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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第1ターン:ゲームへの招待
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7 鍛冶屋・仁王






「それなりの給金払って店員になって貰ってんだ。そうじゃなきゃ困るがな」


 そう言って、男は豪快にガハハと笑い声を上げる。そうしてトーマを見ると、そのシワをさらに深くしながら笑みを浮かべる。


「おう、馬鹿ガキ。メンテにもこねぇで何しくさってやがった!」


 言葉遣いそのものは見た目通り荒々しく、起こっているように聞こえるが、その声色には親愛のようなものが含まれている。

 トーマも、いつも以上に柔らかい表情で、しかし申し訳なさそうにしていた。


「悪りぃ。色々思うところがあってな。俺の相棒は元気にしているか?」


「してるに決まってんだろう。ったく、テメェの相棒倉庫の肥やしにしておいて、数打ち振るってちゃ世話ないぜ。

 それはそうと、今日は何の用だ? ウリーが言うには新人紹介らしいが、お前がそう言うのは珍しい。急にそういう事するのは、マミの専売特許だろう?」


「別に俺だって考えなしってわけじゃないぜ……ほら、こいつが噂の新人さんだ」

そう言うと、いきなりトーマはブロッサムの背中を小突く。

「わっとと――は、初めまして! 昨日から始めたブロッサムです! よ、よろしくお願いします」


 蹴つまずくかと言わんばかりの勢いで慌てて前に出ると、ブロッサムは緊張しながらも、頭を下げた。

 しばらく頭を下げ続けると、妙な静寂が流れているのを感じて視線を上げる。

 その快活な初老男性は、ポカンとしていた。

 何を驚いているのか、理由も分からず混乱していると、その静寂はすぐに弾け飛ぶ――彼の爆笑で。


「ガハハハ、本当にこりゃあ新人さんだ! 自分の頭の上に名前が載ってるの忘れて自己紹介たぁ! あぁ〜、こりゃあ良い子だ!」

「あっ……」


 言われて思わず視線を上げる。

 そうだ、このゲームでは名前のタグが頭上に表示されているのだった。そのことに気づくと、すぐに頬は熱を持ち始める。


「す、すすすすいません!」

「いや、アンタが謝ることじゃねぇ。むしろ悪かったな、そうだよな、挨拶は大事だ。

 そうだな、俺の名前はご覧の通り仁王ってんだ。まぁ武器や防具を作るのが好きな生産職プレイヤーをやってる。トーマとは、昔馴染みだ。よろしくな」


 そう言って差し出された手を、躊躇してから握る。

 まるで本物の職人のような硬さと熱さを持った手は、どこか安心感を得られた。


「よ、よろしくお願いします」

「おう、気楽に仁王って呼んでくれ。この世界じゃあんまり外見年齢はあてにならねぇし、そもそも年齢なんざ関係ねぇ。このガキなんざ、敬語すら使わねぇんだから」


 仁王が顎でトーマを指すと、トーマは少し不機嫌そうに眉をひそめる。


「テメェだっていつまで経ってもガキ扱いじゃねぇか。流石の俺だって反抗的にもなるわ」

「へぇ。じゃあお前を一丁前の男扱いしてやりゃ、こっちも敬ってくれるってか?」

「んなわけねぇ。むしろジジイ扱いしてやる。晩御飯はもう食べたでしょってな」

「そりゃジジイっつうより耄碌扱いじゃねぇか!」


 喧嘩をしているように見えて、その中に親愛が滲み出ているのが分かる。普段であれば男同士のこのようなことばの応酬も恐怖が先行するのだが、不思議とそれはない。


(まるでうちのお父さんとお兄ちゃんの会話みたい……)


 案外、男同士というのはそういうものなのかもしれない。


「さて、それよりとっとと本題に入ろう。新人さんの装備を揃えるんだって?」

「え、あ! はい!」


 急に声をかけられて思わず姿勢を正すが、その一挙手一投足にも仁王は人の良さそうな笑みを作る。


「そう硬くなるな、大して緊張されるような人間じゃねぇよ。んじゃ早速で悪いんだが、スキル構成を見せて貰えるか?

 普通ならマナー違反だが、俺の店じゃ相手に合った装備を見繕う為に、スキル構成を直接見せて貰ってんだ。昔隠して武器買っていった馬鹿ガキいるんでな。用心だ」


 そう言われて、ブロッサムはぎこちない手でウィンドウを開き、スキル構成が表示されたものを反転させ、仁王に見せる。

 素直過ぎたのがいけなかったのか、どこか仁王は申し訳なさそうに視線を彷徨わせてから、結局何も言わずに画面を凝視する。

 自分で何度も確認したし、トーマにも確認して貰ったので、おかしい所はなにもない。

 だがそれでも、まるで試験結果を親に見せるような、気恥ずかしくも不安な感情で、彼の表情を観察する。

 最初は普通だった。しかし見れば見るほど、徐々にその表情は困惑や心配が混ざり合ったような、実に複雑な表情に変わっていく


「……おいトーマ。お前、こんな可愛い子にガチ前衛任せてんじゃねぇよ。

 しかも初っ端から半分タンカーの真似させようってのが見え見えじゃねぇか」


 その言葉に、トーマは肩を竦める。


「そう言われてもな。その特殊スキルを利用するなら、それが一番良い構築方法だったってだけの話だ」

「そりゃあそうだけどよ……前線にしたって、盾剣使いのダメージディーラーだって良かっただろうが。最適解を求めるばかりがゲームじゃねぇだろう?」

「まぁ、そうなんだが……そいつが希望したんだから、しょうがないだろう」


 トーマの言葉を聞いて、仁王の視線はブロッサムに移る。


「本当かい、嬢ちゃん」

「あ、はい! そうです!」


 再び姿勢を正して力一杯返事をしても、仁王の表情は相変わらず複雑そうだ。


「う〜ん……嬢ちゃん分かってるか? 確かに現実じゃねぇんだから本当に死ぬって事は無いにしたって、痛みや死の喪失感ってのは、割とでかいんだぞ?」

「……そうですね」


 実際の痛みの10分の1。

 それがこの世界での痛みの割合だ。かなり落とされているとはいえ、感じる不快感や苦痛を消失するわけでは無い。

 斬られれば痛いし、殴られても、やっぱり痛い。ブロッサムが経験した通り、それで戦闘を辞めてしまう人間がいるのも道理だった。


「……それでも、やってみたいです」


 それでも前に進むのをやめないのであれば、それが1番の最適解なのだ。


「……ハッ、新人にしちゃ面白い嬢ちゃんだ。

 トーマが気に入った理由が分かるような気がするぜ」


 直ぐにニヤリと笑みを浮かべると、仁王はクルリと体を反転させる。


「お前さんのランクに合った武器と装備を探してくる。ちょっと待ってろ」

「は、はい!」


 そのまま仁王の背中を見送る。

 まるで初めて誰かに認められたような気がして、少し嬉しかった。

 喜びを噛み締めている自分に、トーマは何も言わなかった。ただ黙ってこちらに笑みを向けているだけだった。

 それすらも自分に肯定的なものに感じて、ブロッサムは、ほんの数時間前まで感じていて心の苦しみが取り除かれるような気がしていた。


「さて。ああなっちゃ、時間がかかるのは間違いない。あのジジイ、そういうことに関しちゃ妥協出来ないからなぁ。

 しばらく店の中を見て回ったら良い。もしかしたら、お前が気になる武器もあるかもしれない」


「あ、はい!」


 一通りそしていると、トーマの促すような言葉で止めていた足を動かし始める。誰にも悟られないようにしていたが、実はかなり興味があったのだ。

 ほんの少しワクワクするような気持ちで、店の中を見渡した。

 現実でこのように武器防具が揃っているところは見たことがない。強いて言えば博物館や歴史資料館などが近いかもしれないが、あそこに飾っているのは観賞用か骨董品だ。

 対してこちらはどうだろう。新品のように(実際新品だ)光り輝き、鑑賞にはない実用的な魅力すらあるように見える。

 本来の自分(さくら)だったならそれほど興味を示さなくても、今の自分(ブロッサム)ならば、むしろ興味津々だった。


「本当に、色んな武器があるんだ……」


 飾られている武器は、本当に多種多様だ。

 剣だけでも、短い物から長大な物、奇妙に歪曲した形から、日本では珍しくはない刀まで種類は豊富だ。

 それ以外にも身の丈を超えている槍や自分が使うような戦鎚や斧も、その穂先やその持ち手を変化させ、様々な形のものが置かれている。

 弓や、明らかに投擲用に作られた刃物、さらには大昔の銃のようなものまで置かれているのだから、この世界の懐の深さは尋常ではない。

 そうやってまず壁に掛けられている武器を見ていると――その中に一つ、奇妙な形の武器を見つけた。


 簡単に説明するならば、『戦鎚と斧の合体』と言ったところだろう。


 長い持ち手の先に、頭を潰すのも容易な、表面が波打っている戦鎚。

 その反対側には、人の断頭に使われているのではないか、と思えるほど鋭利で大きな刃が付けられている。

 見るからにいまの自分では持てなさそうな重厚感を持ったその武器は、その厳つさの反面、どこか自分を安心させる。

 ――これさえ振るえば、障害物など軽く跳ね除けられるのではないか。

 そう思えるほど、強い安心感だ。


「へぇ、随分変わった複合武器だな」

「? ふくごう、ですか?」


 いつのまにか隣に立っていたトーマの言葉に首をかしげる。


「ああ、武器を扱うにはスキルが必要だって言ったよな?」

「はい、それは覚えてます」


 剣なら剣術のスキルを。戦鎚なら戦鎚のスキルを。その武器に対応するスキルを持っていなければいけない。持つ事は出来る。しかしシステム側から攻撃と認定されて貰えず、ダメージが入らないのだ。

 その説明をもう一度頭の中で反復すると、トーマは満足気に頷いた。


「覚えが良くて助かる……で、複合武器ってのは、その武器を扱う前提条件に、二つの武器スキルが必要なもんだ。

 例えば投擲用の短剣だと、《短剣術》と《投擲術》のスキルがないと十全な機能を発揮しない、みたいな。

 それくらいなら、投げずに使うってのも出来なくはないが、こういう武器の類は、前提条件として設定されているから、装備すら出来ない場合が多い。これだと、」


 そう言いながらその武器に触れる。

 勿論手に取ることは出来ないが、タップで反応して、2人にも見えるように大きなウィンドウが開く。

 だがそれを見て、すぐにトーマは驚愕した。


「ハァ!? 《戦鎚》も《戦斧》も要求ランクⅦ!? 冗談だろう!?

 おまけに敏捷性−20%ってなんの悪ふざけだよ!?」


 その言葉の通り、画面には



『必要スキル:《戦鎚術》《戦斧術》。

 必要スキルランク:全必要スキル、ランクⅦ以上』




 と記されていた。

 ――確か、ランクⅤまでは意外と簡単に上がるけど、それ以上になってくると大変な時間を要するのではなかったか。

 教えられた言葉が頭の中でリフレインして、表情が固まる。

 ただでさえ今の状況では戦鎚術すらまともに使えるか分からないのに、その上戦斧まで使えるとは思えなかった。


「――だけど、これすげぇな。斧も付いてるから、物理属性に【破砕】と【斬撃】加わって、攻撃力は4桁……」

「? ??」


 不思議そうに画面と相手の顔を見比べるブロッサムの様子を見て、トーマは口を開き、


「……いや、教えてばっかりじゃしょうがない。これくらいならヘルプに載っているはずだから、自分で調べろ」

「あ、はい!」


 そう言われて、すぐにブロッサムはウィンドウを開き、慎重に操作を始める。

 ヘルプのどこに載っているか、深く探さないと分からないのか。そう心配していたのだが、その心配は杞憂だった。ページを開けばすぐに項目の中に【属性について】という記載があった。


「えっと、これを、」

タップすると、




『属性について。

 この世界で属性とは、主に三つ、【物理属性】【付与属性】【魔術属性】です。

 【物理属性】は【斬撃】【破砕】【刺突】【貫通】の4つが存在し、武器には最低でも一つはその属性を保有しています。敵の弱点になるものも、逆にダメージが低くなる場合もあるので、注意が必要です。

 【付与属性】はその武器に付与されいる属性の事を指します。例えば炎の属性を持っている剣は、物理的ダメージ以外にも炎のダメージを敵に与える事が可能です。これもまた、弱点として持つ敵やそうでない敵もいるので、注意しましょう。

 【魔術属性】は、使う魔術にどのような属性が載っているかです。炎の魔術ならば炎の属性ダメージが付与されています。』




「なるほど……まぁ、そうですよね」


 戦斧なはずなのに【破砕】の属性があるはずも無い。武器によって特性があって、それに向き不向きが存在するのは当然の事だった。


「まぁそういう事だ。お前がこれから使う戦鎚には【破砕】の属性を持っているから、防御力が硬い相手やなんかには強いだろう」

「そうですね。つまり、この武器は、そういう属性が複数あるんですね」


 目の前の武器を指差すと、トーマは何度か頷く。


「そうそう。それも複合武器の特性の1つだ……しかしこいつは、割りかし無茶苦茶な武器だよ。

 いくら重量系武器で一撃の大きさが大事って言っても、素の攻撃力5000は大き過ぎる」

「そうなんですか?」

「お前の初期装備の剣が、攻撃力5だぞ」

「………………」


 自分が1000回振ってようやく出せるダメージと言われれば、確かに大きいだろう。


「勿論、このダメージが素直に出るわけじゃ無い。

 スキルレベルや振り方、相手の弱点部位に当てるとか、そういう工夫をすればもっとでかい数字も出るし、逆に上手くいかなきゃ、半減どころか当たらないって事もある。

 分かり易いもんだと、クリティカルとかだな」


「クリティカルって、《見極め》で上昇させたアレですか?」


「そうそう。攻撃がある程度うまく当たると、ダメージを1.5倍にしてくれるんだ。ただし、悪い当たり方をすればダメージが半減する」


 クリティカル、ともう一度口の中で繰り返していると、カウンターの奥から物音がして、装備を抱えている仁王が出てきた。


「おう、良いもんあったからこれで……ってなんだ? どうした?」


 同じ箇所を見つめている2人の姿が面白かったのか、半笑いで質問してくる。トーマも似たような表情(きっと呆れなのだろう)で仁王を出迎えた。


「おいジジイ、なんだこの装備。バカ装備にも程があるだろう。

 攻撃力高くても敏捷これだけ下げられたらきついぞ」

「あ?――ああ、〈流星砕き〉か。そいつは半ば遊びで作っちまったからなぁ。使い手が現れるかどうかすら微妙だな」

「そうなんですか?」


 ブロッサムが水を向けると、仁王は腕を組んで話し始める。


「ああ。このゲームじゃ、武器や防具のレシピも基本的なもんしかない。その代わりに自分の作りたい武器を作れるんだが、たまに実用性がないもんも出来ちまう。

 それは辛うじて使えなくもないが、あんま人気のない長柄の戦鎚だからな。おまけに要求ランクが高くて……だいぶ前に作って売れ残っちまってる」


 流石の仁王も、若干困り顔だ。


「そりゃあそうだ。価格だって見てみりゃ8桁超えてんじゃねぇか。買って使えるかもわからねぇし」

「うるせぇ! 素材やら使ったスキル考えりゃそれくらいの値になるんだよ!」


 2人が口論のようにじゃれついている姿に目もくれず、ブロッサムはもうもう一度その武器を見上げる。

 使い手のいない長大な武器。作られてから一度も振るわれていない武器。

その武器を見て、不思議とブロッサムの心は静かになっていた。なんの波紋も呼ばず、水鏡になっている水面のように。

 ――戦鎚斧〈流星砕き〉

その姿を、目の裏側に焼き付けるように見つめていた。







次回の投稿は11月4日の20時に行います。

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