27 極地の猛攻
鎧の下に守られているはずの肉が裂かれる感触が分かる。
その所為で、血が抜けて力が入らないイメージも、伝わってくる。
肉と同時に、ところどころの骨が切り裂かれるような感覚も、嫌に鮮明だ。
脳に錯覚を与えているだけの、だいぶ抑えられている筈の痛みでも――いやだからこそ、その痛みがどのような種類の痛みなのか、ブロッサムの体は実感している。
「『ほら、どうした? 痛みに動きを鈍らせていては、友を助ける事は叶わないぞ』」
「くっ――」
言葉そのものは嘲笑に濡れ、煽っているような声色ではあるが、その刃は恐ろしいほど正確だった。
二の腕、太もも、脇腹。そう言った部分を攻撃しながらも、男の攻撃は致命傷にはならない。わざと、外しているのだ。
そのままであれば傷は痛まず、HPも減らないだろう。しかしこの状況でブロッサムは止まるという選択肢を選ぶ事が出来ない。
動けば動くほど、触れば触るほど傷は痛み、ダメージは通る。
遊んでいるつもりなのか、それとも何か別の意図でもあるのか。防御を続け余裕のないブロッサムには、理解しきる事は出来ない。
でも、それでも、目の前の男が自分を舐めているという事だけは理解出来る。
「こ、のっ――」
がむしゃらに振るわれた戦鎚は、彼女のステータスに相応しい轟音を立て、周囲の埃っぽい風を巻き込みながら男に迫る。
男はプレイヤー的に言うならば、防具やHP増強を最小限に抑え、敏捷と攻撃の命中率をメインで上げている。
格下のブロッサムでも、攻撃を当てれば致命傷になり得るのだ。初めて倒した、リコリッタのように。
だが、
「『――話にならないな』」
男はアッサリとその攻撃を回避し、その威力はただ近くの壁に大穴を空ける程度に収まってしまった。
敏捷性が高いという事は、回避力も高いという事に他ならない。
ブロッサムの攻撃速度では、男を捉えきれない。
「『信念薄弱で、』」
一気に距離を詰められる。回避行動すら、遅い。
「『力量も乏しく、』」
「ッ――」
柔術のように腕が絡みとられ、戦鎚を落としながらも関節を決められる。
鎧を着ていても、関節部分を守る事は難しい。おまけに今まで蓄積された傷もあって、HPダメージと共にやってきた痛みが、ブロッサムを苛む。
それでも、男の動きはまだ止まらない。
「『ただ言葉のみで語られる想いなど、』」
ガンッという重苦しい音とともに、視界が反転しブレる。投げられたという認識は、まるでナメクジが歩くように遅れてやってきた。
「『雑音にも等しいモノだ』」
「ッ――、ッ――、」
呼吸するたびに、肺が悲鳴をあげる。体の節々に痛みが走り、HPバーは危険域ギリギリで止まっている。
あともう少しで反撃出来る。
心の中で、冷静にそう判断する自分がいる半面で、ブロッサムの中にいるもう1人の自分が、顔を伏せる。
(――出来るの?)
相性は最悪だ。《極地の猛攻》でステータスを底上げして、なんとか出来るものなのか? いや、そもそもこのまま《極地の猛攻》が発動するのだろうか。
あのスキルは、一定のHPが残っている事で発動する。
彼がもし、気が変わって本気を出したならば。クリティカルも合わさって、残っているHPなど一瞬で消し飛んでしまうだろう。
そうなれば、助けるなんて話にはならない。
むしろ、自分が命を落とす事に、
「『――そもそも、お前にそこまでする義理はあるのか?』」
男の声が、冷え始めた心の中で響く。
「『友を助けるのに、そこまでする必要性はないだろう。
〝所詮〟、友だろう。一生を掛ける伴侶でもない、血の繋がりがあるわけでもない。たまたま知り合い、たまたま交友しただけという話だ。
その程度を助ける為だけに、命をかける必要性があるのか? 友ならまた作ればいいじゃないか。1人に固執する意味はない』」
――ああ、男の言葉はあまりにも非情で冷たいものだったが、真理もそこにはあった。
だって、香納桜が1番理解している。
どんなにいじめられ惨めになって言っても、手を差し伸べてくれる人は誰もいなかった。誰だって不利益を被りそうな人と、仲良くなんてしたくない。
〝友達〟とは、自分にとって利益のある存在。それがどんな形であれ、だ。
なら、このままいっそ、
「――ふざ、けんな」
心が火を吹き出す。弱くなった自分を、心の中に燈ったそれが炙る。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。
目の見えるようなものじゃなきゃ、利益とは言えないのか? 万人に理解されなきゃ、それに価値なんかないのか?
だとしたら、こんな場所に意味はないし、こんな自分に価値なんか、初めからないじゃないか。
――言って、くれたのだ。
たとえそれが嘘だったとしても、何か裏がある上での考えだったとしても、その繋がりでお互いが傷ついたとしても。
それでもナンリは、ブロッサムを友達だと言ってくれたのだ。
吐いた言葉は、戻せない。
責任は取ってもらうし、責任は取る。
それに、何が1番気に食わないって、
人の利益を、勝手に否定する、目の前の男が気に入らない!!
「――ガッ、」
痛む身体を必死で動かし、両手が動く。
右手は、さほど気に入っていない、それでも今は1番頼れる相棒に。
そして左手は、1番触りやすい傷口に。
もはや、そこに迷いはない。
その左手は、一瞬の間も置かずに――その傷口を強引に握り込んだ。
「ギッ――」
悲鳴を必死に歯軋りで受け止める。
もはや周囲の状況すら認識できず、目の前はチカチカと明滅する。分かるのは、
自分のHPが削れ、《極地の猛攻》が発動したという事実だけだった。
「『――ッ、自分で命を削って本領発揮、悪足掻きを、』」
少なからず動揺し、武器を構える男の行動にすら目を向けない。
今の自分だったら一撃くらいだったら耐えられる――いや、もはや一撃だってくらってやるものか。
「私を、舐めるなーーーーーーーッ!!!!」
振り上げられた戦鎚は、男を全く捉えず、そのまま真っ直ぐにエフェクトを伴って宙空を突き進む。
アーツ《フォーリング・ダウン》。ただ上から下へ振り下ろすそれは、しかし単純だからこそ彼女の中で最も威力の高いアーツになった。
それが、――通路の床を叩き壊した。
この家の壁や床は、破壊不能オブジェクトではない。出ているポップがそう主張しているし、何よりも、先の戦いで壁が破壊出来たのだから、出来なくはない。
ブロッサムが男の動揺を誘う事で手に入れられた時間は、たった数瞬、普通のプレイヤーだったら目の前の男に反撃しようと動いてしまうところだ。
そうなっていたならば、ブロッサムはそのまま殺されていただろう。
いくらスキルでステータスを底上げしたところで、単純な力量差を補う事は出来ないのだから。
だがもし、彼の想定を超えられるような動きが出来るのであれば、
例えば、男の男の足場ごと叩き落とす事でバランスを失わせる事が出来たのであれば――勝機は、ある。
「『なッ――にッ――!?』」
大量の埃と木片、重力を失った感覚で、男は為す術もなく下に叩き落とされた。
落とされたそこは、奇しくもその家屋に設けられた地下室だった。良からぬ事に使われるその場には人がおらず、そして当然灯りもない。
その衝撃で発生した砂塵にも似た目くらましと相まって、男は一瞬だけブロッサムを視界に収める事が出来なかった。
運命を分ける一瞬。
その一瞬を、彼女は逃さない。
最強ギルドに数えられる《嘲笑う鬼火》のメンバーだから?
違う。
《殴殺嬢》と謳われる、期待のニューフェイスだからか?
それも、違う。
では、開拓者という、この世界では超人であるブロッサムだからか?
――当然違う。
戦鎚が唸りを上げる。勢いが渦を巻き、彼女の体に纏われているエフェクトと同じく、絶大な力が込められている。
「『貴様、――!』」
男の短剣が、その身体を切り刻もうと疾走する。
今までの油断を孕んだ刃ではない。首を的確に一撃。あまりにも的確過ぎるそれは、当たっていれば首を一撃で斬り落とせただろう。
――当たっていれば
「――ッ」
それを、ブロッサムは済んでの所で回避した。
いや、正確には出来ていない。その刃は動脈を切り裂き、残り少ないHPを確実に削いだ。
それでも、もう彼女の体が止まる事はない。
HPがなんだ。
痛みがなんだ。
それよりも、そんな事よりも、
ナンリと友達になれない事の方が、万倍も辛いのだから。
「く、ら、えーーーーーーーーー!!」
戦鎚は吸い込まれるように、男の腹に改心の一撃を与えた。
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次回更新は5月27日になります。
どうかこれからもご贔屓に。




