27 夕暮れの誓い
一旦落ち着いた空気になって、漸く各々がグラスを取る。
昼間なので、飲酒は控える事になっている。だから全員がノンアルコール系の飲み物ではあるのだが、中身はお茶からジュースまで様々だ。
その中で、マミが率先して話し始める。
「さて、それじゃあ乾杯の音頭を――とってもらおうかな!」
「え、マミさんがするんじゃないの?」
りんごジュースを持っているネオがそう言っているが、全員同じく意外そうな顔をしている。
何せお祭り好きに加え、目立ちたがり屋だ。こういうところで引いてしまうのは珍しい。
そんな空気を察したのだろうか、マミは「心外だなぁ」と言葉を続ける。
「そりゃあ、私は確かにちょっと出しゃばりな所があるけど、別にいつもって訳じゃないよ。
今回は、私よりずっと適役な人がいるから譲るだけ……というわけで、ブロッサムちゃん!!」
「え、おっとと、」
驚いて体を震わせた拍子にジュースが溢れそうになって、慌てて支えながらも、桜は信じられないという風に視線をマミに向ける。
「いや、いやいや、いやいやいや、何で私なんですか!?」
「あはは、それはねぇ、今回の一件はブロッサムちゃんが発端だからだよ」
桜がオフ会に参加しなければ、という話ではない。
桜が《嘲笑う鬼火》に参加していなければ、きっとこういう風に全員が集まる事はなかっただろう。
彼女が、《嘲笑う鬼火》の空気を新しくしてくれなければ、だ。
そういう意味では、彼女が1番の功労者と言っても過言ではないだろう。
だから、マミは桜に乾杯の音頭を取ってもらいたかったのだ。
「でも、私は、」
腰が引けている桜の背中を、統児が押す。
「良いじゃねぇか、やってみれば。こういうのも、経験だ経験」
「気楽に言ってくれますね……」
「そう言うなよ。モンスターと向かい合っていると思えば良いのさ」
「そっちの方がまだマシです……」
何せ難しい事を考えず、戦えば良いだけなのだ。
周囲の視線を気にしながら話すのより、今の桜にとっては気が楽だ。
……その発言が、やはり少し狂戦士じみている所に気付かないあたり、桜も相当ゲームに毒されているのだろう。
どこか諦めたように小さく溜息を吐くと、桜はグラスを手に、ゆっくりと立ち上がる。完成や囃し立てる声が聞こえるが、出来るだけ右から左に受け流す。
「どうも、ブロッサムこと、香納桜です。
えっと……こういう場合、何を話したら良いのか分からないので、とりあえず、思いついた事を話したいと思います」
それだけを言うと、もう一度深呼吸をして、頭の中だけで考える。
「――知っての通り、私の生活は、この数週間で、大きく変化しました」
どうしようもない生活だったと思う。
仲間外れにされて、虐められて、辛くてどうしようもない生活。
そしてそれを、もう当たり前のように感じてしまっていた自分。
どうしようもないほど雁字搦めな、悪循環。自分だけではどうしようもない、ネガティブの連鎖だったと言えるだろう。
馬鹿だと思われるかもしれない。実際馬鹿だった。
だけど追い詰められ、余裕も何もない状況で、思考を続けるのは難しい。それを停止してしまった方が、気が楽だったのだ。
――でも、変わった。
変えられたのだ。
たった1人が手を差し伸べてくれる。そんな始まりから。
「正直、今でも信じられません。
自分が戦えるなんて信じられませんでしたし、こうやって沢山の仲間と、あんな冒険が出来るなんて……本当に、」
仮想現実という以上に、まるで本当に物語の登場人物になったかのような、小さく、だけど劇的な変化とイベントの数々。
個性的で、でもそれ以上に優しい仲間達。
強い敵――強い自分。
どれもこれも、桜が1人で考えていたら絶対に思い浮かばなかったような事だったし、自分に降りかかる出来事だとは想像していなかった事。
そんな幻想が、目の前に広がっている。
現実として、広がっている。
「前の自分だったら、これ以上を望むなんて、あり得ないです。もう十分、幸せで、お腹いっぱいです。
でも、不思議なんです……“もっと”、って思うんですよ」
〝もっと〟冒険がしたい。
〝もっと〟戦いたい。
〝もっと〟友達が欲しい。
〝もっと〟――友達が欲しい。
前の自分だったら、出来ない、無理だと思っていただろう。出来るかもしれないという希望すらなく、考える事すらしないかもしれない。
でも今の桜は、出来るか出来ないかすら、考えなくなっていた。
もう、無理だどうかじゃないんだ。
したいから、する。
それが許されるのが、桜にとっての【ファンタジア・ゲート】だ。
「だから、これから先も“もっと”、皆で遊びたいです。
オフ会だってもっとやりたいですし、冒険だって沢山したい……あんな無茶苦茶は流石にどうかなぁって思いますけど」
そこで笑い声が上がるのを、桜も同じように笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「――だから、これは始まりです。
《嘲笑う鬼火》新章開始ってやつです!
では皆さんご唱和ください!
乾杯!!」
乾杯、という何人もの声が続く。
歯の浮くようで、調子に乗った、無茶苦茶な挨拶だったけれども、
それは桜の、歓喜の声だった。
宴というのは、あまりにも庶民的だろう。
別に豪勢な食事が並んでいたわけでもない、アルコールが入っているわけでもない、そもそもパーティーをするような店でもない。
それなのに、《嘲笑う鬼火》のオフ会は、やはり彼ららしいどんちゃん騒ぎだったと言えるだろう。
言葉少なげに話すビックマウンテン。豪快で陽気な笑い声を上げる仁王。
クリアリィとマーリンに揶揄われ、顔を真っ赤にするイワトビ。
ネオとマミはガールズトークに華を咲かせ、既に成人女性としては食べ過ぎているサマサを、コウと善良が止める。
他人に迷惑なほど騒がしいという訳ではないが、あまりにも陽気なオフ会。
そんな熱気の中、桜は1人、店の外に出ていた。別に、あの空気が嫌だったとか、居づらかった訳ではない。
「ふぅ……」
日も暮れ、そろそろ温度も下がってきた空気の中に、ゆっくりと息を吐く。まるで肺の中まで熱に侵されているようだ。
興奮している。テンションが上がっている、と言い換えた方が良いかもしれない。
どちらにしろ、その熱は楽しいものだったが、同時に慣れていない桜に心地良い疲労を授けてくれた。
だから外に出たのだ。少し行儀は悪いが、店の横にある段差に座り込む。
「――なんだ、主賓がこんな所で黄昏てて良いのか?」
桜の隣に、ゆっくりと車椅子が止まる。
統児だ。
「うふふ、楽し過ぎて、ちょっと疲れちゃいました」
「そうか。まぁ、否定出来ないな。
俺も流石に疲れちまったよ。ったく、なんであいつ等酒なしであのテンションになるんだか」
そう言いながら、統児が空を見上げる。それを追うように、桜も空を見上げた。
太陽の赤色と、夜の紺色の境で、綺麗な桔梗色が作られ、とても綺麗な景色を生み出していた。
「晴れてたから、良い色だな。仮想空間の景色も悪くないが、こうやって見れば現実の景色ってのも悪くない」
「そうですね~」
……無言が続く。気まずい沈黙ではない、心地よい静寂が流れる。
空から視線を外して、ちらりと統児の顔を見る。
普段は明るい笑みを浮かべる彼にあって、珍しいくらい穏やかな表情だった。それが想像以上に大人びていて、ほんの少しだけ胸が弾んだ。
「……まぁ、高ランク帯の景色のほうが綺麗だけどな」
……前言撤回。やはり少し子供っぽい。
「もう、折角良い雰囲気だったのに、台無しです色々!」
「何だよ色々って」
「色々は色々です! というか、統児さんはあれです、もうちょっと大人っぽくするのが得策です。そしたら、きっとモテます」
「モテようとは思っていないんだがなぁ……ちなみに、どうすれば大人っぽくなるんだ?」
「そうですね……喋らなければ良いのでは?」
「発言が幼稚ってか!?」
子猫のじゃれあいを連想させる応酬のあと、すぐに二人から笑い声が上がる。道を歩いている人が不思議そうな顔をして通り過ぎて行ったが、二人は一向に気にしない。
暫くそれを楽しんだ後、最初に口を開いたのは桜だった。
「……統児さん、ありがとうございます」
「それ、さんざん聞いたけどな」
桜の言葉に、統児は笑った。
現実で初めて会った時も、リコリッタとのPvPの時も。
しかしその言葉に、桜は小さく首を振った。
「いいえ、違います……これは、私を対等に扱ってくれた事への、ありがとうです」
――自分はまだ、弱い。
精神的にも、プレイヤーとしての実力も。ブロッサムは、トーマに届いていないように思える。
トーマが言ってくれたように、才能はあるのかもしれない。だけど、まだ足りない。
そんな自分と肩を並べて戦ってくれた。それだけで、とても嬉しい。
「……馬ぁ鹿、考えすぎだっての」
少し下にある桜の頭を、統児の手が優しく撫でる。
「言っただろう。
楽しいから一緒に肩並べてんだよ……強いとか弱いとか、俺はどうでも良いさ」
「 楽しい。
ゲーマーの根本原理だ。
――いや、それ以上に、
「――お前とゲームしてんのが、俺は楽しいんだからよ」
単純明快。それ以上に、統児が桜と、トーマがブロッサムと一緒に戦っている理由などないのだ。
彼女だからこそ、これだけ楽しいのだ。
「……はい」
頷く桜の顔には、ほんの少しのはにかみと、嬉しさの笑み。
もうその言葉だけで、充分にも思えた。
――だけど、〝もっと〟。
「――私、強くなります。
もう、統児さんに『ありがとう』なんて言わなくて良いように……ううん、隣に立つのが当たり前だと思えるくらい強くです」
胸を張って、彼の隣を歩けるように。
「覚悟してくださいね、トーマさん!」
「――ああ、覚悟しておくよ、ブロッサム」
――こうして、夕暮れの時に、誓いは結ばれた。
次回の投稿は11月29日の20時に更新を行います。
次回で二章もラスト。どうかお楽しみに。
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