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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第3ターン:バイトと友達
88/94

28 トモダチ

更新遅れて申し訳ありませんでした。

いよいよ次回クライマックス、楽しんでいただけると幸いです。






「ハァ、ハァ、」


 烟る土煙の中で、ブロッサムの域は荒い。

 酸素が足りない所為なのか、それとも目の前でHPバーが減った事を示す明滅で酔ってしまっているのかは、自分でも分からない。

 倒せたのか。

 確実に、手応えはあった。今反撃がこないのだから、おそらくもう生きてはいないのだろう。

 そう思っておくしかない――それより今は、


「ハッ――」


 残っている体力を総動員して、崩れかけている壁をよじ登る。丁度よく崩れた廊下や壁の一部が、よじ登るのに丁度いい。

 戦鎚を必死で、壁をよじ登っていく。

 戦闘を行いながらも移動していたのが幸いして、ナンリが閉じ込められている部屋の前は崩れていなかった。


「ナ、ナンリちゃん、大丈夫?」


 息を整えながら、必死で声を出すと、


『――大丈夫? 大丈夫ですって?――まだそんな事言ってるの!?』


 ドアの向こうから聞こえる怒鳴り声。

 もし、戦闘でブロッサムの耳がおかしくなっていなければ――涙に濡れているように聞こえる。


『そんなわざわざ戦って、わざわざ傷ついて、――本当に、馬鹿だよ』


 言葉は少ない。

 きっと、視線は下を向いていて、顔が涙で濡れているのだろう。ドアの向こうで見えないはずなのに、鮮明に思い浮かべる事が出来る。




 だって、たった一枚木の板を隔ててここにいる彼女は――どうしようもなく、優しい人だから。




「――わざわざ、じゃないよ」


 言葉が、涙と共に溢れる。

 伝わらないかもしれない。

 でも、溢さずにはいられない。


「だって、私は貴女と友達になりたいんだもん」


 何度も言ってきた。もしブロッサムの心が誰かに覗き見られていたならば、クドいと思われるくらいだろう。

 ブロッサム(香納桜)は、ナンリ(難波数葉)と友達になりたい。

 たったそれだけの事なのだ。

 たったそれだけでも、ブロッサムには何かを賭ける価値があるのだ。だからこそ、ここまで戦って来れたのだ。

 もはや、理由なんて必要ない。言葉も、もう言い尽くした。

 あとはただ、行動に移すだけだ。


「いま、こんな邪魔なもの、壊すから」


 戦鎚を振るいあげる。

 幻想の痛みが腕や体を震えるが、それでも手は震えない。


「あのね、私、ナンリちゃんと、したい事がいっぱいあるの」


 戦鎚をドアにぶつける。威力が弱かった所為か弾かれたが、それでも戦鎚を振るう手は止まらない。


「まだ、一緒に街回ってないよ、一緒にお買い物だってしたいよ、」


 ガンッ、と鈍い音が廊下に響き、ほんの少しドアに亀裂が入る。


「もっと一緒に冒険したい、私、まだ迷宮(ダンジョン)行った事ないから、一緒に行きたい、」


 亀裂はどんどん大きくなり、やがて光が隙間から溢れる。

 それでも、殴り続ける。

 顔を、どうしても見たいから。


「何もしなくて良いの、リアルで一緒に、お弁当を食べてくれるだけで良い。話さなくても良いの」


 亀裂はとうとう――隔たりを超えた。

 ナンリは、後ろ手に縛られている。それでも、どうやら怪我だけはしていないようだ。ただ、涙でボロボロだったのは、想像した通りだった。




「私、ナンリちゃんと一緒にいたいな」




 そのブロッサムの言葉に、ナンリは鼻をすすりながら、それでも笑みを浮かべた。




「――貴女、本当に馬鹿なんだね」




 その言葉は、言葉通りの意味ではなく、どこか優しい響きを持っていた。






「で? こっからどうするの?」


 ポーションでHPを回復させているブロッサムに、ナンリは小さく溜息を零しながら言う。


「私を助ける……まあ、それは百歩譲って良いけれども、そもそも今回の件を解決させるには、証拠が必要なんでしょう?

 で、証拠を吐いてくれそうな分かりやすい人物は、今アンタがぶっ殺しちゃったわけだけど?」

「う……それは、」


 はい、考えていませんでした。勢いだけで思いっきりぶん殴ってしまいました。

 などと口に出せるはずもなく、言い淀むブロッサムを見て察したのだろう。溜息はさらに大きくなっていく。


「アンタ、そういう所があるのよね……猪突猛進っていうか。本当に、なんでそんな感情に任せて色々出来るのか、理解出来ないわ」

「えっと、ナンリちゃん? なんか、口調がおかしい気がするんですけど」

「もう、取り繕う必要性ないから……これが私の素だけど……なんか文句ある?」

「いいえ、滅相もありません」


 気迫に押されたように言ってみたが、別に怖がってはいない。

 だって見ていれば分かる。緊張と羞恥心で、ほんのり耳が赤くなっているのが。それが分かった上で怖がれる筈もない。

 ――しかし、彼女の言っている事も最もだ。

 誰か一人をしょっぴいて取引現場に連れて行こうと考えていたが、そのキャラクターは自分の手で殺してしまった。

 あの状況ではどうしようもなかったが、悪手だったのは否定できない。


「なにか、証拠らしいものがあれば良いんだけど……って、あれ?」


 適当に視線を泳がせていると、ふと気づいた。

 ――私、地下室って探索したっけ。

 あまりにも物語的かもしれないが、地下室には秘密のものを隠しておくには絶好の場所と言える。

 兄が好きで、ブロッサム自身も時々読んでいるが、推理小説では割とある展開だ。

 勿論、そんな上手い事行くわけがない――ここが現実であったならば。




 確かに、ここは現実にかなり近しいシビアさを持っているが――でも、物語である事に変わりはない。




「っ――」

「あ、ちょっと待ってっ」


 ナンリの制止の言葉を無視して、滑り落ちるように自分の開けた穴に飛び込む。

 先ほどは戦闘にばかり注目していてどのような部屋だったか観察する余裕はなかったが、こうやって見てみれば、ここがワインセラーだというのが分かる。

 幾つもの酒樽と、何年物か分からない瓶が置かれている。埃を被っている所を見るに、現在では当初の目的通りに使っているわけではないらしい。

 その中に紛れて、大きな机があるのが見て取れる。

 まるで研究所などに置かれているような大きな作業机で、そこには様々な種類、様々な大きさの紙が置かれている。

 本当ならば、風に煽られて吹き飛ばされていたとしても、不思議ではないのに。

 近づいて、その一枚を手に取った。


「――これ、」


 内容は、かなり難しい。正直、今の自分では、何を書かれているのかは、分からない。

 でも、こんな所に隠されるように置かれている書類。これが重要ではない筈がないだろう。


「ちょっと、いきなり何してんのよ!」


 ようやく追ってきたナンリに、ブロッサムは振り返った。

 そこには先ほどの不安そうな苦笑いではなく――勝利を確信した笑みがあった。




「――もしかしたら、うまくいくかもしれない」







 普段は賑わいがある【喫茶・メイド亭】も、流石に今日は静かなものだった。

 客は誰一人として入って来ず、店員達も店の奥で、不安そうな顔をして状況を伺っている。

 店の中心に置かれている机には、アースと、その横に控えたクレミーがついていた。

 今回の話が、よっぽど気に入らないだろう。アースは不機嫌そうな、憮然とした表情を浮かべ、腕を組んでいる。

 比してクレミーは、いつも通りの笑顔を浮かべているが、知っている人間が見れば分かるだろう。今にも得物の斧を現出させるのだろうと思えるほど、殺気が透けて見えるようだ。

 その張本人――対面に座っているカネンリは、心底楽しそうにほくそ笑んでいる。


「『やれやれ、ようやくこの場に応じていただいて光栄ですぞ、アース殿』」

「――口を開くな、息が臭いんだよ」


 カネンリの言葉にも、アースは暴言を吐く。しかし、それもどうしょうもないだろう。

 何せ今から、彼はナンリの身柄と引き換えに、店を明け渡そうというのだ。これほど腹立たしい事はない。

 もっとも彼の苛立ちは、カネンリの愉悦を深める事にしかなりはしない。


「『なになに、そう苛立つではない――これを書けば、全てが済むのだから』」


 懐から出てきたのは、金の縁取りがされた一枚の羊皮紙だった。

 契約書。

 NPCとの契約によく使われるそれは、想像しているよりもずっと強力だ。何せメタ的な事を言ってしまえば、ゲームシステム的に認められたモノなのだ。

 プレイヤーというこの世界では超人的存在になっていたとしても、これは絶対の不文律だ。


「……ああ、分かっている。分かっているよクソがッ」


 アースは悔しそうにそう言っているが、そこに迷いは一切存在しない。勿論それは、彼を主人としているクレミーもだ。

 1人の少女のキャラロス《死》。それを看過出来るほど、二人はこの世界に病んではいないのだ。


「『ひひひ、そうだろうなぁ……ワシの分の署名は終わっておる。あとは貴殿が書くだけじゃ』」


 差し出された書類を一瞬凝視すると、指は自然と画面をタップし、羽ペンを具現化させる。

 既にインクは入っている。あとは、書くだけだ。

 アースは、そのペン先を書類につけ、




「――ちょっと待ってください!」




 扉が強引に開かれる音と共に、必死な少女の叫びが聞こえる。

 その声の主は――、







お読みいただきありがとうございます。

次回更新は6月10日になります。

どうかこれからもご贔屓に。


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