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8、ヒーローイエローは、謎に迫る

 悪の組織って、普段何してるんだろうな。


「えっ?」


 喧嘩の罰として仲良く皿洗いをしないさいという母の命令に従い黙々作業していると、お兄ちゃんがボソッと溢した。

 普段はあんたの腐れ縁の友達してるよ。あとはその親をしてたり、他には私の友達とかね。なんてことは言えるはずもなく、何、藪から棒に、と呆れた風を装う。


「ヒーロー基地勤務は政府から金が出ている公務員みたいなもんだってボスが言ってただろ。なら悪の組織はどっから金が入るんだ? 食ってけねえだろ」


 ……確かに。

 黒森先輩は子どもの頃からよくうちに来るし、私とお兄ちゃんも子どもの頃は先輩の家に遊びに行った。親同士も時々出かけているようだし家族ぐるみの付き合いだけど、先輩のお父さんの仕事を訊いたことは一度もない。黒森夫人は勝手に専業主婦だと思っていたけど。

 好きな人に、「お父様はどんなお仕事をなさっているのかしら?」なんて訊きづらいことをあえて訊こうとしたことはない。子どもの無邪気さがあればいけたかもしれないけど、子供の頃は他人の家どころか自分の父親の仕事にも興味がなかったからなあ……。パパは一生懸命働いてくれているのよ。お母さんはそればかりだったし、こっちも、ふーん、という感想しかなかった。今は昔より感謝の心を身に着けた。働くって大変だよね、お父さん。娘はバイトですら毎日憂鬱で憂鬱でならないよ。


「お兄ちゃんにしては、鋭い疑問だ……」

「何だその言いぐさ。お前俺のことなめてるだろ」


 おじさんはどうやって家族を養っているんだろう。悪行でお金をくれる、親玉の更に上のポジションや組織があるのだろうか。実は黒森家は悪の子会社的な? いやでも、あの組織以外の怪人が出たニュースは見たことがない。

 でも先輩が生活に困っている様子はない。バイトやパートを雇っているくらいだし、お金がないはずはない。


「……。……あのさ、お兄ちゃんさ」

「なんだよ。ちゃんと手動かしてるだろ。さぼってねえぞ」


 ペースは遅いけどな。日頃やってないからな。


「そうじゃなくてさ。うちのお父さんは普通のサラリーマンでしょ?」

「そうだな。普通より少しやり手なんじゃないか。人当たりもいいし」


 お父さんのことはそんなに深く掘り下げるつもりはないんだ。あくまで会話の導入としてチョイスしただけなんだ。ごめん。リスペクトはしてる。


「黒森先輩のお父さんは、何してる人なのかな?」

「はあ?」


 何言ってんだという呆れ顔の兄に、ムッとする。


「このご時世に家柄がどうのって言う気か? 今更? お前に友達のことを口出しされるなんて冗談じゃねえぞ」


 ちっがう。

 今更お前に友達やめろとか言うつもりはないから。むしろ永遠に仲良くしてろ。私のためにも。

 だいたい現代日本の超庶民が「家柄があ」なんて言葉使うわけがないだろうに。あちらさんだって同じような生活レベルだろうに。金銭感覚から食の趣味まで大体同じなんだから。


「口出しなんてしないよ。そうじゃなくて純粋に疑問としてさ。やっぱりうちと同じ会社員? 公務員とか?」

「んなわけねえだろ。あんなでかい家住んでんのに」


 でかい家?

 確かに良いマンションにお住まいだ。建物も綺麗だし、広さもあって、先輩の部屋もあるしペットも飼っている。スタイル抜群なドーベルマンのリリアンヌちゃん(黒森夫人命名)。リリアンヌちゃんを飼うにはやや狭い気もするけれど、ものすごい問題ではない。

 サラリーマンや公務員が住めないほどではないだろう。サラリーマンだって収入の幅は広いし公務員だって倹約に励めば十分買えそうだ。


「黒森さんちって、普通のマンションだよね」

「戸建てだろ」

「え? あのバス停のすぐ傍の、裏にお墓がある」

「それだ。お前も昔行ってただろ」

「マンション」

「いやだから、戸建て」

「マンションじゃん」

「向かいにコインランドリーがある」

「それ。そのマンション」


 んん? と二人で顔を見合わせて首を傾げる。


「おかあさーん! 黒森さんちって、マンションだよね」


 リビングでお父さんと寄り添ってテレビを見るお母さんに大声で訊ねる。


「えー? 何言ってるの、戸建てでしょー」

「え? 黒森さんちはマンションだよな?」


 今度はお母さんとお父さんで食い違う。

 洗い物をかたしてリビングに戻った私とお兄ちゃん共々、んん? と首を傾げる。

 何で家族でこんなに意見が食い違うんだ。

 ハッとする。

 黒森さん宅は悪の組織。もしかして悪者っぽく記憶の改ざんなんかもできてしまうのではないか。もしかしてお金儲けもそういう手法を組み合わせていたりして。……いやいやいや、そんなに都合のいい力があったらとっくに世界征服が完了してるか。


「お母さんも行ったことあるじゃない。ほら、バス停の傍のコインランドリーとお墓の間のさ。ね、お父さん」

「そうだな。お父さんも昔朱里と希依ちゃんのお迎えに行ったことあるよ。確かにマンションだった」

「何言ってるの、希依もパパも。私なんて渉くんママに誘われて一昨日お邪魔したばかりだけど、昔からずっと戸建てじゃないの」


 あまりの食い違いに混乱してきた。お兄ちゃんだけでなくお母さんまで言っているとなると自分に自信がなくなる。私とお父さんよりもお兄ちゃんとお母さんの方が黒森さんちには行っている。

 でも近所だから私もお父さんも黒森一家がマンションへ帰っていくところに遭遇することもある。


「ねえ、お母さんは黒森先輩のお父さんって何のお仕事してるか知ってる?」

「さあ。訊けないわよお。あんなご立派なお家に住んでる奥さんにそんなはしたないマネできないわ」

「普通に会社勤務なんじゃないか? 黒森さんは気取った雰囲気もないし物腰も柔らかいし。お父さんと同じような」

「何言ってるのよパパ。あんなお金持ちとパパじゃ年収だって比べ物にならないわよ」


 お父さんとお母さんも、私とお兄ちゃんのように見事に食い違っている。


「朱里は知ってるんじゃない?」

「いや、知らね。親の仕事とかどうでもいいし。あいつもそういう話しねえし。あんな家だから俺たちが想像もつかないような仕事だろうけど」


 知らないのかよ。いや私も知らんけど。


「気になるなら明日渉に訊けばいいだろ。毎朝学校行く時間被ってんだから」

「被ってるっていうか……」


 待ち合わせをしていないのに毎朝きっちり曲がり角で会うから、待ち伏せされてんじゃないかなと最近疑っている。



***



 お父さんってどんなお仕事をしているんですか? とはやっぱり何となく訊きづらくて、


「先輩の家ってマンションですよね」


 角が立たなそうなところから責めていく。

 すると黒森先輩は何故か顔色を悪くして目を逸らす。今の質問で何故?


「戸建てだよな」


 お兄ちゃんの言葉にまた先輩の顔色は悪くなる。


「……なんでそんな今更なことを? 朱里はよく来てるだろ。キエちゃんも昔来てたし」

「昨日お前んちの話になったら希依と父さんがマンションだろっつって話が噛み合わなかったんだよ。お前んちってほら、コインランドリーの向かいの戸建てだよな」

「コインランドリーの向かいのマンションですよね?」


 青い顔なのに笑って誤魔化そうとする先輩は私たちから離れようと速足になる。それをお兄ちゃんが追いかけて私はお兄ちゃんに引きずられる。


「あ、そういえば一昨日朱里のお父さんとスーパーで会ったんだけど、キエちゃんのお使いだって? 最近はキエちゃんがご飯を作ってくれる日があるから嬉しいって言ってたよ。すごいなあ。キエちゃんのお父さんがちょっとうらやましくなったよ」


 わかりやすくはぐらかした。

 しかも料理の話題にそらした。そんなこと言われても先輩に手料理を振舞う気にはしばらくなれません。料理に自信があるって知ってるんだからな。


「父さんていえば、うちは日曜が休みの会社員だけどお前んちのおじさんは何してる人なんだ? 土日に行ってもだいたい留守だよな」


 ナイスだ兄。気になるところを訊くタイミング抜群だ。

 黒森先輩は今にも倒れそうなほど苦しそうに微笑んでいる。


「何って、うちも普通に、普通だよ。すごく普通の家庭だよ」


 普通ではないわな。少なくとも悪の組織なんだから。


「渉! わたるー!」


 速足だった黒森先輩の足が止まる。私とお兄ちゃんも立ち止まる。

 すると歩道近くに青の可愛い車がつけられて、黒森先輩のお母さんが窓から顔を出した。


「お弁当忘れてたわよ。あら、朱里ちゃんと希依ちゃんも一緒なのね。おはよう」

「おはようございます」

「おはようございます。おばさん、今日の放課後渉の家で渉と遊んでもいいですか」


 本人と遊ぶ約束もしてないのにその母親に申し込むってなんなの兄。先輩も困惑している。


「いいわよ、いいわよ。聞いてるかしら。おばさん今日の午後は朱里ちゃんママと舞台を見に行くからいないけどゆっくりして行ってね。あ、希依ちゃんも来たらいいわよ。ご飯は出前とって家で皆ですましちゃいなさい。ママたちも外で食べてきちゃうから」

「母さん! 朱里のお父さんを家に一人にしたら可哀想だろ。ご迷惑だよ」

「父さんは今日飲み会だから気にするな。ありがとうございますおばさん。お言葉に甘えて希依とお邪魔します」


 私まだ何も言ってないよお兄ちゃん。それに高校生になって男の子の家へ遊びに行くのは気が引けるよ。黒森先輩自身も嫌そうにしているのに。

 躊躇っているとお兄ちゃんが耳打ちしてくる。


「ここまで来たら自分の目で確認した方が早いだろ。俺が戸建てだって証言するだけじゃお前は納得しないだろうが」

「でも」

「お前、おばさんに逃がしてもらえると思うか?」


 黒森夫人をちらっと見る。

 当然来るでしょ? という顔。


「先輩、私まで行ったらご迷惑ですよね……?」

「ごっ……、めっ……、いわくなはずないっ、けど……っ」


 目元を覆って黒森先輩は何か葛藤している。


「いいんです。ご迷惑をかけるのは本意ではありませんから」

「迷惑じゃない! 迷惑じゃないよ! 放課後も顔を見れるなんてむしろありがたいし、むしろそう、ご褒美みたいな、むしろ今日はいつも以上に一日学校頑張れるけど……! そう! キエちゃんの気が進まないのに来る必要はないよ! うん。うん」

「私は、黒森先輩がいいなら行きたいです」

「そうよ渉! 家に来なかったら希依ちゃん今夜は一人でお留守番なのよ? 女の子一人でお留守番なんて心配じゃないの」


 ヒーロースーツがある限りそんじょそこらの悪人は脅威にならないんですけどね。


「それは確かに……、そうだけど……」

「あ、今日はパパがお家にいるけど、気にしなくていいからね」

「え!? 今日父さん休み!?」

「お家でお仕事するんですって。飛井(とびい)くんと一緒に。でも別のお部屋使うだろうから。おばさんからも子どもたちにちょっかいださないように言っておくから、二人とも心配しなくて大丈夫よ」


 お父さんの話題も出たばかりなのにまさに今日いるのか。黒森先輩は必死な様子を隠さず凄い早さで口を動かす。


「だったら俺たち別の場所に集まるよ。飛井さんも気が散るだろ? 母さんが念押ししたってどうせ父さんは割り込んでくるんだから。二人とも気を遣うよね? 悪いだろ二人に。うちはよくないよ。朱里もキエちゃんも疲れるよ。困るよな? 困るよね?」

「なんでよう。パパが可哀想でしょ? 割り込んで来たらかまってあげてよ。渉が二人に気を遣わせないようにすればいいじゃない」

「だから! 気を遣わせないように場所を変えるって言ってるんだよ」

「希依ちゃん、パパもねえ最近希依ちゃんが遊びに来てくれないから寂しいって言ってるのよ。だって朱里ちゃんと希依ちゃんは我が家の家族同然だもの。ううん。家族になる予定だもの」

「母さん!」

「パパには朱里ちゃんと希依ちゃんが来ること伝えておくわね。夕飯はお寿司でもウナギでも二人の好きなものいっくらでも頼んでいいからね」


 おばさんは息子の声など聞こえないかのように言いたいことだけ言って窓を閉め、すーっと帰っていく。


「あの、やっぱりご迷惑なら」

「迷惑じゃないよ。俺も朱里と、キエちゃんも一緒に遊べるのは嬉しいから」


 頭を抱えていた黒森先輩はビー玉みたいな目をして微笑んで姿勢を正している。

 歩き出して、またお兄ちゃんが耳打ちしてきた。


「お前もいい性格してんな」

「どういう意味」

「渉が迷惑ですかって訊かれて、迷惑だって言える奴じゃないの知ってるだろ。うまいことはめたな」


 そんなつもりはなかったけど、確かに。

 でももう遅い。

 こうなったら昨日から落ち気味の私のイメージや好感度はひとまず考えるのをやめよう。考えてもどうしようもできないんだから。悪の組織の実態をつかんで問題の早期解決に励むのが今の最優先事項だ。

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