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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第3ターン:バイトと友達
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20 苦痛の独白






 ブロッサム――香納桜の中で、ナンリと難波数葉が一致したのは、本当に偶然だった。

 自分の行動をどこか予想していたかのような言葉。

 ナンリという名前。

 それらはとても小さく、しかも数は少ない。それだけだったなら、きっとそんな突飛な発想に至る事はなかっただろう。

 だがあの時――『香納さん』と呼ばれた時、ナンリの上から難波数葉の影が被るような幻覚を見たのだ。


 ――いや、そもそもは逆なんだろう。難波数葉という少女が、ナンリという凛々しい中堅開拓者(プレイヤー)という幻想を、彼女は自ら被っていた。

 いつか、それが幻想(ニセモノ)ではなく真実(ホンモノ)になりたいと、思いながら――。


「……で、何か用? これから私、塾なんだけれど」

 普段通り、いいや、普段より冷淡に聞こえる声色でそう言うと、彼女はその場を立ち去ろうと一歩踏み出す。


 何か、言わなければ。

 咄嗟に口が動き出す。


「――貴女を、助けたいの」


 ……沈黙がその場を支配した。

 予想外の事を言われたから硬直したのか、それとも予想通りの事を言われて呆れているのか。

 答えはすぐに、溜息と共に出される。


「……そう、やっぱりそんな事考えちゃうんだ。普通だったら、私切り捨てて終わりなのに……やっぱり、香納さんって凄いね」


 一種の嘲笑にも似た笑みが浮かんでいる。


「……私は、全然凄くないよ……ただ、友達を助けたいだけ」


 本心だった。

 桜は最初から、嘘などついていない。本当に心の底から思った事を、そのまま口に出している。

 ――それが、難波数葉には気に入らない。

 自分が出来ない事を、平然と言い、平然と実行出来る彼女が、


「――いい加減にしてよ」


 どうしても、受け入れられない。


「〝私〟は、貴女と友達でも何でもない。貴女と友達だったのは、〝ナンリ〟だよ。

 いつも笑顔で、余裕があって、どんな敵とだって戦える、【ファンタジア・ゲート】の中堅プレイヤー。

 何もかも偽物(ウソ)の、ただのプレイヤーだよ」


 ――ナンリばかりではない。【ファンタジア・ゲート】に限った話でもない。

 VRMMOという世界にいるプレイヤーの殆どがそうだろう。

 ままならない現実、ままならない本当の自分を偽り、誤魔化し、忘れて、別世界の別の人間として生きる。

 変身願望とは少し違う、もはや別人に生まれ変わりたいという願望。

 大昔から多くの人間が持っている願望を叶えてくれるのがVRMMOゲームであったし、それを彼らは楽しんでいる。


 だから、良いと思ってた。

 偽って良いと思っていた。

 誤魔化して良いと思っていた。

 忘れてしまって良いと思っていた。


 どうしようもない自分を、どうにも変わらない自分を、偽って、誤魔化して、忘れて良いと思っていた。

 ――なのに、目の前の彼女はどうだろう。

 彼女は現実(リアル)でも、仮想(ゲーム)でも、強い女性だった。

 見ているだけで、自分が惨めになってしまうほど。

 だからだろう。

 また、心は決壊する。

 言ってはいけない事を、語り始める。


「教えてあげるよ――私がどんな人間だか」


 ああ、どうか、




 これで彼女が嫌ってくれますようにと、願いながら。






 難波数葉は、それなりにお金がある家に生まれた。

 父はそこそこの会社を切り盛りする社長であり、母はそんな父を支える、絵に描いたような良妻賢母だった。

 大企業と呼べるほどでもないが、食いっぱぐれる程ではない。

 家庭の中だって、冷めきっているわけでもない。少々父が忙しい時期があるものの、家族間の関係は良好だし、多少の厳しさはあっても苦痛と思える程ではなかった。

 自分の性格だって、あんな事がある前はそれなりに気に入っていた。

 頼まれ事を断れない、気弱な性格だったが、それでも真面目でちゃんとやらなければいけない事をやれる自分が、そこそこ好きだった。

 ――あんな事がなければ、自分は自分の事が好きでいられたのに。


『――ねぇ、一緒に遊びましょうよ』


 中学の時。クラスで1番人気で、明るく輝いていた彼女に声を掛けられてから、全てが変わってしまった。

 最初は浮かれたものだ。何せ相手はクラスのカリスマ、自分とは違って人望を集める存在。そんな存在に気にかけてもらえて嬉しかった。

 ……だがそんな夢はすぐに消える事になる。


 金銭を強請られ、たかられる。


 昼夜関係なく呼び出され、塾や習い事を強制的にサボらされる。


 まるで愛玩動物(ペット)……いいや、それ以下の奴隷のような扱い。


 中学校1年生からの2年と半年。難波数葉は彼女の玩具扱いだった。

 嫌だったし、辛かった。

 言葉では説明出来ないような感情が生まれた事だって一度や二度じゃないし、逆らいたい、今すぐ逃げ出したいという気持ちがなかった訳ではない。




 それでも、難波数葉は彼女から逃げる事が出来なかった。

 怖かったから。




 学校が同じな以上逃げる事は出来ず、情けなさ過ぎて両親に言う事も出来ない。

 結果として成績は下がったし、両親からすれば『不良になってしまった娘』への信頼はなくなっていた。

 もはや、数葉の中には諦めしかなかった。


『自分は一生、このまま彼女に傷つけられ続けるのだろう』


 実際、高校も強制的に同じ場所にされてしまった。抗うどころか逃げる気力すら失ってしまった数葉にとって、それはもう決定事項だ。

 だが、また転機が訪れる。

 彼女のイジメの対象が、別の人間に変わったのだ。

 対象は、クラスで少し浮いている子。

 その容姿と人に取り入る彼女の話術で、既にクラスメイト全員が、それを黙認する状況になっていた。

 助けなきゃ、とも思った。

 もしかしたら自分にも何か出来るかもしれないと。イジメられていた自分だからこそ、彼女を救えるかもしれないと。




 ――でも、出来なかった。

 ――怖かったから。




 自分はもう標的ではない。

 このまま無視していれば、自分に矛先が向かう事もない。


 なら、それで良いじゃないか。


 それほど仲良くしていない人間がイジメられようと……私にはまるで、関係ないじゃないか、と。

 ようは簡単。その子を生贄にしたのだ。

 当然、罪悪感はある。しかし最初はそれよりも、解放感の方が優っていたのだ。もう、誰も自分を傷つけてくる人間も、束縛する人間もいないのだから。


 勉強も集中出来る。

 両親からの信頼も、少しずつ信頼を取り戻し始めた。

 趣味でゲームも始めた。


 ……それでも、何をやっても、彼女の影が指す。


 勉強しているすぐ近くに、彼女はいる。

 両親と話していても、たまに脳裏に過ぎる。

 同じゲームでプレイしていると知ってから警戒して、行動範囲はずっと狭くなった。


 どこまで行っても、難波数葉の頭の中から、生活から、現実から、彼女を切り離す事が出来なかったのだ。

 ――そこからさらに、3つ目の転機が起こる。

 ああ、今でも頭の中にこびりつく。あの鮮烈な、2つの光景を。




 弱かったはずの少女が、彼女を武器でなぎ倒す姿。

 惨めだったはずの少女が、彼女を言葉でやり込める姿。




 連続して訪れたそれは、難波数葉にとって衝撃的なものだった。

 だってそうだろう?


 逆らえるはずがないのだ。

 抗えるはずがないのだ。

 逃げられるはずがないのだ。


 どこまでいっても、自分では、自分達では彼女に勝てないはずなのだから。




 難波数葉が、榊原莉子に勝てないように。

 香納桜も、榊原莉子に勝てないはずなのに。




 ……またイジメられる事はなかった。

 ホッとする反面、罪悪感と嫌悪感、そして『何故自分だけが』という感情が流れ込んできた。

 子供のような癇癪。

 それを押さえつける事は、未熟な数葉にはどうしても出来なかった。

 まず、彼女について調べた。

 現実での香納桜。

 仮想でのブロッサム。

 両方の顔を使って、両方を調べていく……調べていけばいくほど、『自分とは違う』というのが分かってくるのだ。

 自分よりもずっと強い。プレイヤーとしても、人間としても。


 トッププレイヤーの中でも噂になるほどの有名ギルド《嘲笑う鬼火(ウィルオーウィスプ)》の期待の新人、《殴殺嬢》という二つ名すら付いている新米プレイヤー。

 つい最近イジメられていたが、それでもそれに屈する事なく、前を向いて進む事が出来、しかも友人も多いらしいクラスメイト。

 どちらも自分では遠く及ばない。

 救われるべくして、救われた女の子。


 プレイヤーとしても中途半端で、ゲームの中ですら友人関係を構築出来ない、地味で、どこにでもいるような中堅プレイヤー。

 まともな友人1人もいない、学校から塾、塾から家、家から学校という閉ざされたサイクルの中でいじけるだけの自分。

 救われずべくして、救われなかった女の子。


 まるで違う、大きく違う。

 見ているだけで、自分が責められているような感覚しかしない。

 会って、話してみれば、自分だって何か変わるかもしれない。そんな夢を抱いた時代もあったが、それも偶然会ってみて違うと分かった。

 この事自分は根本から違うのだと。

 だから、難波数葉は、香納桜が嫌いだし。

 ナンリも、ブロッサムが嫌いだ。




 自分より何もかも恵まれた彼女を見ていると、辛い気持ちしかないから。






次回更新は4月8日になります。

どうかこれからもご贔屓に。

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