6 友達と強襲
遅くなって申し訳ありません、体調を崩していましたので。
では、本編をどうぞ!
「はい、ブロッサムちゃん。紅茶で良かったよね?」
「あ、はい、ありがとうございます」
ナンリから差し出された水筒を受け取りながら、ブロッサムは額に浮かんだ汗を拭う。
VRゲームなどでは省略される事も多いのだが、この【ファンタジア・ゲート】ではそんな物もリアルに再現されている。
……その偏執的と言えるほどの拘りが、時々暴走するのが悪い部分ではあるが。
「ふぅ、にしても凄いねブロッサムちゃん。まだ初めて1ヶ月半くらいでしょ? あんな風に動けるなんてビックリだよ」
「あ、いえ、私は教えてくれる人がいたから」
「ギルドの人? やっぱり強い人に教わると覚えが早いしねぇ」
ナンリの言葉は、どこか羨ましそうな色合いすらある。
最初からリアルの友人がいる場合を除いて、最初は誰もが1人ぼっちだ。そんな中で誰かに教えてもらうというのは、人によっては抵抗感があるだろう。
ゲームだからこそ交流しやすい、という人もいるだろうが、全員が全員そういうわけにはいかない。
しかし、ナンリの言葉が、ブロッサムには少々意外だった。
自分に話しかけてくれた時もそうだが、ナンリはコミュニケーション能力が低いようには見えない。
他のバイトとも普通に話しているし、その明るく大らかな性格だからか、みんなに慕われているようにも見えたからだ。
そんな事を思っているブロッサムの顔を見て、ナンリは苦笑する。
「『意外だな』って思ってるでしょ?」
「あ、いえ、そんな失礼な事は、」
「良いんだよ、誰だってそう思うから。
うーん、私もともと人見知りが激しいっていうか、あがり症なところがあってね。それを治すためにゲームを始めたの。
だけど、そう簡単には行かないようで……頑張ってはいるんだけど、ね」
――私と同じだ。
ナンリの遠い目をした横顔を眺めながら、強い肯定の意味合いを込めて頷く。
現実の自分とは違う自分になりたい。
そう思ってこのゲームをやり始めたブロッサムと、人見知りを治したくてゲームを始めたナンリ。思わぬ共通点に、思ってしまってはいけない事だと分かりながらも、喜びが湧く。
「だから、今もボッチだよ。時々一緒にクエする人くらいで、広く浅くみたいな感じ?
そういうオーラって、どんなに形を取り繕っても出てきちゃうもんなのかな……」
声色は、どこか悲しげだ。
――もし、自分がトーマと出会っていなかったら、同じ悩みを抱えていたかもしれない。いいや、もしかしたらもっと酷かったかも。
同情でも、優越感でもない、どこか悲しく、手を差し伸べたくなるような感情が、ブロッサムの中で渦巻く。
良いのかな? などと一瞬弱気な自分が何かを言うが、それを無視できるくらい強く。
「あ、あの、――私、お友達になっちゃ、ダメですか?」
意を決して言った言葉に、ナンリはキョトンとする。言われる事を想像もしていなかったという表情だ。
「あ、も、勿論、わたしと友達になりたくないならしょうがないというか、私もあんまりお友達いなくて面倒臭い子っていうか、それでも良ければっていうかあのあのそのその、」
「お、落ち着いてブロッサムちゃんっ」
盗賊型のエネミーが登場するような暗い街道、その横に置かれた大きな岩に座り込んで、テンパる少女2人。
随分変わった状況だ。
しかし、そんな事を気にしていられる余裕は2人にはなく、一頻り混乱したあと、2人同時にホッと溜息が出た。
溜息が出て、
「――ふっ、ふふふふ、ブロッサムちゃん、そんなに緊張しなくても、ふふふ」
「だって緊張するもん! そういうナンリさんだって、あは、アハハハハハ!」
破顔する。
2人の姿があまりにも可笑しかった、というのもあるのかもしれない。
でもきっと、どこか2人とも安心したのだ。
自分と同じような人間がいる、というだけではなく。こんな簡単に、『友達になろう』という思いが湧き上がってくる事に、安堵したのだ。
時間はもはや関係ない。
思いさえあれば、きっと大丈夫だという安心感。
それは人間にとって、小さくとも大事な〝希望〟なのだ。
「じゃあ、」
ナンリの方から、手を差し出される。
「これからよろしくね、ブロッサムちゃん。今みたいに敬語も要らないし、もう名前に“さん”なんてつけなくて良いから」
「あっ――」
思わず、口元に触れる。
緊張の糸が解けてしまった所為か、どうやら普通に話していたようだ。普段のブロッサムだったなら、ここで遠慮して敬語を使っていただろう。
だが、今のブロッサムは、先ほどのブロッサムとは大きく違う。
「――うん、これからよろしくね、ナンリちゃんっ」
笑顔で頷いて、彼女の手を取る。
こうして、ナンリとブロッサムという2人の少女プレイヤーは友達になったのだ。
……などと締めくくれば、実に綺麗だっただろう。
しかしこの世界は、このゲームは、綺麗事を綺麗事のまま終わらせたくはないらしい。
「『へへっ、なんだ、お嬢ちゃん達、随分楽しそうじゃねぇか!』」
「「ッ!?」」
乱暴なダミ声が聞こえたと同時に、ナンリとブロッサムは立ち上がり、武器を実体化させる。
どんなに微笑ましい少女だったとしても、彼女達も一端のプレイヤー。そのオンオフの切り替え方は、堂にいっている。
ガサガサという慌ただしい草むらをかき回す音とともに、5人の人影が姿を現した。
まずは4人の〈ならず者の盗賊〉。これは先ほど戦った者より少し弱い、ランクⅢのステータスを持っているらしい。名前の下に浮かんでいる情報が、それを示唆している。
それ以上に問題なのは、5人目だ。
プレイヤーと同じ人間族とは思えないほど大きい2メートル強の体躯には、筋肉の鎧がまとわれ、背丈と同じほど大きな戦斧槍を持っている。
防具こそ動物の毛皮をそのまま纏っているかのような粗雑なものだが、その巨体のおかげで迫力は十分だ。厳しい髭面も含め、まさに“熊”だ。
名前は〈盗賊の長・バルカス〉、ランクはⅦ。
――ネームドエネミーだ。
そのフィールドの主のような存在。どれも普通の雑魚モンスターやエネミーとは強さの格が違い、その分ドロップ品も優秀だ。
遭遇の仕方はそれぞれ違う。ここの場合、
「うそ、なんで――ここのネームドは、盗賊を一定数倒したら出てくるとは聞いていたけど、確率高くないって聞いたのに、」
ナンリの悲痛な言葉が、全てを語っている。
つまり、自分達はハズレを引いてしまったのだ。
「『俺の部下をよくも可愛がってくれたな開拓者! 有り金置いてくか、俺達にズタボロにされるか、どちらか選びな!』」
〈盗賊の長・バルカス〉のダミー声が響く。
……そこから、反応がない。まるでこちらの反応を待っているかのように、ニヤニヤと余裕に満ちた笑みを浮かべている。
「……えっと、ナンリちゃん、これって、」
ブロッサムの戸惑いの言葉に、ナンリはどこか安心という感じで笑みを浮かべた。
「これは多分、運営側の救済措置だと思う。ほら、私達2人しかいないから。
所持金のいくらか没収される代わりに、逃して貰えるようになってるんじゃないかな?」
……実際、こちらは2人。どちらもランクは、Ⅵにようやくなった程度しかない。4人の〈ならず者の盗賊〉相手ならいざ知らず、ネームドまで相手には出来ないだろう。
だから、普通なら、デスペナリティーを回避するため、選択肢は一つしかない。
――ない、けど、
「――ねぇ、ナンリちゃん。ランクⅢの〈ならず者の盗賊〉4人、同時に相手できる?」
「? うん、出来るけど……」
ブロッサムの言葉に、ナンリは不思議そうに頷く。4人は難しいかもしれないが、相手は自分のランクより半分、相手出来ないわけがない。
それを聞くと、ブロッサムは小さく頷いた。
「なら、4人を倒して合流して。それまで私が、
〈バルカス〉の相手をする」
「む、無茶だよ! いくら一個だけとはいえ、ランクが上のエネミーと戦うなんて!」
ナンリの言葉は、「信じられない」と言わんばかりだ。
ブロッサムもそう思う。普通に考えれば、それなりの無茶だし、わざわざそんな無茶をする必要性はどこにもない。多少お金は減るが、安全の方がずっと大事だ。
だけどーーそれは、ブロッサムの“気持ち“に反する。
「私ね、もう逃げたくない。いろんなことから逃げてきて、ここに来て、色々あって……説明するのは難しいんだけど、とにかく。
どんな状況であっても、逃げるのだけは、嫌」
他人に迷惑をかけてまで、押し通すものなのか。こんな事をして、ナンリに嫌われたりしないか。そもそも、自分のこの感情は正しいのか。
全部、分からない。本当はちっぽけでどうでも良い、「たかがゲーム」の事なんだろう。
だけど、それでも、逃げたくない。
絶対に、逃げたくはない。
「……出来るんだね」
「出来る……いや、断言はしづらいんだけど、何も勝算がないわけじゃないから」
ほんの少しブレるブロッサムに、しかしナンリは一瞬悩むようなそぶりを見せてから……眼光を鋭くした。
「……武器の切っ先を向けて。そうすれば、敵対行動とみなして、エネミーが戦闘を始める」
「ありがとう……ごめんね、ワガママで」
「良いよ、友達でしょ?」
その言葉で、2人の顔にようやく、穏やかな笑みが浮かび、
自分達の武器の切っ先を、〈盗賊の長・バルカス〉達に向けた。
次回の投稿は、一月二十日を予定しております。
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