11 暴走
――菌糸の森と説明したが、ここは本当にそういう森だった。
【ピリッヅ・フォレスト】と呼ばれるフィールドは、道の草程度のものばかりではなく、森を形成する大木すら茸な森だ。
現実ではあり得ない幻想的な景色。胞子でも一斉に飛べば綺麗な雪景色にすら見えてしまうし、プレイヤーの多くに、『某国民的アニメ映画で出てきそう』と親しまれている。
しかし、親しまれているからと行って、そう簡単に徘徊できる程甘いフィールドでもない。
常時胞子や毒を吐き出されているこの森の中では、入っただけで〈毒〉のバッドステータスを与えられ、徐々に体力を奪われる。
ランクが低い者が何も対策せずに入れば、5分の1も探索せずに死ぬし、高ランクの者でも、何も対策しなければ戦闘で難儀する。
そこで必須となってくるのが、〈抗毒薬〉というアイテムだ。
毒に対する対処法の1つ。毒にかかってから治す〈解毒薬〉と違い、〈抗毒薬〉は毒にかかる耐性を上げる。
これを使う事により、プレイヤーは【ピリッヅ・フォレスト】を安全に歩ける。
勿論、完全な耐性を得る為の薬は高く、安価な物は効果時間が短く、効果そのものも薄い。
そんな面倒な事をしなければいけない森ではあるが、しかし収穫は大きい。
まず、よっぽどレアリティが高い物でも無い限り、茸系アイテムはここで殆ど揃えることが可能なのだ。
料理、薬だけではなく、幅広い用途がある茸系アイテムは需要があるし、物によっては高く取引される。
〈抗毒薬〉などの諸経費を引いたところで、利益は大きいのだ。
「えぇっと、ここが良さそうですね」
そう言ってクレミーが指し示した場所を覗く。
菌糸の巨大な木々(茸?)が避け、不自然に円形の広場が形成されている。
採取そのものはどこでも可能だが、採取スキルを持っていないプレイヤー向けに、このような採取用の場所が設けられているのだ。
「探すのは、えっと……〈エドデス・マッシュルーム〉ですっけ?」
「そうそう、通称〈椎茸モドキ〉な」
なんて身も蓋もない通称なんだろうか。
最初にその通称を聞いた時と同じように苦笑いを浮かべると、アースは鼻で溜息を吐いた。
「形、匂い、さらに味まで椎茸なんだからどうしようもない。おかげで和食や出汁に使えるのは良いんだがな。
ったく、あいかわらずここの運営は、何を考えているのか分からん」
言葉そのものは忌々しげではあるが、その内実は他のプレイヤーと大して変わらないだろう。
つまり『面白けりゃなんでも良い、もっとやれ』という意味だ。
「まぁ、運営側も狙っているでしょうしね……さ、さっさと集めてしまいましょう。これを使えば、それなりの分量を確保することが可能ですし」
クレミーの手に握られているのは、そこそこの大きさのある麻布だった。
〈魔法の麻布〉という、Ⅶランク相当の収納アイテムだ。
アイテムボックスの補佐として作られたそれは、高いランクのお陰で、アイテムボックス以上の収納能力を持っている。
しかもこの収納アイテムそのものもアイテムボックスに入れられ、そうすれば膨大なアイテムが1スロット埋めるだけに収められるのだ。
採取には必須アイテムと言えるだろう。
これを持ってさえいれば、かなりの量の〈エドデス・マッシュルーム〉……通称〈椎茸モドキ〉を確保できるだろう。
この採取ポイントだけで取りきれないならば、他の採取ポイントに移動する。
素材アイテムもモンスターと同じく再出現するので、一巡してみればまた同じ素材アイテムが確保出来るだろう。
もっとも、たった1日分。それほどの量が必要とも思えないが、貰えるものは貰っておこうという発想なのだろう。
「では、皆さん始めましょう!」
その言葉を合図に、アースやナンリ、そしてブロッサムは動き始めた。
そこからの行程に、ドラマ性など存在しない。
そもそも、茸を取って袋に入れ、別の採取ポイントに移動して取る、の繰り返しだ。
そんな所にドラマが発生するはずもなく、4人は黙々と〈椎茸モドキ〉を採取する作業を続けていた。
もはや、〈エドデス・マッシュルーム〉を〈椎茸モドキ〉と呼ぶことに抵抗感はない。
何せ見た目も匂いも味も椎茸そのもの、しかもそれを何十個も見つめていれば、耐性というか、どうでも良いという感情を伴った飽きのようなものまでやってくる。
人間、1つのものを延々と見ていれば、そうなってしまうのも頷けるというものだ。
〈魔法の麻袋〉が満杯になる頃には、ブロッサムとナンリは椎茸など二度と見たくないと思うようになっていた。
慣れているトッププレイヤー2人ですら微妙な表情を浮かべていた。
だが、そういう意味では採取は順調だった。
〈椎茸モドキ〉はレア度が高過ぎるというものでもない。様々な種類のキノコが群生している中から見つけ出すのは確かに手間だが、それもほんの少々といったところ。
採取は順調だった。
……問題は、採取の後だと言えるだろう。
「さて、これで全部ですね、これで帰れば、任務完了です」
「はぁ、やっとですか……言いたくありませんが、随分な量ですよね」
ナンリの疲労混じりの言葉に、クレミーは笑みを崩さない。
「色々なものに使いますし、乾燥させてから煮物の出汁に使ったりもしますので、それなりの量でしたね。
さぁ、ご主人様……帰ったら、疲れを揉みほぐして差し上げますわ」
「下品な発言すんな!……まぁ、マッサージくらいは頼もうかな」
「オーナーとメイド長は、本当に仲良しですねぇ。
じゃあブロッサムちゃん、時間があるし今度こそ街の中を――って、どうしたの?」
歩き始めた3人と違って、ブロッサムは何故か森の奥をじっと見つめていた。仕舞っていたはずの武器を腰に下げ、まるで食い入るように見つめている。
その姿を見てから、その場の空気が変わった。
クレミーがブロッサムと同じ位置に移動し、同じように武器を取り出したのだ。
「え、ちょっと、本当にどうしたんですか? なんなんですか?」
「……あぁ、これは、そっか。本職の壁職にしか分からないか」
混乱するナンリの隣で、アースがどこか納得したように頷いた。
この世界のリアリティは、常軌を逸している部分がある。
視覚的・聴覚的感覚だけではない、嗅覚、味覚、触覚的感覚に至るまで、まるで本当に架空の存在が実在するような錯覚を与えてくれる。
そしてそのリアリティは、――第六感的な感覚にも影響を与えていた。
勿論、第六感をそのまま刺激するような技術力はない。挑発系スキルのような軽い意識操作ならさておき、現代においてもそこまでの技術力はない。
この世界で言う所の第六感は、ようは五感の総合的結果として『なんとなく嫌な感じがする』というものだ。
景色に若干の暗さを覚える。
静かすぎて耳鳴りを感じる。
生理的に嫌悪する匂いがある。
舌の上に痺れるような感覚。
粘っこい空気が肌を撫でる。
1つであれば見逃す程度の微妙な変化。そのような意味での『空気を読む』事も、また腕の立つプレイヤーになる上で必須のプレイヤースキルだ。
「――つい最近まで初心者だった割に、筋が良いですね、ブロッサムさんは」
巨大な戦斧が、多くの空気を巻き込みながら振るわれ、その刃は矛先を森の奥に向けられている。
そんな姿を横目で確認しながら、ブロッサムもまた、〈ベヒモス・ハンマー〉を構え直し、その切っ先を森の中に向ける。
「なんとなく、です。なんか、ちょっと『静か過ぎる』と思っただけです」
菌糸の森、毒が振り撒かれる、奇怪の樹海。
しかしそんな森であっても、森なのだから絶えず音はしていた。
遠くの場所でプレイヤーがモンスターと戦っている音、設定された自然音。モンスターが再出現して、意味なく発する奇声。
そのような様々な〝音〟が消え、ブロッサムは不審に思ったのだ。
「いいえ、その〝なんとなく〟が重要なのです……フフッ、《嘲笑う鬼火》の皆さんが貴女を大事にする理由が、少し分かった気がしますわ」
その笑顔が、クレミーの最期の〝いつも通り〟だった。
「『キシキシキシッ!!』」
森の中から、1匹の〈マジシャンズ・マッシュルーム〉が飛び出してくる。
……いいや、それだけではない。それを契機にしたかのように、
「『キシシッ!』」
1匹が2匹に、
「『キシャシャッ!!』」
2匹が4匹に、
「『キシャーッ』」
4匹が8匹に、
次々と、次々と。
次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と!!!!
鼠算式という言葉が紙切れのように、〈マジシャンズ・マッシュルーム〉が、勢いよく菌糸の樹海から溢れ出てくる。
数こそ暴力。
その言葉を体現するような、まさしく暴力的な数だった。
「ッ――全員、警戒してください!!
暴走ですわ」
――暴走。
再出現の周期を無視しし、大量繁殖するモンスターを表現したその言葉は、その言葉通りの姿だった。
次回の投稿は、二月五日を予定しております。
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