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きみのすべてを解き放て  作者: シロタカ
◇ 第1話 最強と最弱
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【4】

 ――小屋が燃えました。どうにかしてください。


 ――どうにもできないので、村から出て行ったら?


 リオンと村長の会話を要約すると、そんな風にたった二行に集約される。


 放火の一件に関しては、さすがのリオンも笑って済ますことはできなかった。無人のタイミングを狙ったのかも知れないが、最悪、火の手に巻き込まれる可能性もあった。だから、実際はかなりの問答があったものの、村長はのらりくらりとはぐらかしてばかりだった。


 残念ながら、リオンの追求は曖昧なままに終わってしまう。


 村長が唐突に、まったく別の話題を持ち出してきたからだ。


「親父さんから、お前が十八歳になったら渡してくれと頼まれていた」


 村長は古びた手紙を差し出し、突然、そんなことを云い出した。


「お主、そういえばいくつになった?」


「昨日で十七歳になりました」


「そうか。一年早かったか。まあ、事情が事情だけに仕方ない」


 まったく、適当である。


 リオンはあきれ果てながら、手紙を受け取った。


 一度出て行けば、リオンがこの村に帰って来ることは二度とないだろう。十八歳になった時に渡すという約束は果たせなくなるため、ここで予定を前倒しにするのはわからなくもない。だが、それにしても、火事の件から話を逸らすためというのが見え見えである。


「やれやれ」


 まったく、憤ることばかりである。この手紙にしてもそうだ。


 リオンは表情を曇らせたまま、乱暴に手紙の封を切った。


 父の顔はもう思い出せない。


 リオンは自分が捨てられたものと思っている。父とは二度と会う事はないだろう。だから、思い出す必要はないと心に決めて、実際、思い出さないまま十年過ごして来た。今さら自分の人生に突如として再登場されても困るのだ。どんな感情を抱けばいいのか、リオンにはよくわからない。


 手紙は短かった。


 父の名と共に、一行だけの走り書き。


『ロウシャンで待つ』


「……え、これだけ?」


 思わず、リオンは村長に尋ねた。


「知らんよ。村の者はなにも聞いておらん」


 村長はやはり素っ気なかった。


「約束は果たしたよ。それでは、お主の旅立ちが良きものにならんことを」


 後腐れが無くなったためか、村長は清々しい顔で、リオンはもはや何も云う気にならなかった。


 村を出て行くことはなし崩し的に決まり、父の残した手紙から、行き場のないリオンの行き先は自由都市ロウシャンと、こちらも自動的に決まってしまった。


「やれやれ」


 旅の準備にもう一日費やした。


 早朝、リオンは村の門を静かに抜け出る。


 見送りは誰もいない。


 当然の事なので、それは気にしない。


 元々、一人で生きてきた。もしかしたら、ほんの少しあったかも知れない心残りも、火事でボロ小屋と共に焼け落ちたようだ。十年暮らした土地だと云うのに、一夜限りの宿を発つ時のようにさっぱりとした気分である。


 焼け残ったわずかなものを売り払い、多少の路銀が調達できたのは幸いだった。ウィンドウを開き、リストアップされたアイテムを確認しておく。ロウシャンへの移動は徒歩で十分なため、旅装と云っても大したものではない。相変わらず、蒼の腕輪だけはいつものままだ。


 左手に、肌身離さず付けている。


 この十年間、外した記憶はほとんどない。


 寝る時はもちろん、森の湖で水浴びする時ですら律儀に装備したままにしていた。特に意識することもなくそうしていたのは、旅をしていた頃に父から幾度も云われていたためかも知れない。父の顔は忘れたが、蒼の腕輪を絶対に外さないようにと教えられたのはかすかに覚えている。


 別に、外せないわけではない。


 リオンは試しに、左腕から蒼の腕輪を抜いてみた。


 何の抵抗もなく外れる。くるくると指先で遊ばせた後、リオンは腕輪を元に戻した。


「さて、行こうか」


 こうして村を出て行く経緯こそ最悪だが、気分は前向きである。


 手持ちの資金はわずかで、レベルは『1』、ステータスもすべて『1』。目的地は自由都市ロウシャンと決まっているものの、父の残した手紙が信頼に足るものかはわからない。先行きには不安しかない。リオンはそれでも、のんびりと気負わず、笑いながら歩きだした。


「がんばるぞ!」


 リオンは両手を高々と突き上げて出発した。




 >> モンスターがあらわれた。




「……え?」


 まさかのエンカウント。


 旅をスタートしてから、ほんのわずかしか経っていない。


「か、街道をちゃんと歩いていたのに、なんて運の悪さ……」


 リオンは嘆くものの、確かに、ステータスの【運】の数値も最悪である。


 目の前に草むらから飛び出して来たのは、子犬のようなモンスター【バニラドッグ】。短い尻尾を高速で振っている。どうやら興奮しているようだ。


 リオンは反射的に回れ右するものの――『しかし、まわりこまれてしまった!』


 逃げられない。


「あれ? え、え……?」


 リオンが右往左往している内、モンスターは詰め寄って来た。


 ドン、と。モンスターの攻撃、体当たり。


「ぐふっ!」


 吹き飛ばされて、地面をゴロゴロ転がり、リオンはボロ屑のように倒れた。動けない、立ち上がれない。もうダメだ。青空の彼方から耳障りなアラートが聞こえてくる。


 震える手を伸ばし、ウィンドウを展開して確認してみた。やはりライフが尽きている。ライフが尽きたということは、システムの守りが失われたということにも等しい。人間の生身なんて、モンスターの凶悪なパワーの前には紙屑のように脆いものだ。ライフの尽きたこの状態でとどめの一撃を受けると、待っているものは完全な死である。


 リオンは顔面蒼白になった。


 どうにか起き上がり、逃げなければいけない。


 だが、ライフの尽きた身体は鉛のように重くて、思うように動けない。


「大丈夫ですか、可愛らしいお嬢さん?」


 爽やかな風が吹いた。


 野花の花びらと共に、誰かの声が舞い込む。


「……だ、だれ?」


「んー、まあ、ヒーローという奴ですよ」


 冗談交じりと思われる、笑いを含んだ男の声。


 のどかな街道を、リオンの後ろからやって来たらしい男が一人、モンスターの間に割り込んだ。


 地面に倒れているリオンからは、最初、その足元しか見えなかった。ぷるぷると震えながら顔を上げると、どうやら冒険者らしいとわかる。美しく輝いた装備品は、いずれも一流の人間が持つ品々だ。純白の鎧、真紅のマント。宝石が随所にちりばめられた装飾過多な剣を腰に提げていた。


「まさか、子供が棒きれで追い払える【バニラドッグ】にやられる人間がいるとは……。このあたりでは最弱のモンスターですよ。いや、こんな光景は初めてだ。思わず、笑っ……いえ、失礼。私は真顔です。まあ、ご安心ください。お嬢さんのようなか弱い人を助けるのは私の使命ですから」


「ボク、男です……」


「なんとぉ!」


 ふらりと現れてキザなポーズを取っていた男は、明らかにショックを受けていた。


 というか、目に見えてやる気を失っていく。


「……んー、助ける気がなくなった」


 ぼやきながら、ため息を吐く始末だ。


 実際、彼は何もしなかった。


 しかし、リオンはそれでも十分に助かってしまった。


 モンスターを目の前にして、冒険者の男はそちらをまったく気にする様子もなかったけれど、それはどうやら余裕のあらわれである。バニラドッグがこの地域で最弱のモンスターであることは確かなものの、それでもモンスターはモンスターである。普通の人間ならば十分警戒に値する。


 彼が余裕なのは、余裕でいられるだけの実力があるということだ。


 冒険者は、荒事に長けている者が多い。


 その中でも一流となれば、バニラドッグ程度は子犬と変わらないという事だろう。


 男は剣を抜くこともなく、しばらくリオンを見下ろしたまま突っ立っていた。男と云われたものの、どう見ても女の子だろうといぶかしく思うような視線である。じろじろと無遠慮だったけれど、そんな最中、一度だけ、ちらりとバニラドッグの方を見た。


 強者としての威圧感、余裕の中に含まれた鋭い殺気。


 遥かに格下のモンスターにはそれだけで十分と云わんばかりだった。


 事実として、バニラドッグは男の視線に射抜かれ、あっさり逃げ出してしまった。


「た、たすかった」


 ファンファーレ。


 戦闘終了。


 リオンの全身から力が抜けていく。


「す、すみません。もののついでに、お願いが――」


 ライフの尽きたリオンは意識もうろうとしていた。


 気絶する寸前、なんとか最後に告げる。


「ボク、ロウシャンに行きたい」


 ガクリ、と――。


 リオンは完全に力尽き、意識を失った。


「……」


 そして、静寂。


 喜劇に巻き込まれたような男が一人、舞台に残される。


 彼はしばらく、己の置かれた状況が理解できないというように立ち尽くしていた。気絶したリオンを奇妙なもののように眺める。「え? なに、まさか私が運ぶの? ロウシャンまで?」と、かなりの時間が経ってから狼狽えたように叫ぶ。誰も答えてくれる者なんていないのに、彼はきょろきょろと周囲を見渡していた。


 男の名は、ロマンと云う。


 好青年を絵に描いたような風貌で、一級の装備品が示す通り、ギルドに所属する冒険者だ。


「S級の私が、どうしてこんな阿呆な目に?」


 S級。


 それは冒険者の中でも最上位のランクである。


 S級の冒険者はそれだけで世界有数の実力者として認められていた。望むならば、あらゆる国家で特例として騎士の地位を与えられるだろう。社会的地位は高く、名前と顔を広く知られている者がほとんどである。


 S級の冒険者というだけで、超が付く一流。


 ただし、ロマンはそれだけではなかった。


 この世には最上級のレアリティであるレジェンドの武具が12個存在している。それらは世界の命運すら決する程のパワーを秘めているため、普段は使用されることなく、様々な国家や世界的機関で厳重に管理されていた。しかし、時に、人類の存亡をかけた危機というものは訪れてしまう。例えば、魔王の復活のように――。


 有事の際には、レジェンドの武具の封印は解かれる。


 ただし、いざその時が来てから、それぞれの武具を誰に託すのかを決めていては遅きに失する。レジェンドの武具を扱うにはそれに見合った実力者でなければいけない。だから、あらかじめ、世界を救う運命をになう者は決められているのだ。


 選ばれし12人には、それぞれ【勇者】の称号が与えられている。


 ロマンは【剣】の勇者。


 すなわち、世界最強の人類の一人である。


「どうして、私が……。こんな、最低ランクの冒険者みたいなことを……」


 まったく、奇跡的な偶然である。


 世界最強と世界最弱は偶然にも出会ってしまった。


 ロウシャンまで半日はかかる道のり、ロマンはリオンを背負って歩き続ける。

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