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風と共に

「やっぱり人生って平等とちゃうんや」

そんなわかりきった事が口から出たときに、自分が泣いてることに気づいた。


 家路に向かう地下鉄の中で、立ったままガラガラの車内を見回して、ポツンと座っている幾人かの人を眺めながら、彼たちが今何を考えているのかな?って思った時に

 「俺失業したんやな」って実感した。

この中に自分と同じように、失業して途方に暮れている人がいるんだろうか?

なんでこんな中途半端な時間にこの人達は地下鉄に乗っているんだろうか?

あの中年のサラリーマンは営業マンなのかな?

皆人生に疲れている感じに見えるのは僕がハッピーでないせいなのか?

そんな思いが僕をもっとネガティブにし、幸せな人間がいない事を祈ってしまう。

 「仕事失くして、俺だけこんな気分やなんて不公平とちゃうんか?皆もそうやったらええねん!」

と思ったときに扉が開いて新しい乗客が乗り込んできた。

 「本町か...」

淀屋橋駅を過ぎていたことに気づかなかったのは、人があまり乗ってこなかったからなのか?

それとも自分の世界に入っていたせいか?

などと思いながら、灰色をおびた乗客を眺めた。

 なめるように僕の目線がスッと湾曲を描いたその先に一人の女子高生が微笑みながら携帯をいじっている姿を捕らえた。

いつかどこかで見た映画のワンシーンのように彼女にスポットライトをが照らされていて浮き出されていた。

幸せそうなその笑顔、僕は急に腹がったと同時に空しくなり、酸欠で息が出来なくなりそうで次の駅で電車を飛び降りた。


 心斎橋の駅はまさに雑踏。

右往左往する人でごった返していて、突っ立っている僕は邪魔者というより異星人。

不安定な精神状態は僕をどんどん孤立させて、異星人にしていた。

皆本当は異星人になるほど孤独なのかもしれない、でもそもそも異星人てなんだろう?

地球人以外の人の事?

でもこの地球に異星人がいるかもしれないし、自分もその一人かもしれない、というか本当は地球人なんていなくて、全員どこからかやってきたエイリアンの子孫なのかも?

久々に御堂筋を歩きながらそんなことを考えて銀杏並木を見ていると、ひょっとしたらこの銀杏もどこか違う星の種なのかもしれないなんて、どんどん考えがSF小説じみてきて、いつの間にか楽しい気分になっていた。

 僕の顔にも少し微笑みが戻ってきている感じがした。

 「やっぱ自然ってええな!木、太陽、風」

僕は僕に語りかけながら、歩き続けた。


 大国町の駅の交差点を左に曲がって100メールくらいのところにいつも仕事帰りに寄るコンビニを今日は素通りした。

そこから2つ目の角を左に折れて、その先2つ目の角にある小さな公園の向こう側の筋を右に曲がって50メートル程行ったところに僕のアパートがある。

 いつもは仕事をしているので、この時間にこの辺を歩いたことはなかった。

知っている風景も時間帯でこんなに違うんだなと思いながら公園まできたときに、この公園ってこんな感じだったのかな?っとなにげに思って立ち止まった。

 ここに引っ越してもう5年も経っているけど、この公園に入ったことは一度もなかった。

公園なんて子供にとってのプレイグランドぐらいにしか思っていない僕は、公園を囲む木が桜ということを引っ越した当時は知らなかったし、毎年春に満開になる桜を見てもたいして感動もしなかった。

その時期、夜はライトアップされて深夜まで綺麗に照らされている桜の下で花見をしている人達がいるのも毎年恒例のように見ていたけど、花見をしたいなんて思った事は一度もなかった。

そして夏が苦手な僕は桜の時期の到来が夏の序章のような気がして、1週間程しかない桜満開の時期を有難く思うこともなかった。

なのになぜか今日はこの公園が有難く思もえた。

さっき自然っていいものだなと思ったせいだろうか?

そう思うと無償に桜が見たくなってきた。

桜の時期はもう1ヶ月も前で、今は緑の葉を茂らせた木々が夏を待っている感じだ。

そう思い桜の木を見上げている僕の足は自然に僕を公園の中に連れて行った。


 平日の昼下がりということもあって、公園の中は閑散としている。

さっきまで犬の散歩をしていた主婦らしき女性は、今公園を出て、僕のアパートとは反対方向へ歩きだしている。

子供達が訪れるまでまだ数時間あるんだろう。遅番で出勤する時や早番で帰宅したときにジャングルジムを賑わせる子供達は一人もいない。

幾つかあるベンチの1つにお年寄り2人離れて座っている。

日向ぼっこをしているんだろうか?

 公園全体が見渡せるベンチに腰をおろすと爽やかな風が体温をスッと下げてくれるのを感じた。

 「風薫る5月か!うん...詩か俳句の中にこんな言葉あったような...」

大人になって5月という月を意識したことがなかった事に改めて気づかされながら、子供の日と鯉のぼりを想像していた。

鯉のぼりは風の中で泳いでいる、気持ち良さそうに。

 人は大人になると共にあの頃の子供の日の想い出を忘れてしまうものなのか?

忙しい毎日にただ暑さや、寒さ、鬱陶しさだけで季節を感じるようになるものなのだろうか?

皆そうでないとしても、僕はその大人の1人。

さっきまでの僕は5月の存在を忘れていた。

 12月のように本格的冬の到来と共に年の瀬を迎えて何か気分が盛り上がる月でもないし、北海道は別として4月のように桜が咲くわけでもなし、ゴールデンウィークはあるけれど、季節感的なものを意識する月だと思った事はなかった。

 が、今初めて風が薫という感じがわかった。

その風は4月のように春の到来を告げながらも、時々冷たい風を吹かせて冬に逆戻りさせるような裏切りは無く、6月以降のように湿気を多く含んだ風がその水分を体にまとわりつけるような鬱陶しさもない。

冷たさもなく、湿気感もないその健やかな5月の風が僕の中を通りぬけ、木々を揺らし、葉に音を与えて、その存在を僕に語りかけてる。

そして傷ついた僕の心は自然の中で少しづつ癒されている。

 葉の音を聞きながら目を閉じると、公園の残像が暗い瞼の裏に写っている。

そして残像の輪郭が少しずつぼやけだし時、葉の音がだんだん遠くで聞こえるように消音していく気がした。

眠りに落ちていくまでの心地良い過渡期。


 「ねぇ、いつまで座ってんの?そろそろ行こうや!」

 「え!?」

現実に引き戻されるように目を開いた僕の前にさっきまでとは違う景色が飛び込んできた。

中央のジャングルジム、左側のブランコに砂場、右奥のシーソーが消えている、見覚えのある長方形の小さな公園の姿とは全く違う。

目の前に広がる緑のフィールド、それを囲む森のような木の群れ、公園の囲いなどどこにも見えない。

 理解の出来ない現実に、、リアル過ぎる程鮮明な夢?に僕は唖然として、硬直したままどうにか答えを見つけ出そうと目だけが左から右、右から左へと何か糸口をさがしている。

ただ起こっている現象の謎は解けないが、僕はここがどこなのかは知っている。

公園の森の向こうに広がる高層ビル群。

来た事はないが雑誌や映画でよく見るこの風景はセントラルパーク。

 「なぁ、ほんまにどうしたん?」

 「彩、何でお前が…」

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