11、ヒーローイエローは、鬱憤を晴らす
「今日は一人なんだね」
「先輩と二人ですけど」
「そ、そうだね……。朱里がいないなって意味だったんだけど……」
「呼び出されたから早く行くって言ってましたよ。誰に呼び出されたか知りませんけど」
女子じゃないだろうな。大方進路を心配した先生あたりだろう。
イエローの正体を知った翌日の登校、まさか初っ端から私と二人で登校することになるとは思わなかったのだろう、こっちにまで緊張が伝わってくる。でも緊張するくらいならいつも待ち合わせしているわけじゃないんだから時間をずらして登校すればよかったんじゃないかな。アホなのかな。
「キエちゃん、今日は少し顔色が悪いね」
「最近寝不足なんです。もうすぐ定期考査だから」
「寝不足になるまで勉強してるの? そんなに遅くじゃないと勉強ができないとか? もしかしてバイトのせいで? だったら早く辞めた方がいいんじゃないかな。体を壊すくらいなら辞めた方が良いよ」
無理やりバイトに持ってきたな。辞めた方がいいのはお互い様だよ。そして辞めたくても辞められないのもお互い様だよ。
「大丈夫ですよ。毎日バイトしてるわけじゃありませんし」
「けど、やっぱり大変だろう? 趣味は節約ってくらいだし、お金をよく使うわけじゃないんだから無理に働くことないよ」
何で趣味が節約なんて知ってんだ。おばさんくさいってお兄ちゃんに馬鹿にされてから誰にも言ったことないのに。情報源なんてうちの家族くらいしか思いつかないけど。プライバシーが守られない。
「どこか遊びに行きたいなら俺が出すよ! 欲しい物があるならプレゼントするから!」
「貢いでもらうような関係じゃないですよね」
お金や物で釣れると思ってるのか。舐めんな。金持ちらしい思考を持ちだしやがって。金持ちなのはわかったけどそれをあんまり露骨に出すんじゃありません。慣れてないから。引くから。
「そうだね……」
なんでそれが名案とばかりに提案しちゃうかな。
「……ちなみにどれくらいの関係だと貢いでも問題ないのかな」
「貢ぐなって言ってるんですけど」
まずその発想を捨てろ。
「それに最近物騒じゃないか。ブラックフォレストがまた出たらしいよ。外出を控えるためにもバイトは辞めた方がいいよ」
「……何ですか、ブラックフォレストって」
「え? ほら、世界征服を目論む悪い奴らだよ!」
悪の組織の名前をここに来て初めて知ったとかそれ以前に。最早ネーミングセンスがないとかいう次元じゃない。命名したのがおじさんかおばさんか知らないけど、正体を隠しているくせになんで自己紹介みたいな組織名にした。
それを平気な顔で口に出している先輩も先輩だ。自己紹介状態になっていることに気づいてないのか。感覚が麻痺しているのか。
「悪い人ばかりじゃないですよ、きっと。知ってます? シルクハットの人。あの人はそんなに悪い人じゃないんじゃないかな。私、近くで見たことがあるんです。何か事情があるみたいでした」
「……悪い人だよ。どんな理由があれ、人様に迷惑をかけているんだから」
少し空気が重くなる。
足を止めた先輩を振り返ると険しい顔をしていた。
「いいんじゃないですか、男はちょっと悪いくらいで」
「ちょっとじゃないよ!? 世界征服しようとする人はちょっと悪いどころじゃないよね!?」
「私は私の見る目があるって信じてるんです! だからきっと、あの人は良い人なの」
「良い人じゃないよ! 悪い人だよ! なんで悪人を庇うの?」
「好きだからですけど!!」
あっ、と口をおさえるがもう遅い。
「すっ……」
黒森先輩は絶句して顔を真青にする。やばい。
「好きって、恋愛感情があるってこと? その悪い人に? な、なんで!? 駄目だ、駄目だよ、そんな男!」
あ、はい、バカー。
私の好きな人は黒森先輩だとわかった上でシルクハットが好き発言を聞き、黒森先輩=シルクハットと気づいていることに気づくかと思ったが。先輩の頭ではそうはならなかったらしい。先輩の頭の中のキエちゃんはあくまで先輩とシルクハットを繋げて考えず、シルクハットが好きなら黒森先輩のことは好きじゃない、となっているらしい、どうやら。
鈍さの極み。アホすぎてなんだか心配だ。大丈夫か。あれじゃないか、私がからむと馬鹿に拍車をかけてないかあんた。普段そんなにパッパラパーだっけ?
こんなに思わせぶりな態度をとってるのに、黒森先輩には興味ありませーんなんてそんなわけあるかい。ねえわ。
「どうしてあの人のことを悪く言うんですか? あの人が優しい人だって私は知ってるんです。先輩はあの人をよく知らないだけですよ」
一つ、ぽん、とアイデアが浮かぶ。いっそ多少、この状況を楽しんでも罰は当たらないのでは? そろそろ私のターンでもいいのでは? ちょこっと。ちょこっとだけなら。
「そん、それは、そ……、う、だけど……」
わかるわかる。君より知ってるよって言いたいんでしょ。世界中の誰より知っとるわ! って気分でしょう? 私もいつもそんな気分なんですわ。ちょっとは思い知った方が良いわ、そのもどかしさを。
「きっといつかあの人とわかり合えると思うんです。応援してくれないんですか? こんな話、家族にはできなくて……、いつも家族にできない話や相談を聞いてくれる先輩……渉くんなら、応援してくれるかなって思ったんだけどな……。図々しかったですね、ごめんなさい」
「そんなことない! そんなことないよ……! 俺は何があってもキエちゃんの味方だよ。けど……、いや……、ううん……」
「じゃあ、応援してくれるんですね?」
「応援……は、いや……ええ……、うん、はい、勿論……」
堪えきれなくなってブワッと涙が出て来る。
「先輩……! 楽し……嬉しい!」
めちゃくちゃ面白い。我ながら性格が悪い。しかし日頃あんたに溜められてる鬱憤なのよ。ごめんね。でも大丈夫、かわいいよ。
力なく肩を落として愛想笑いをしている黒森先輩の背中を二回叩く。ああ可哀想。しんどいよね、わかる。こんな女に惚れたのが運のつきだったよ。でもそれはお互いさまよ。
まあここで、自分がそのシルクハットなんだ! というのをみすみす敵であるヒーローにばらせないのはわかる。それに加え正体をばらしたらはっちゃけて色々暴露していたのが全て自分のことだったと私にばれるのも彼的に最悪の事態だろう。
けど黒森渉として私とくっつこうとしているくせにシルクハットを私から遠ざけようとするのは何故か。その辺ちょっとよくわからない。先輩なりに考えるところがあるのかもしれない。
「どうしたんだ黒森くん、元気がないな。おはよう。久坂さんもおはよう」
あいさつ運動で校門に待ち構えていた風紀委員がきょとっと不思議そうに先輩に声をかけている。ついでに私にもご挨拶。
「いや、なんでもないよ、なんでも……。おは」
「おはようご」
うわ、と黒森先輩と一緒に顔を顰める。
あいさつ運動をしていた風紀委員、我らがグリーン緑沢先輩その人は、左頬を真っ赤に腫らしていたのだった。