悪魔への依頼
部屋へと清を引きずったルインは気絶した清の意識をNightmareで無理やり叩き起こした。
「グヘェ!?」
何やら痛々しい悲鳴が聞こえたが、ルインは無視した。
この時になってようやく桜とオヒューカスを結界で閉じ込めていたことを思い出したので、結界を解除する。
すると、桜が真っ先に人化して清を揺さぶり始めた。
「キヨシさん!キヨシさん!しっかりしてください!!」
『ルイン様、流石にやりすぎかと。』
「カッとなってやったわ。反省はしていないけどね。」
瞳に涙を浮かべ、清へ詰め寄る桜を見て流石にやりすぎたと思ったのか、一瞬清から目を反らしたルインだったが、オヒューカスに詰め寄られた途端しれっと自身の非を認めなかった。
「うひ~・・・ひどい目にあったぜ。」
「大丈夫ですか?」
「・・・心中、お察しします。」
かつて聖子達を裏切ったダンタリオンもさしものルインの荒行に若干引き気味だった。
「寝惚けてないでさっさと話しを進めるわよ。時間はあまりないんでしょ?」
清が気絶したのはルインが原因だと言うのに酷い言い草だ。
涙目で桜がルインを睨みつけていたが清が頭を撫でて落ち着かせた。
「はいはい。さて、ダンタリオン。実は、この国の公爵を消したくてな。悪いがお前の実験体を貰えないか?」
「お断りします。」
即答された。
ルインによって音が外部に漏れないように空気の振動を操っているが、恐らく誰かに聞かれれば直ぐに俺の事を逆に消そうとする動きが発生するに違いない。
そもそも、普通に考えて公爵の地位を持つ人間を殺したいとかいう行動に協力する人間はいないだろう。
別にダンタリオンが間違った行動をとっているわけではない。
「第一、私は貴方との契約であなた達を害せません。そういう内容にしたのは貴方じゃないですか。」
実は、政治云々の前にダンタリオンが即答で断った理由はこっちにあった。
先日のアスタロト戦において清はダンタリオンへほぼ一方的な契約をした。
契約の内容は今後一切自分達と聖子達を裏切ると体内にある毒物が暴れだし、肉体が死ぬ。
魂としては元の世界に戻るだけだが、そうなればこの世界に戻ることは出来なくなってしまうので、未だ研究したい対象がある身としてはまだこの肉体を失いたくないのだ。
「問題ない。この場合はお前は裏切った訳ではないからな。」
「どういうことですか?」
「この場合、俺がお前に対して依頼したという立場になるんだ。それが原因で聖子たちが被害が被っても俺に協力しただけだ。その場合、お前は裏切ったとは判断されないため、お前が死ぬことは無い。逆説的になるが、お前が死なないことで聖子達がお前が裏切った訳ではないと判断されるんだ。一応、体に不調が走ったりして警告はでるが、体力の低いお前でも十分無視できる程度だ。」
「それは警告にならないのでは?」
「当人たちが警告と認識出来れば十分警告と言える。作戦実行時には万一の為にルインを近くにいさせるが、精々手足の先が痺れると感じる位のはずだ。あ、因みに言っとくが自発的に裏切れば問答無用で細胞の生命活動が止まって死ぬからな。」
「振り幅が激しいですねぇ!?」
「この場合は条件が曖昧だからな。『裏切る』なんて個人の主観だ。普段はもっと複雑なシステムを使って細かい罰を与えるんだが、俺の奴は単純なシステムだからな。当人達の主観という一言でいいきれない部分を頼りにしか罰が発動しない。今回の場合は俺がお前に依頼を出してお前がそれに従ったというだけだ。加えて言うと、お前の体内に存在する毒物は元々は俺の毒だ。俺の気まぐれで好きにすることが出来る。それを盾に脅したともいえるし、それに俺にはこれがある。」
そう言って、俺は腰に差している短刀をちらつかせる。
「それは・・・」
「気付いているだろうが、こいつはアスタロトだ。・・・今はオヒューカスと名が変わっているがな。」
「はい、リーフレスト連邦国で見た時は驚きで一瞬思考が停止しましたよ。」
『ええ、あなたにもあの時は苦労をかけたわね。ごめんなさい。今はマスターの元で私達が存在した世界へ案内してくれることになってるわ。まぁ、今すぐという訳ではないけどね。』
「先ほど名が変わったと言われましたが、一体何が・・・」
悪魔の彼らは他者からの認識によって成り立っている。
名前は自身の存在を決定付ける重要な存在だ。
それが変わったとなれば、気になるのも無理はないだろう。
「ルインが弄った。詳しいことは分らん。オヒューカスがその話をするたびに震えるからまともに会話が出来ないんだ。」
『あれは拷問だ・・・何度止めてと叫んでも叫んでも体中を弄られて、辱められた・・・』
俺が改造の時の話を仄めかしただけで小刻みに震えて要領を得ない。今も刀の状態でカタカタと震えている。
「ルイン様、あなた一体何を・・・」
「一番複雑なところを改造するのに集中してオヒューカスの意見を無視していたらいつの間にかこんな感じになったわ。悪かったと思っているけど、こうするよう指示したのはお父さんよ。」
「・・・まさかこんな風になるなんて誰が予想できる?」
「不可能ね。よって誰も悪くない。よって私も無実。はい、この話終了。さっさと本題に入りましょ。」
清と桜、ダンタリオンからジトとした目を向けられたルインだが、目をつぶって視線を合わせなかった。
「はぁ、オヒューカスのトラウマは今はとりあえず脇へ置いておくとして、」
『助けて・・・助けて・・・お母さぁん・・・』
おい本当に大丈夫か?何か幼児退行起こしてんぞ。というか、悪魔に母親っていたんだな。
不安にあった俺はオヒューカスの刀身と持ち手を無理やり掴んで動きを封じるよう試みた所、何とか落ち着かせることに成功した。
今後、彼女の前で改造時の話はタブー決定だな。
「さっきも言ったが、この後にこの国の公爵を消したいんだ。その騒動を起こすつもりなんだ。その時にお前の実験体を何体か欲しい。」
話しが脱線しかけたので、とりあえず清は本題へと話を戻す。
「まぁ、先の話で私への損が実質ないことは分かりましたが・・・逆に私へのメリットもありませんよね?」
「その場合は実験の際に必要な資金を一部融資しよう。現金じゃなくて石でだがな。ついでにいうと、お前の実験をするさいに俺の毒物の一部を提供する。この毒物は対象を融解させたり固形化させたり色々便利なはずだ。日影組故にあまり種類は与えられないがな。」
「・・・いくらか条件が。」
「飲もう。」
即決である。
ダンタリオンの協力は不可欠ではないが、協力してくれれば鬼に金棒だ。
可能な限り彼女に言い運は通して協力を仰ぎたい。
「まず、私がこの事態に関係しているんは絶対に第三者に知られない事、そして、報酬の毒物ですが、一緒に抗体となる毒物も頂けること。それが最低条件ですね。」
その程度なら十分対応内だ。抗体となる物質も一部は強力な毒となるが、本当にごく一部なので問題ないだろう。
「報酬は前金で白金貨200枚、成功報酬として白金貨400枚それ以下では引き受けません。」
日本円換算で2億と4億。
これは、俺達の足元を見ているのもあるだろうが、ダンタリオン自身も正直乗り気ではないのだろう。
故にそんな常識はずれな金額を提示したと思われる。
「分かった、ルイン後で渡してくれ。」
「・・・少しは交渉しないんですか?」
「お前も乗り気じゃないんだろ?出来る限りのお前の言い分は通すさ。」
「いやあの、白金貨600枚は十分法外な値段のはずですが?そもそも、その様な大金をあなたは持っているのですか?記憶が正しければ、あなたはリーフレスト連邦国で大金を宝石に換金したはずですが?」
「殺人を頼むのに法外もクソもあるのか?お金に関しては問題ない。ルインの能力には同価値の存在を変換することができる能力があるんだ。この能力を使えば、リーフレスト連邦国で爆買いした宝石を貨幣に換金出来る。」
「さらっと白金貨600枚分のお金位どうとでも出来ると言ったような・・・あなたと話していると自分が普通なのかおかしいのか分からなくなりますね・・・」
「お前は十分異常だろう。お前みたいな天才がそこら辺に何人もいてたまるか。」
一応、ダンタリオンはソロモン72柱の中でも屈指の知識人だ。
大半の悪魔などがキリスト教でいうところの7つの大罪を直接間接を問わず司る悪魔なのに対し、ダンタリオンは数少ない例外だ。呼び出された際のご利益に「全知全能の知識を与える」とされていることからもダンタリオンの知識に対する貪欲さが知られるだろう。
「そんなことより、譲ってもらう実験体の特徴だがな、」
再び話が脱線しかけたので、清が強引に話を戻した。
「出来れば、俺達に対処が難しい存在を頼む。そして、高い再生力を持つやつで。」
「無茶言いますねぇ!!?」
要求を伝えた途端、ダンタリオンがげっそりした顔で突っ込んだ。
大悪魔と正面切ってボカスカ殴り合える男や勇者パーティを隔離して保護できる結界を作れるその娘が苦戦する存在など、どう作れというのだろうか。
「あなた方が苦戦する状況が想像できないのですが・・・」
「いや、そういう訳でもないぞ。俺達やアスナンの披露宴はこの国の大きな建物のどこかで行われるだろう。それ以外でも精々どこか広い庭だ。そんな狭い場所で使える大技って、実は俺達あまり持っていないんだよ。」
思い出せば、今まで清達が苦戦して大技使う時は周囲に何もない森林や草原、町の近くでも予めルインが結界を張っていたとはいえ比較的広い平原で行われていた。
アスタロトと殴り合った状況でも祠自体がそれなりの広さを持っていたため、狭いところで大技を使ったことは実はほとんどない。
「俺達が攻撃するたびに一瞬で再生する高い再生力を持つ敵、しかも大技の使用を封じられれば、俺達はそいつを倒すことはほぼ難しくなる。」
「高い再生力というとどれくらいですか?」
「火だるまにされても再生し続けて死なないレベルのやつだな。それと、四肢を切断しても数分以内に再生出来るとか。」
「そんなやつ、対処出来るのですか?」
「最悪ルインが塵一つ残さず消し去る。どこか遠くへ投げ飛ばす必要があるがな。開発にはルインも側につかせて手伝わせるから、何とか作ってくれ。そうじゃなくても再生力の高い何かでいい。」
「あなたの娘が手伝う時点でヤバイものが出来る予感しかないのですが・・・」
「やったなルイン、悪魔界でも屈指の天才から褒められたぞ。」
「褒めても何も出ないわよ。」
ルインはそう言っているが、頬が少し緩んでいるのでまんざらでもないのだろう。
「もう疲れた・・・この親子・・・」
『ダンタリオン、諦めなさい。今更彼らに常識を求めるのはナンセンスよ。』
「頑張って下さい、ダンタリオンさん。」
背後でダンタリオンとオヒューカス、桜が何か言い合っているが気にしてはいない親子だった。




