3 極めるとだいたい変
――メイド、というか、従業員の仕事は、説明を聞く限り実に多岐に渡る。
料理や飲み物の準備、配膳、後片付け、会計、さらに言えば閉店後の店内清掃なども含めれば、やらなければいけない事は多い。
だが、そこは流石MMORPGと言えるだろう。
料理や飲み物に関しては、《料理》スキルや関連したスキル持ちしか行えないし、会計やお金に関わる事は店長やその他《会計士》スキルを持っているメイド志望者が行う。
つまり、スキルが無ければ、それだけ別の仕事に回されるのだ。
そうすると、ブロッサムは当然そこには関われない。
配膳や後片付けをする、本当の接客しか任せて貰えないのが決まった。
まぁ、客の口に入る料理を任されたり、お金の管理を頼まれたりと、下手な重責がかからない分、ブロッサムにとっては非常にありがたい話だったが。
今日は挨拶と事前通達のみで、お仕事は明日から。シフト希望表を忘れないように。
それだけ言われて、殆どのプレイヤーが店を離れ、ここで知り合ったナンリとも「明日からよろしくね」と挨拶し終わって別れた後、
「……………………」
店に残ったブロッサムの目の前には特大のパフェが置いてあった。
苺がメインで据えられたそれは鮮やかな赤色をしており、アイスやクリーム、シリアルなどがふんだんに盛りつけられている。、
彼女は黙々とそれを食べていた。
黙々と――目の前にいるトーマとコウを睨みつけながら。
「おいおい、俺を睨むには筋違いだ。今回の一件は、だいたいコウの所為だろう?」
「……でも、助けてくれませんでした」
「あの状態でどう助ければ良いってんだよ。つうか、俺以外に助けてくれる奴がいただろうが。
いや、美人ばっかり集めたと思ったが、お前を助けたあのプレイヤーも、結構な美人さんだったなぁ」
「………………スケベ」
「これだけでスケベとは理不尽だぞ、流石に」
苦笑するトーマを相変わらず睨みつけながら、スプーンの上に乗った特大の苺を頬張る。少々口に余ってしまうほど大きいが、柔らかいおかげで噛みやすい。
コウはそれを見て笑顔を浮かべながら、少しだけ頭を下げる。
「ごめんね、説明すると君が物怖じしちゃうんじゃないかと思って、無理矢理連れて来ちゃったんだ。
でも、本当に助かったし、君も良い経験になるだろうと思ってね
「そりゃあ、まぁ……そうかもしれませんけど」
実際物怖じしていたし、良い経験になりそうだ、というのは否定出来ないものだった。
というか、流石に《嘲笑う鬼火》のご意見番にして、《智脳》という二つ名が付いているだけあって、まるでサトリのような鋭さだ。
それに何も言い返せず、取り敢えずスプーンを動かした。
「それに、君もそろそろ、僕らばっかりじゃなくて、他のプレイヤーとも遊ばないと。僕らは変わり者集団だ、まともなプレイヤーとの付き合いだって悪くはないはずだよ?
その点、アルバイトなら平均的なプレイヤーも多い、そこで新たな人間関係を作るのも、悪くはないはずだ」
「…………」
一瞬頷くのは失礼かな、と考えたが、
「そう、ですね」
彼の言う通りだったので、そのまま頷いてみた。
《嘲笑う鬼火》での活動は確かに楽しいし、原則自由である環境は、まだまだこの世界でも知らない事が多すぎるブロッサムにとって、束縛がなくてありがたい。
……しかし一緒に動いてみると、いちいち基準がおかしいような気もしないでもないし、それを『おかしい』と言える根拠がブロッサムにはないのだ。
ここで普通のプレイヤーを知れば、少しでもその違いが分かるのかもしれない。
「まぁ、とにかくノンビリやってみないよ。ここの店主とオーナーは、まぁかなり極まっている人達だけど、どちらも優しい人だから」
「いえいえ、私はまだメイド道を極め切っていません」
「俺に至っては、そもそも別に何も極めていないからなぁ」
「そうなんですかぁ………………」
このゲームでは、こういう展開は珍しくないんだろうか。
そう思いながらブロッサムが顔を上げると、クレミーともう1人、先程まではいなかった人物が立っていた。
少し年齢が上に見えるその青年は、ボサボサの黒髪に、これもまた真っ黒な瞳を持っていた。
ピッタリとしたノースリーブのような服と、ズボン。それから黒いローブのようなものを肩に掛けている。格好そのものは、このゲーム世界では珍しくもない。
珍しいのは、その全身に掘られた刺青と、豪奢な指輪だろう。
様々な記号や模様が描かれているそれは、全体像がいまいち把握しきれない。もしかしたら、見えない所にまで広がっているのかもしれない。
それに多くの石が嵌った指輪を何個も付け、容姿も相まってさながら応援のロックスターのようだ。
「先程ぶりです、ブロッサム様。当店の看板メニューは如何ですか?」
「あ、はい、すっごく美味しいです」
その異様な姿の青年を無視して行われる牧歌的な会話に戸惑いながも、ブロッサムは口に手を当てながら答える。
気付けばそれなりの量があった筈のパフェは消失し、テーブルの上に残っているは少々クリームやソースが付いているグラスのみだった。
その様子を見て、クレミーは実に満足そうに笑み深める。
「それは何よりです。ここにはご主人様ばかりではなく、お嬢様や奥様方などの女性の方もいらっしゃいますし、男性でも甘いものを食べたい方は多いですから。
かくいう私の主人も、甘い物には目がなくて……ですよね、ご主人様?」
クレミーの笑顔に、少し戸惑いながらも、刺青の青年は小さく頷く。
「まぁな。あんまり漢らしくないような気もするが、漢だってたまには、そういうもんを食いたくなるもんだ」
想像したよりも随分若い声色だ。クレミーはそれに頷き返すと、彼の後ろに下がる。
「すいません、ブロッサム様には紹介がまだでしたね。
私の主人にして、この店のオーナー、アース様でございます」
「おう、よろしく」
「あ、よ、よろしくお願いします!」
慌てて立ち上がって頭を下げるが、アースは少し面倒臭そうに手を振る。
「あぁ、そんなに畏まらなくていい。俺は確かにここに出資したが、こいつが店を出したいって言うから協力しただけ。偉くもなんともないからな」
その様相とは随分外れた、ぶっきらぼうだがどこか優しげな言葉だ。そんな彼をクレミーが微笑ましそうに見つめているところを見るに、どうやらいつもの事らしい。
「まあ、アンタに思う所はないが、何せあの《嘲笑う鬼火》の新人だ、こっちも顔を拝んでおきたくてね。
――何せ、こんな滅茶苦茶な連中に付き合える奴は、滅多にいないもんだからさ」
アースの挑戦的な言葉に、コウとトーマも悪く思った様子はない、むしろ聞こえていなかったのではないかと思えるほど涼しげだ。
「酷いなぁ。君とクレミーには及ばないよ。僕らは確かに自由人だけど、ゲーマーなら割りかし普通だ」
「普通じゃねぇ事やってるから言ってんだっての」
「そういうお前だって、結構変人の部類だと思うけどなぁ。
なぁ、こいつこう見えて魔術師プレイヤーなんだぜ? 気付いたか?」
「えっ」
思わずもう一度アースを見る。
こんな姿をしていて、魔術師プレイヤーだとは誰も思わないだろう。どちらかと言えば、海外のアーティストにたまに見かけそうだ。
……その中でも、デスメタや、ラップなどに限定されるかもしれないが。
「服装は関係ないだろうが!」
挑発していたはずのアースが逆に声を荒げると、トーマはそんな姿を鼻で笑い飛ばす。
「さぁ、どうだろうなぁ……おい、ブロッサム、こいつの二つ名教えてやるよ」
「あ、テメェ!!」
二つ名というキーワードで思わず飛び掛かろうとしたアースを、こんなカオスな状況でも笑みを絶やさないクレミーが羽交い締めにする。
「ご主人様、いけませんわそんな暴力的な」
「抑えてるお前が言うな! つうか、む、むね、」
「当ててるんですわ」
「当ててるっていうか押し付けてんじゃねぇか!!」
必死で抵抗しているが、クレミーの腕は解けるどころか先程より力が増しているように見える。
ここはゲームの世界。必然的に身体能力は男女関係なく、データ状のものが採用される。
つまり男性であっても魔術師という、身体能力的にはひ弱なアースの力は、クレミーというプレイヤーのステータスよりも低いという事だ
メイドなのに力持ちなんだ。
思わず呑気にそう思っていると、時々見せる悪戯っぽい笑みでトーマが近づいてくる。
「なぁ、知りたい? 知りたくない?」
「……それ、トーマさんが教えたいだけじゃないですか」
「いやいや、知ったら絶対面白いから!」
「分かりましたよ、どんな二つ名なんですか?」
「ふふふ、それはなぁ、
――〝童貞〟っていうんだよ!」
……下ネタじゃないですか!!
と言いかけて、無理矢理口を塞いだ自分の手を褒めていいと思う。
「……えっと、それはその、そのままですか?」
「ああ、そのまんまだ」
「嘘教えてんじゃねぇぞ! 俺の二つ名は《震動帝》だ! 勝手に変えてんじゃねえ!!」
ようやくクレミーの拘束から逃げる事が出来たのだろう、アースが胸ぐらを掴もうとするのを、トーマがヒラヒラと回避し続ける。
「ああ、だから《真・ドウテイ》だろう?」
「語感しかあってねぇじゃねぇか! お前らがそうやって変えるから、そっちが広まってんだろうが!」
「だってそんなナリしといて、VR童貞すら捨ててねぇんだろ? そりゃそうも言われるわ」
……VR童貞とは、言わば現実どころかVRですら“そういう”経験がない人の事を指す、らしい。
教えられた時のブロッサムの反応は……察してほしい。
「そ、そりゃあそうだろうが!!
そ、そういうのは結婚してからが普通だろうが!!」
――そこには、もはやパンクな姿とは相反する人物が立っていた。
体を震わせ顔を紅潮させているその姿は、女性であれば絵になったのだろうが、男性であってはむしろこっちが恥ずかしいと思ってしまう。
言っている事は正しいのに、何故か残念だ。
(……これ、クレミーさん怒らないのかな?)
ゲーム内でのロールプレイとはいえ、アースは彼女にとっての主人。主人がバカにされて怒らないメイドというのも、あまり想像が出来ない。
そう思って、恐る恐るそちらを見ていると、
笑っている。
満面の笑みだ。表面上は変わらないはずなのに、さっきよりも幸せオーラが増しているのは、ブロッサムの気の所為だろうか。
……気の所為だと言ってほしいものだ。
自分の視線に気づいたのか、クレミーはこちらを向いて、さらに笑みを浮かべた
「――ね? 可愛いでしょう、うちのご主人様」
……やっぱり、トッププレイヤーって変な人ばっかりなんだな。
ブロッサムは乾いた愛想笑いを浮かべながら、心の中でそういう結論を出し、そっと奥にしまい込んだ。
次回の投稿は、一月十日を予定しております。
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