加速。
狭かった視界が開け、見ると男は腰を抜かしたようにしゃがみ込み、瞼を強く閉じて震える短剣を魔獣に向けていた。
対する魔獣は爪を振り上げ、
「――っ!」
魔獣の耳がかすかに動き、気付かれたと直感した。
だが、決して速度を緩めず魔獣の真横へと辿り着く。
そして、魔獣が振り向くより早く、短剣を抜き取り、魔獣の腹部へと突き立てた。
しかしその刃は、もやに阻まれ魔獣に傷一つ付けられない。
想定内、と考え柄を握る手を放し、てのひらを広げ構え、
【詠唱:爆焔】
構えた先に魔法陣が生まれ、爆発を産んだ。
その勢いは魔獣の巨体を吹き飛ばし、その体を木に叩きつける。
魔獣が地面に倒れる様子を見、一息吐いて男へと向き合う。
彼は未だ目を閉じ、震えていた。
なんと声をかけようか逡巡し、しかしこのまま放置するわけにもいかないと考え声をかける。
「――大丈夫? 怪我はありませんか?」
更新開いてしまって申し訳ないです…次は、もう少し早く、更新します。したい…できるといいなぁ…