2 個性派喫茶
どこかほろ苦いコーヒーの香りと、甘いお菓子の匂いが混じり合った、心地よい匂い。
それに彩られたモダンな雰囲気を持った店内の中で、様々な女性プレイヤーが楽しそうに談笑している。
可愛い系、美人系、クール系、元気っ子系……現実の容姿がやや残りやすい【ファンタジア・ゲート】の中でも美人だと断言される顔ぶれ。
そんな彼女達は、容姿が整っている女性という以外にも、もう一つ特徴がある。
――メイド服。
現実に存在するメイド喫茶で着られるような下品なものではない。動きやすく、そして質素さの中に清楚さを見出せるその意匠は、ヴィクトリアンで間違いない。
黒い服装は、一見地味に思われてしまうかもしれないが、むしろ着ている女性達の魅力をより高めるのに、一役買っている。
……そんな中で、
「……あの〜、コウさん。私こういう格好は似合わないと思うんですけど〜。
というか、こういう特殊な接客業には向いていないと思うんですけどぉ」
ブロッサムの姿があった。
いつもの鎧姿ではなく、彼女も勿論メイド服を着ている。
別に露出度が高いわけでも、奇抜な格好であるわけでもない。普段着にしている鎧の方が非現実的で、むしろそちらより現実的だ。
しかし、それが逆にブロッサムの羞恥心を煽る。
余計に生々しいコスプレ感がするのだ。
少し顔を赤らめ、スカートを掴んでいる姿を見て、少し離れた場所に座っているコウは笑顔を浮かべる。
「大丈夫、とても似合ってるよ。な、トーマ」
「ん? あぁ、似合ってる似合ってる」
話しかけられたトーマはそう言ってはいるが、視線は目の前に置かれているお菓子から離れていないし、喋り終わったと見るや即座に口を埋めている辺り、興味がないらしい。
あとで文句を言おう、とブロッサムは堅く心の中で誓う。
「いやぁ、助かったよ。知り合いが喫茶店を営むのに人手が足りないと言われてね。
ほら、うち大半のメンバーが大人だから、こういう服装は……アレだし、ネオにはきっぱり断られてしまってね。
良かったよ、都合が合う美人がいてくれて」
「そう言えば誰もが喜ぶと思わないでくださいよ……」
優しげに微笑んでいるが、それに素直に笑顔を返す事は出来ない。
報酬を聞いてホイホイと付いて来てしまった事を、今すでに後悔している所だった。
まさか頷いた瞬間、有無を言わさず連れて来られるとも、無理矢理メイド服に着替えさせられるとも思っていなかったのだ。
接客業。
仮想世界では当然のこと、現実ですらお金を稼いだ事がないブロッサムにとっては、1番緊張する業種だろう。
ましてや、それがメイド喫茶。
可愛らしく、愛らしく接客など、ハードルが高い上に、なんだか増えている気さえする。
「うぅ……そもそも、なんでメイド喫茶なんですかぁ、リアルにだってあるじゃないですかぁ」
――メイド喫茶。
自分達が生まれる前に大流行した営業形態。着飾った可愛らしいメイドが、ご主人様に笑顔を振りまき、時々痛々しい演出を振りまく。
現代日本ではだいぶ廃れてしまったものだが、細々と存在するそれは、ブロッサムにとって、というよりオタクではない人間にとっては何が楽しいか分からないだろう。
そんなモノを、ファンタジー世界である【ファンタジア・ゲート】内で再現しようというのが、ブロッサムには理解出来ない。
……いや、ライブハウスに端を発して、そういうものが再現可能だというのは理解出来ているが、そういう問題ではない。
しかも店の名前が【喫茶・メイド亭】なのだから、一周回って納得してしまう。
「ああ、それはここのコンセプトを考えた店長の案さ。
彼女に会えば、何故メイドなのか理解できるはずだよ」
コウの言葉には、妙な説得力と達観がこもっているように思えて、理解出来ずに小首を傾げた。
……だが、ブロッサムはすぐにそれを理解する事になる。
勢いよく、厨房に続く扉が開いた。ブロッサムだけではなく、その場にいる全員がそちらを一斉に見た。
そこには、メイドがいた。
ここにいる女性達のように、メイド服を着た女性がいる、というレベルではない。
扉から歩き出したその所作は、キビキビとしながらも礼儀正しく、姿勢は少しもぶれる事はない。前に重ねて添えられた手は、ただ添えられているだけなのに、とても優雅だ。
金髪碧眼の美少女は、まるで長くメイドを務めるメイド長のような気品すら感じさせられる。
年は、ブロッサムよりも少し上だろうか。大人っぽさとあどけなさが同居した、美少女とも美女とも表現しづらい、微妙な年齢の女性。
足音を立てず、視線にも気に留めず、彼女は皆の前に進み出て、ようやくこちらを見た。
「――皆さん、御機嫌よう。
初めての方もいらっしゃいますでしょうから、自己紹介を。私の名前はクレミー、不本意ですが、《メイド狂い》の二つ名を聞けば、分かる方もいらっしゃるでしょう」
――二つ名。
ある意味、有名なプレイヤーに送られる称号のようなもの。ブロッサムの《殴殺嬢》と同じようなものだ。
どうやら、クレミーと名乗った彼女も、その二つ名が気に入らないらしい。軽く眉を顰めているその姿に、好感のような、連帯感のようなものが生まれる。
「ええ、全く不本意な二つ名です。
私はメイドに狂っているわけではありません――愛しているのです」
前言撤回、共感なんて出来るはずもなかった。
高揚した表情は、傍目から見れば艶っぽい風に見えるかもしれないが、何故高揚しているのか理由が分かれば、外見情報も混ぜると非常にカオスだ。
ブロッサム以外の人間は殆ど驚いた様子を見せていない。少し離れた場所にいるトーマやコウに至っては、あぁまたかと億劫そうな顔をしている。
「メイドとは、この世界で最も高貴な職です。内実は家政婦や召使いのように思えるかもしれませんが、そうではありません。家人を支え、時に導き、時に愛される存在。家事能力のみならず、知識豊かであり、同時に武勇に優れなければ、いざという時にご主人様をお守りする事が出来ません。そういう意味では、貴女方が間違いなく優秀と言えるでしょう。この世界で、一回も戦った事のない人間はいませんから。故に、我らはここで真のメイドによる真のメイド喫茶を生みださなければいけませんリアルでの猥雑なメイドなど以ての外です」
そこまでほぼ途切れる事なく語った所で、クレミーは一度咳払いすると、改めて全員を見渡す。
「ここには、アルバイトとしていらっしゃってる方も、本当にメイドを目指している方も、様々いらっしゃいます。
しばらく開店準備とメイド修行を並行しますので、メイド希望の方は私から見て右に。そうでない方は私から見て左側に固まってください。それぞれ仕事を振り分けます。
それでは、皆さんきびきびとお願いします」
クレミーの言葉に従って、メイド服を着た集団が各々移動を開始する。
――そこで、ブロッサムは戸惑った。
(確かにお金は欲しいけど……けど、)
モンスターと戦うのは別に良い。なんだったら高ランク帯のモンスターにだって、仲間と一緒ならば臆さず戦う事が出来る。
同じ人間相手であっても、戦うだけであればそれほど苦痛はないだろう。
何か致命的に戦闘脳になり始めているような気がするが、どちらが気楽かと言えば段違い。
……ところが、今回相手にするのは同じプレイヤーで、接客だ。
自信はない。
つい最近までいじめられっ子であり、現在を持ってもボッチな自分に、そんな高等な事が出来るのだろうか、と。
根が明るかろうと、過去の恐怖を自力で乗り越えようと、やはり長く身につけてしまったネガティブな思考は振り払える筈もない。
(やっぱり、断ろうかな)
そう思って、口を開きかけたその時、
「――ねぇ、行かないの? 君、僕と同じでアルバイトでしょ?」
唐突にかけられた声に、出かけた言葉が引っ込んだ。
――美少年のような美少女。説明としては矛盾しているかもしれないが、そう表現するのが正しいような気がする。
年齢は、多分自分と同じ頃くらいだろうか。褪せた水色のショートヘア、くりっとした藍色の瞳、そして自分よりスタイルの良いその姿は、まさしく女性らしい。
しかしその立ち姿や表情は、まるでどこかの国の王子様を思わせる精悍さを兼ね備えている。
どちらが食い合う事もなければ、食い違う事もない。反するものが上手く同居している。
もっとも、今はブロッサムと同じくメイド服を着ているので、やや女性の方が優っている状態ではあるが。
「えっと……私、知り合いに勧められただけで……こういうお店だって知らなくって」
そう言いながらチラリとコウとトーマを見つめるが、彼らはお菓子に舌鼓を打っているだけで、全然こちらを見ようともしない。
くそぅ、他人事だと思って。
「あはは、それは災難だったね。
大方、初めてのゲーム内アルバイトでしょ? ここ、結構個性強いからね」
そう言いながら、彼女は苦笑する。
ゲーム内貨幣がリアルマネーに換金出来る性質上、そういうプレイヤーは彼女にとって、珍しくはないのだろう。それほど気にせず、話を聞いて貰えた。
「仰る通りです……その、私接客の経験が全然ないし、自信なくて……その上メイドなんて、」
「ああ、なるほど、それで不安なのか。
う〜ん、あんまり肩肘張らなくても大丈夫だと思うよ? ほら、結構皆ユルい感じだし。クレミーさんも、メイドを目指すならさておき、バイトにまで無茶は言わないよ」
そう言われて見てみれば、バイトとして集まっている女性達と、メイドをやろうと集まっている女性達では大きな空気差がある。
前者はリアルでも見かける、女性達特有の姦しさが際立っているが、後者はまるで試験直前のピリピリした雰囲気が漂っていた。
「さっき言った通り、僕自身もバイトだし、良い経験が出来るって思っておけば良いんじゃないかな?
ほら、せっかくのゲームなんだから、何でも挑戦してみないと」
……確かに。その言葉で、どこかブロッサムの中でスイッチが入る。
現実の自分では出来ない事をやる為に、ブロッサムはゲームを始めたのだ。結果的にコウに騙されただけに過ぎないかもしれないが、それでもこれはチャンスだ。
それに、今のうちにアルバイトをやっておけば、現実でもアルバイトが出来るかもしれない。
今のところ予定はないが、将来絶対にない、なんて事はないのだ。
「えっと……じゃあ、やってみよう、かな」
不安で少し声が揺らいだが、そんなことを気にせず、少女は笑顔で頷いてくれた。
「良かった。僕も知り合いがいなくて、ちょっと不安だったんだ。話しやすい人がいてくれて助かったよ。
僕の名前はナンリ。君、名前は?」
そっと差し出された、女性らしい綺麗な手を、ブロッサムはおずおずと握りしめた。
「えっと、ブロッサムです、よろしくお願いします、ナンリさん」
次回の投稿は、一月七日を予定しております。
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