プロローグ/ダンジョンの予感
――薄暗い部屋の中で、女性が一人、一枚の紙を眺めている、
それは新聞というにはあまりにも薄っぺらいものだったが、それでもこの世界では、数少ない情報収集方法の一つと言っても過言ではない。
女はそれをしばらく眺めると――グシャグシャと丸め始めた。
それに何かコメントを残す人間はこの場にはいない……正しくは〝人〟はいる。女性が座っている絢爛豪華な椅子の数段下に、大勢の男たちが綺麗に列をなしている。
まるで王族の謁見室。
……いいや、それすら間違いではないだろう。
彼女は彼らにとって、まさに〝女王〟なのだから。
「――なるほど、これは確かに奴の言っていた通り、復帰早々、ずいぶん調子に乗っているようだな」
その言葉に返事をする人間はいない。これは彼女の独り言。勝手に返事をするのはご法度なのだ、
「別に私は、復帰した事に怒りを覚えているわけではない。
活躍する事も、とやかく言うつもりもない。なにせ連中は、存在するだけで騒動を起こすタイプだ。別に気には止めん。
――だが問題は、奴が私に挨拶にも来ない上、女を侍らせている点だ!!」
パンッ、という鋭い破裂音が、静寂に包まれた空間に鳴り響く。彼女が武器を振るったが故の音だ。
男達は、その音に微動だにしない。
彼女が八つ当たりのように攻撃を当てる事がないというのは、勿論当然なのだが、それ以上に、
彼らは別に、当たっても構わないと思っているからだ。
例え自分に向けられた感情でなかったとしても、それは彼らにとって〝御褒美〟なのだから。
「……いや、それもまぁ良い。私は寛大な心を持っておる。例えそうであったとしても、我が物になっていない者にまで怒りを向ける事はない。
そうであろう、お主ら」
『仰る通りです!』
寸分の狂いもなく響く野太い声に、女は静かに、しかし鷹揚に頷く。
「ああ、全くその通り、私は実に心優しい。
――だが、同時にこうも思う。『私のものになっちないなら、私のものにしてしまえば良い』――そうだな、諸君」
もはや理論どころか、言葉としてもめちゃくちゃだ。人間を物扱いしている事も、彼女の不遜さが相まって、普通の人間であれば首肯でき兼ねる内容に昇華している。
では、それを、彼らは否定するか。
『はい、その通りです、女王陛下!!』
それこそ、〝否〟というものだ。
◇
「――むむぅ」
お昼休みという賑やかな校舎、その中程に位置する渡り廊下上部のベンチで、1人の少女が苦悶の声を漏らしている。
本来であればマナー違反である筈のながら食べをしながら(もっとも箸は止まっている為、〝ながら〟にもなっていないのだが)、携帯端末の画面を覗き込んでいる。
そんな少女――桜に、最近友達になり、今も隣に座っている数葉は、呆れの溜息を零しながら口を開く。
「ったく、貴女の唸り声を聞くのも、今日何回目なんでしょうね。せめて、ご飯食べてる時くらいやめて欲しいわ。鬱陶しいし」
「うぅ、数葉ちゃんのそういうストレートな所は嫌いじゃないけど、今回ばかりは突き刺さるよぉ」
桜の言葉に反応せず、数葉は弁当を食べ進める。別に彼女がどうこうという訳ではない。単純に、口に物が入っている最中に喋りたくはないのだ。
口の中のミニハンバーグを嚥下すると、ようやく数葉は口を開いた。
「そんな事言われてもねぇ。もう何万回も理由を聞いたし……まったく、今の装備に何の不満があるのか」
チラリと視線をよこした端末画面には、桜のVRでの姿、つまり、ブロッサムの姿が映し出されていた。
無骨な岩石のような鎧に、マンモスに似たハンマー。まんじりとも変わっていない、自分の装備。
「だってだって――可愛くないんだもん!!」
乙女としての、切実な叫び。
確かに、装備としては充分だ。無茶な戦い方が当たり前の自分にとって、この装備達の性能は嬉しい。
特にランク的には中堅、経験的な意味ではまだまだ新人気分のブロッサムにとって、こんな都合の良い装備は、滅多に手に入らないだろう。
――だからこそ、手放せない自分が憎い!
いくら装備の性能が良かろうと、可愛くない装備は出来れば御免被りたい。
そんな思いを抱いている彼女の姿は、女性開拓者としては平均的と言っても良いだろう。
だが既に何度もその話をされている数葉にとって、それはもう耳にタコがいくつも出来るようなものだ。
「羨ましい悲鳴よね。もし同じ系統スキル持ってたら、私に譲って欲しいくらいよ」
「むむ、そんな事言って、ナンリにもスタイルがあるでしょうがっ」
「まぁ、そこは否定しないけど、乙女のプライドより、強さ重視よ」
「冷めてるなあ、ナンリは」
「ブロッサムが情熱志向なだけでしょ」
トントン拍子に会話は進んでいく。
友人になって1週間と時間は少ないものの、既に関係性が構築されていたお陰か、お互いに遠慮せず話せるようになっている。
勿論、どこか癖付いている難波数葉にとって、堂々とこのように素を晒す事は難しいが、それでも友人関係は周知の事実。
『何故、あの2人が?』などと最初こそ囁かれたものの、1週間も経てば、皆自然とどうでも良くなる。
別段、友達100人が欲しい訳でもない彼女達にとっては、平和で穏やかな時間が出来たのだ。
「って言っても、これ以上の装備の代替えなんて、お金のない私達にとっては、夢のまた夢でしょ。
……それを招いちゃっている私が、言う事ではないんだけどね」
『強くなるのに必要なのは、時間と金とセンスだ』というのは、【ファンタジア・ゲート】では有名な言葉と言っても、過言ではないだろう。
時間は当然、プレイ時間。それなりの時間をかけてスキルを上げ、強い敵と戦う事。ゲームの基礎と言えるだろう。
センスは、トッププレイヤーになる上で必要な事なのだと、桜も分かってきた。自分の知っている強いプレイヤーは、ジャンルは違えどセンスを持っている。
そして何より――お金だ。
公式が生み出したものだけでなく、プレイヤーオリジナルの武器や装備も多く存在するが、どれもこれも良い装備は値が張る。
プレイヤーメイドとなれば、希少価値も相まって価格はうなぎ登り。現実の貨幣換算で万単位など余裕だ。
そこでリアルマネーを掛ける事が出来るのは、現実で仕事を持っているような人間か、開拓者を本物の生業としている人間くらいだろう。
もっとも、公式産の武器が良いとも限らない。
何せ貴重なドロップ品などは市場に出回らない上に、自分で取りに行こうとすればそれだけ時間や金をかける必要性がある。
つまり、結果として、金銭を浪費するのは、避けられない自体と言えるだろう。
――そして現在、ブロッサムには金がない。
ナンリ救出の折に救ってもらう為の報酬を、自分のギルドである《嘲笑う鬼火》に支払ってしまったのだ。
それも、全財産に近い金額を、だ。
その罪悪感もあって、尻すぼみになっていく数葉の声に反して、桜の言葉は明るいものだった。
「別に、数葉ちゃんが気にする事じゃないよ。これは私がやりたくてやった事なんだし、ほら、今回の一件で一応、クレミーさんから臨時報酬貰ったし」
「それも律儀に払っちゃった人間が言える台詞じゃないわね……でも、ちょっとくらいは願い事を聞いておかないと、こっちが罪悪感でどうにかなっちゃいそうだし、」
そう言うと、数葉の手が、徐に携帯端末を操作し、それが終わったと同時に、桜の端末にメッセージを通知するポップが浮かび上がる。
「? なにこれ?」
質問しながらも、指先は自然な動作でそのメッセージに添付されているURLをタップする。
見出しは、『新エリア、正体はダンジョン!!』というもの。どうやら、ゲーム内に流れている新聞のスクリーンショットそのもののようだ。
「ほら、貴女も噂くらい聞いてるでしょ? 新しいダンジョンが見つかったって」
「ああ、そういえば、皆騒いでたなぁ。今度うちのギルドで入ろうって」
【ファンタジア・ゲート】がどのように足掻いてもゲームである以上、その世界にはいくつかの特例が存在する。
第二の現実という名を冠しながらも、それが起こってしまえば、開拓者は自然とプレイヤーに戻るのだ。
――アップデート。
新しいフィールドや街、そしてダンジョンなどを含めた地形を変動させるようなものから、新アイテムや新スキルと言った心躍るもの。ちょっとした仕様変更などなど。
その種類は大きなものから、小さなもの。
時間が掛かるものから、一瞬で済むもの。
様々な形態が存在するが、どれも変わらず、世界を書き換える大作業であり、小さなものならいざ知らず、大きなものならばログインを制限する場合もある。
つい先日、それがあったのだ。
と言っても、今回は追加のダンジョンやエリアが発生するレベル。それならば珍しい事ではなく、メンテナンスも数時間で終わってしまった。
それはそれで、ゲームとしては異例の速さなのだが……それはさておき。
つまり、今回の追加で発見されたダンジョンの見出しだった。
「ああ、なら、丁度良いわね。ちょっと、その画面をよぉく見てみなさい名」
軽い口調で不可解なことを言い始める友人に疑問を感じながらも、桜は素直に視線を画像に向ける。
新聞は基本的に《測量士》プレイヤーや検証が好きな、俗に言う『検証組』が作っていることもあって、ある程度の情報は開示されている。
その中でも眼を見張るのは、そのダンジョンのボスからドロップされるアイテムの一覧だろう。
こんな倒し方をすればこんなアイテムが手に入る、ラストアタックボーナスは? 一番ダメージを出せばどうなるのか? などなど、よく検証出来たな、という情報ばかり。
――その中でも、桜の心を刺激したのは、
「――これ、」
「うん、まぁ、名称だけで画像や何かはないし、どういう効果があるとか、流石に載ってないけど、こういうの貴女好きそうだなって、」
そう言いながら、ペットボトルに入っているお茶に口をつけようとした瞬間、首元に衝撃が走った。
感極まった桜が、彼女を目一杯抱きしめに掛かったのだ。
「ありがとう数葉ちゃん! さっすが私の友達だよっ!」
「ちょっ、お茶零れんじゃないのよー!!」
楽しそうな声と、うざがるような声。
そんな騒がしい声をBGMに、携帯端末は虚空に、その画面を映し出す。
『ボス特別ドロップ:エンジェル・ハンマー』と。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
新章突入、楽しんでいただければ幸いです。
さて、ここで一つ御報告。
嬉しい悲鳴というものですが、自分も新しい環境に慣れ、慣れていった所為で増えていった仕事にてんてこ舞いになっております。
出来るだけ更新ペースを上げていくつもりですが、やはり若干不貞気になっていく予定です。
どうかお許しを。
ではでは、また次回、お会いしましょう。




