5 無難な戦い
何かに集中していると、時間はあっという間に過ぎ去っていく。
そもそも、現実時間の1日が、ゲーム世界では4日間。ログアウト時間などの事も考えられており、シフトは実に変則的だ。
だから、ブロッサムがバイトを終え【喫茶・メイド亭】から出てきたのも、現実時間ではだいたい夕方ほどだった。
今ブロッサムは、従業員用の出入り口の横に、いつもの装備姿で座り込んでいる状態だ。
何故なのか。それは簡単、ナンリが出てくるのを待っているのだ。
客もまばらになり、なんとなく話しかけやすい状況だった時、もしよかったらこの後遊びに行かない? と誘ったのだ。
『良いよ! 私、終わったらクエスト行こうと思ってたんだけど、もし良かったらそれ一緒にやって、ご飯でも行かない?』
これはつまり、あれだろうか。
――放課後友達と遊ぶのと、同じなのではないか?
ブロッサムにだって、友人と遊んだ経験くらいある。
中学校時代は親友と一緒だったから、それこそ放課後にはどこかへ寄り道していく事だってあったし、完全なコミュ障ではない。
……しかし一年以上のブランクと、初めてのバイトでの精神的疲労の所為なのか、頭の中は大混乱だった。
「いやいや、今でこそ私はボッチだけど、普通にお喋りだって出来るし、仲良くできるはず……大丈夫、大丈夫、」
「? 何が?」
「いえ、だからナンリさんと上手く仲良く出来ると……」
――なんか、私、こんな展開ばっかり。
そう思いながら振り返ると、案の定ナンリがそこに立って、ブロッサムの顔を覗き込んでいた。
彼女は、典型的な軽剣士の格好をしていた。藍色の革鎧もその下に着ているアウターも軽量化され、防御力は最低限のようだ。腰には、サーベルのような剣が二本差さっている。
恐らく、トーマと同じく《二刀流》のスキルを持っているのだろう。もしくは、の武器を最初から持っているのか。
どちらにしろ、まさしくファンタジー作品に登場する軽剣士そのものと言って良いだろう。シンプルではあるが、男装のようで格好良い。
「な、ナンリさん! か、格好良い装備ですね!!」
思わず恥ずかしくなって大声を上げるが、そんなブロッサムを馬鹿にするような事はせず、ナンリは笑顔で返事をする。
「ありがとう。ブロッサムちゃんこそ、装備格好良いよ! それ、結構お値段張るんじゃなかったっけ?」
「あぁ、」
視線を下に向け、自分の姿を見る。
〈戦乙女の鎧(低)〉は残念ながら、その耐久値の問題と、ブロッサムの実力に合わないとして、今は新装備を使っている。
その名も〈鉄巌の鎧〉。
名前を聞くからに、可愛くはないだろう。
実際、可愛くはない。
主に〈アイアン・ゴーレム〉という、文字通り鉄の巌のような巨人からドロップアイテムで作られたこれは、黒い光沢を持った岩をそのまま鎧に仕立てたような姿だ。
兜をつければ、〈アイアン・ゴーレム〉のミニチュアが出来上がるのだが、それだけは全力で拒否し、現在は鎧だけを着込んでいる。
タウンの中で遊ぶ用の服を着て待っていれば良かったのかもしれないが、これから一緒にフィールドに出るというのに、それも場違いだ。
――だが、ブロッサムが慌てたのは、そこではない。
「ぎ、ギルドメンバーに、安く買わせていただいて……」
そう、ギルドの問題だ。
《嘲笑う鬼火》は良くも悪くも有名だ。
名前などが抑止力にもなる自警団ギルドや、名前が信用に繋がる《皆街商会》、《クラン・食い倒れ》などと比べて、メリットは少ないくせにデメリットは大きい。
別に隠す気はないが、面倒な人間が来る事を避けて、出来るだけギルド名は明か差ないほうが良い、とコウに言われたのだ。
どうやら、そういう〝面倒な人間〟とは縁があるようだ、ギルドメンバー全員が、その言葉には賛同していた。
だから、今ブロッサムのネームタグにはギルド名が出ていないし、自分から話そうとは思っていない。
「どんなギルド?」などと質問されたら、答えようがないのだ。
「――へぇ、そうなんだ。仲間がいると、やっぱりそういう便宜を図って貰えて良いもんだぇ」
しかし相手の事に深く干渉しないMMOのマナーが上手く働いたのか、彼女は少し考えたようにしてから、深くは追求してこなかった。
「私はギルドに入らずソロでやっているから、ちょっと羨ましいなぁ」
「そうなんですかぁ。入ろうとは思わなかったんですか?」
「うぅん、パーティー組んだりで、フレンドがいないわけじゃないんだけどね~、なかなか縁がなくて」
そんな事を良いながら、ナンリが先導するように歩き始める。
「さぁて、じゃあいこっか。晩御飯まで、そう時間はないしね」
「あ、そうですね……ところで、どこに行くんですか?」
ブロッサムの言葉に、ナンリはどこか楽しげに微笑んだ。
「――【シーフ・ロード】だよ」
山賊や盗賊がよく出没するという設定を持っている【シーフ・ロード】は、その設定のように、そういうタイプのエネミーが登場するフィールドだ。
エネミーとは随分前にブロッサムも確認したが、モンスターとは大きく異なる。
モンスターとは違い人間型の敵や知能を持っているものもいる。モンスターとは違い、NPCのような思考回路を持っている。
つまり、プレイヤー戦とかなり近い戦闘が行える敵と言っても良いだろう。
勿論、あくまでAIだ。プレイヤーと完全に同じとはいかず、パターンはそう多くはない。フィールドに出るような雑魚エネミーなら、尚更だ。
対モンスター、対エネミー、対プレイヤー。
戦いと一括りにされているものであっても、その本質はだいぶ様相を変える。
「『こっちだぁ!』」
そんな街道の中で、ブロッサムの声が反響する。
挑発スキルの効果で、〈ならず者の盗賊〉達の鋭い眼光がこちらを向いた。
壁役として戦うためではなく、これは逃げるのを防ぐという意味合いが強い。エネミーはモンスターよりも知能が高いので、分が悪い戦いだと判断すれば逃げるのだ。
逃げてしまえば、報酬もパァ。それは避けたかったのだ。
最大4人~6人という、まるでパーティーのように動いている彼らの今の構成は、片手剣持ち、大斧持ち、短剣持ち、そして弓持ちの4人。
ランクそのものは低い所為なのか、攻撃はそれほど強くはない。飛んでくる矢をパリィしながら、ブロッサムが前線に立つ。
圧倒的に見えるだろう。しかし、侮ってはいけない。4人で行動しているという事は、ちゃんと理由がある。
「『おらぁ!』」
その矢を弾いた虚を突くように、短剣を持っている〈ならず者の盗賊〉の攻撃は放たれる。
脇腹への鋭い一撃。いくら防御力を底上げしているブロッサムでも、素早い攻撃は回避が難しく、クリティカルが発生すればそれなりのダメージが与えられるだろう。
「ブロッサムちゃん、スイッチ!」
そこで、ナンリの緊張感が混じった声に反応し、ブロッサムは体を反転させた。
短剣と弓を持った〈ならず者の盗賊〉から相手は変わり、片手剣と大斧を装備しているエネミーが相手となった。
スイッチ。タイミングに合わせて前線を交代し、休んでいる者はその間に回復をし、前線がそれを支えるというのが一般的なものだ。
今回は多人数の敵に対して2人で戦っているので、自分に与しやすい相手への交換、という意味での合図になっている。
「『オオォオ!!』」
「――ッ!!」
大斧使いの攻撃を、ブロッサムはその戦鎚で弾き返す。
「『隙ありだ、このクソ開拓者!』」
その間を縫って、片手剣を持った〈盗賊〉が攻撃を仕掛けてくる。
――だが、その攻撃は硬い金属音と共に、鎧の防御力によって無効化された。クリティカルが出易い短剣ならばいざ知らず、普通の片手剣では傷1つ付かない。
「『あれぇ!?』」
その硬い衝撃と、攻撃が聞かなかった動揺で、片手剣持ちの〈盗賊〉はシステムに従い、動揺して一瞬動きを止める。
それを見過ごすブロッサムではなかった。
「――ハッ!!」
轟音と共に戦鎚が振るわれ、そのまま〈盗賊〉の頭にクリーンヒットした。もはや断末魔を上げる暇もなく、そのまま消失エフェクトと共に、消えていったのだ。
残すは大斧使いだけ。
(ナンリさんは、)
気になって視線をそちらに向けてみる。少しだけ心配だったのだ。
もっとも、その心配は杞憂だった。
「――《セブン・エッジ》!」
サーベル二刀は、その鋭く軽やかな攻撃で、短剣使いを乱切りにする。
攻撃速度はトーマ程ではないが、しかし彼女のスキルランクで比べれば速い。クリティカルをいくつか出しながら、エネミーを危なげなく倒していく。
軽剣士らしく、回避もちゃんと安定し、余裕がある動きだ。
トリッキーさは一切ない。しかし同時に、危険な行為も一切ない。今までブロッサムが見た事もない、〝普通〟のプレイスタイル。
やはり今までの戦いでは見られなかった堅実な戦い方というのを肌で感じる。
ゲームとはいえ、死ぬのは嫌だ。安全な戦い方というのは、心の余裕を生み出してくれる。
――のだが、
(なんか、つまらない)
酷い話かもしれないが、危険な行動に慣れてしまっている所為か、アドレナリン中毒なのか。ブロッサムの奥底は、どこか冷めていた。
「ブロッサムさん、こっち短剣使い片付けたよ! もう少しだから、頑張ろう!」
「っ、はい!」
とはいえ、戦いは戦いだ。
目の前の敵に改めて集中しなおし、ブロッサムは手に持った戦鎚に、より力を込めた。
次回の投稿は、一月十六日を予定しております。
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