3、ヒーローイエローは、過去を反省する
反省はしている。でも悪気はなかった。
『好きな人にデートに誘われるの。それで初めてのデートの最後に告白されて、恋人になるっていうのがね、とっても素敵! 希依の夢だよ』
お気に入りの少女漫画のシチュエーションをそのままお母さんに話した。その時丁度黒森先輩がお兄ちゃんと遊びに来ていて、皆がリビングに揃っていたから先輩も当然それを聞いていた。
まさか一度きりのその話題を黒森先輩が律儀に覚えているとは思わなかったし、私もその頃から先輩を異性として意識していたわけではないのでアピールのために言ったわけじゃない。
何せ私が小学校に上がりたての頃の話だ。
あまりにもデートに行けない、またデートをドタキャンした、だから告白できなかった、と幹部姿の先輩が嘆くので「じゃあデートの前にとりあえず告白しろ」というお馬鹿レッドに的確なつっこみを入れられたことでそれは発覚した。
「初めて誘われたデートの最後に告白されて付き合うのが彼女の夢なんだよ!」
と、それは三度目のデートがドタキャンになった時の先輩の叫びである。
最初は何のこっちゃと思った。私にそんな夢はないし、もしかして先輩の彼女になる予定の女の子は私じゃなかったのか、と。
当時はまっていた少女漫画なんて所詮一時の流行に流されたもので、はまっていたことも忘れていた。
その少女漫画の話題を翌日黒森先輩が出して「キエちゃん、好きだったよね、あの漫画。告白のシーンがお気に入りだって言ってたやつ。今度実写映画化するらしいよ」と言うまでまあ綺麗に忘れていて。
ああ、そういえばそうだったな。ああ、そう言えば告白のシーンって。ああ。ああ! ああ! そういえばそうだったわ!
みたいな。
その程度の思い入れしかなかったのに、黒森先輩は律儀に覚えてくれていて、申し訳ない気持ちになった。
でも申し訳ない気持ち以上にそんなことまで覚えてくれていたことや、たった一言のために告白の形に拘ってくれているのが嬉しくて、先輩にデートを誘われる、その最初のデートで告白される、という筋書きを私自身も先輩と一緒になぞろうと思った。
まさか最初のデートがこうも悉く潰されるとは予想外だったけど。そろそろドタキャン回数も二桁にいった。数えるのも億劫。そろそろ先輩も気づかないものか。事情も知らずこれだけドタキャンくらってもデートに誘われれば必ずのる女ってちょっとおかしい。
ちなみに過去、四回目のデートとして件の少女漫画の実写映画に誘われたけど例によってドタキャンされた。
***
「希依ちゃんって、隣のクラスの青柳くんと仲が良いよね」
帰りの支度をしていると同じクラスの仲良し英子ちゃんがニヤニヤして私の顔をのぞき込んできた。恋バナ好きのいかにも女子高生らしい会話の出だしだ。
「そうだね。よく話すかも」
バイトの愚痴とか、バイトの愚痴とか、バイトの愚痴とか。
私と同じバイト。そして名前から察してほしい。私の唯一の仲間、ヒーローブルーこそその青柳くんである。ここだけの話ヒーロー五人の選考で優先されたのは名前ではないかと疑っている。青柳隼人、緑沢薫、木梨桃子、久坂朱里。でも私は久坂希依。黄色なかなかいないなー。あ、レッドの妹「き」がつくじゃーん、これでいいじゃーん。ってそんなノリで決めたりしてませんよねまさか。と以前上司に詰め寄ったら動揺していたのでおそらくそんなノリで決められた。
他に共通の話題はないけど青柳くんとはバイトの愚痴で四時間は二人で盛り上がれる気がする。クールでとっつきにくいと言われる青柳くんだがバイトの愚痴大会が始まると途端に饒舌になる。
「ラブ?」
「ライクだね」
ベリーベリーライクだね。
「えー、かっこいいのに」
「かっこいいけどね」
スマートだし、気遣いができるし。マトモな人だし、価値観も合う。顔も美人。頭も良い。でもかっこいいと好きは別問題だ。
好きな人。優しくて、穏やかで、面倒見が良くて、包容力のある年上。イケメン……と言われるほど整った顔立ちではないかもしれないけど、笑った顔が可愛くて、照れ屋さん。
そういえば私は黒森先輩のそういうところを好ましいと思って惹かれたけれど、あの少女漫画のヒーローはどちらかと言えば青柳くん寄りのキャラだった。
「久坂、まだいる?」
教室の出入り口から青柳くんがひょっこり顔を出した。女子がわずかにざわつく。
手を挙げてふると手招きをされたので英子ちゃんにさよならをして荷物と一緒に彼の方へ向かった。
「木梨はもう帰ったのか」
「うん」
「よし」
何が「よし」?
首を傾げると、青柳くんはものすごく不快そうな顔で私の肩に手を置く。
「今日この後暇か?」
「バイトが入らなければね」
「なら付き合ってくれないか。今月のバイト代があいつらと同じなのが納得いかない」
ああ、上司に抗議ということね。私も納得はいかない。お兄ちゃんに訊いたところさらっと教えてくれたけど、私とまったく同じ額だった。
連中め、私が二分三分でも遅刻するとボロクソに責めるくせに、自分たちはやれオープンキャンパスだ、模試だ、塾だ、エステだ、マツエクだ、しまいにゃデートだからと必殺技が必要な時に大幅な遅刻をしたり最後まで来なかったり。
オープンキャンパスと模試は真っ向から責められないけど他は抜けて来い。デートに至ってはふざけんな。こっちは悉くドタキャンくらってるってのにあてつけか。
今月に入って連中のサボり癖が度を越してきた。
ヒーロー!? かっこいい! 俺が世界を守ってみせるぜ! なんて言っていた乗せやすい兄は所詮初めだけ。飽きっぽい性格なのだ。二年目突入でぼちぼちヒーローに飽き、彼女ができて舞い上がってそっちに夢中。
他二人もだいたい似たようなものだ。二年目突入となれば飽きや疲れが出る。
でもさ、お金もらってんだから。その分は働かないといけない。働かないなら給料は受け取ったらいけない。私や青柳くんが馬鹿を見る。
「部活はいいの? 天文部は活動日じゃないっけ」
「よく知ってるな」
青柳くんだけじゃなくて黒森先輩も入っているので自ずと覚えてしまった。まあ覚えてたって部活のない日に約束してもデートはつぶれてるから今のところ何の役にも立ってないけど。
「今日は休む。腹が立って集中できないからな」
「お金のことに厳しいよね、青柳くん」
「うちはまあまあ貧乏なんだよ。俺の働いた分まで働いてない連中の取り分になるのは納得できないだろう。だったら俺の給料を上げさせる」
こんなにやんごとない育ちをしていそうな美人が貧乏。ピンと来ない。
「家業が悪の組織よりはいいんじゃない」
本人は悪役って柄じゃない。なのにプライベートを犠牲にして手伝わされる人もいる。顔を隠すとはっちゃけるのはそのストレスを発散させてるのかもしれない。
「そうか? 家業ってことは親が会社のトップだろう。ボンボンだ。あいつは気に入らない。あのシルクハットの幹部」
「ううーん……」
でもあなたの所属する部の部長なんです。普段はあんなんじゃないんです。
「それより何でそんなに離れて歩くんだ」
二メートル間を開けて歩く私を振り返って青柳くんは眉間に皺を寄せる。
「変な噂がたったら困るでしょ」
ピンクじゃなくてイエローの私は華々しい顔じゃない。テレビの中なら実写は女優さんがやるからピンクだろうがイエローだろうが美人だし、アニメは絵だからいくらでも可愛く描かれる。
でも現実のイエロー、つまり私は、なるほどお前はピンク顔じゃないな、といういたって普通の顔。髪型やメイクで誤魔化し誤魔化し女の子をしている女の子。
そんな女と青柳くんがベタベタしていたら気に入らない女子もいるだろう。
そしてそれ以上に変な噂が黒森先輩の耳に入るのはよろしくない。私的に。
「気にするな。俺は気にしない」
「私は気にするんだよ」
「……俺と噂になるのは嫌なのか?」
「嫌とか嫌じゃないじゃなくて、困る」
「こま……る……。……あ、そ……」
俯いて速足になった青柳くんを慌てて追いかける。
「青柳くんも困るでしょ」
「困らない」
「いて」
突然立ち止まるので青柳くんの背中に顔面をぶつけた。
「久坂は良い奴だし、話すのは楽しいから、俺は」
「あれ、二人、一緒に帰るの?」
振り返った青柳くんと目を合わせようとしたら間に人が割って入って来た。目を泳がせた黒森先輩は部活で使うのだろう荷物を抱えてオドオドしている。
「青柳、体調不良って訊いたけど元気そうだね」
「いえ、悪いです。うちとバイト先の近い久坂に送ってもらうので今日はこれで失礼します」
バイト先本部は確か青柳くんの家と逆方向だけどね。
そうなの? と私を見る先輩に、そうなの、と頷く。
「仲いいんだね、キエちゃんと、青柳」
「や、別に、仲が良いってほどじゃないですよ。先輩の方が仲良しじゃないですか」
私がこんなに媚び売ってるの先輩くらいじゃないですか。
「仲いいですよ」
「いや、青柳くん」
「よく話しますから。気が合うんです、久坂とは」
「青柳くん、帰ろう。もう。すぐ。ね? 具合悪いんでしょ?」
私も何だか具合の悪い状況になっているので早く帰りたいよ。
「黒森先輩、さようなら!」
***
「わかってるんだ。俺が悪いのは。今まで散々デートすっぽかしてこっちに来て、嫌われたって文句を言えないのはわかってるんだ」
バイト先本部へ向かうため電車を待っているところに、「怪人出現、ヒーロー出動」の連絡が来た。
仕方なくユーターンしてみたら学校近くの公園で大量の戦闘員と肩を落として落ち込むシルクハットの幹部。戦闘員のうち二人が落ち込む幹部の背中をさすって励ましている。
「そりゃあんなイケメンに迫られたらそっちの方が良いに決まってる……。こんな時まで俺はバイトしてるし。デートもろくに連れて行けない俺より同級生のイケメンの方がいいに決まってるよな」
気にしてる。めちゃくちゃ落ち込んでる。私は悪くないけど胸が痛い。
こんな時までバイトしてるのはよくないけど。活動日なんだから恋愛よりバイトより部活しろとは思うけど。
「俺がこんなことをしている間にも彼女はイケメンと愛を育んでいるかもしれない」
育んでねえよ。目の前にいるだろ。いい加減なんで気づかないの、そんなに落ち込むくせに。
いつも正体がばれないのをいいことにはっちゃけているシルクハットが今日は重たい空気を放っているために空気の読めないレッドまでもが気遣いムードに入っている。
グリーンは何かの罠を疑っているし、ピンクはちょっと怯えている。ブルーは通常運転。
「俺なんかあんなイケメンと比べたら耳クソみたいなもんだよどうせ……」
「そんなことないよ……」
ほんと、そんなことないから。彼女からしたらダイヤモンドだから元気を出して。それでも負い目を感じるならなるべく早くバイトを辞めて約束をすっぽかさないようにしてください。
「そんなことある! お前のような野蛮な女に繊細な彼女の何がわかるんだ!?」
何もかもわかるわ。
繊細な彼女を野蛮な女呼ばわりしている奴よりはるかにわかってるわ。
「あのイケメンは、あのイケメンはなあ! 彼女の理想そのものなんだ! アキラそのものなんだ!」
誰だアキラって。
「美形で、クールで、頭が良い。彼女が初デートで告白されたいのはああいう男で俺みたいな意志が弱くて親に流されて約束をすっぽかす頼りのない男じゃ駄目なんだ!」
ああ。ああ、はいはい。アキラって名前だっけ、あの少女漫画のヒーロー。よく覚えてるな。
それにしても先輩、自己分析が適格にできていらっしゃる。それだけわかっているなら親に流されないよう少しでも意志を強く持ってはいかがか。
「今でも耳に残ってるんだ。今日の別れ際の『さようなら』! 何だか力強かった。色んな意味が含まれている気がしてならない!」
含まれてないよ。深読みしすぎだよ。焦ってたから語気が強くなっただけで完全にただの挨拶だよ。
「その繊細な彼女はイケメンに言い寄られたら簡単に乗り換える女だと思ってるわけ?」
「そんなわけがあるか! 健気でひたむきで真面目で一途で繊細な彼女がそんな不誠実な真似をするはずないだろう!」
そこまで言えとは言ってない。恥ずかしいしそこまで過大評価されてたらなんか怖い。
「乗り換えるも何もまだ付き合ってないんじゃなかったか」
「ブルー! しっ! それは言わないでやって。面倒くさいから、しっ!」
もういいから。付き合ってるとか付き合ってないとか今はもうどうでもいいから。だって駄々もれなんだもん、向こうの本音が。今の関係に名前の付けようがない。片想いでも両想いでも恋人でもない。なんだこれ。面倒くさ。
「よく聞きなさいよシルクハット! 約束をすっぽかす男なんてよっぽど愛されてなきゃ普通一回は見逃しても二度目なんて絶対ないのよ。もっと彼女を信じなさいよ! いくら心が広くても十何回も許してくれるなんて異常なの! つまり彼女は異常なくらいあんたが好きってことなの、わかる!? ぽっと出のイケメンが何よ、今までの彼女の愛を疑うなんて最低よ! こんな所で落ち込んでる暇があるならねえ、一日でも早く彼女の理想のシチュエーションを実現させろ! ガッツ見せろ!」
これ、駄目だわ。
これでもう私も黒森先輩に正体がばれたら赤っ恥をかく。愛とか恥ずかしいことを言ってしまった。先輩ほど恥ずかしいことは言ってないけど。
「……ヒーローイエロー……! 確かにそうだ、彼女の気持ちを確かめたわけでもないのに彼女の気持ちを疑うなんて俺はなんて小さい男なんだ……!」
まあ付き合ってないから気持ちを疑われる筋合いはないわけですがね。
「ふ、ふふふふふ、ふはははは! はーっはっはっはっはっ! 野蛮なヒーローイエロー、貴様も良いことを言うじゃないか! 今回は助言に免じて見逃してやろう!」
馬鹿だなあ。本当に馬鹿だなあ。
そりゃ好きだけどね。好きだけどあんまり野蛮野蛮言われると好感度も少しずつ減っていくんだからね。気づかないうちに思わぬところで好感度を下げているとこの人は一体いつ気づくんだろう。気づいた時どんな顔をするんだろう。後悔先に立たずという言葉を身をもって知ることになるだろう。
「それと俺の名前はシルクハットではない! シルクハットマンだ、覚えておけ! さらば!」
大して変わらないしダサいし。自分で考えたのかシルクハットマン。
「あのシルクハット、今日はとうとう戦闘員も戦わせずに帰ったぞ。何しに来たんだ。やる気がないにもほどがあるだろう」
そうだねブルー。でも今日は許してやって。私とあなたであおったところもあったから。