16 交渉という名の脅し
「おい、爺さん、何か勘違いしてねぇか。それとも、お歳をめされて頭がどうにかなってんのか?」
頭に血が上り攻撃にも近い暴言を吐いているが、アース自身も理解している。
NPCが間違うはずがない。勘違いするはずがない、と。
「『ケケケ、随分と暴力的な言葉じゃ。流石に下賤な開拓者から成り上がった男じゃ、口だけは達者と見える。
じゃが、ふむ……そうじゃのぅ。このような衆目の中で話をするのも何じゃのう。
お客人には悪いが、席を外していただけるかのう』」
そう老人が言った瞬間、店にいた客全員が、同じタイミングで立ち上がった。
騒動に目を向けていた人間ばかりではなく、気にせず食事を続けていた客も食器をおいて立ち上がり、その中にはトーマやコウの姿も入っていた。
――店にいる殆どの人間が察した。
これは〝イベント〟だと。
どういう原理でそれを行われているか分からないが、時にイベント中に体の自由が効かなくなる場合がある。
シナリオを上手く進行させる為の措置として有名だが、今回はそこに客全員が巻き込まれた形になる。
自分の意思とは関係なく、まるで規則正しい軍隊のような機敏さと不自然なまでの綺麗な歩き方で、ぞろぞろと客はいなくなる。
最後の1人がいなくなった時には、残っているのはブロッサムやナンリを含めた従業員、そして店主であるクレミーと、名義上オーナーであるアースだけだった。
「……なるほど。どうやらマジモンみてぇだな。だが人払いをして貰って悪いが、そもそも俺はこの店を売る気がない。
どこで俺らの噂を聞きつけたか知らねぇが、とっととおかえり願えるか?」
最後の抵抗と言わんばかりにアースがまた暴言を吐くが、それでもカネンリはその嫌味ったらしい笑みを崩す事はない。
「『そう仰るな。これでも儂もお主も、商売人であると同時に貴族。貴族らしく席に着き、対話に応じるのは礼節のうちじゃろうて』」
そう言って、老人はそのまま適当に空いている席に座り、その背後には相変わらず護衛の厳しい男達が控える。
一瞬何を言っているのか理解出来なかったが、理解が及ぶとアースは小さな舌打ちを漏らす。
(〝アレ〟が厄介事を引き込んじまったみたいだな)
〈貴族位叙任証明書〉。プレイヤーが貴族として認められる、商売や領地運営に多少の補正を与えるだけのアイテム。
どうやら、あのアイテムが今回の根底にはあるらしい。カネンリの言葉を精査してみれば、相手はどうやら、貴族としての対応を求めているようだ。
……乗る以外に、道はない。
これがイベントだというのであれば、これはすでに始まっている。シナリオに沿って行動しなければ、いつまでも客は追い出されっぱなし。営業もままならないだろう。
それは流石に、看過出来ない。
「――そいつは失礼した」
それだけを言うと、アースはそのまま対面の席に座る。その斜め後ろには、何も言わずにクレミーが控えた。
もっとも、言葉がないだけ。いつでも武器を取り出せるように準備と敵意だけは腹の中に整え、笑顔で立っている。
そんな彼女の雰囲気を察していないのか、それとも度胸があるのか。カネンリの護衛は表情を変えずに佇んでいる。
笑顔なのは、カネンリ1人だけだ。
「『ケケケ、最初からそうしていれば良かったものを……まぁ良かろう。
さて、貴族であれば時候の挨拶でも最初に交わすのが習わしじゃが、お主にそんなものを求めてもどうしようもないじゃろうな』」
「俺がそんな事するような奴に見えるか?」
「『とてもそうは見えんのう……では、本題じゃ』」
そう言うと、カネンリは懐から一枚の紙を取り出す。
どうやらそれは契約書のようだ。置かれたものを手に取りサラリと読んでみれば、先程言ったのと同じような内容。
ざっくり言って仕舞えば、『それなりに良い値を付けてやるから、従業員ほっぽってこの店を明渡せ』という内容だ。
「『言うたように、儂にはこの店を買う準備がある。必要であるならば、もっと金を用意してやっても構わぬが?』」
「何度言ったら分かんだ。こっちは売る気はない。譲歩して譲った所で、こんな条件じゃ売るわけねぇだろう」
契約書を投げ捨てるように目の前に放る。
いくらこれがゲームだったとしても、いや、リアルでの顔を本来見せないリアルだからこそ、信用というものは何よりも大事なのだ。
目先の利益を考えて売っぱらえば、プレイヤーから冷たい視線を受けるのは目に見えている。
――そして何より、これがこのイベントでの『正解』だろう、とも思っていた。
このイベントの結末がどのようなものか知らないが、『売ります』と言った所で、〝偶然〟何かが起こってそうはいかなくなるか、イベント自体が止まる。
この世界は、劇的な展開を求めているのだから。
「『ほほう、それは困ったのう……では、こちらもそれなりの対処をしなければなるまい』」
困ったと言いながらも全く困った様子を見せないカネンリはそう言うと、チラリと視線をそらす。
従業員の中にいるプレイヤー――ブロッサムとナンリを。
「……うちの従業員が、何かしたか?」
アースの低い声に、カネンリはケラケラと笑う。
「『いやいや、大した事ではない。
だがなぁ、ここの従業員が儂の部下を殺したという噂が流れておってのう』」
――空気が凍りつく。
言い掛かりだが、しかしその言い掛かりの内容が内容なのだ。言われた本人であろうブロッサムとナンリは、顔面蒼白になる。
NPCを殺害する。
確かにそれは、プレイヤーには可能だ。
しかしそれはあくまで、エネミーやモンスターを『NPC』の括りに収めたら、という話になる。
通常の、街にいるようなNPCを殺す事は、システム上許されない。
フィールドやダンジョンといった戦闘区域以外ではそれこそ、イベントの時でなければアーツは発動しないし、攻撃してもダメージは与えられない。
戦闘区域であったとしても、通常NPCは基本的にシステム側から守られている。運営の意図的なものでない限り、不死の存在だ。
つまり、彼の言っている事はまるっきり言い掛かりだ。
「……話が見えねぇな。
開拓者が、一般人を傷つける事が出来ないというのは分かっているはずだ」
「『ケケケ、それはどうかのう。
お主ら開拓者は儂らと違い強い戦闘能力を身につけておる。そこら辺の者を殺めるなど、赤子の手を捻るが如しじゃろう』」
「話をそらすな。俺らには〝出来ない〟って言ってんだ」
メタ発言はすぐに訂正されるか、ループに入り込むだけだ。アースは慎重に言葉を選びながらも、老人の言葉を否定する。
――それでも、妙な違和感があった。
老人の表情から、その事実に確信を持っている事は、間違いないだろう。歪曲的な言い方で誤魔化しているが、これはもはや断言に近い。
しかし、プレイヤーがNPCを故意に殺す事が出来ないのも、また事実。
明らかに矛盾しているはずなのに、老人は余裕の笑みを崩すような事はしなかった。
「『おやおや、それは妙な話じゃ。実際儂は聞いておるんじゃがのう。
儂の部下――〈バルカス〉が、【シーフ・ロード】で殺されたとな』」
◇
「そ、そんな筈がありません!」
衝撃的な言葉に、思わずブロッサムは叫んだ。
「〈バルカス〉は盗賊の長だったんです!」
「そ、そうです! 間違いありません!」
ブロッサムとナンリの悲鳴にも似た言葉に、カネンリは鼻を鳴らす。
「『まぁお主の言い分ではそうなのだろう。
しかしたった2人の従業員、しかもならず者の集まりである開拓者の言葉を、司法がどう受け取るかは分からぬなぁ』」
その言葉にさらに言葉を重ねようとしたブロッサム達を、あげられたアースの手が止める。
「……証拠は?」
「『証拠、とな?』」
「誤魔化すな。それはあくまで噂なんだろう? 証拠が無ければ司法だって動かない筈だ。
そんな勘違いで、俺らを脅して何になるんだ?」
あくまでカネンリは、『噂がある』としか言っていない。本人もそれに関して直接的な追求をする気がないらしい、というのも理解出来る。
そんなアースの言葉に、カネンリは下品な笑い声をあげる。
「『ケケケ、そうじゃ、あくまでこれは『噂』じゃ。しかし、噂とは商売では恐ろしいものというのは、お主もよう分かっておろう。
例えばそう――取引先が手を引くという事もあるだろうのう』」
「――――――」
その言葉に、ハッとさせられた従業員もいる。
ここ最近、NPCが運営する店からの取引がいくつか、急に行われないようになったのはそういう事だったのだと。
「『もしそのような状況が続けば、経営困難になる事は目に見えておる。
まぁ噂があるとはいえ、儂とて鬼ではない。今のうちに店を手放し、このような噂話が広がっている街から手を引くのも、手かと思うがのう』」
――やられた。
ブロッサムは心の中でそう思いながら、緊張でかじかむ手を握りこむ。
このようなシナリオが組み込まれているイベントには、いくつかのトリガーが設定されている。
プレイヤーがその行動を行う事によって、そのプレイヤーの元にイベントが発生する。これが、基本的な法則だ。
トリガーが判明しているイベントから、そうではないイベントまで数多く存在するし、トリガーを踏まなければ害はない。
だがトリガーを踏んでしまえば、基本的に逃れる術はない。
店のオーナーが、〈貴族位叙任証明書〉を持っている事。
店員として登録されているプレイヤーが盗賊長を倒す事。
その他幾つかトリガーはあったのだろうが、今回はこの二つが、このイベント発生の呼び水になったのだ。
勿論、このまま店を放棄すれば、イベントになる事もない“かも”しれない。それでも、“かも”、可能性があるかないかというものだ。
……皆に迷惑をかけてしまっている。
その罪悪感のせいで、ブロッサムの心は冷え上がり、体の熱まで奪っていく。
「……で?」
そんな嫌な空気が流れているはずの店内で、アースの口調はいつも通りだった。いや、いつもよりテキトーだと言っても良い。
「話は終わりか? だったら、とっとと店を出てって貰えると助かるな。
こっちはまだ、営業時間が終わってないんだ」
「『ケケケッ、話を理解しておらんようじゃな。儂は善意で言っておるのに――』」
「知ってるか? 親切ってのは押し付けると『大きなお世話』になるんだぜ」
コートをはためかせ立ち上がる。
そこには、もはや先程までの少々動揺したアースの姿はない。かと言って、諦めなどの暗い感情も浮かんでいない。
覚悟にも似た強い光と、相手への強い敵意があった。
「仮に、仮にだ。その噂とやらが本当だったとして。
俺はテメェのような奴に何かを譲る気はない。身内がやった事を恥じる気もねぇし、テメェみたいな輩にへぇこら頭下げる気もねぇ。
――とっとと俺の城から出て行け。その皺だらけの首が大事ならな」
熱い濃霧にも似た殺気に、カネンリの護衛が反応する。腰に携えている剣に、手が伸びたのだ。
もっとも、寸前で手は虚空に静止する。
当然だ――それ以上の殺気がメイドから放たれていては、まともに動く気力すら無くしてしまうだろう。
「『ハァ……同意を得られなくて残念じゃ』」
それを手を動かし開放すると、カネンリは大きく溜息を吐きながら立ち上がった。
「『まこと、残念じゃ。このような良い店が潰れていくのを見る事になろうとはのう』」
「そうなるかどうかは、これから次第だな」
「『ケケッ、然り然り。しかし、』」
ゆっくりと出入り口に向かうカネンリが、背中越しにこぼす。
「『世の中どうなるかは分からんものよ……【ピリッヅ・フォレスト】の二の舞に《・・・・・》ならなければ良いのう』」
そう言うと、ケケケと引きつったような笑い声を上げながら、カネンリは店から出ていった。
次回、3月3日にお会いしましょう。
どうかこれからもご贔屓に。




