9 陽気な頃
「♪~」
昼休み、本来ならば賑やかな教室は、しかし今日はやや困惑の騒めきになっている。
それは当然だと言えるだろう。このクラスでも少々浮いているボッチである香納桜が、実に楽しそうに鼻歌を歌いながら、1人で昼食を取っているのだ。
そりゃあ、暗い性格ではないのは分かっている。
1人で楽しそうにしているわけではないものの、明るいし、必要に迫られ話しかけられるような時などは、物腰柔らかに話してくれる。
だが、こんな風にたった1人でニコニコしている程、つまり、一種バカのような陽気さはなかったはずだ。
何があったのか。
彼女に聞こえないように、小さな声で噂する中でも、桜は楽しそうにお弁当を食べていた。
高校に入って、初めての友達。それがゲーム内でのものだったとしても、桜にとっては嬉しいものだった。
勿論、友達が出来たという事実は、それだけでおさまる物でもないのだ。
――もしかしたら、自分は友達が出来ない人間じゃないか。
そのような不安すら心の奥に抱えていた桜からすれば、ちゃんと友達が出来たという事実そのものが大事なのだ。
クラス内でも、友達を作っていきたいし、これから先だって様々な状況が待っているだろう。
そんな中、自分はもしかしたらそういう意味では、全くの社会不適合者なのでは? という不安はあまりにも大きかった。
しかし、その考えは杞憂に過ぎなかった。
(ちゃんとお話しできるし、仲良くだって出来るんだ。頑張ればきっと、現実の中でだって上手くやっていけるかもしれない)
それだけの可能性が、今の桜には嬉しい。
誰に向けているわけでもない和かな笑みを浮かべながら、目の前にある小さなお弁当箱(2代目)の中から、ミートボールをフォークで突き刺し、口に運
「あ、あの、香納さん!」
「うひゃぁ!?」
かけられたいきなりの声に、思わず跳び上がり、その表紙にフォークに刺さったミートボールも飛び上がり、そのまま地面に無情にも転がっていった。
「あぁ! 私のミートボールがぁ!!」
「あぁ、すいません!!」
思わず2人してしゃがみこむが、洋風餡がかかっているミートボールでは、さすがに3秒ルールも適用出来ない。
そもそも、適用出来たとしても、あまり褒められたことではないが。
「うぅ、ミートボール……」
どこか口惜しそうにしながらも、ポケットに入っていたティッシュで包み始める。
「す、すいません、いきなり話しかけちゃって」
原因であるクラスメイトがワタワタしながら、申し訳なさそうに眉をひそめる。
「あ、ううん、別にいいの……で、どうしたの、難波さん」
――難波数葉。
大きめの眼鏡に黒い三つ編みという、よく言えば清楚、悪く言えば地味な少女。このクラスでは委員長を務めている。
このクラスでは地味な存在だが、桜と違って友達もいるし、委員長という立場上、桜とも話す機会は多い。
遠巻きにしない数少ないクラスメイトだ。
「え、えっと、提出用のノート、今回収してもいいかなって、」
どこか気まずそうに話す数葉に、桜はあぁと思い出す。そういえば、物理の先生がノート提出を要求していたのだった。
電子機器などが進化している現代においても、学生が扱うのはノートなどの普通の筆記用具なのだ。
「そういえばそうだったね。ちょっと待ってね」
そう言いながら、カバンの中からノートを取り出す。綺麗にまとめられたノートを、数葉に差し出した。
「はいこれ、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
ノートを受け取り、なんとなく見つめ合う。
見つめ合う。
……見つめ合う。
…………見つめ合う。
「……え、えぇっと、他に、何か用事なのかな?」
沈黙に耐えきれなくなり、桜は気まずそうに口を開く。
「あ、いいえ、特別な事はないんですけど……その、楽しそうだったから、何か良い事でもあったのかなぁって」
「ああ、」
そこでようやく、自分の様子が普段通りでない事に気づいて、なんとなく恥ずかしくなって首を竦める。
「べ、別に対した事じゃないけど、ゲームで良い事があって、」
ほんの少しゲームという話題を話して良いものか分からなかったので、声は自然と小さくなる。
桜の言葉に、数葉は得心いったと言わんばかりに、数葉が頷く。
「そうなんだ……わ、私ほら、ゲームとかよく分からないから、」
「あ、そうなんだぁ」
説明されなくても、少々納得してしまう。失礼な話だが、印象を裏切らない。
普段でもあまり積極的とは言いづらい彼女だ、もしかしたら、ゲームなどというものが好きではないのかもしれない。
……自分のことを棚に上げている事を実感しながら、桜は口を開く。
「私も最近始めたばっかりなんだけど、面白いよ?」
「そ、そうなんだ……わ、私には縁遠いなぁ、あはは」
どこか気まずそうに笑うと、彼女はその流れで桜から離れていってしまった。
簡単に言ってしまえば、ファーストコンタクト失敗である。ファーストではないが。
「むぅ……なかなか難しいなぁ」
自分の席に座り直してから、桜は小さく溜息をつく。
それなりに人と話すのは上手く出来るようになってきたが、まだまだ上手くいく事ばかりではない。
勿論、焦ってはいない。ゆっくり頑張っていけば良い話だ。
「よっし!」
気合の入れた声を上げると、桜は小さく声を上げてから、一個だけミートボールが無くなってしまった弁当を食べ始める。
「おかえりなさいませ、旦那様方! 空いているお席にどうぞ!」
お客の案内をするブロッサムの声は、いつも以上に元気そうで張りがある。
学校を終え、必要な事を済ませれば、あとは彼女の自由時間。その中で、ブロッサムは【喫茶・メイド亭】の仕事を楽しんでいた。
バイトとして金銭が発生するものだとは言え、あくまでこの世界はゲーム。それらの仕事に関しても、ある程度の娯楽性を感じるものだ。
特に、仲の良い友達が出来れば、尚更だろう。
「ふふ、今日はいつも以上に元気いっぱいだね、ブロッサムちゃん!」
近くでその様子を見ていたナンリが、ブロッサムの手が空いたのを見計らって話しかけてきた。そんな言葉に、ブロッサムは笑顔で答える。
「えへへ、そうだね! こんなに楽しくてお金も手に入るし、ナンリちゃんとも一緒だし」
「あはは、嬉しい事言ってくれるね。あ、じゃあ仕事終わったら、今度こそどこかに遊びに行こうか?」
「あ、良いね! 《クラン・食い倒れ》のお店に行かない? あそこのパフェが私好きで」
「あ、それは私も気になってたんだ!」
女子高生らしい会話、と言えばそうなるだろう。
ゲーム内なのもあって少々かけ離れたものなのかもしれないが、同じ年代の女の子が集まれば、自然とそのような空気は生まれる。
そんな会話をBGMに、微笑ましい気分で食事をしているお客も少なくはなかった。
「お二人とも、少々よろしいですか?」
そんな所に、妙齢の女性の声が入ってくる。この店の店長――否、メイド長であるクレミーだ。
「あ、すいませんメイド長、雑談なんかして、」
思わず姿勢が正される2人だったが、そんな2人の姿を、クレミーは微笑ましそうに見つめる。
「いいえ、大丈夫。貴女方の微笑ましいお話は、私達にも癒しになっていますわ。
それより、大変心苦しいんですが、お二人にお願いがありまして」
「お願い、ですか?」
クレミーは、心苦しいと言わんばかりに頷く。
「実は、昨日から材料などの補給をお願いしていたNPCショップから食材搬入がされていなくて。
今日の分は大丈夫ですし、他の食材などはプレイヤーの方に任せているんですが、何日か、業者を切り替える分を揃えなければいけないんです……」
――その話で、なんとなく先の話は読めた。
ようは、その食材を取りに行くのを、ブロッサムとナンリに任せたいのだろう。
「勿論、私とご主人様も行きますし、臨時報酬をご用意したいと思っているのですが、今日から出来ますでしょうか?」
「えっと……」
ブロッサムは視線を泳がせ、ナンリを見る。
つい先ほど、一緒に街を巡ってみようと言ったばかりだ。こんな状況で、自分が二つ返事で答えて良いものではないだろう。
そんなブロッサムの視線に、ナンリは苦笑しながらも頷いた。
「パフェはいつでも食べれるし、食材回収にも興味があるから、私は大丈夫だよ。そういうブロッサムちゃんは?」
「わ、私も興味があるかなっ」
ナンリも、それなりにこのゲーム世界を生きてきたプレイヤーの1人。戦闘が嫌いでもない彼女にとって、戦いも街巡りも一種の娯楽なのだ。
そして、ブロッサムも同じだった。いくつかクエストも経験してきたし、行った事があるフィールドも増えてきたものの、まだまだ彼女には知らない事が多い。
今回のこれも、良い経験になるだろう。
「快いお返事、ありがとうございます。では、シフトが終わったら行きましょう」
「はい、分かりました!
あっ、でもクレミーさんって、」
そこでブロッサムの言葉が止まった。
ブロッサムが見ているクレミーという人物は、『メイド』としての彼女であって、他の彼女を見たことがない。
ましてや、戦闘を行っている姿など、想像が出来ないのだ。
「うふふ、ブロッサムさんが困惑するのも、無理はありません。ここでの姿しか見ていなければ、私は生産系プレイヤーと同じに思えてしまうでしょう」
クレミーは穏やかな笑みを浮かべる。
だが、この店の何人が、その目に気付いただろうか。
トッププレイヤー特有の、怪しげな戦闘意欲が、彼女の目の中に灯ったのを。
「でも、ご主人様の身をお守りするのも、メイドの務めですから」
次回の投稿は、一月三十日を予定しております。
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