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2、ヒーローイエローは、ランチもままならない

 黒森先輩は悪の組織のバイトを辞めたいらしい。さっさと辞めちまえと私も思う。家業だからってなんだ。家族想いなのはいいことだけど、親の言いなりになって自分の人生の選択を自分でしないのは甘えだ。

 辞めようと思えばやめられるじゃない。時々戦いに混ざるけど悪の組織の幹部たちは大抵高い所から高みの見物を決めこんでいるばかり。ティッシュ配りのバイトを見張るカッコウみたいなバイト、黒森先輩一人が辞めたって会社は困らないでしょう。まあまあ真面目な戦闘員たちがシフトの時はカッコウをお休みにしてもいいじゃない。

 私なんて、人質が世界平和なのだ。辞めたくても、辞めまーす! の一言で辞められるようなバイトじゃない。五人揃わないと必殺技が出せないから一人欠けるだけでもしもの時困る。人質は世界平和、あとついでに兄。あの知能程度の低いレッドから目を離すのは正直気が気ではない。

 でも正体を隠すヒーローイエローはそんな文句をまさか黒森先輩には言えない。それだけじゃなくて、悪の幹部として顔を隠しはっちゃけている時に彼女(おそらく私で多分絶対間違いない。まだ彼女じゃないけど)への想いを赤裸々に口に出している先輩がまさか全部を本人に聞かれていたなんて知ったらお互い気まずい。なんなら先輩よりも私の方が気まずい。


「辞められる状況で辞める度胸がないのに辞めたいって言うのは甘えですよ」


 だからこのイライラは悪態をつくことで吐き出す他ない。感じ悪いけど。


「そうだよね……。うん、ごめん……」


 兄と私の登校に合流した黒森先輩は、ずぅん、と肩を落とす。罪悪感がわかないわけではないけれど、あれから春休み中二回も出かける約束をして二回ともドタキャン。パート制だかバイト制だか知らないけれど悪の組織の従業員、不真面目すぎる。予定外のシフトが黒森先輩に集中しすぎだ。いい加減にしてほしい。先輩もほいほい引き受けるもんじゃない。人の都合がつかないなら休業日にしろ。

 春休みだから学生は暇だと思って押し付けてるのだろうか。この人、今年受験生なのに。ご両親を大切にするのはいいけど抱え込み過ぎだ。

 優しいのは美点。そういうところに惹かれているのは確かだけど、「もっと自分を大事にしろよ!」と思いやりじゃなくもどかしさから時々本気で切れそうになる。


「お昼休みにバイトはないですよね」


 しょんぼりして私の隣を歩く黒森先輩が驚いた顔でこちらを見る。


「今日、いつもお昼を一緒に食べる子たちが委員会だったり春休みにできた彼氏と食べる約束してるって言うんです。一人だと寂しいな」

「じゃ」

「ならお前、桃子を誘えよ。最近お前が冷たいって落ち込んでるぞ」


 なんて空気の読めない馬鹿兄。

 別に冷たくしたくて冷たくしているんじゃない。自分の兄を浮気相手にされている状況でどう接しろって言うんだ、そのクラスメイトと。何だか馬鹿兄は私を責めるように睨んでくるけど、お前が関わってなきゃ私だってもう少しライトな感じであの子と友達をできてた。男が関わってくると何だかな、な子でも自分に直接関係がないうちは気づかないふりをして上手いこと人間関係構築してたのに。


「悪いけど朱里、今日の昼は俺がキエちゃんを誘いたいんだ。いいかな、キエちゃん」


 少し赤くなって首を傾げる先輩に、うんうん、いいです、勿論いいです、と頷く。


「ランチデートですね」

「デッ……!? デ、デート、て、言ってもいいのかな? 昼休みだけで」

「私はデートに誘われたつもりになってますけど。私とデートなんて気分悪いですか?」

「そんなことない! そんなことないよ、うん、うん……」


 真っ赤になってニコニコする先輩に、まあ可愛いと思わないことはないけれども。でもこんなことで赤くなって照れるくらいのシャイなら、あんな売れないマジシャンみたいな恰好をすることにも羞恥心を持つべきだと思う。慣れちゃいけない。私も全身タイツで平気な人間にならないように毎回あの全身タイツプラスヘルメットのヒーロースーツを忌み嫌い続ける。

 女子高生が全身タイツって。それで外を動き回るなんて。冷静になればとんだ辱めだ。


「先輩もいつもお弁当ですよね? おかず交換しましょう」

「え……と、自分で作ってるからあんまり美味しくないんだけど、いい?」

「私だって半分は冷凍食品ですからあんまり期待させられませんけど。楽しみ」


 さすがのご両親だって昨日から休みが明けた受験生の息子に日中のバイトを要請はしないだろう。テーマパークデートよりはかなりお手軽になったけれどデートはデート。誰が何と言おうとランチデートだ。そう、恋する男女が二人でキャッキャすればそれはもうデートでいい。校内だろうが、たった四十分だろうが。



***



 馬鹿。本当に馬鹿。あんたも、言っちゃ悪いけどあんたの親もマジで馬鹿。


「平日の昼間だからと油断したなあ、ヒーローども! 今日こそ、うっ、貴様らを亡き者にしてくれる!」


 朝礼台でのけぞって「ふははははは!」と笑う大馬鹿者に、昼練習中だった野球部が逃げて置き去りにされた野球ボールを投げつける。伊達に幹部じゃないので大馬鹿者は一応避けるけれど、ふらついている。

 私と一緒に他のメンバーより少し早く駆けつけたブルーがちょっと引いている。


「おい、あいつ笑いながら泣いてないか」


 私もドン引き。何がしたいの。


「泣くくらいなら昼くらいのんびり食事しとけえっボケェッ!」


 断れボケ! ボケナス! バイトのくせにもうほとんど社畜じゃないか。

 本当に何なの? いくら成績に余裕があるからって黒森さんちの旦那さん、奥さん、息子を酷使しすぎだ。受験戦争をなめるな。勉強させろ。昼食くらいゆっくりとらせろ。

 黒森先輩の休日を一日デートに貸してくださいなんて我儘をいつ私が言った? 昼休みだけでいいのに。四十分に妥協したのに。これ以上妥協したらもうデートなんてできない。三十分? 二十分? 十五分ならできますか? でも十五分じゃデートと呼ぶには限界を越しているよ。昼休みの四十分だって大分無理してデートと呼んだのに。


「昼休みくらい女の子とのんびり過ごしなさいよ!」

「俺だってそうしたかったっ!」


 声がでかい。いつものおっとりして礼儀正しい微笑みの可愛い先輩は一体どこへ。顔を隠して正体がばれなくなるととたんにはっちゃけるんだからこっちもテンションが追いつかない。どっちが素だ。


「彼女とおかず交換をしてはしゃいでその流れで告白するはずだったんだ! 彼女と言ってもまだ彼女じゃないからな! 君の作るお弁当が毎日食べたいって言うはずだったんだ! いや、俺に毎日君の弁当を作らせてくれって、君のお腹も心も、満たすのは俺だけにさせてくれって言うはずだったんだ!」


 そこまで詳細を言わなくていいわ。ムードのない時にそんな台詞聞いても恥ずかしすぎるわ。


「料理には自信があるし、彼女の胃袋を掴む絶好のチャンスだったってのに!」


 おい、自分で作ってるからあんまり美味しくないって今朝言ってただろ。自信あったんかい。謙遜だったんかい。

 いや、待てよ。これはむしろよかった? うん、よかった。半分冷凍食品で半分は炒める、焼くの単純調理のおかずしかない弁当さらさなくてかえってよかった。黒森さんの旦那さん、奥さん、今日ばかりは息子さんを緊急出動させてくれてありがとう。


「ああああああああっ! 愛想を尽かされる! たった四十分すら彼女のために時間を作れない俺なんていい加減嫌われる! ごめんなさいっ! でも大好きだあああああああああっ!!」


 おちつけ。


「じゃあ今日は休んでおけばよかったろ……」


 ヘルメット越しでもドン引きしているのがわかるブルーがボソッと言う。いつもやかましい悪の幹部だけど今日は四十分すら潰されたことでご乱心が激しくクールなブルーもスルーできない有様だ。


「日中の学校を襲うのをさも名案とばかり思い付いた両親を無視できるか! 今日俺が出なかったら三者面談の日ついでに自分たちが直々に襲撃するっつってんだぞ!」


 受験生の息子の三者面談くらいおちついてやってあげてよ、ご両親。しかも自分の親が自分の通う学校で大はしゃぎするのは確かに子どもとしてかなり嫌だ。おいおいはその大はしゃぎした悪者が自分の親だとばれる日が来るかもしれないというのも心の中は修羅場だろう。

 いや、もういいよ。いいです、今日は実は自信ありの弁当持参の先輩とおかず交換を回避できたから私はもういいです。


「というか! 俺が大事な、大っっっっ事な約束よりもこっちを優先して来たのに他の三人はどうした!」

「弁当食いおわったら来るって言ってたぞ」


 おいブルー、それは私も聞き捨てならん。


「え? 何で引っ張って来なかったの? わかったって納得して置いてきちゃったの青や……、じゃない、ブルー」

「ピンクも一緒にいたレッドも駄々こねるしグリーンはネチネチうぜえし面倒くさかったんだよ。想像してみろ」

「うん……面倒くさいだろうけど」


 襲い掛かってくる雑魚戦闘員を二人で倒しながら怒りがふつふつ湧いてくる。何してるんだあいつらは。何で私、真面目に相手しに来ちゃったんだろう。まあ私が駆けつけなくても黒森先輩が出動している時点で昼休みデートはできなかったけどさ。


「ブルーは真面目に来たのね」

「俺が来ないとお前一人で戦わせることになるだろ。真面目だからまずお前はすぐ駆けつけるだろうと思った」

「ありがとう。本当にありがとう。明日購買のプリン買ってあげる」


 最早本当の味方なんてブルー一人しかいない。悪の秘密結社だけじゃない。五人ヒーローのうち三人は私にとって敵だ。とりあえず上の人、私やブルーのバイト代は他の三人よりはずまないと許さない。


「く、手強いなヒーロー! 今日のところはここで引いてやる、さらばだ!」


 大方戦闘員が倒れると幹部は去っていく。


「二人しかいない日にもう少し粘ればいいのにな。あいつ他の幹部より引き際が早いけど今日は特に雑じゃないか?」

「……あんまりやる気がないんだよきっと。家業だから嫌々なんだろうし」


 それに今日は、午後の授業に間に合わせたかったんだろうな。受験生だし。




***




 放課後、今にも泣きそうな顔で私のクラスまで来た黒森先輩は九十度に腰をおって謝り倒してきた。クラスメイトの注目を集めてしまうので慌ててやめさせる。


「トイレから一歩も出られないほどの腹痛はもういいんですか?」

「はい。ごめん。ごめんなさい」


 いい感じになっている女の子にもう少し他の言い訳は思いつかなかったもんかな。先生に呼ばれたとか部活が急遽とかにすればよかったのに。そういうアホな所が嫌いじゃない私の趣味がおかしいのだろうか。


「いいんです。それより先輩の体調が戻ってよかった。本当によかった」


 おそまつ弁当さらさなくて本当によかった。いや普通のお弁当だけど料理に自信のある人の前に出せばおそまつでしょう。よかった。回避できて。


「キエちゃん……! ごめんね、心配かけて。うっ……、優しいね」

「いえいえ。先輩がお元気で何より」

「明日は」

「あ、明日は友達と普通に食べます」

「そ、そっか。そうだよね……」


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