第2話「旅立ち」
教会の中では、祭壇を中心に騎士を含めて話し合いが始まっていた。
なぜこの子が、というセリフが時々聞こえてくるが、当然かと思いながらレストはゆっくりと手を挙げる。
「あの…」
「――なんでしょうレスト君」
神父は、祭壇に置かれた紙を見ながら答えた。神官と騎士は声を止め、レストへと視線を向ける。
「僕が勇者――かどうかは置いておいて、職業は何でしょうか? えぇと、農家とか剣士とか料理人とか」
レストの言葉に神父は顔を上げ、レストを手招きする。
祭壇に置かれた天啓の書かれた紙をレストに見せながら、
「ここに天職が記されています。過去の勇者であれば、ここに『剣士・勇者』と記されたと聞いています。ですがレスト君、君は…」
そう言いながら神父が指さした箇所には、確かに勇者の文字がある。
だが、それだけだ。
「えっと、これは?」
「勇者の前に、普通であれば剣士などの職業があるのですがレスト君にはそれがありません。ですので、私はこういうしかありません」
一息、
「レスト君は、無職の勇者です」
その後、レストは天啓の書かれた紙を受け取り、教会の外に出る。中では未だ話し合いが続けられており、レストの両親もその輪に加えられていた。天啓の結果と、今後の説明のためだ。
レストが同席していた間に決まった内容は3つ。
1つ目は、王都にて再度天啓の儀を行う事。
2つ目は、教会にいた騎士は急ぎ王都へ勇者を連れて行くことが目的だったため、出発は今日中だという事。
3つ目は、勇者であるという事は出発まで伏せる事。
ひとまずレストは支度を整えるように言われ、教会を出た。そして待っていたカイルとソフィと一緒に、ソフィの両親が営む食堂に来ていた。
「それでレスト? そろそろ天職何だったのか教えてくれてもいいんじゃない?」
席に着くと、カイルはレストに尋ねる。教会から出てきたあとにも聞かれたが、レストはあとで話すと言っていたからだ。
「そうそう! 私も早く聞きたいなー」
調理場から軽食と水を持ってきたソフィも待ちきれない様子でレストを見る。
「えぇと…」
勇者という事を伏せなければならないという事で、何と言おうかとレストは悩む。
だが、
「無職だった」
ごまかさず、神父から言われた職業を言った。
「え? …お父さんと同じ農家でも無く?」
「無職」
カイルの疑問にレストは即答し水を飲む。
「無職って言っても、天啓に職業が書かれなかったのはおかしいって事で、教会に来てた騎士の人達と王都に行ってもう一回天啓の儀をしようって話になったんだよ」
嘘は言っていない、とレストは自分を納得させ2人を見る。
豆鉄砲をくらったような顔をしていた2人だが、レストの言葉を聞き安堵の域を吐いた。
「びっくりしたよー。でも、天啓でもそういう事ってあるんだね」
ソフィは笑いながら言い、軽食を手に取る。
「それで、王都に出発する日なんだけど――今日なんだ」
「今日!?」
「――んぐ!?」
カイルは驚き、ソフィはのどに詰まらせた。
胸元も叩き、水を飲んで流し込むとソフィは深呼吸し、
「ふぅ…いやいや急過ぎじゃない!? カイルでも明日なのに、レストは今日行くの!?」
ソフィの声が大きく、食堂に来ていた客の視線がレストたちに集中する。
「もし戦闘職だった場合、俺たちと一緒に街を出てたら、一緒に訓練を始められないから、かな?」
「そういう事だと思う。だから、家に帰って簡単に荷物まとめて出発なんだって」
カイルの言葉にレストは頷いた。実際は勇者だから、という理由で出発が早いのだが、それは口にしない。
「えー。じゃあレストも街から出て行っちゃうわけ? あ、でもでもまだ決まったわけじゃないから戻ってくるかもしれないんだよね?」
先ほど注目を浴びたからか、ソフィは身体を小さくしてレストに尋ねた。
頷き、レストは立ち上がる。
「そういうわけだから、今日はもう帰るね。終わったら帰ってくると思うから、その時は食べにくるよ」
「はーい。私もそれまでに何か作らせてもらえるように頑張るよ」
ソフィは少し頬を膨らませながら、いや、軽食を頬張りながら答えた。その様子に笑いそうになりながら、レストはカイルに手を振る。
「じゃあカイルは、もしかしたら王都でまた会おうね」
「あいよー。また今度―」
気の抜けたようなカイルの返事にレストはじゃあね、と小さく答えると、3人分の会計を済ませ、食堂を後にした。
レストが帰宅すると、すでに両親と2人の騎士が玄関先に待っていた。母の手には数日分の着替えを入れてるのであろう、レストのカバンがあった。
「おかえりレスト。一応、何日か王都で過ごせるように色々入れておいたからね」
「ありがとう、母さん」
レストはカバンを受け取り、肩に背負う。父もレストへと一つの物を差し出した。
「…これは?」
「道中何かあったら困るだろう? だから、うちにある武器になりそうな物を持たせておこうと思ってな!」
そういう父の手には短刀がある。受け取るべきか悩んでいると、騎士の一人が口を開いた。
「レスト君、受け取っておいた方がいい。我々も王都まで君を無事に送り届ける役目は全うするつもりだ」
だが、と続ける。
「万が一、レスト君の身に危険が迫った時、自分を守れる術は持っていた方がいい」
それなら、とレストは短刀を受け取りカバンに仕舞った。
その様子を見てから、もう1人の騎士が両親に向かって、
「それでは、レスト君は我々が責任を持って王都まで護衛しますので」
「えぇ、よろしくお願いしますね」
そう言うと、母は深々と頭を下げた。そしてレストへと向き合う。
「それじゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」
「しっかりと天啓を受け取ってくるんだぞ、レスト!」
両親の言葉を聞き、
「行ってきます」
レストは返事をし、騎士と外へと歩き始めた。
「街の入り口に馬車を用意しているので、それで王都に向かいます。2日後には王都に着けると思いますので、道中の護衛はお任せください」
騎士の言葉に仰々しさを感じながら、勇者の護衛となればそうなるのかもしれないと一人で納得し、
「よろしくお願いします」
とレストは言った。
そしてレストが馬車に乗る。続いて騎士が1人レストに向かうように座り、もう1人が馬の手綱を握った。
「それでは、出発します」
ゆっくりと前進し始め、街を出る。
空を見上げると陽はまだ高く、眩しさに目を細めた。
日没までには隣町に着くでしょう、という騎士の言葉に、
「分かりました」
と返事をし、レストは遠ざかる街を、見えなくなるまで見続けていた。