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きみのすべてを解き放て  作者: シロタカ
◇ 第1話 最強と最弱
7/24

【6】

 夢、破れる。


 新たな人生の門出として、光満ち溢れるギルドホールに踏み込んだリオン。冒険者でひしめく光景に胸高鳴り、柄にもなく期待してしまったものの、現実はやはり非情――。リオンはギルドの外でシクシクと泣いていた。


 田舎の村と違い、有象無象の他人ばかり行き交う都会の大通り。


 可愛らしい少女――に見えるリオンが静かに泣く姿に、興味の視線を向ける者はいるけれど、声をかけてくる者まではいない。都会の無関心さのおかげで、リオンは徐々に落ち着くことができた。


「あー、うん……。やっぱり、そうですよね」


 リオンは一人で勝手に納得する。


 わかっていたはずなのに、己の無能っぷりがハンパない。


「ひさしぶりに自覚した」


 目元の涙をぬぐいながら、平常心を取り戻したリオンは前を向く。


「さて、これからどうしようかな?」


 何かと他人に攻撃されることの多い人生だから、やられるのには慣れている。その分、リオンの復活は早い。さっさと切り替えていかなければ、気分は底なし沼のようにどこまでも沈んでいくものだ。


「でも、さすがに困ったかも知れない」


 冒険者は手軽に始められるという点では、非常にポピュラーな仕事である。


 元手がいらない、経験がいらない、やる気さえあれば誰でもオーケーの冒険者は、まさに職探しの最後の砦である。リオンはそれなのに、最初から最後の砦に門を閉ざされてしまった。


 冷静に考えてみても、なかなかのピンチである。


 ここは勝手知ったる村はずれのボロ小屋ではないのだ。他人は他人の大都会。自給自足の生活の知恵は役に立たないし、慈悲を請うても助けてくれる人はいない。手持ちの金も大した額ではないため、ぼちぼちと生活を整えていくなんて余裕もなかった。


 だが、途方に暮れていてもしょうがない。


 生きるだけで精一杯なのは、これまでと変わらない。


 やれることをやるしかないのだ。


 リオンはぐっと拳を握りしめる。


「よし、これだ!」


 目立ちすぎるのも良くないと思い、大通りではなく、脇の小道を選ぶ。


 もう夜である。街灯がそこら中に立っているものの、大通りを離れれば薄暗い。


 リオンはウィンドウを大きく展開した。


 大きな文字で、『なんでもします』と表示させる。


「お嬢ちゃん、なんでもするって?」


「はい! おこづかいくれればなんでも!」


 思ったよりも早く、客がやって来た。


 おじさんである。酒が入っているのか、顔が赤い。


 もはや、なりふり構っていられない。リオンは何でもするつもりだ――掃除、洗濯、靴磨きだろうとトイレ掃除だろうと――そう、子供のおこづかい程度でいいから何でもやってやる。


 リオンはそんな気持ちで、愛想よく笑顔を振りまいていた。相変わらず、男ではなく女と間違えられているものの、雑用を請け負うだけならば大差ないだろうと思って訂正しなかった。


「そうかそうか。なんでもしてくれるのか」


 おじさんは妙に嬉しそうだ。


 さて、どうしてだろう?


「貴様ら、そこまでだ」


 唐突に、リオンは強い光に照らし出された。


 凄みのある声は女性のもので、振り返れば、声の主とは別に二人の制服を着た若い男が居並ぶ。腰にはサーベル、自由都市の軍章が付いた制帽も見える。どうやら治安を維持する部隊のようだ。


 リオンに手を伸ばしかけていたおじさんはカエルの潰れたような悲鳴を上げる。


 必死の形相で逃げ出したものの、すぐに制服の男二人に捕まっていた。


 リオンも馬鹿ではない。


 何やら、まずいことになったと自覚する。


「君! ここで何をしている?」


「お仕事を……」


 相手の眉が吊り上がるのを見て、リオンは口を閉ざした。


 盛大に誤解されている気がするものの、世慣れしていないリオンには何が何やらさっぱりだ。


 リオンの正面に仁王立ちする女性は、おじさんを捕まえた二人の男よりも立場が上らしい。重厚なコートを袖を通さずに羽織っていた。無機質な輝きを持つシルバーブロンドの長髪をひとつ結びにしている。女性にしては長身で、鷲が獲物を狙うような目でリオンを見下ろしていた。


 威圧感はたっぷり。


 正直、リオンは怖かった。


「ごめんなさい」


 とりあえず、謝ってみる。


「黙れ」


 一言で切り捨てられた。


 女性はさらに舌打ちし、いらだちを隠そうともしない。


「君のような者の言葉はとても軽い。約束は守られることなく、こんなことが延々と繰り返される。知っているぞ、私が背を向けた瞬間に君らは舌を出すのだ。法で罰せられるのは男の方だけというのを良いことに、その面の皮はどんどん厚くなっていく」


 謝罪の言葉は火に油だったらしい。


 女性が一歩踏み込んで来たため、リオンは路地の壁際に追い詰められる。


「いい加減、見せしめは必要だろうさ。まだ夜もふけ切らない時間から、私たちをあざ笑うように堂々とやっていた君が悪い。恨みには思うなよ。むしろ、いい声でないてくれ。それが君の仕事でもあるんだろう?」


 まずい。


 本格的に、まずい。


 女性が革製のグローブを手にはめる。


 何のためかと云えば、自分の手を傷めないためである。


 リオンは長年の経験から、相手が暴力に打って出ようとする、その一線を超える瞬間の気配を、ぞくりと肌で感じ取れるようになっていた。脅しではない。相手は本気である。もはや言葉を尽くしてどうにかなるようなものではなかった。


 そうなると、リオンの判断は早い。


 もとより、選択肢はひとつ。


 瞬間、逃げの手を打つ。


「なにっ……!」


 女性が戸惑いの声を上げる。


 リオンは懐から取り出した小袋を宙に放り投げていた。飛び出した粉末が、すぐさま周囲にパッと広がる。リオンは自分で吸い込んでしまわないように口元を抑えながら、するりと女性の脇を抜けようとした。


 しかし、埋められないステータスの差が悲しい。


 隙を付いたものの、それでも女の手がすばやくリオンの背に伸びる。


「逃がすものか……にゃん」


 勇ましい叫び声に、なぜか、まったく似合わない語尾が付け足された。


「な、なんだこれ! にゃ、にゃんだこれ?」


 少し離れた場所で、捕まえたおじさんを拘束しながら成り行きを見守っていた制服の男二人が、ギョッとしたように自分達の女上司を見つめている。相手の動揺を利用して距離を取ったリオンも、「あれ? どうして? ただの笑いキノコの粉末だったはずなのに……」と、自分がやったことに対して戸惑いを隠せない。


 かつての住居そばの森の奥では、色とりどりたくさんのキノコが採取できた。


 森の奥深い所に潜むモノ曰く、人里近くで採れるようなキノコとはかなりレベルが違うらしい。


 しかし、スキルを持たないリオンはそれらのキノコをポーションに変換したりするような高度なことはできなかった。リオンの手でできることと云えば、乾かした後にすり潰して粉末にするぐらいである。


 リオンはいざという時のため――まあ、たいていは村のいじめっ子が歯止めが利かなくなった時のため、そうしたキノコの粉末を護身用に持ち歩くようにしていた。数あるキノコの内でも、特に有用だったのが【笑いキノコ】である(森に潜むモノ曰く、正式名称は違うらしいけれど)。粉末を吸い込むと一時間ばかり腹を抱えて笑い続けるため、リオンはそんな風に呼んでいた。


 まさか、人によって違う効果が出るとは知らなかった。


 以後、使用する時は気を付けようと思う。


「ま、待つんだにゃん!」


「……徐々に悪化してる?」


 リオンは首を傾げながら、どうにかその場を逃げ出した。


 後には、ウニャアアアーと、猫みたいな叫び声だけが響き渡る。


 なお、怜悧冷徹な彼女は自由都市ロウシャンの警備隊、その中でも出世街道を順調に上っていたエリートである。リオンにとっては、この出来事は予期せぬ一夜の災難に過ぎなかったが、彼女にとっては生涯最大の災難ともなってしまった。本来は一時間程度の大笑いで済むはずのキノコの効果。彼女にはなぜか、かなり不思議な効果が出てしまっているけれど――。


 無情にも、この効果はこれから一年、消えることはないのだ。


 リオンが今後何かと目の敵にされるのは、まあ、云うまでもないことである。


「あ、危なかった」


 しばらく走り続けて、リオンは一息つく。


「あー、もう、なにがダメだったのかな?」


 何がダメかと云えば、最初から全部ダメである。


 それを教えてくれる人もいないため、リオンは大通りの人込みに紛れながら、しばらく首を傾げ続けた。もちろん答えは出ないため、次第に気持ちを切り替えていく。冒険者の道が閉ざされて、そこら辺で個人的に客を取る目論見も失敗した以上、次なる手はやはり、雇ってくれる人を探すのがいいのではないか。


「むしろ、それを最初に考えるべきか」


 リオンは自分自身を笑い飛ばした。


 手持ちの金を改めて確認し、今日はもう遅い時間であるため、どこかに宿を取ろうと考える。数日はそうやってしのげるだろうから、その間に雇ってくれる人が見つかればいいな――と、リオンのそんな甘い考えはあっさり頓挫していく。


 まず第一に、都会の宿は高かった。


 一泊しただけで、所持金は空っぽになってしまった。


 第二に、翌日からは街を歩くと警備隊に追いかけられる。


 どうやら昨夜の彼女の恨みが冷めていないらしい(当然である)。


 これでは仕事を探す所ではない。金も尽きた状態で、数日間、リオンは慣れない街並みに悪戦苦闘しながら警備隊と追いかけっこを繰り返した。ある程度の時間が経った所で一旦はあきらめが入ったのか、彼らに執拗に追跡されることはなくなったものの、その頃にはリオンはひどい空腹に悩まされるようになっていた。


 自然豊かな所で一人暮らしていた頃と違い、気楽に水浴びもできない。


 身体も薄汚れていく。もはや、仕事を見つけるなんて不可能だった。


 浮浪者に混じり、どうにか命を繋いだものの――。


「お前さん、弱っちいな」


「……はい、よく云われます」


 ホームレスのじいさんにも呆れられ、やがて見放されるステータスの低さ。


 むしろ、仕事も住居もない彼らは意外にたくましい。そうでなくては生きていけないのだから。リオンには無理だった。まったく悲しい話であるけれど、リオンはホームレスになるにもステータスが足りていなかったというオチである。


 ロウシャンに来てから、わずかに十日――。


 リオンは遂に、路地裏で一人倒れた。


 飢えによるライフの減少でアラート音。意識は遠ざかり、死が迫り来る。


 ぼやけた視界に映り込んだのは、なにやら見覚えのある死神だった。


 漆黒の長い髪。


 深淵を見るかのようなブルーの瞳。


 ギルドで前に見たような気がする。やっぱり死神であろう。


 リオンは悲鳴を上げようとしたが、そこで気を失った。

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