25 美少女と少年
「……なんか、兄がすいませんでした」
「いや、別に良いけど。お前、結構愛されてるなぁ」
「それ以上言わないでください……」
もはや疲れて言葉も出ない。
車椅子に乗っている統児は笑い、桜はどこか疲れたように、隣に設置してあったベンチに腰を下ろしていた。
『大人組はもうお店にいるよ。私達は車を置いてくるから、ここに来るネオとイワトビを待っていてくれないかな?』
そう言ってマミとコウは、2人を駅前に置いてから走り去っていった。
目印にと、《嘲笑う鬼火》のエンブレムがプリントされている缶バッチを置いて。
いったいいつの間にこんなものを作ったのか。桜も統児もそう思ったが、マミの行動力に関しては、ツッコんでもあまり意味はないだろう。
大人しくそれを胸に着けながら、桜はブラブラと足を揺らしながら、駅から定期的に出てくる人混みを眺め続ける。
来るならば、きっと駅から来るに違いない。
「そういえば、統児さん」
「『トーマ』だ。オフ会中は全員プレイヤーネームで呼ぶって言っただろう?」
「そうでした、統児さんに関してはもうこっちの方が良いかなぁと思っていたので、では、トーマさん。
トーマさんは、ネオさんとイワトビさんと、リアルではお会いした事あるんですか?」
「いいや、ないな。つうかお前の一件が無ければ、マミやコウともリアル出会う事はなかっただろう」
《嘲笑う鬼火》は、最初はそういう集団だった。
あくまでゲームだけの付き合い。性別どころか、年齢や立場を超えた繋がりを持っていた彼らだったが、その繋がりは非常にフランクなものだった。
……ところが、セラが亡くなって、仲間が1人離れて行った時に、全員が『そうじゃなかった』事に気付いてしまった。
大切な物は、気付かない内に大切なものになっているものだ。
失われてから、初めてその繋がりに『絆』という名前が付いていた事に気付いたんだろう。
……それに気付いたからこそ、マミは唐突にこんな提案をしたのかもしれない。
かなり乱暴だったが、理解出来ない事ではない。いや、理解出来るからこそ、全員が今回の集まりに賛成したのだろう。
「だから俺も同じく、ネオやイワトビとリアルで会うのは初めてだ。
ネオは年齢くらいなら分かるが、イワトビは……あいつ、めっちゃリアルの事隠してたからなぁ」
ネオは確か17歳の高校2年生。桜の1つ上だったはずだ。
イワトビに関しては、随分前、それこそ2年以上前に一度訊いた事がある。あるのだが、本人が『忍びは身分を秘するもの!』とか訳の分からない事を言ってから、聞くのが面倒になっていた。
オフ会を否定しなかったという事は、別に今は隠す程のものではないのだろう。
「ムムム、そうですか……どんな方が来るんでしょうね。
もしかして、ああ見えてイワトビさん、結構な年上なんですかね?」
「いやぁ、話してるとそんな感じはしなかったけどなぁ……ああいうのは、単純なロールプレイってだけかもしれないし」
「そうっスよ。別に対した理由でもなかったっス」
「そういうもんなんですか……あれ?」
足元に行っていた視線を、謎の声が聞こえる方向に向ける。
目の前には、1人の少女が立っていた。
黒髪のポニーテールに、深いブラウンの瞳を持つその容姿は清楚で、どこか大和撫子らしさを思わせる姿勢の正しさだ。
自由時間だから私服でも良いだろうに、紺色のブレザーを着崩す事なく着ている。
ただ、その顔に浮かんでいる表情は、ゲームの中で見せているものと同種の、活発としたものだ。
「あんま期待し過ぎちゃうと、イワトビさんもちょっと出づらくなっちゃうっスよ」
「——ネオちゃん?」
「そう! 明るく元気な貴方の狩人海賊ガールっス!!」
ゲーム内と変わらない、ハイテンションで敬礼をする。
「え、凄い! 美人さんだなぁって思ってたけど、お人形さんみたいに可愛い」
桜も思わずテンションが上がり、ネオを抱きしめる。背中に回した腕に力を込めると、彼女も優しく返してくれた。
「あはは、嫌だな〜照れるっスよ〜。
プレイヤーネームを呼び合うんで知らなくても良いかもしれませんけど、篠山奈緒です!」
「わ、私は香納桜です! あ、リアルだと敬語の方が良いかな!?」
「いえいえ、ゲームの中と一緒で良いっスよ、ほら、1つしか違わないんだから」
女性が3人集まれば姦しい、というのは常々思っているが、2人でも十分騒がしい。トーマが苦笑しながらそう思うと、ゆっくりと前に進み出る。
「初めまして、で良いのかな、ネオ。俺が誰だか分かるかな?」
「うっス、分かりますよ。事前に聞いていましたけど、本当だったんすね」
少し気持ちを落ち着かせてから、奈緒と名乗った少女、プレイヤーネーム・ネオの視線が少し下がる。その先は、やはり車椅子と、虚空だけがある膝から下だろう。
「あ、すいません、不躾でしたか?」
申し訳なさそうなネオに、トーマは笑顔で首を振る。
「いいや、気になっちまうのはしょうがないさ」
失礼だと分かっていても、目は自然とそちらに行くものだ。
今までの経験で“そういうものだ”と理解しているし、それを苦痛に感じていたのも、遠い過去の自分だ。
これもまた自分の個性、目を惹く特徴だと思えば、むしろ良い方だ。なにせ、人間の親切を感じやすくなるのだから。
鈍感になるより、ずっと良い。
「そっスか。ふふふ、にしても、」
面白いものを見つけた。そう言わんばかりの、少々意地の悪い笑みを浮かべて、ネオは2人から距離を離した。
「こうやって見ると――お2人さん、まるでカップルみたいですね」
「なっ!?」
その言葉に、動揺で震える。
カップル?
つまりトーマと自分は……恋人同士に見えるという事だろうか。
そこまで考えて、溶けた鉄のような熱を頭の奥底から、そして顔面から感じる。
「ち、違います! そんな風には見えません! 百歩譲って兄妹とか、」
「うふふ〜、そうかな〜、ブロッサムちゃんも満更でもない感じするけど〜」
「っ〜〜〜〜〜〜」
なんとか言い返そうとして何も言葉が浮かばず、広場の中で桜の呻き声だけが響く。
何かあったのかと通行人が何人かこちらを振り返りはするが、そんな注目に晒されている事も、桜は気にかける事が出来ない。それくらい、動揺しているのだろう。
「あぁ〜、お2人さん。楽しんでいるところ悪いんだがな、」
言い辛そうに、トーマが頭を掻く。
「……あいつが顔出し辛そうにしてるぞ?」
そう言って指さされた場所。
広間を飾るモニュメントの陰に、1人の少年が隠れていた。
少年と表現したが、文字通りそれは少年のようだった。身に纏っている青色のパーカーと、根岸色の半ズボンの所為か、背格好より幼く見える。
髪の毛は、その色の名前の通り、鴉の羽を濡らしたかのように黒い。目にかかる程長くされた前髪の間から、しかし隠しきれず、その蒼い双眸が窺い知れる。
顔付きは……分かりづらいが、やはりその格好と同じく幼い感じがする。
――だが、ブロッサムやトーマが付けている缶バッチと同じ物を胸に着けている。
「えっと、」
――何度も言うが、【ファンタジア・ゲート】では骨格を変更出来ない。つまり身長は変えられないのだ。
少年と同じくらいの身長のメンバーと言えば、
「ま、まさか、」
ブロッサムは目を見開き、動揺の声を上げる。
「イワトビさん、小学生だったんですか!?」
「いや中学生だからぁああぁああぁああ!!」
今度こそ、その広場にいる全員が驚いてこちらを振り返るが、少年――イワトビは必死で声を荒げる。
「あぁ〜もう! こうなるのが嫌だったから出来るだけリアルの話なんてしたくなかったんですよ!!
身長はギリギリちょっと平均より下、で誤魔化せますけど、この童顔は如何ともし難い、し難いんですよぉ〜!」
「いや、そこまでの話かね」
絶望で膝を折る勢いのイワトビに、トーマはどこか慰めるような声色を使うが、直ぐに鋭い視線を向けられた。
「じゃあ、トーマさんは俺が童顔だって言っても弄りませんね!? いや、トーマさん以外も、マミさんや他の人も、弄りいませんね!?」
「……あぁ〜、」
腕を組み、
「う〜ん、」
首を傾げ、
「……弄るな。確実に、思いっきり。マミも、他の奴らも、俺も」
「でしょうね! でしょうね!! 最初から分かってましたよちくしょうが!!」
もはや助ける者は誰もいない。というより、共感出来る人間はそう多くはない。
――ただ1人を除いて、
「……分かります!」
跪いているイワトビの手を取って、桜はそう力強く頷いた。
「私も『年齢にしては子供っぽい』とかよく言われます! 中学校時代の友達からは、『なんか桜ちゃんって放って置けないんだよねぇ〜、危なっかしい妹みたいで』って!!
同い年なのに! 同い年なのに!! 服装だって気にしてるのに!!」
コーデなどを気にして、出来るだけ服装だけでも大人っぽく見えるようにと努力しているのだが、そのような誉め言葉を貰えた事は一度もない。
『可愛い』と言われているんだから、とても贅沢な悩みなのかもしれないが、その『可愛い』も言ってくれる人間が限定されている為、あまり信用はしていない。
「いや、ブロッサムのはどっちかって言うと服装じゃなくて、行動とか言動が問題だと思うんだが、」
「発育、特に女性的な部分はむしろブロッサムちゃんの方が育っているような気がするっスんけど、」
「聞きたくありません!」
「「あっはい」」
トーマの言葉を止めると、ブロッサムはジッとイワトビの青い目を見る。
「大丈夫ですイワトビさん! 私達にはまだ『成長期』という秘策があります! 育ち切ったトーマさんだって追い越せるかもしれません!
信じましょう! 自分の潜在能力を!」
「――ブロッサムさん、」
名前を呼ぶと、イワトビの視線が外れる。
それは仲間と認めてもらえなかったという事なのだろうか、と少し悲しくなるブロッサムだったが、直ぐにどういう事か分かった。
顔は紅くなり、手に熱が篭り、瞳はとてもブレている。
「あ、あの……手を離して頂け、ればと」
思春期男子特有の、羞恥心というものだった。
……可愛いとちょっと思ってしまったのだが、ブロッサムはそれ以上彼への追い討ちをかけたくはなかった。
岩原 鳶雄。
年齢は14歳、現在中学校2年生。金色の髪の毛はアバターの物だが、彼のその青い目は生まれつき。話に聞けば、イギリス人とのハーフなんだそうだ。
日本人らしい童顔と白人の綺麗さが相まって、美少年然としているのだが、本人はあまり気に入ってはいない……どころか、コンプレックスなんだそうだ。
試しに桜が『服装を気にしてみれば?』と言ったのだが、彼はどこか項垂れて『……厨二病乙と、姉に……』と言われて黙り込んだ。
中学校2年生。お年頃である。
「――さて、ここがそうだよ!」
車を置いて戻ってきたマミとコウに連れて来られたのは、ごく普通のファミレスだった。
大人達も集まる事も考えて、もっとお洒落なお店にしたのかと思っっていたのだが、自分でも入った事がある看板を見て、どこか拍子抜けしてしまった。
「あはは、もっと良い店だと思ってた?」
揶揄いの色合いを混じった言葉にに、「す、すいません……」と頭を下げると、マミは否定するように手を振った。
「今日は昼間で、参加者には未成年もいる。わざわざ、居酒屋やお洒落なお店にしちゃったら、君らが居辛いだろう?」
そう言って人差し指を口元に当てるマミは、普段見せる無邪気なそれとは違い、大人っぽいものだった。
次回の投稿は11月28日の20時に更新を行います。
感想・ブックマーク・評価など、どうかよろしくお願い致します。




