エピローグ 一緒にいたくて
『――カネンリ男爵のイベント、クリア』
開拓者が作った新聞の大見出しは、そんな文言で始まっていた。
そもそもクエストの成功云々など、参加していない人間には分かる筈もないのだが、これもまた《嘲笑う鬼火の報酬だった。
このクエストは、あまりにも理不尽だ。
勿論、ゲームだからこそ正規の攻略法があるのだろうが、しかしそれが見つかり辛いのは問題だ。
おまけにこのクエストはランダム……つまり、いつ誰が狙われるか分からないのだ。
今回は戦闘系プレイヤーが多かったお陰でごり押し出来たが、全員がそのような方法で解決できる訳はない。
だが情報をある程度開示しておけば、対応策も講じ易いだろう。というのが、《嘲笑う鬼火》の軍師である、コウの考えだった。
『楽しむ』事をモットーにしている《嘲笑う鬼火》ならではの考え方と言えよう。
「でも、気になる所が多い事件だったわねぇ」
新聞の見出しを斜め読みしながら、マミは呆れたように溜息を零す。
「難易度高かったし、おまけにここ最近は【始まりの街】で活動してなかった《黒の猟団》の登場。
とてもじゃないけど、ランダムで発生させて良い類のイベントじゃなかった」
現実に即したゲーム。そんな謳い文句だったとしても、今回の県は少々やりすぎだ。
実際、事の顛末を聞いているプレイヤー、実際今まで被害にあったプレイヤー達は抗議のメールを今も運営に送り続けているらしい。
それも噂によれば、それもまたあまり良い結果にはなっていない。
よっぽどの事でもない限り、運営は修正などしない。
そして今回の一件は、彼らにとって『よっぽどの事』ではないのだろう。
「まあ、そこは良いんじゃないか。今回の一件で、攻略サイトにカネンリの情報が掲載されるだろうし、測量士も動くだろう。
このクエストの被害者は、これから先現れる事はないだろう」
向かいに座っているコウは、マミと同じ新聞をじっくり読みながら、クシャの淹れてくれたコーヒーを飲む。
こうして2人だけの姿を見ていれば牧歌的と言えるかもしれないが、これでいて2人とも『何か首を突っ込める事件はないだろうか』と探しているのだ、内情は分からない。
それは、今回の一件も同じ事。運営の行動も、同じ事だ。
「にしたって、――暇よ」
歯に衣着せぬどころか、言葉が全裸で走ってくる。
そんなイメージがコウの頭の中を一瞬だけ駆け巡ったが、流石に下品すぎて言及はしなかった。
「と言ってもね。僕らは基本目的はないし、これくらい暇なのは当たり前じゃないかな?」
「そりゃあそうかもしれないけど……こんなに人が少ない日があろうか」
閑散としているギルドハウスの中を見渡す。
「今は平日の昼間。皆、仕事や学校で忙しいのさ。暇な僕らと一緒にしてはいけないよ」
「あら、失礼な言い方だこと。私達だって立派な社会人よ。今日だって仕事をちゃんと終わらせてきたんだから」
「今日の分のノルマを済ませてさっさと家に帰るのは、日本人の価値観的に〝仕事〟とは言えないし、〝まともな社会人〟とは言えないんだろう」
「ふぅ、前時代的ねぇ」
どこか憂鬱そうに机に突っ伏しているが、マミのこんな態度も何時も通りだ。
《嘲笑う鬼火》での、頼りがいがありながらもトラブルメーカーな彼女は、確かに彼女自身の性格だ。しかし、人間は多面性のある生き物だ。
楽しい事を見つけて、子犬のようにじゃれ付くのも彼女だが、このように退屈そうに、だか幸せそうに平穏を享受出来るのもまた彼女。
そんな彼女が、コウは好きなのだ。
「――そういえば、あの件はどうなったかしら」
そんなだらけたマミの声が、どこか不安そうな声に変わる。
「あの件とは? 申し訳ないが、僕は察しが良い方ではないから、ちゃんと言ってくれないと分からないよ」
「いじわるねぇ、ブロッサムちゃんとあの子、ナンリちゃんとの仲よっ。そもそも、あの2人の仲を良くする為に今回、私達は戦ったんでしょ!
もし駄目だったら……それこそ、無駄に終わっちゃうじゃない」
言葉そのものは過激ではあるが、表情は親愛に溢れている。
彼女の過激さは、時に人が離れていく事に繋がる時がある。その事を後悔している訳ではないが、気にしていない訳ではない。
友人関係という事柄は、そう多くはない彼女のウィークポイントの一つだ。
――もっとも、コウからすればそんなものは、杞憂というものだった。
「う~ん、心配ないんじゃないかな?」
コーヒーの最後の一口を飲み込むと、コウは優しげに微笑んだ。
「あの子は、僕らが考えている以上に、強いからね」
◇
「-―はぁ」
女子が食べるにしても少々小さすぎるお弁当を目の前に、数葉は少々どころか、周囲に聞こえるほど大きな溜息を吐いた。
食堂のみならず、様々な場所で食事を取れるこの学校では、昼休みになるとかなりの賑わいになる。
それから逃げる為に、渡り廊下などという少々地味な場所に来ているものの、生徒数の多いここでは、多少離れた所でその喧騒は消えない。
昼の学校の喧騒は、難波数葉には、騒々しすぎるものだ。
同世代の少女が作る猫なで声にはげんなりするし、何より会話内容や〝空気を読む〟などと言った行動は精神をすり減らすには充分だ。
だから、一人で食事を取るのは、彼女にとって当たり前の選択だった。
……そう、〝だった〟。つまり、過去形。
そんな事を考えていると、その渡り廊下の出入り口になっているスライド式の扉が、ガラリと勢いよく開いた。
自分と同じ制服。
自分より可愛らしいお弁当箱。
走ってきたのか、息は荒く、方は上下している。マナーと同時に学校のルールも破っているのだが、当の本人はそんな事、重要でもないのだろう。
彼女は、
「もうっ、何も言わずに出て行かないでよ! 準備してなくてびっくりしちゃった!」
香納桜には、そんな事は重要でも何でもないのだ。
それが分かっているのか……いいや、分かった上で呆れているのか、数葉は困ったように笑う。
「そんなの、私の勝手でしょ」
その言葉に、前ほどの険はなかった。
イベント終了からすでに三日と時間が経っていた。
その間、ブロッサムこと香納桜は――逃げる難波数葉を、執拗に追い掛け回していた。
どの狩場にいても現れ、バイト先では上手くシフトがあうように根回しまでしてくる。それだけではなく、リアルでもいつも一緒だ。
もしどちらかが男性だったなら完全なストーカーだったし、同性であっても立憲される可能性があるレベルだ。
――それでも、数葉は責めなかった。
逃亡はするし、出くわさないように、離さないように上手く調整はするものの、見つかれば結局、彼女がその場を離れる事はないのだ。
何か言われた訳ではない。
同意を得られた訳ではない……が、少なくとも面と向って拒否されないのであれば、嫌われてはいないはず。
かなり強引な結論を出して、この三日間。桜はひたすら、数葉と共に過ごしていた。
「……で?」
「ほにゃ?」
唐突に口を開いた数葉に、桜は口に者をいれながら答える。
それに一瞬動揺し、口を開こうか迷いはするが、すぐに面倒くさそうに、彼女は言葉を続けた。
「こうやって無理矢理付き合う事はあっても、アンタ、なんか私に要求してこないわよね?
ただ私について来るだけ……『友達になりたい』って言った割には」
『何の素材が欲しいの? 手伝うよ!』
『どこにご飯行くの? ナンリのお勧め知りたいな!』
などという言葉は出てくるが、桜は特にナンリに何か強要しようとはしなかった。
そりゃあ、基本的な常識を持っている人間だと言うのは、数葉も理解しているつもりだ。だが、それでも、人は一緒に行動するなら何か要求するはずだ。
一緒に行きたい場所がある、など、別に思いか類は別にしても、だ。
彼女が友達だと強硬に主張するのだから、てっきりそういう巻き込み方をされるのだろう……そう思っていた数葉にとっては、少々意外な展開だった。
だから、聞いてみたのだ。
なんとなく、だ。
ここまでして貰っておいて……いいやだからこそ、何か見返りを期待しているのだと思って、そう聞いたのだ。
――その裏に、その無意識のうちに、『〝友達〟として何かして上げられる事があれば、』などと考えているとは思わない。
思いたくはなかった。
そんな数葉の複雑な心境にまるで触れる事無く、桜は口の中のミニグラタンを嚥下すると、首をかしげた。
「えっと……特にない」
……後者の喧騒が大きく聞こえるほど、場は静まった。
「……え? 本当に?」
「うん、ない」
「どこか行きたい場所は? 仮想や現実関係なく」
「私遊びに行く場所よく知らないし、特に欲しい素材ないしなぁ」
「何かしてほしい事ないわけ? 買い物付き合ってとか、」
「ハンマーは欲しいけど、お金貯めて作って貰ってる最中だし」
「恋バナとかは? ほら、《音速使い》の話とか聞いて欲しいとか、」
「こ、こここ恋じゃないしそういう関係じゃないし!!??」
「…………本当に、何もないの?」
「え、あ、はい、そうですけど……?」
桜のどこか間の抜けた表情を見れば、それが本心から言われている事だと猿でも理解出来るだろう。
――それでも、理解しているからこそ、分からない。
何か見返りを求めるのは、普通だと言うのに。
数葉がそう言葉にせず思っていると、桜はどこか気恥ずかしそうに、口元を緩める。
「――私、数葉ちゃんと一緒にいるのが、ナンリちゃんと一緒にいるのが楽しいの」
その名の通り、花が咲いたような事を言い出した。
「どこに行きたいとか、何か一緒にやりたいとか、そりゃあない訳じゃないんだろうけど、でもそれは、今は良いかなぁって。
それよりも今は、一緒に行動しているのがもう良いなぁって……あ、勿論、邪魔になっちゃうのは申し訳ないんだけどね!」
――ああ、今、ここに来てようやく理解した。
彼女は本当に、
「……本当にアホね、アンタ」
「ちょっ、酷いよ数葉ちゃんその言い方は!」
「うっさい、アホにアホって言って何が悪いって言うのよ!」
数葉の言葉は辛らつだったが、言葉は、表情は優しいものだった。
そう、香納桜はアホなのだ。
とにかく感情が突っ走り、自分のしたい事をするくせに、いざとなったら、小さな事で喜んでしまえる阿呆なのだ。
それはあまりに損な人生で、平凡で、実にちっぽけなもの。
……なのに、それを素直に尊敬してしまっている自分も、またちっぽけなのかもしれないが。
「……探しとくから、」
「えっ」
小さな言葉に思わず聞き返す桜に、数葉は耳を真っ赤にしながら答えた。
「だから、お金稼げる狩場! 探しといてあげるから! わ、私も装備買い換えるのにお金が欲しかったし……ついでに、一緒に行きましょ!
と、〝友達〟なんでしょ!?」
――もう、迷えない。
難波数葉はどうやら、香納桜と離れる事は難しいらしい。
別に、理由はない。特別桜にカリスマ性があるわけでも、数葉に別の思惑があるわけでもない。
ただ、一緒にいたら、楽しい。
……ああ、何で今まで気付かなかったんだろう。
心の中に座り込んだ、寂しげな難波数葉が顔を上げる。
「あ、ありがとう数葉ちゃん!」
「ちょっ、くっつかないで! 口の周りについてる米粒がつくじゃない!」
「え、どこどこ!?」
「ったく、冗談、ついてないわよ!」
じゃれ合いながら、思う。
ああ、友達って、『一緒にいたいから』で一緒にいて、良いんだと。
……Continue to next turn.
最後の最後、一週間も送れて申し訳ありません。
何はさておき、これにて『鬼火遊戯戦記』、第三章完結となります。
次回より書き溜めに入り、また一ヵ月後になります。
この後をどうなるか、お楽しみに。
また、活動報告であとがきらしきものを載せるので、御興味あれば御一読ください。
それでは、また一ヵ月後にお会いしましょう。




