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10、ヒーローイエローは、暴かれる

 目を覚ますと暗闇の中、椅子に手足と腰を拘束されていた。ヒーロースーツのまま。スーツのままならこちらのもの、こんな拘束ぶっ壊して逃げ出してやる、と力をこめる。なのにビクともしない。

 スーツのスーパーパワーでも抜け出せないとなると打つ手なし。

 落ち着こう。

 まずこうなった経緯を思い出す。スーツで捕まっているのは変身時に捕まったからだ。

 胸に抱えていた家の秘密を一つ明かしてスッキリしたのか今日のシルクハットは浮かれに浮かれていた。今なら何でもできる、くらいのはっちゃけ具合だった。いつもは戦闘員に指示を送って適度に暴れたら撤退するくせに、今回は違った。調子に乗って撤退間際よりにもよってイエローに的を絞ってさらいやがった。人質にするにしても何でよりによって私にしちゃったかな。何で着実に自分の株を下げるかな。馬鹿野郎が。

 いや事情を知らないピンクちゃんや赤緑、敵意ビンビンのブルーをさらうよりは都合がいいかもしらんけど。馬鹿野郎が定期購読している雑誌の星座占い、今月は恋愛運最悪だったとか言っていたな、確か。だろうよ。やらかしてくれちゃって。

 何胸のつかえがとれたかのように調子に乗ってんだ馬鹿野郎。経済状況とか親の本業以上の爆弾を抱えたまんまで何を晴れ晴れした顔してんだ。キエちゃんはあんたが悪の組織でバイトをしているなんて知らない(ことにしてる)んですけど。

 いつもは個別で現れるくせに今日は例の真面目なピエロ姿の幹部も加勢して他のメンバーは足止めをくらい、その間馬鹿野郎は私をさらうにあたって殴って気絶させてきた、と。

 そして現在真っ暗な部屋で椅子に拘束されている。

 やったな、あいつ、本当にやっちまったな。やってくれたよ。暴力をふるう男を好く女がどこにいる。私はそういうの普通に無理な女子高生だ。奴は知らないとはいえ私に暴力をふるった現実に気がついた時どんな顔をするんだか。ていうか相手が私じゃなくても女の子に暴力をふるったら駄目でしょ。正義と悪、命をかけて戦う仲だけどさ。しかし奴が直接暴力をしたのは今回が初めて、しかもいたぶったりせず一発で確実に仕留めてきたし躊躇いや手加減なども見られたため……、仕方ない、許す。


「目が覚めたか、ヒーローイエロー」


 顔を上げると、パッと明かりがついた。

 このためだけに借りたの? という何もない殺風景で箱のよう、真っ白な壁でなされた部屋。私の座る椅子が真ん中にある。

 壁によりかかり、腕を組んで口元に得意げな笑みを浮かべるのはシルクハット男。ご機嫌ですね。私は不機嫌です。


「どうした? 状況が飲み込めないか?」


 あんたが調子に乗ってる状況は飲み込めてますけど。


「人質なんて卑劣な真似して恥ずかしくないの?」


 まあ恥ずべき点はその他にもあるけどな。一番は大事な秘密を抱えたままなのに解決した気になってることだぞ。


「恥ずかしいのはそちらだろう。こうもあっさり捕まるとは、油断したな!」


 高笑いしてるけどね、あんたも大概だよ。何で私が油断したか想像してごらんなさいよ。いや私がたるんでたのは認める。無意識にシルクハット相手だと油断してたのはあるでしょう。青柳くんにもしばしば怒られる。

 でも私だってヒーローやってるんだから、こんなにあっさり捕まえられたら何かおかしいなっておたくも思ってよくないですか? わかってるよ、恥ずかしいよ私は。あんたと一緒だよ。


「何が目的なの? どうして私にとどめをささずに拘束するの。私を餌に他の皆をおびき出すつもり?」

「いいや、それだけじゃない。貴様には色々と話してもらおう。例えば、そう、貴様らのアジトの場所、貴様らを束ねる者や、貴様らの正体をなあ!」


 いややめろ! お互いのために! 正体を知って後悔するのはお前だシルクハットマン!


「まずは貴様の素顔を拝むとしようか」

「いや! 待って! 無理! 無理! プライバシーの侵害反対!」

「貴様らヒーローが平穏な日常を過ごせると思うか? 我々はいつでも貴様らの命を狙っていると思え! 正体を暴けばそれも脅しで済まないことはわかるな? 不毛な戦いを一刻も早く終わらせるためだ!」


 いつでも命を狙ってるなんて嘘つけえ! あんたシルクハット被ってない時間はイエローとおもくそ恋愛してるってばよ!

 ヘルメットに手がかけられるので首をブンブンふって抵抗する。


「無理! 無理! 変身してない時くらい平和に過ごさせてよお! 好きな言葉ランキング一位は平和なピュアピュアガールにこんな意地悪して楽しいのっ?」

「おい、暴れるな!」

「そうだ! 昨日夜更かししたから顔がむくんでるの! こんな顔見せられなーい」

「知ったことか! それに俺は彼女にしか興味がない、お前の顔がどうなっていようとどうでもいい!」


 じゃあ駄目だ! だってその彼女だもん! ヘルメットとったらあんたの興味のある顔だよ? ちなみに顔がむくんでるのは本当の話よ? 見ない方が良いよ。色んな意味でお互いのためよ。


「いい加減にしろ! 捕虜の分際で!」


 とうとうガバッとヘルメットが抜けて、どうしよう、どうしよう、顔を隠さねばと俯く。シルクハットマンは私の顔ではなくまず抜けたヘルメットを見つめていたので気づいた様子はない。

 早く返せ、お互いのために。


「ふははははは! ヒーロー、これで貴様らは一歩破滅へ近づいたな! はははははははは!」

「……」


 そして私とあなたの恋も一歩終わりに近づいたよ。

 顎に手をかけられ、そのまま


「さあ! 顔を見せても、らおう……か……」


 顔を上向きにされた。

 目を合わせるとシルクハットは笑顔だった顔を硬直させ、しかしみるみるうちに顔が白く、青く、しまいにゃ土色になって、体をガクガクさせる。


「……」

「……」


 お互い目を逸らさずにいること数分。このままではらちが明かない。


「何で黙るんデスカ」

「何でって……」


 どうするつもりなのか、勿論怖い。私は悪の組織の幹部が先輩だと気づいても気づかないふりをして問題を先送りにしてきた。だけど普通、敵対している相手の正体が知り合いとわかれば交流を絶つか、憎み合うのが自然な流れだろう。

 取り乱さないでいられるのは冷静になっているからではなく頭がうまく回らないからだ。取り乱すどころじゃない、それ以上にパニックが起きると人間淡々と行動する他なくなるようだ。


「……どうしてこんな危険なことをしてるんだ」

「……世界の平和を守るためで」

「キエちゃんが危険を冒さないと得られない平和にどんな意味があるんだ!」


 それを悪の組織に言われても響かないよ……。じゃあそもそもあんたらが平和を壊そうとするんじゃないよ。


「キ……、キ……、……君が、どこの誰かは知らないが! 忠告する、即刻ヒーローをやめろ!」

「……はい?」


 ……何言ってるの? どこの誰か知ってるでしょ。あんた今さっき一回私の名前呼んだよ? 自分で気付けてないのか?


「君が怪我をする必要はないし、君は安全な場所で穏やかに平和に過ごすべきだ。君に怪我をさせるわけにはいかない」

「……なんで」

「そ、それは! 君はか弱くて繊細な女の子で」

「野蛮な女って、何度も言われた気がするけど」

「いいいい言ってない! 絶対!」


 いや言ったよ。一回や二回じゃないぞ。初対戦時から結構何度も言われてるよ。何で騙せる要素ゼロの嘘をついてんだ。絶対! じゃねえよ。


「君は何も知らなくていいんだ! 世界なんて気にせず学校で勉強して、友達と遊んで、恋愛して……あ、恋愛はできれば兄妹の友達とか、先輩とか天文部とかその辺りを相手にするといい! とにかくそんな今しかできないことを楽しむべきだ!」

「はあ?」


 何、つまり兄の友達で先輩で天文部のあんたと恋愛しろってか? そんなこと言えるならもうこの際告白して来いこんな状況なんだから。


 ……いや、おかしい。

 この発言は、回りくどく俺と恋愛しよう、という風に受け取れるけど……、こんな発言できる人じゃない。自己推薦できるほどがめつくない。回りくどくするのも性じゃないだろう。

 ……もしや今彼は、第三者として黒森渉を推薦してる……?

 そうだ、おかしい。だって黒森渉と久坂希依が正体を明かし合い、向き合っている状況だとすれば黒森先輩は今までのはっちゃけ発言が黒森渉のものとして私に筒抜けだったと気づく。そんな時冷静でいられる? かなりやばいことばかり口走ってたけど?


「……あの」

「な、なんだ!」

「先輩」

「!?」

「……と、知り合いなの? 兄妹の友達で先輩で天文部、なんて。私知っている人とそっくり同じなんだけど」

「はあ? ななななな何を馬鹿なことを……! ヒーローの周りのことなど知るわけがないだろう、馬鹿な! は、ははははははは!」


 あんたの芝居も相当馬鹿みたいだけど。

 しかしアホみたいな動揺っぷり。

 おそらくだけど。

 この人は黒森渉がシルクハットマンだと私が気づいていることに気づいていない……のでは?

 こんなしょぼい変装でよく隠せている気になれるな。でも付き合いが長いお兄ちゃんや同じクラスの緑沢先輩も気づかないくらいだ。鈍い人なら気づかないものなのかも。というか声で私に気付かなかった黒森先輩のことだから私も同レベルと思ってるの? 私はあんたほど鈍くないぞ?


「……家に帰りたいなあ。お母さんも、お父さんもお兄ちゃんも心配するだろうなあ。……黒森先輩も私が行方不明になったら心配してくれるかなあ」

「するに決まってるじゃないか!」

「そうかな。そうだといいなあ……。先輩に会いに、帰りたいなあ……」


 涙は出ないけれど鼻を鳴らして悲しいなあ、と肩を落とす。


「俺だって会いたい……っ!」

「……誰に?」

「あ、あー、あー、い、犬? うちで飼ってる犬に」


 ぐっと唸った黒森先輩は椅子の横にくっついていたボタンを押す。すると椅子の拘束が解かれ、体が自由になる。

 思っていたよりあっさり挑発に乗ってくれたな……。


「帰っていいってこと?」

「今日のところは。……もう捕まらないようにね」


 捕まえた人が言う台詞じゃないよ。

 ちなみにアジトがばれるわけにはいかないからと目隠しをされてタクシーで送ってもらったけど、アジトどころかこっちは自宅まで知ってるのでやってることはほぼ無意味である。

 今までは何も知らないふりをするだけでよかった。明日からは何も知らないふりをしていることを先輩にばれないように続ける。複雑化する。

 心の負担が減ることはこの先あるのだろうか。……ないんだろうなあ。


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