7、ヒーローイエローは、上司に不満を抱く
ヒーロー基地本部は本部なんて呼ばれてはいるが支部は一つもなく、職員もそう多くない。多くないけど、社員がきちんといるのだからその中からヒーローを選抜しろ。
ボスは二十代三十代よりも十代の方が体力があるだろうというのだが、常人を超人に変えるのは本人の素質ではなく高性能ヒーロースーツなので結局誰がやっても同じ気がする。
君たちは選ばれしヒーローなんだ! なんて耳ざわりのいい言葉で勧誘してきたけど、名前で選んだとしか思えないメンバーの名前。
面倒な雑用を体よくバイトに押し付けている気がしなくもない。
いつ入るかわからない臨時で決まるシフト、体をはっても時給千円、高校生なのに夜中の呼び出しもあり、とここも悪の組織に負けず劣らずブラックバイト。
しかし基地の職員さんの大多数は感じが良い。私たちに低姿勢(でないと逃げられるからだろうけど)。ボーナスあり。それによって誤魔化されている。訴えてやる! と言おうにも政府に保護されている組織じゃ握りつぶされる。考えるのをやめるのが得策。
というわけで、私たちを丸め込む大人たちが用意してくれた高級クッキーと紅茶を遠慮なく貪りながら、大人たちが使う予定だった会議室をぶんどってプライベートな話し合いを罪悪感なく開始します。
開始したいです。
「ボス。何故ここに?」
「若い男女を一室に残すのは不安だろう。間違いがあったら僕の責任になるんだ」
ヒーロー組織のトップ。本人がそう呼んでくれと言うのでボスと呼ぶが本人のいで立ちは博士と呼ぶ方がしっくりくる。ぐるぐる眼鏡に白衣のヤニくさい中年。これでもかというほど盛られた博士感。
ヒーロースーツを開発したのも彼である。武器も、怪人出現探知機も、怪人が出現した際現場に転送してくれる転移装置も、発表すれば億万長者間違いなしの発明をしている。発明しまくりなのに博士ではなくボスと呼んでほしいらしい。年齢は推定で我が父と同じくらい。個人情報はほぼ不明。住まい、経歴、家族構成、名前さえ。
「桃子ちゃんほど可愛くなくても、希依ちゃんだって女の子なんだからさ。警戒しないと駄目よ」
おじさん。セクハラだぞ。被害妄想なんて疑う余地もないほどまごうことなきセクハラだぞ。あんたも場所を移動した大人たちの会議にいけ。何をしれっとトップがサボってるんだ。
「まして相手が隼人くんじゃ、下心見え見えじゃないのよ」
「下心なんてない。ふざけるなボケ中年。出てけサボり魔」
不機嫌な青柳くんに蹴られてもボスはひらりとかわしてケラケラ笑う。
あんたがいたらお話できないんだってば。悪の組織とかなり本気で恋愛しようとしてますなんて一番知られたらいけない相手なんだから。
「わざわざ会議室使ってまで何をしようってんだい君らは。ん?」
「何も。ただ話すだけだ」
「怪しいなあ。それが真実ならそれはそれでお前は大丈夫かって話だよ。アクション起こせえ? これまでの人生お綺麗な顔で受け身続けて楽したんだろ隼人くん。世の中そう都合良く運び続けると思うなよ。動け動け」
「うるさい」
「最近態度悪いなあ。隼人くーん」
ぐわしっと鷲づかみにされた何枚もの高級クッキーが青柳くんの手によってボスの口につっこまれる。勿体ない。クッキーが。自腹じゃ絶対変えない高級クッキーが。
口いっぱいで苦しそうにするボスは恨めしそうに青柳くんを睨んでいる。一応上司なのに。青柳くんは遠慮がない。桃子ちゃんも緑沢先輩も、うちのお兄ちゃんすら、敬っていなくても敬語は使うのに青柳くんは愛想もなければ敬語も使わない。
青柳くん、クビになっちゃうよ。いや、クビにはならないんだった。クビにしてほしくてもしてもらえないバイトだった。
あー、辞めたい。
どうやったら辞められるのかなー。無理か。
いつも通り叶わぬ願望を妄想していたら非常ベルが鳴り響いた。
「うわうるさ! 学校のベルの比じゃない!」
誤作動で鳴る学校の非常ベルの数倍大きい音。加えて、『怪人出現、怪人出現』とベルに負けないアナウンス。私たちにはメッセージ(気づかないと大惨事なので十分以上放置した場合は不快なアラームが鳴る機能付き)が届くだけだけど、基地は出現のたんびにこの音が鳴るのか。ストレス溜まりそう。
「あーあ。年上に礼儀のなっていない悪い子の隼人に罰が当たったな。会議室デートしゅーりょー」
「馴れ馴れしい呼び方をするな、一彦。特に久坂の前では」
「お前こそ僕の名前を呼ぶんじゃないよ。ここでは個人情報非公開なんだから」
ボスと青柳くんは顔を寄せ合ってこしょこしょ話をしている。
怪人が出たっていうのに呑気に。
「私、女子更衣室で着替えて来るんで」
変身! と叫んで着替えられればいいのに。超圧縮機能をつけるのが限界だったらしい。転送装置より簡単にできそうなもんなのに。ちなみに外出時は公共トイレなどで着替えるのでトイレから出るとビビられることが多々ある。地味にストレス。
日々の些細なストレスが怠慢や倦怠感に繋がるんですよって、そろそろ上に訴えるべきか。
***
玄関を出たら黒森先輩が真青な顔で私を上から下まで眺めた。
脚や腕は絆創膏だらけで、右ひざにはガーゼをあてて、まあ、酷いありさまなので仕方ない。今日の怪人は本気で世界征服を目指す幹部のうちの一人、二十代後半から三十歳前半くらいと思われる寡黙な男。ピエロのようなふざけた格好のくせにおふざけ無し、情け容赦も一切なしの相手だったのでいつも以上に怪我を負った。
何とか撃退し全員無事帰還したけれど、疲労困憊。
本部基地に戻って青柳くんと話す元気もなく。だいたいそんな爆弾級の相談を絶対にばれたくないヒーロー基地でするのは愚の骨頂だろうという青柳くんのド正論もあってこの話は見送りとなった。
今日はどっと疲れている。
正直、先輩の顔を見れてうれしいという気持ちより、この疲労困憊ヨレヨレ状態で会うストレスの方が上回る。今日に至っては。
ここ最近のストレスがどうしようもない。蝕まれている。心が。
「キエちゃん、その怪我」
「うん。ちょっと色々ありまして。どうしたんですか? お兄ちゃんに用でした?」
「祖父母から野菜が送られてきたからおすそ分け。朱里を呼ばなくても大丈夫だよ。それよりどうしてキエちゃん、そんなに怪我をしてるの? 友達と喧嘩?」
友達との喧嘩で女の子がこんな怪我をするか。大問題だわ。親御さんを伴うお話合いの場が設けられてしまう。
私をいじめているのはお宅の従業員です。
「……お兄ちゃんと喧嘩したんです」
親にもそれで通してある。
「それは……、なかなか激しい喧嘩を……。俺は兄弟がいないからわからないけど、朱里の奴、いくら妹でも女の子に手をあげるのはいけないね。喧嘩なら、朱里だけが悪いんじゃないだろうけど」
他人の家のことに口出しをするのはお兄ちゃんや私といくら親しくても抵抗があるらしい。お兄ちゃんを激しく責めている様子ではないけど、この怪我はやりすぎだと思っているのは伝わる。
一方、自分たちの子どものことなので遠慮の必要がない母は、先に帰って来て「お兄ちゃんと喧嘩しただけ」と言う私を慰め、妹に手をあげる仕方のない兄を叱る準備万端だった。しかしコンビニに寄って後から帰ってきたお兄ちゃんが私より重症なのを見て絶句。夕飯の支度をしながらお母さんは馬鹿娘と馬鹿息子への愚痴を鍋の中へそそぎ、そこへピンポーン、来客。黒森先輩だ。そして今。
「いいんです。お兄ちゃんも怪我してるし」
お兄ちゃんが私より怪我をしているのは私とピンクを庇いながら戦っていたからだ。大好きなピンクを庇うのはわかるが何で私まで。ちょっと兄の愛を感じた。ストレスでぎゅうぎゅうな時期だから泣きそう。
「そうみたいだね」
黒森先輩が微苦笑を浮かべて頷く。
え? 何ですかその引きつった笑顔は。
先輩の視線を辿る。私から若干外れて、斜め後ろ。ノートを持った目元に痣のあるお兄ちゃん。湿布と絆創膏だらけで腰も痛めてヨボヨボのお兄ちゃん。
「渉、お前のノート借りっぱなしなの忘れてた。宿題やるだろ? あ、やったら明日の朝見して」
「ああ、いいけど、その、珍しいな、そんな怪我するほど喧嘩するって。二人とも」
先輩が明らかに引いている。
ち、違う! 私のせいじゃない! いやまったく私のせいじゃないとは言わないけど、私が攻撃したんじゃない!
「いつもこんなもんだぞ」
「嘘つくな馬鹿!」
私が喧嘩のたびに大暴れしてるみたいに言うな馬鹿! 今日は特別色々なことが重なってこうなったと言ってくれ。じゃないと私は平時から暴力娘ってことじゃないか。
考えてなかった。この状態のお兄ちゃんを見た黒森先輩が、これを私の仕業と認識する。つまり私はとんだ暴れ馬という認識される。
私の恋がまた一歩終わりに近づいた。
お腹痛い。
「二人とも、喧嘩はほどほどにね」
「うっ、うう……っ」
ストレスがぁ……、過多だぁ……っ。