6 でんせつのぶきや
「おう、時間ぴったりだな――」
現実の時間では既に学校が終わり、食事も済ませた午後7時。約束した通り城前広場で待っていたトーマがこちらを見ると、最初に浮かんだ笑顔はすぐに怪訝なものになった。
「どうしましたトーマさん、私の顔に何か付いてますか?」
「……ああ、いや、気にするな――現実の事は詮索しちゃなんねぇしな」
「?」
最後の言葉だけごにょごにょと尻すぼみになってしまったが、それをあえて聞き返す事はしなかった。聞こえませんでした、なんて失礼だと思ったからだ。
そんな桜――いいやブロッサムの表情をもう一度確認して、トーマは笑みを浮かべた。
「さて、今日は昨日話していた通り、まずは装備を揃えにゃならない!」
「はい、そうでしたよね!――えっと、武器と、防具、それにアクセサリー? でしたっけ?」
武器、防具は説明されずとも分かる。自分が取得したスキルに合わせた武器と装備を手に入れるだけで十分だ。
しかし、アクセサリーが未だに分かっていない。
「でも、ゲームでアクセサリーって……オシャレすると、何か変わるんですか?」
ブロッサムのキョトン顔に、「ああ、まぁそう思うよな」とトーマがこぼすと、改めて説明を始める。
「まぁオシャレ目的で装備やアクセサリーを作ったり付けたりする人間はいないでもないが、アクセサリーってのは結構重要だ。
アクセサリーによっては微々たるものながら、ステータスの上昇効果やスキルに関係するものまである。重要度は低いが、無視もし辛い」
「? 微々たるもの、なら、あまり必要ないんじゃ?」
「そうでもない。戦闘ってのはほんの少しの違いで優劣が決まる。
現実のでもそうだが、この【ファンタジア・ゲート】じゃスキルランクが一つ違うだけで大きな違いが生まれる場合も多い。微々たるものを無視して痛い目見るのさ」
ほんの些細な問題でも、見過ごしてはいけないのか。
その言葉にフンフンと訳知り顔で頷いたブロッサムは、ふと思い出したかのように硬直する。
「先生! 大変な事に気付きました!!」
「おう、なんだねブロッサム生徒」
「――私お金あんまりないかもしれません!」
買い物が出来るとウキウキしていた所為で、すっかり失念していた。
今の自分には、初期費用から服を買った所為で減っている900M強しか残っていない。武器や防具の相場がどれほどの物なのか分かっていないが、多くはないのだろう。
そうなると、アクセサリーなんて余分な物を簡単に買う事は出来ないだろう。
むしろ普通のRPGなら、武器を買うだけで終わってしまう可能性もある。
「なんだよ、気付かずに昨日は買い物OKしたのか?」
「はい、つい……どうしましょう。まずはお金を稼ぐところから始めますか?」
ブロッサムの不安そうな顔に、トーマがいつも通り苦笑いを浮かべる。
「いや、その心配はいらない。別にお前から金を取ろうと思っていたわけじゃないからな……」
「でも、奢りはダメです! もうすっかり頼り切ってしまっっているのに、これ以上トーマさんに頼っては、」
「ああ、違う違う。別にこっちが懐を痛めるって話じゃないから」
懐を傷めないけど、自分の買い物は済ませる。
分かるような分からないような言い回しに、ブロッサムは思わず首をかしげた。
「まぁ、これだけじゃ分からないよな……取り敢えず行こう」
そう言って歩き始めるトーマの背中を、慌てて追い掛ける。
「ど、どこにですか?」
なんとか隣に並んで見ると、トーマは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「喜べブロッサム――お前を伝説の武器屋に連れてってやる」
連れて来られた建物を一言で簡潔に説明するなら――掘建て小屋だ。
それほど丁寧に作られたものではないと素人目で分かってしまうほど、屋根や壁に使われている木材はガタガタで、雨は凌げても風を凌げなさそうだ。
建っていれば良い、という条件しかクリアされていない。
どこかガタついているように見える扉の上には、これまた煤で薄汚れ、辛うじて【武器・防具店《何でも屋》】と読める看板が掲げられている。
「――トーマ先生」
「なんだ、ブロッサム生徒」
「ここ、本当に伝説の武器屋さんですか? 物置とかじゃなくてですか?」
「……お前、時々凄い酷い事言うよね」
「だって!」
――場所は【始まりの街】から少しだけ離れた所。どうやら街ではないものの、プレイヤーが土地や家屋を購入出来る非戦闘区域なのだそうだ。
そんな事は置いておいても、少なからずブロッサムは期待していたのだ。
ゲームでいう所の伝説の武器屋、しかもプレイ歴の長いトーマがいうのだから、きっと立派な店構えなのだろう……と勝手に想像したのも悪かったかもしれない。
「いや、大丈夫。これはゲームなんだから、外観は見窄らしくても中身が綺麗ってのは結構あるから。
ボロでも、都市襲撃レイドでもない限り支障はないしな」
「とししゅうげきれいど、ってのは分かりませんが、それにしても……本当にやってるんですか?」
「ああ、やってるよ」
そう言って指を指されてみれば、ドアにはこれまた小さな看板が書かれており、『お〜ぷん』とどこか気の抜けた文字で書かれている。
「………………」
「明らかに信用してない顔でこっちを見んなよ。大丈夫だから、怪しい場所じゃないから!」
そう言うと、トーマは今にも壊れそうな扉を勢いよく開ける
――言っていた通り、内装そのものは綺麗なものだった。しかも、外観よりもずっと広く見える。
しっかりとワックスをかけられている床や壁は黒ずんだ外観とは違い、淡い木目を見せ、埃一つ落ちていない。
店の壁やショーウィンドウには剣や槍といった様々な武器、金属鎧から黒い光沢を持った革鎧まで、総監と言えるほど大量に並べられている。
しかも無造作のようでいて、雑多さは感じられない。
武器や鎧の種別毎に並べられて、値札や商品の形状が見やすいように並べられているそれは、ちょっとしたブランドショップにも負けていないだろう。
「ワァ――本当に綺麗ですね」
「だろ?」
さっきの困惑は何処へやら、興味津々に周囲を見渡している隣で、あまり関係のないトーマは何故か自慢げだ。
「ここの店主の主義でな。
店の外観に気を取られて避けるような客に自分の作った一品を売りたくないんだと」
「そうだったんですか……ハッ、でもそうしたら私は!?」
「ハハッ、ブロッサムは初心者だし、流石に大目に見てくれるだろうよ」
笑いながらそう言うと、トーマはカウンターの前に立っている店員の元へ近づいていく。
店員は、小学生にも見える少年だった。灰色に、浅黒い肌。やんちゃ坊主にも見える鋭い紅い目は、子供とはいえ自己主張の激しさを映し出しているようだ。
ぱっと見は普通の人間と変わらない。しかし、額の中央から生えている小さな角と頭上に浮かぶ黒いネームタグが、彼をNPCだと証明していた。
「おう、ウリー。調子はどうだ」
「『あれ、トーマさんじゃないですか! こんにちは!』」
「相変わらず閑古鳥が鳴いてるな、この店は」
ずいぶん曖昧な言い回しだ。これではNPCは反応しないのではないか。そんなブロッサムの不安は、店番NPCの親しげな笑みで搔き消える。
「『アハハ、やっぱりそう思います? うちの親方、全然店の経営とか気にしないんですもん……まぁオレとしては、お給料さえ出してくれれば気にしないんですけどね』」
決まった語句を使うわけでもなく、普通のPCと同じように話し始める。そんな彼は少しトーマに笑みを浮かべると、今度は驚いているブロッサムに目を向けた。
「『トーマさん、こちらの方は?』」
「ああ、俺の……まぁ、教え子みたいなもんだ。初心者だから、武器と防具を見繕いにな」
「は、初めまして! ブロッサムです!」
勢い良く頭を下げると、少年は気の強そうな容姿に反して、人懐っこそうにクスクスと笑う。
「『初めましてブロッサムさん。新しい開拓者さんですか、この店にはあまり来ないので、新鮮です!』」
「?」
開拓者という聞き慣れない言葉にトーマを見ると、トーマは訳知り顔で話し始める。
「プレイヤーの通称だ。この世界じゃ、俺達は新大陸を開拓している開拓者で、普通の人間の事は【人間族】、新大陸に住んでいる現地人を【異種族】って呼ぶ。
まぁ、演出みたいなもんだ」
なるほどと頷いていると、早速ウリーと呼ばれたNPCは営業トークを始める。
「『うちは初心者さん向けから熟練者さん向けまで、幅広い商品を取り揃えています。種類は豊富で、どんなスキル持ちにも対応可能。ご予算のご都合などあればユニーク装備や、全てをお客様に合わせてのオーダーメイドも自由に、』」
「いや、ウリー。気持ちは嬉しいんだが、今日は仁王に見繕ってもらおうと思うんだ」
「………………」
調子よく喋っていたウリーが、トーマの言葉で静止する。
そのまま数秒笑顔で固まっていると、
「『――なかなかこの店にいらっしゃらない新人ですので、オレの方から親方説得して値引きを、』」
と何もなかったかの如く話を進め始めた。
「お〜い、ウリー。話聞けっつの」
軽くトーマが小突くと、笑顔でどこか大人びた表情だったウリーの表情が一変、不貞腐れた子供そのものの表情になる。
「『だって店に来る人いっつも、親方に取り次いでくれ、って言うだけでオレ全然いる意味ないんですもん。
せっかく親方の元で徒弟になれたってのに、オレ眼中になし! 流石に凹みますよ!』」
まるで人間と同じような反応に驚愕していると、トーマは苦笑しながらカウンターの上に膝をつく。
「そう言いなさなって、ちょいと事情があるんだよ」
「『何ですか事情って……』」
「ちょっと耳貸せ」
そう言うと、ウリーの耳元で話し始める。距離はそれほどないが声が小さいせいなので、何か話しているという事は分かっても、何を話しているかは分からない。
ウリーは最初はそれに耳を傾け不満そうにしているだけだったが、自然と目を見開き「『えぇ!?』」「『いやでもそれって!?』」「『そうだとしたら……』」と反応する。
驚愕、困惑、若干納得と、表情はサイコロのように様変わりし、最後には満面の笑みを浮かべている。
「『そういう事情があるなら了解しました! すぐに親方を呼んできます!』」
それだけ元気良く言うと、店の奥に続く扉に走って行ってしまった。
「……トーマさん、何を言ったんですか? 随分ウリーくんの態度が変わったように思いましたけど?」
その言葉に、トーマは一瞬どうしようか考えるそぶりを見せたが、すぐに誤魔化すような笑みに変わる。
「別に。悪い話じゃねぇから、心配するな」
そういう意味で聞いたわけではなかったのに……少し不審に思いながらも、ブロッサムは敢えて聞かなかった。もしかしたらゲーム初心者の自分には、理解出来ない話かもしれないから。
「にしても、ウリーくん、まるで普通の人間でしたね」
「何言ってんだ。このゲームの中じゃ、割と普通にいる有角人種だぞ。あからさまに人間じゃねぇだろ」
「いや、そうじゃなくて……まるで普通の人間と同じ話し方でした」
話し方だけではない。表情も雰囲気も、曖昧な話の脈絡を掴んだり、おまけに拗ねて冗談まで言う。
街で普通に歩いているNPCとは違う、自分の知らないワードには壊れたラジオのように話す彼らとは。
トーマは「ああ、確かに」と納得する。
「そうだな、俺も技術的な事には疎いんだが……通常のNPCってのには、AIが実装されているんだが、そのAIにも3種類あるそうだ。
テンプレートな言葉と簡単なやりとりしか出来ない物をベースに、さらに上の処理能力を持っているのが二つ」
「つまり、使っているAIが違えば」
「簡単に言っちまえばな。
街なんかにいる重要度の低いNPCに処理能力を割かない。その代わり、徒弟やメイドなんかの、長時間人と触れ合う必要のあるNPC。
それにイベントエネミーや、かなり少数のNPCが上位の物をって話だ」
なるほど。つまり、必要なNPCに必要なリソースを割いていると言うことか。
「だから街の人は、たまに不自然な答えを返すんですね」
「そそ。事務的な部分を担っているNPCが無駄に人間らしくなってもどうしようもない。
あぁ、ちなみにモンスターやエネミーも似たような扱いだって思っておけ」
「……でも、なんか混乱しそう。こっちは普通の機械だけど、こっちはまるで人間みたい、とか……」
「こればっかりはそのうち慣れる、としか言えん。大半のプレイヤーはそれなりの人格しかない、重要度の低いNPCでも大切にする。逆もまた然り、だな」
NPC……自分から見れば人間ではない人達を大切にする。
その発想に、「もしかしたら、物を大切にしたり、木に話しかける人とあんまり変わらないのかな……」と自分なりに決着をつけながら頷く。
「そう。ちなみにうちのウリーはそれなりに優秀だ。別にゲームだからって差別しているつもりはないぜ」
「そうですよ…ね…?」
不意に掛かった声は、さっきまで話していたトーマの声とは違い、酒焼けしたような豪快な声色だった。
声のした方、カウンターの向こうを見て見れば、そこにはこの場にはいなかった第四の人物が立っていた。
年齢を感じさせる真っ白な髪の毛、同じ色合いの髭が口の周りに生え、細かいシワがよっているその顔は四十代、白髪も足して50代そこそこに見える。
しかし、タンクトップなどの薄着をしているその体は筋骨隆々。まるでボディービルダーのような豪快さはないが、実用的な力を生み出す筋肉の密度は高い。
職人。
男は全身にそう感じさせる威風を感じさせていた。
次回の投稿は11月4日の0時に行います。
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