13 不気味な変化
「はっ、えっ、ちょ、なんですって!? 捨てる!?
冗談はその格好か、相反する純情さだけにしてくださいご主人様!」
「誰の格好と純情さが冗談だって!? つうか、純情言うな!!」
〈マジシャンズ・マッシュルーム〉達の奇声。
怒号のような戦闘の音。
そこに2人の夫婦漫才位のような応酬が加わって仕舞えば、まさしくカオスと言わざるを得ない状況が出来上がる。
もっとも、クレミーの絶叫は、理由あっての事だ。
それなりのアイテムを用意し、時間と人員を割いたアイテムを捨てる。
ゲームプレイヤー云々だけではない。店の経営者としても、また普通の社会人としても『あり得ない』という結論に至るのは、仕方のない話だ。
実際戦闘を行いながら聞いていたナンリ、まだプレイヤー歴の浅いブロッサムさえ、驚きの表情を浮かべていた。
ようは『ここまで来ておいてそれはないだろう』という話だ。それは、アース自身も分かっている。彼とて一端のプレイヤーなのだから。
しかし、敢えてそれを選ぶ必要性のある妙案が、彼の頭の中に浮かんでいた。
「しょうがないだろう――それが〈マジシャンズ・マッシュルーム〉を呼び寄せる原因なんだから!!」
「ハァ!?」
アースの明後日の方向へ向かうような解答に、クレミーは悲鳴のような声をあげる。
「ど、どうしてそうなるんですか!?」
「そうじゃなきゃモンスターがお前に集中している理由が説明出来ないんだよ!」
「そ、それは、ほら、私の方が《挑発系》スキルの性能が高いから」
「にしたって異常だろう、8:2でお前の方に集まるなんて、《挑発系》スキルカンストしてたってそういう風にはならねぇよ!」
「ほ、他に理由がある筈です! わざわざ捨てるなんて!」
クレミーの態度は頑なだ。
〈椎茸モドキ〉は確かに重要だが、別の方法で手に入れられないアイテムではない。倍増しでプレイヤーから購入する事だって可能だ。
それでもこの方法を選んだのは、コスト面・効率面でこちらの方法の方が断然安価で、早く、同時に楽しいからだ。
別に深い拘りがあるわけではない。ただ、戦果をむざむざ捨ててしまうのを、惜しんでいるだけの話だ。
しかし、その“ただ”でデスペナを食らってしまっては、本末転倒だ。
(――ったく、仕方がねぇ)
アースは心の中で覚悟を決めて、口を開く。
「おい、クレミー、もしそれを捨てたら、
お前の言うこと、何でも一つ、聞いてやるよ!!」
ピクリッ、とクレミーの体が反応する。
その反応のせいで、目の前にいた数体の〈マジシャンズ・マッシュルーム〉が予想以上の吹き飛び方をしたのは、もはやご愛嬌だろう。
「……本当ですね?」
モンスターを戦斧で発生した風で巻き上げながら訊く。
「ああ、本当だ」
「何でも、と仰いましたね?」
〈マジシャンズ・マッシュルーム〉を両断しながら訊く。
「っ……ああ、言った」
少し躊躇しながら答えたアースに振り返りながら(それでもモンスターを蹴散らしながらなのは流石だ)、眩い笑顔で、さらに質問を繰り返す。
「つまり、普段ご主人様が恥ずかしがってさせてくださらない、街道でのイチャイチャや、夜の添い寝、いいえ、むしろ昼に膝枕をご主人様にしたり、触れる以上の濃厚なベーゼなど、各種様々な行為が可能に!?」
「何でだよ!? 一つだけだ一つだけ!!」
……別に、放送禁止用語のような危なっかしい言葉はどこにもないのに、妙に気恥ずかしい。
これが俗に『砂糖を吐き出したい』と言ってしまうような気分なのだろうか。そう思いながらも、ブロッサムとナンリは戦いに集中した。
そんな会話をしている今でもモンスターは待ってくれないし……何より、巻き込まれたくはない。
「とにかく、とっとと〈魔法の麻袋〉ごと放棄だ! それくらいなら、俺らだって普通に買えるだろうが!!」
「それもそうですね――では、」
片手でメニュー画面を操作すると、何もない空間から〈椎茸モドキ〉の入った〈魔法の麻袋〉が現出する。
「おっし、良いぞ!!
そのまま――採取ポイントの中心に向かって、投げろ」
一度決めれば、あとは簡単な話だった。
もはや、捨てるアイテムに未練など、あろう筈がない。アースの指示から1秒と掛からず、クレミーは片腕だけの膂力とは思えないほど勢いよく、〈麻袋〉を投げる。
袋が飛び上がったところで、アイテムとして作られているそれから、〈椎茸モドキ〉が溢れる事はない。袋は袋のまま、宙を飛ぶ。
しかし、効果は劇的だった。
「『キシャッ!?』」
「「キシャシャ!?」」
クレミーの周囲に溜まり続けていた〈マジシャンズ・マッシュルーム〉はその袋に視線を向けられるだけではない。
多くのモンスター達が、着地予定である採取ポイント中央に疾走したのだ。
最初に表現した波は、そのまま盆地のようになっている場所に溜まり、まるで雨水が用水路に流れ込むような勢いで渦を巻き始める。
――集まってしまえば、あとはアースがどうにでも出来る。
「〔――大地よ鳴動せよ、鳴らせ、揺らせ、我こそが大地の盟主、貴殿らの王〕」
呪文詠唱が、生まれぬはずの木霊を作る。目に見えぬはずの、巨力を生み出す。
「〔地に埋まりし精霊の王、地の底に眠りし太古の地母神よ、〕」
空気が変わった所で、〈マジシャンズ・マッシュルーム〉がその動きを止める事はない。
ただ漫然と、ただその本能に身を任せている。
それに、アースの魔術が牙を剥く。
文字通りの意味ではない。
アースから放たれた魔術は、
「〔その鉄槌を振り上げよ――《アース・オブ・クラッシャー》〕!!」
拳だった。
黒曜石のように黒々とした拳が、地面から放たれる。
もはや、地中から放たれる流星のようなものだ。その威力と範囲は絶大で、そこにいた〈マジシャンズ・マッシュルーム〉の大半が一瞬のうちに殺される。
あとは、
「おっしゃ皆、――逃げるぞ!!」
逃走しかない。
いくら大半のモンスターを倒せたとはいえ、こちらはリソースも含めかなりギリギリだ。
そんな中、戦闘など続けていられるはずもないのだ。
「ちょっ、ブロッサムちゃん早く、」
「待って、私そんなに早く走れない、」
「なんだったら背負って差し上げましょうか、ブロッサムさん」
「そ、それは流石に、」
「んな事良いからとっとと走れ!!」
逃走というには、あまりにも和気藹々としているが、結果として、彼らはうまく逃げ果せた。
――それを、
「――ちっ」
忌々しげに睨みつけている男がいる事を、誰1人として気付かなかった。
『今日は申し訳ありません、報酬はお支払いしますから』
そんな丁寧な申し出を、ブロッサムとナンリはこれまた丁寧に断った。
儲けとしては0どころかマイナスになってしまっている以上、そんな状態で金銭など貰えるはずもない。
それでもなお渡そうとするクレミーから逃げるようにして、2人は街に繰り出した。
とはいえ、ゲーム内時間でもそこそこ遅い時間といえばそうだ。店は殆どが閉まっており、買ってこれたのも、簡単なジュースを1本ずつ。
それを片手に、ブロッサムとナンリは【始まりの街】の中央広場に腰を下ろしていた。
地面に直接座り込むのはどうかとも思ったが、そこはゲーム。多少の汚れなど気にしなくなっている2人にしてみれば、今更な話だった。
「ふぅ、今日は本当に災難だったねぇ」
「そう、だね。ああいう事、本当にあるんだ」
2人で冷たい飲み物を口にしながら、疲れを蕩かすように溢す。
――だが、よく様子を伺ってみれば、その態度が少し違うのが分かるだろう。
ブロッサムはどちらかといえば、晴れやかな表情だ。
彼女にとってみればこれくらいの問題は、割りかしある話だ。
《嘲笑う鬼火》所属だからというのはあるが、この状況を彼女自身が楽しんでいるというのもあるだろう。
そこでナンリを見てみると、どこか表情は暗い。
まるで何かに対して落ち込んでいるようだが、ブロッサムには彼女がいったい何に落ち込んでいるのか、分かりはしなかった。
彼女の戦いの行動に、落ち度はなかった。クレミーやアースなどのトッププレイヤー達の足を引っ張る事もなかったし、ブロッサムとの連携も完璧だった。
いや、むしろ助けられた部分が大きかったように思える。
「ねぇ、何かあったの? もし何か気になっているなら、教えて欲しいんだけど……」
だから、ブロッサムは気になって、質問してしまった。
――そう、してしまった。
それが、ダメだったのかもしれない。
「……羨ましいな、って」
ナンリは一瞬躊躇いながらも、すぐに決意したように頷くと、ゆっくりと口を開く。
「ブロッサムちゃん、すぐに暴走に気づいたんでしょ? やっぱり、その才能は凄いなって」
「え、でも、あんなの偶然だから、」
たまたま、空気が変わったのを察しただけ。
たまたま、運が良かっただけ。
たまたま――。
そんなブロッサムの言葉を、ナンリは首を振って否定する。
「ううん、そんな事ないよ。
あんな風に気付けるのは、才能だと思う……私、全然そんな才能、ないから」
手元を見てみると、ナンリの手が小さく震えているのが分かった。
伏せた顔に浮かんでいるのは、
怒りなのか。
悲しみなのか。
それとも、悔しさなのか。
ブロッサムには伺い知る事は出来ない。
「……ナンリ、ちゃん?」
ブロッサムの戸惑いに、ナンリは答える事なく立ち上がった。
「……ごめん。今日は落ちるね、また明日」
せき立てられるようにそう言うと、彼女は燐光とともに、その場から消えていった。
「ナンリちゃん……」
――ブロッサムからすれば《・・・・・》あまりにも唐突な変化。
その理由が分かるのは、ほんの少し、先の話。
次回の投稿は、二月十一日を予定しております。
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