10 お使いクエスト
「ハァ!!」
菌糸の森の中で、巨大な轟音と、女性の気合いを入れる声が木霊する。
「『キシキシッ』」
その攻撃に晒されたのは、茸の姿を取ったモンスター。古い大作RPGで登場する茸に手足が生えたようなモンスター。
〈マジシャンズ・マッシュルーム〉。名前的にギリギリではあるが、毒系の《魔術》スキルを使用する、厄介なモンスター。
《魔術》スキルを使えるのに〝モンスター〟認定されているのはどうなんだろう、とも思わなくはない。しかし、そこは今重要ではない。
なにせ〈マジシャンズ・マッシュルーム〉はあっと言う間に、女性――クレミーの攻撃であっさりと両断されたのだ。
しかも、纏めて2匹も。
「ふぅ、まぁ、こんなものでしょう」
疲れすら見せず、クレミーは柔和な笑みを浮かべて振り返った。
服装は、店で見るメイド服とほとんど変わらない。せいぜい、両腕と両脚に金属系防具をつけている程度だろう。
一番変化しているのは、当然武器を持っていると言うことだろう。
――巨大な戦斧。
それなりに身長が高いクレミーどころか、下手をすればブロッサムの知っている1番大きなビックマウンテンすら超えてしまう大きさの物だ。
それを、彼女は軽々と持ち上げ、雑魚モンスターを一掃し続けている。
ブロッサムとナンリは、出番すら与えられない。
「えっと、良いんでしょうか? 私達別にいらなかったような気も……」
どんどんと進み続けるクレミーの背中を見ながら、ブロッサムは隣を歩くアースに話しかけた。
「ん? あぁ、良いんだよ、久しぶりに戦闘出来て、あいつも気が晴れるだろう。
そもそも、お前らには戦闘面っていうより、素材取りの頭数として呼んだだけだからさ」
言葉遣いこそ荒っぽいが、穏やかな語調で答えられた言葉に、ブロッサムをナンリは何度か頷いた。
この【ファンタジア・ゲート】の素材アイテムは、基本的に誰にでも採取可能だ。
〈採取〉系スキルは存在するものの、それは採取困難なアイテムの出現率を上げたり、採取を効率良くしてくれるだけのものだ。
その活動を主にしているプレイヤーならばいざ知らず、戦闘をメインにしているプレイヤーには取得していないものも多いし、普通のプレイヤーでもランクは高くはない。
そんな戦闘系プレイヤーが素材の“数”に拘る時、人海戦術が1番やり易い。
「特に、今回はまた業者が切り替わるまでの間の、繋ぎみたいなもんだからな。多少の数揃えば、問題ないのさ」
「そうなんですか……そもそも、なんでNPCが商品をくれなくなったんですか? 何か理由とか、」
「あぁ〜……それが、よく分からないんだよなぁ。
いきなり契約打ち切られてさぁ。返金はされたんだが、交渉も何も通用しなかった……もしかしたら、何かあったのかもな」
NPC系のショップは使い勝手がいい分、いくつかのデメリットが存在する。
品質もそこそこ程度だというのもそうだが、1番大きいのは『イベントに影響されやすい』点だろう。
都市ぐるみなどで行われるイベントで店の経営状況や、営業形態そのものが変わる場合もある。季節ごとのイベントが良い例だろう。
つまり、これも何かイベントの兆候の可能性があるのだ。
「まぁ他の奴から情報を仕入れないとダメだなぁ。イベントなんだとしたら、対応が必要だし」
「詳細は分からないんですか?」
「予想は出来るけど……ま、こればっかりは攻略サイトも信憑性が薄い。情報交換も、どこまで正解かわからないしなぁ」
トッププレイヤーであるはずのアースの表情は、少々曇っている。それほど、運営の動きは予想出来ないという事だろう。
「フゥ……ご主人様、申し訳ありませんが、交代していただけます? ご主人様用に多めに集めてまいりましたから」
「ん? あぁ、了解」
流石に長い時間戦ってきたせいなのか、多少疲れたような姿を見せるクレミーとハイタッチすると、そのままアースが前に出る。
アースは話に聞けば、魔術師プレイヤー。
この世界は完全スキル制な所為か、魔術をメインにしているプレイヤーでも重装備にすることが出来るし、前衛職でも《魔術》スキルが利用出来る。
しかしそれはシステム的に出来るというだけで、魔術師プレイヤーとしてそれは邪道だ
技の威力をあげるための装備は布などで作られた軽装備が多く、メインにするならば、防御力は捨てて考えたほうが理想的だ。
だからこそ魔術師は、異常な程のランク差がなければ1人で戦うのに向かない。
――それでも、アースは1人だった。
装備の外見から見ても、防御力があるようには見えないのに、タンカーであるブロッサムを差し置いて先に歩き始める。
「ちょっ、アースさんまっ、」
慌てて戦鎚を持って前に乗り出そうとしたブロッサムを、クレミーの手が止める。
「ご心配には及びませんわ、ブロッサムさん」
「え、でも、」
「大丈夫です」
クレミーの言葉には、絶対の自信が籠っていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……あいつ、集めすぎだろ」
溜息を吐くアースの視線の先には、大量の《マジシャンズ・マッシュルーム》が屯していた。
森の中に走っている狭い道の中に、合計13匹。機動力がないクレミーにしては集め過ぎだ。
ところが、そんな風に言いながらも、彼の表情から余裕が無くなることはない。いつも通り、どこか不機嫌そうな顔で、キーキーと鳴くそれらを見るだけだ。
「さぁて、やるか――」
手を地面につける。
ただそれだけの動作で、指にはめられた幾つもの指輪――いいや、《魔術》スキルで発動させるアーツ威力や速度を向上させるアイテムが起動し、光り輝く。
「〔――大地よ鳴動せよ、我が盟主なり〕」
《マジシャンズ・マッシュルーム》がその行動を見て、行動を始める。
ある個体は意味不明な呪文を唱え、魔術の展開を始める。
またある個体は、物理的にアースを傷つけようと迫ってくる。
だが、呪文は短くて良い。
本職の魔術師プレイヤーであるアースのアーツは、そのように作られているものばかりだ。
「〔喰らえ――《クリーク・オブ・ファング》〕」
刹那。
たったそれだけの一瞬で、道が、いや、地形が変化する。
それはまるで、鋭い牙を生やした狼の顎。それが十数体の《マジシャンズ・マッシュルーム》を一気に飲み込んだ。
閉じられたそれは数回咀嚼すると、消滅エフェクトと、その数に見合っただけのドロップアイテムを彼のもとに届けると、そのまま何事もなかったように、元の地形に戻っていく。
「「………………」」
閉口して何も言えない、というのは、まさにこの事を指すのだろう。
確かに範囲攻撃は存在する。しかしここまで劇的な攻撃力と速度を持って展開される事は、滅多にないだろう。
あのマーリンであっても、それなりの威力を持った範囲魔術には、一定の詠唱時間を必要とするくらいだ。
それを一瞬、呼吸する気安さで放って見せたアースの姿は、先ほどの面倒臭そうな姿とは打って変わって、トッププレイヤーらしい姿と言えるだろう。
そして何よりその異常性を最初に指摘したのは、ブロッサムでもクレミーでもなく、平均的なプレイヤーとしての常識を持っているナンリだった。
「えっと、クレミーさん。普通地形を変える系の魔術って、相当手間がかかるはずなんですけど……」
「え、そうなの?」
ブロッサムの言葉に、ナンリは神妙な面持ちで答える。
「あのねブロッサムちゃん。地形や天気の操作っていうのは、普通GMの権限で行われたりするものであって、1プレイヤーが出来る事ではないんだよ。
一時的に雨を降らせたりってのは出来なくはないけど、それは魔術で雨雲を作る限定的なもので、しかも効果時間は短い」
その言葉に、なるほど、と心の中で首肯する。
地形や天気にそう簡単に干渉出来るものであってはいけない、という話だ。都合よくそのようなものが操作できてはゲームとしておかしいだろう。
「確かに、ナンリさんの言う通りです。
ですが、それはあくまで恒久的な変化という意味であって、一時的なものであれば仰る通り可能です。
ご主人様は、それを行なっているにすぎません」
ナンリの言葉を引き継ぐように、クレミーが説明を始める。
「地形や天気は、まったく変化しないわけではありません。このゲームはリアルさを求めていますから、例えばぬかるんだ道ならば足跡が残りますし、枝を折る事も可能です。
ただ、それらは一定時間が経過すると、自動で元の状態に復元されてしまいます。これが、地形や天気を変化させられない理由です。
……ですが、その修正が入る隙間時間を狙えれば、可能なんです」
「……アースさんの魔術は、つまりそういうものだって事ですか?」
「その通りです、ですから、ご主人様は詠唱短縮と瞬間的威力に注力するのです」
――口で言うだけで実現するなら、苦労はしない。
その修正がどれほどのタイミングで入るかなど、検証する人間は少ないだろう。何せ、そんな無駄な事をする必要性はないのだ。
《魔術》スキルをメインに育てるなら、それこそ普通に炎を出すなり、土に拘るならば、リコリッタがブロッサムにしたように、空中に岩を出現させれば良い。
難しい事を、〝わざわざ〟する必要性はないのだ。
……それを研究し、〝わざわざ〟やる。
その偏執性も、またトッププレイヤーの証明とも言えるだろう。
「お〜い、再出現する前に、とっとと採取場所に行こうぜ。こんな面倒はさくっと終わらせちまうのが、1番良いんだ」
「はい、承知いたしました」
アースの言葉に従って、前に出るクレミー。その横顔が、チラリとブロッサムの視界に入った。
紅潮した肌。口角が上がり、まるで自分のことを自慢するかのような、誇らしさと嬉しさが染み出した表情。
それはきっと、自分の主人の良さを自慢した事によって現れた感情なのだろう。
「凄いね……」
「うん、凄い……」
ナンリの言葉に同意するが、きっと意味は若干違うだろう。
アースの実力もそうだが、それ以上に、ブロッサムはあの2人の関係性に、凄まじさと、少々の羨ましさを感じていた。
次回の投稿は、二月二日を予定しております。
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