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鬼火遊戯戦記  作者: 鎌太郎
第2ターン:初イベントとベヒモス
59/94

28 騒がしきは良い事だ






 ――〈ベヒモス〉の一件も終わり、《嘲笑う鬼火(ウィルオーウィスプ)》の拠点【ランプ・タウン】も、呑気な空気を醸し出していた。

 長期の留守の所為で溜まった仕事も、今はもうなく、あとは地道に物資補給だが、それも村人を務めるNPC達が集めてくれる。

 消耗品や安価素材の自動収集も、ギルドタウンを持っているギルドの特権だ。

 故に、よほど大きな用事でもない限り、ギルドメンバーは自分の用事を済ませに街やフィールドに繰り出すか、ギルドタウンでのんびりするのが、《嘲笑う鬼火》の平常運転。

 忙しなく仕事をするギルドを違い、自分達の好きな事に首を突っ込むギルドである彼らは、平素は実に平和なのだ。

 ようは、緩急の幅が異常というだけ。

 今ギルドの建物に入っている人間は多くはない。ログインして居ない人間もいるが、仁王を筆頭にして街で普段の仕事をしている者達は出払っている。

 だから、


「『コーヒーのお代わりは必要ですか、トーマ様』」

「ああ、貰おうか」


 現在、リビングでメイドであるクシャの相手を出来るのは、暇人のトーマくらいなものだった。

 自分の店を持っている生産職でもない純戦闘職のトーマは、自分で暇にしようと思えばいくらでも暇が出来る。

 それこそ戦闘が関わる大規模イベントでもない限り、明確な目的がないと、フィールドにだって行かない。

 欲しい素材があるとか、スキルランクを上げたいとか、そういう気分だ、とか。

 その点で言えば別に欲しい素材もないし、スキルランクにしても、彼ほどの高ランクに旨味があるフィールドやダンジョンは、1人で挑むのもちょっと難しい。

 何より、今日はそういう気分ではない。

 トーマは、ゲームの中であって久しぶりの休日を満喫しているのだ。


「ふぅ……平和だなぁ」


 窓の外から聞こえるのは、風が木を揺らす音と、小鳥の囀り。あとは少し遠い、村人達の生活音くらい。

 部屋の中は非常に静かだ。

 率先して話をするタイプではないクシャは、トーマに話しかけられなければ、あるいはそういう命令でもなければ話しかける事はなく、黙って自分の職務を全うしている。

 窓から溢れる日光の光を、眩しそうに目を細める。


 ……そういえば、ここまで静かなのも久し振りではないだろうか。


 ブロッサムとの出会い以降は、それはもう波乱万丈だった。

 自分が選んだ事だし、トーマとてこのお祭り騒ぎギルドの一員なのだから、そういうのが嫌いという訳ではないが、こういう静寂だって好きだ。

 普段であれば彼女のクエストやスキルランク上げ、それから戦闘訓練にとバタバタするのかもしれないが、今日はその気配はない。

 何故なら、その件の人物――ブロッサムが来ていないのだ。

 ゲームを始めてからというもの、毎日ログインするのが当たり前になっていたブロッサムには珍しい話だ。

 もっともそれが分かっている彼も、ようは毎日ログインしているのだが、そこを敢えて棚に上げて珍しがる。


「何か、用事でもあるのかねぇ」


 声に出して言ってみてから、それほど自分が寂しがっていない事に気づく。

 そりゃあ、仲が良いし、正直毎日プレイ出来るのは楽しい。

 ……それとは別に、彼女への心配も同じくらい、トーマの心の内を占めていた。

 彼女はいじめられっ子だった。本当に、まだ過去に出来ない程度の時間しか経っていない〝前〟に、だ。

 そんな彼女が、気晴らしにゲーム世界にいるのは良い。自分でも言ったように、ここは現実の延長線上に存在する世界だ。

 この中の出来事を偽物だと思った事はないし、ブロッサムが培った仲間との友情を、馬鹿にする気はさらさらない。それをすれば、ブーメランになって返ってくる。


 ――だが、言った通り、あくまで現実の〝延長線上〟だ。

 現実がなければ、仮想もない。


 順位をつけるつもりはないが、現実を大事にしてこその仮想現実。仮想現実の方に重きを置き始めると、今度は現実の生活がボロボロになっていく。

 ようは、バランス。

 ブロッサムは、ちゃんとバランスを取れている。しかしそれはあくまで今のところ。バランスが崩れる要因になり得るものは、まだ残っている。

 時々ゲームを忘れて、現実に没頭出来る何かを見つけられるならば、それはそれで良い事だ。

 トーマの運動のように、きっと良い刺激になってくれるだろう。


「……いや、これはちょっと心配し過ぎだな、俺」


 そこまで考えて自分のお節介に嫌気がさしたのか、カップを置きながら小さく溜息をついた。

 いくら自分が最初に出会った人物で、いろいろ面倒を見たとはいえ、これではまるで母親の考え方だ。兄貴分という域を越えている。

 じゃあ、関係性は? と問われると、正直答えづらいのだが。


「ったく、俺は思春期男子かよ!」


 思わず声を荒げるが、唯一部屋の中にいるクシャは、まるでリアクションをせず、人が少ない部屋の中で声が木霊するだけ。非常に虚しくなって、またコーヒーを啜る。

 女性関係でここまで悩むのは、ここ最近ではなかった事だ。

 それがお節介焼き全開、ある意味子離れできない父親のような心境だったとしても、異性の事を考えているという意味では同じ事だ。


「……まぁ、そんな事どうでも良いか」


 そう言って、またぼうっとする。

 ……本人は気付いていない。

 そもそもこんな所でぼんやりしているのだって、ブロッサムがいないから特にする事もやる気も起きないからだ、などと。

 もっとも、気付いたところで、それを認めるかは別にして。

 そうしてまた無為な数分、あるいは数十分を過ごそうとしたその時。

 ドタンッ!! という大きな物音を立てて、正面玄関の扉が開く。


「――トーマさん! 大変です!!」


 先程からトーマの脳内を占拠していた例の人物――ブロッサムが、慌てて入って来たのだ。


「……なんだよブロッサム。随分大慌てじゃねぇか」


 ブロッサムの事を考えていたなどとは、露ほども晒さない。いつも通りの笑顔を浮かべながら、のんびりとした姿勢を取る。

 それをツッコむ者はいない。

 クシャには『ツッコミ』の機能などないのだ。

 そんなトーマの内心にか全く気づかず、ブロッサムは肩で息をしながら、


「こ、これです、これなんです、これでもか!!」


 よく分からない三段活用を駆使し、1枚の紙を、トーマの目の前に突きつけた。

 薄く安い紙で書かれているそれは、簡単に枠が書かれ、その中には幾つものスクリーンショットで撮られた写真や、文字が入っている。

 ぱっと見は、現実の新聞。

 実際じっくり見ても、これはその世界での新聞だった。

 ――前述した通り、この世界の中ではネットに繋ぐ事も出来ない。だから、多くのプレイヤーの目に入るような掲示板なども、あるにはあるが、ゲーム内では機能していない。

 別に大きな事件が起こったからって、運営が一々知らせてくれるわけもない。

 ……だからこそ、そういう部分に空白があるからこそ、逆に需要が生まれるのだ。


 〈【ファンタジア・ゲート】新聞〉。


 あまりにも端的で安直な名前だが、それがこの新聞の名前だ。

 【ファンタジア・ゲート】内で活動している測量士(マッパー)プレイヤーと、文章活動を営む有志プレイヤーが立ち上げた、【ファンタジア・ゲート】ない限定の新聞。

 ローンチから活動している彼らのメンバーは何人なのか、誰が書いているのか、誰が情報収集しているのかは不明。

 ただの集まりなのか、固定パーティーなのか、ギルドなのかどうかすら不明。

 だがこの【ファンタジア・ゲート】内での様々な出来事を網羅し、毎日どこかしらの店で販売されている、謎の新聞。

 ちなみに委託販売で、店員の口も硬い為、やっぱり情報は明かされない。

 【ファンタジア・ゲート】七不思議の1つだ。

 ちなみにその中の1つに『《嘲笑う鬼火》はなぜ垢BANを食らわないのか』もあるが、そこは本筋と関係がないのでスルーする。

 とにかく、この世界ではもうすでに当たり前のものだった。


「ああ、新聞だな……で?」


 訳もわからず聞き返すと、さらに新聞が近づいてくる。

 もう目と鼻の先どころか、鼻はくっ付いている。


「とにかく読んでください! 読んだら分かりますから!」

「だぁ分かったから寄越せ! その距離じゃ流石に読めねぇんだよ!!」


 ブロッサムから引っ手繰ると、トーマはまず最初の記事に目を止めた。

 裏表両面のみで作られた、限りあるスペースの中でも、一面の最初の記事として大々的に報じられたその見出しには、



『《嘲笑う鬼火》、12人で特大〈ベヒモス〉狩る! 記録更新!!』



 という文字が踊っていた。

 ……まぁ隠していた訳ではないし出るとは思っていたが、トーマが思っているよりも〈【ファンタジア・ゲート】新聞〉の情報収取能力は高いらしい。


「そうかぁ、もう出たかぁ、派手に掲載されてるなぁ……で?」


 新聞に出た、それだけだ。

 特に《嘲笑う鬼火》は良い意味でも悪い意味でも、槍玉に挙げられる事が多い。こんなの、ある意味日常茶飯事だ。驚けるほど新鮮ではない。

 どこか冷めた反応のトーマに、ブロッサムはバンと荒々しく、テーブルに手を叩きつける。平素では大人しい彼女にしては、珍しい。


「もっとよく内容を見てください! そうすれば私の怒っている理由も分かりますから!」

「ああ? そうなの? というか、怒ってんのお前?」


 そんな事を言いながら、トーマはさらに本文に目を通す。



『――近頃活動再開を果たした、名物お騒がせギルド《嘲笑う鬼火》がまたやってくれた。

 現在も開催中の期間限定イベント『〈ベヒモス〉の猛進』の最上難易度を、メンバーたった12人でクリアしたのだ。

 これは1年前《狂闘士(バーバリアン)》プルルコが行った43人での討伐を大きく超える記録である。

 当新聞の確かな情報筋によると、前述した通り現メンバー全員がこのクエストに挑んでおり、大観衆の中PvPに勝利した期待の新人、《殴殺嬢》ブロッサムの姿も――』



「……ん?」


 さらっと読み流してしまったが、何か気になるワードがあったような気がする。

 もう一度、目を皿にして冒頭の文章を見返す。



『期待の新人、《殴殺嬢》ブロッサム』



 ああ、これだ。

 ――殴殺、嬢。

 殴り殺す、嬢。

 ……それを見つけて、しばらく無言だったトーマだったが、すぐに再起動された。新聞を綺麗に畳んで目の前に起き、コーヒーを啜って気を落ち着かせる。

 それから、満面の笑みを浮かべてブロッサムに言った。




「……二つ名決定おめでとう!」

「――イヤァアアァアァァァァアアァァア!!」




 祝いの言葉とともに、ブロッサムはテーブルに勢いよく突っ伏した。もはや、泣き崩れるのと同レベル。

 悲嘆と絶望に染まった声を聞きながら、トーマは呑気にコーヒーを飲み、クシャはブロッサムの為の紅茶を淹れていた。


「嫌です! なんですか《殴殺嬢》って、完全に悪役の名前じゃないですか! 可愛くない通り越して、もう悪辣です!! 誰ですかこれ考えたの、責任者出てこい!!」

「落ち着けブロッサム。別にこの記事書いてる奴が勝手に考えている訳じゃない、多分外の掲示板で、そういう二つ名がついたんだよ」


 〈【ファンタジア・ゲート】新聞〉の偉いところは、主観を出来るだけ挟まない、素晴らしい姿勢だ。

 取材で分かった事をご説明するだけで、自分の意見や主張をまるで挟み込まないあたり、現実のマスメディアも見習って欲しいと思えるほどだ。

 趣味人は時に、本職を超える。


「それにしたって、なんでこんなに早く二つ名が決まるんですか!? もっと強くなってからそういうのが付くもんだとばっかり……」

「いや、そうでもないぞ」


 別に強さ云々は関係ない、ようは目立ったかどうか、目につくスタイルかとか、単純な理由だったりする。

 つけ方も、やっかみや悪口がそのまま二つ名になっちまう場合もあるし、ネタの場合だって珍しくはない。複数個の二つ名を持つプレイヤーだっている。

 これという決まりがない、結構テキトーなものなのだ。

 きっとブロッサムにしても、派手なPvPで衆目を集めて、しかも《嘲笑う鬼火》の新規メンバーだって言うくらいだから、程度で決められたのだろう。


「でも悪くないじゃん、《殴殺嬢》って。

 なんか、あれだな……戦隊ヒーローの悪の幹部にいそうだよな。女王さまみたいな格好で」

「それが嫌だって言ってんでしょうが!!……ありがとうございます!!」


 怒りで我を忘れているように見えても、クシャが差し出した紅茶に礼を言うくらいの理性は残っていたようだ。グラスを持つと、一気に煽る。

 どうやら一気飲みされるのを考慮して、最初からアイスにしてくれていたらしい。流石クシャ、抜け目ないメイドだ。


「ッ、プハァ!

 とにかく、どうにかしなければいけないんですよ!!」

「どうにか、って言われてもねぇ……この二つ名が廃れる事を祈るしかないだろう」


 二つ名決めは、テキトーだ。

 つまり、決まるのも廃れるのも、結構あっさりしたもの、という事だ。

 一瞬話題に火が着いただけで、そのあと姿を消す『一発屋』なんて呼ばれる部類の奴らだっているのだから、当然、二つ名自体もコロコロ変わる。

 それが早めに訪れる事を、祈るしかないのだ。


「え、じゃあなんですか、私それがない限り《殴殺嬢》なんですか!?」

「まぁ、そういう事だな」

「そんなぁ、嫌ですよそう呼ばれるの! というか、なんで《殴殺嬢》!? もっと可愛い名前があったでしょ!?」

「いや……あの姿を見れば、誰だって《殴殺嬢》になると思うぞ?」


 むしろ『嬢』と付いているだけマシだ。何せ、ブロッサムの戦う姿は『可憐』というより『泥臭い』のだ。

 特殊スキル中心で考えた結果なのだが、あれだけ泥臭く、ある意味男らしく戦っていれば、そりゃあ殺伐とした二つ名もつくだろう。


「まぁ、名が売れるのは、メリットデメリットがあるもんだ。上手く利用すれば、今後の活動もしやすくなるってもんさ。名指しの仕事だってあるかもしれない」

「もう、他人事だと思って……」

「実際他人事だし……ああ、でも変えられる方法はあるな」


「え、本当ですか!?」


 僅かに見えた光明に、思わずブロッサムが身を乗り出す。グラスの飲み物を一気に煽っていなければ、中の飲み物は全てトーマに掛かっていただろう。それほどの勢いだった。


「あぁ〜、ただ、これがなぁ、あんまりオススメ出来ない」

「良いですから、そういう前振り、早く教えてください!」


 必死で食い下がってくるブロッサムに、トーマは苦々しい表情を浮かべて、




「……課金アイテム使って、自分の名前にその二つ名を入れる事。

 それをすれば、大体の奴が冷めて呼ばなくなる」




「――――――本末転倒じゃないですか!!」


 しばらく呼吸を忘れたブロッサムの絶叫が、部屋の中で響く。


「しかも、課金アイテムだから、それなりの額のリアルマネーを使うんだよ」

「損しかないです!! なんでそんな方法なんですか!?」

「いや、そう言われても……実践した奴が近くにいたんだよ」

「誰ですかそれ!?」

「あぁ〜、それは、」




「おや、盛り上がっているね! 私も混ぜたまえお二人さん!」




 2人が仲良く(?)談笑している中庭って入ってきたのは、マミだった。

 ――そう、侍ガール☆マミである。

 侍、ガール。


「……え、マジですか?」

「おう、マジマジ」

「え、何が? 何がマジ!?」


 顔を見合わせる2人に必死で食い付いていくマミだったが、これに付き合うと面倒な話が増えると、トーマは分かっていた。

 だから取り敢えず、“生贄”を捧げておく。


「そんな事より、マミ、ブロッサムの二つ名が決まったぞ」

「本当!? うわぁ、結構早いねぇ!!」

「ちょトーマさんなんでいうんですか!」

「なになに、そんな面白い二つ名なの!? それは興味津々だよ私は!……あ、どうせだったら全員呼んで、発表形式にしようよ! 我がギルドの可愛い新人の伝説(サーガ)の幕開けだよ!!」

「開けなくていいんですよそんな伝説! あ、ちょっと待って、全員にメッセを一斉送信しないでください、やめてー!!」


 ……そんな騒々しい中、トーマはコーヒーの最後の一口を煽る。

 平和な日々も良いものだが、やはり《嘲笑う鬼火》はこうでなければ。

 何せ、騒がしいのが、幸せだからな。







 ……Continue to next turn.






第二章、完結いたしました!

これから一ヶ月くらい書き溜めの期間に入ろうと思います、次に更新するのは新年かな? という感じ。

あとがきは活動報告で書くので、もし宜しければ御一読ください。



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