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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第3ターン:バイトと友達
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23 エンミ婆






 【始まりの街】の路地裏の中で、複数の足音が反響する。

 如何にも怪しい取引に使われそうな、街角の奥の奥。めぼしい商店もない、狭まっている所為で、日中でも陽射しは届かない。

 本来ならば抜け道にしか使わない程度の道。人通りは当然少ない……はずなのだが、その道を歩いている2人組がいた。

 トーマとブロッサムだ。


『情報を知っていそうなNPC(ヤツ)を知っているんだ』


 そう言って連れ出されたは良いものの、とてもマトモな所だとは思えない。


「あの、トーマさん、こんな所で情報が手に入るんですか?」


 だんだんと不安になって思わずそう訊く彼女に、トーマは安心させるように笑みを浮かべた。


「まぁ、そう思うのは間違いじゃないんだが……ま、別に事前情報教えたからってどうにかなるような奴じゃないし、先に言っておくか。

 今回頼るのは、『エンミ婆』って呼ばれているNPCだ。【始まりの街】に居座ってる占い師さ」


「占い師……まさか、占いでナンリの居場所を探ろうって訳じゃないでしょうね?! 私には時間がないんですよ!?」

「バカ、そうじゃねぇよ。

 占い師ってのはあくまで設定(フレーバー)。実際のあいつは……まぁ、名物NPCって所かな」


 ――エンミ婆。

 ゲーム内時間で1日【始まりの街】の街のどこかで店を開く、占い師の老婆だ。

 この【ファンタジア・ゲート】オープンから存在する彼女の情報はかなり少ない。無い、と言っても過言では無いだろう。

 とある有名測量士(マッパー)がその正体を暴こうと、様々なコネクションを駆使して調べてみたのだが、分かったのは4つだけ。


 曰く、彼女は森羅万象、未来や過去に至るまで“視る”事が出来るらしい。

 曰く、プレイヤーと同じく人間ではあるが、魔術師ではないらしい。

 曰く、無償で一度だけ、プレイヤーの質問に答えてくれる。

 曰く、その時、プレイヤー自身の未来を暗示するような言葉もつける。

 曰く、以降の質問には、相応の対価を求める。


 以上、それ以外は全てが謎。何故そのような商売をしているのか、何故プレイヤーに助言するような事をするのか。

 実はメインストーリーに関わる重要NPCなのではないか、もしかしたらこのゲーム内で未だに語られない『ゴール』に関係しているのではないか。

 様々な憶測は飛び交っているものの、そのミステリアスさも相まって、根強い人気を持っているキャラクターだ。

 今では、初心者から熟練者まで、幅広く頼る存在にまでなっている。

 もっとも、その出現場所はランダム、期待し過ぎるのは早計ではあるが。


「じゃあ、その人に質問を?」

「ああ。コウの知り合いの測量士が、ここ数日の出現予想をくれてな。

 【始まりの街】っつったってそう狭くはないから、予想は立つ……ま、それも細かく調整されるから、あんまり当たらない場合も多いんだが、」


 そう言いながら曲がり角を覗き込んで――ニヤリと笑う。


「今回は、ビンゴ(当たり)だった」


 ――薄暗い路地裏の中に、暖かなペーパーランプの光が浮かんでいる。

 小さな椅子、ボウリングの玉を一回りか二回り縮めたような推奨が置かれているだけの、これまた小さな机に、1人の人影があった。

 黒いフードを目深にかぶり相貌は窺い知れないが、その小さな体躯と、くの字に曲がっているように見える姿勢、そして袖から覗く皺だらけの手が、その人物の年齢を示す。


「『――若草の香り、双槍の隼だね。今日は新しい風まで連れてきたと見える』」


 枯れ木が擦れるような嗄れた声に、ブロッサムがピクリと肩を震わせる。彼女は視線を向けずに、こちらの素性を言い当てたのだ。動揺しないはずがない。

 そんな彼女とは対照的に、トーマは臆する事なく前に進み出る。


「ったく、どうしてこうも簡単に見つかるのか。森羅万象が見通せるってのは、フカシじゃないのか」

「『ヒヒヒ、さてどうだろうね。その問いに答えても良いが、それなりの“対価”が必要だよ?』」

「遠慮しとくよ。アンタの正体を聞いた奴が、身包みどころか全財産渡したって『足りない』って言われたのはこっちも知ってるからな」

「『分かっているなら、ワシに質問してくれるなよ、隼』」

「へいへい……」


 まるで知古のような語り合いだ。


「えっと、トーマさんはよく来られるんですか、彼女の元に」

「いいや、これで4回目くらいかな」

「へ」


 予想外の言葉に、目を見開く。


「いや、何故かこの婆さん、話に行かなかった時期の事も全部丸分かりでな……ったく、プライバシーとかどうなってんだよ」

「『ヒヒ、この力は天から授かったもんだよ。天の意思には、誰も逆らえないのさ』」

「はいはい、運営()の意思ね――っと、俺の話じゃないのさ、今日の用事はこいつさ」


 指差されたブロッサムの方に、老婆は顔を向ける。

 見られている。

 暗く闇の帳を下ろしているせいで本来なら分からないはずの視線を感じ、ブロッサムは自然と姿勢を正す。

 恥ずかしいという気持ちはない。ただ、まるで全てを見透かされるというのは、いい心地はしないものだ。


「『――若草の匂いがする隼が、金剛石のような少女は連れてくるとはね。まだまだ弟子なんて座るのは先だと思っていたけどね。

 お座りよ、戦鎚の金剛石、友達を助けたいんだろう?』」


 ――武器は持っていない。

 ――出会ったばかりで、当然事情は話していない。

 勿論、スキルやステータスを参照すれば分かってしまうような事だろう。

 今までゲームの中での行動など、データとして記録ログが残っているのだから、それも参照すれば、分からない筈がない。

 しかし、違うかもしれない(・・・・・・・・)と思えてしまうほど、老婆は現実的リアルだ。

 一度だけ、ゴクリと喉を鳴らしてから、ブロッサムは老婆の正面に設けられている椅子に腰掛けた。

 動いただけで簡単に折れそうな手が、水晶にかざされる。


「『――お嬢ちゃんは、強い子だね』」


 それは質問したかった言葉とは違うものだった。

 ちゃんとお願いしようと口を開こうとして、節くれだった手がそれを制する。


「『慌てなさんな、質問にはちゃんと答える。だがワシにも流儀というものがあってねぇ、悪いが少し付き合ってもらうよ。

 ……お前さんの強さは、目に見えるものが元じゃない。目に見えないもの。器の底の底に眠るものが、お前さんの強さだ』」


 不思議と、耳に入る。

 別にそんな事が聞きたかった筈ではなかったのに、どうしてか聞かずにはいられない。

 高揚感や幸福感とは違った、自分を見ていてくれているという安心感が、ブロッサムの心に注がれる。


「『お前さんは砕けない。朽ちる事もない。汚れ、時に傷付きはするだろうが、けっして真から壊れる事はない。




 ――その強さが、いつの日か試され、本当の意味で“救う”時が来る。

 その時まで、金剛よ、お前さんは戦鎚を振るう事をやめちゃいけないよ』」




「――はい」


 返事は、勝手にしていた。

 自分の(ココロ)が、勝手にしていた。


「『よろしい……お前さんの行きたい場所はここに書いてる。行くと良いよ』」


 いつの間に書いていたのだろう。その手の中には小さな紙片があった。

 恐る恐る彼女が手を伸ばすと、ウィンドウが表示され、本当にゲームなのか疑い始めていたブロッサムの気持ちを晴らす。

 アイテムは〈手掛かりの紙片〉という名前で、住所のようなものが書かれている。区画整理されている【始まりの街】ではお決まりの表記方法だ。


「終わったか。なら行くぞ」

「は、はい!」


 いつのまにか少し離れた場所に移動していたトーマの声に、ブロッサムは跳ねるように立ち上がった。

 不思議な違和感は、もうその場にはない。目の前にいるエンミ婆も、確かに不気味さは残っているものの、普通のNPCと大して変わらない。

 呑まれていたのは、単純に錯覚だったのか。

 少し頭を揺らしてスッキリさせると、一度、深々と頭を下げる。


「ありがとうございました! 頑張ります」

「『ヒヒヒ、これもワシの役割さ、気にしなさんな。

 どうしても訊きたい事があるなら、またおいで。お前さんにだったら、多少安く教えてあげても良いかもしれないねぇ』」


 それが、冗談の類だと分かるくらい明るい声で、エンミ婆は笑い声を上げる。

 少し後ろ髪を引かれる。しかし、ブロッサムに時間は残されていない。

 もう一度だけ頭を下げると、先を歩き始めているトーマの背中を追いかける。

 もはや路地裏には、エンミ婆ただ1人。普通のNPCであったら、人が通らない場所でなど、本当に人形のように動かないものなのかもしれない。

 だが、エンミ婆は笑い声を漏らし続ける。




「『――遂に物語は始まるねぇ。

 悪戯者の鬼火は……はてさて、どうなっちまうのかねぇ』」




 ……その言葉の本意が明かされるのは、まだ先の話だ。

 それより今は、




「で、この後はどうするんですか? 作戦会議もしないといけないですよね?」

「あぁ〜、いや、まぁそうなんだが……街中で、しかも救出作戦だろ? それなら、いつも通りのパターンでやるんだろうから、あんま俺達が考えなくても大丈夫だろ」

「? いつも通り、ですか?」




「おう、いつも通り――題して、“お祭り騒ぎ”作戦」




 今は、たった1人の少女を救う方が、万倍も重要だ。






お読みいただきありがとうございます。

次回更新は4月29日になります。

どうかこれからもご贔屓に。

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